第2742話 煌めく街編 ――オークション――
かつて世話になったクラルテの墓参りをするべくリデル領北部の歓楽街『フンケルン』を訪れていたカイト。そんな彼は『フンケルン』にて裏ギルドの構成員が暗躍している事を知ると、『フンケルン』のオークションを目的としてやって来ていたソラ達に被害が及ばないように解決する事を決める。
というわけで、裏ギルドの偵察を兼ねて一般参加が行われているオークション会場へやって来たのであるが、そこで観光を兼ねてやって来ていたソラと遭遇。彼と共に会場入りする事にしていた。
「なにか良い物でもある?」
「良い物……ねぇ。まぁ、さほど見栄えのする物ってあるかねぇ……」
イリアの問いかけにカイトは出品目録を見ながらどうだろうか、と考える。そもそも今回のオークションへの参加はほぼほぼ無計画にやっているものだ。なのでこれと思う物があるわけではなかったし、目録もいましたが手に入れたものだ。本当に見てみないと何もなかった。
「とりあえず役立つ物の一つでも手に入れば、って感じだが……それこそオークションに来るよりヴィクトルかグレイスあたりに頼めよ、ってお話だしなぁ……」
「毎度どーも」
「あいあい」
グレイス商会というのはリデル家が出資している商会だ。なので一応俎上に載せたらしい。とはいえ、実際彼の場合は冒険部として役立つ物はある程度その二つで用立てられるようにはしているため、わざわざオークションで手に入れたい物はなかった。とはいえ、オークションに出る物の中には珍しい物があるわけで、その中にはカイトの興味を引く物の一つぐらいはあったようだ。
「……ん」
「なにかあった?」
「んー……この妖精族用のコンパクトミラー……丁度良いか」
「ユリィ用?」
「ユリィ用」
イリアの問いかけにカイトは一つ頷いた。妖精族用のコンパクトミラー、というと色々と仕掛けが施されているように思えるが、要は彼女らのサイズで使える凄く小さな鏡だ。
どうしてもサイズの関係で技術が求められるため、一級品はそれなりの値段がしてしまうのであった。とはいえ、一級品から量産品まで幅広くユリィも持っていそうではある。故にイリアは問いかけてみた。
「ユリィ、持ってないの?」
「持ってるけどネジ止めが甘くなってきた、って言ってたからここらで一つ良いかと」
「あんた相変わらずマメね……」
本当にこの男は些細な事でも覚えていやがる。イリアは呆れて良いのか褒めて良いのかわからない、というような感じでため息を吐いた。とはいえ、そんな彼の言葉にイリアもカイトが狙う事にしたコンパクトミラーを見て思わず顔をしかめた。
「うわ……これ、結構一流の職人の手作りじゃない」
「……問題あんのかよ」
「無いけど……お金使わないんじゃなかった?」
「使うときゃ使うよ。無駄遣いしたくないってだけで」
どうやらカイトにとってユリィへのプレゼントは無駄遣いには該当しないらしい。偵察がてら立ち寄った、では済まない買い物になりそうなのだが気にしないのだろう。と、そんなわけで狙う品を決めた彼にふと横の机でオークションに参加していたソラが声を掛ける。
「なぁ、カイト」
「ん?」
「話聞こえてたんだけど、どうやってやるか見せて貰っても良いか? やってみようにもなーんかやりにくくてさ」
「ああ、そんな事か。良いぞ」
「悪い」
そもそもソラがオークション会場に来た理由は明日からの本番に備えて、どうやるかを確認するためだ。そして一般参加のオークションではその形式上友人達で参加する事なども想定されているため、殊更聞かれたくない場合を除いてはオープンになっているのであった。
というわけで、しばらく。カイトが狙う妖精族用のコンパクトミラーの競りが始まる直前に、ソラがカイトの机の所へと移動する。
「では、次の商品。次の商品はこちら……エルフの名匠ウィルラの作の一つ『木漏れ日の森の湖』。彼女はマルス帝国崩壊後に活躍したエルフの細工師の中でも有数の……」
オークションの進行係が次の商品の説明を行う。ざっと言ってしまえばエルフの有名な細工師のデビューから間もない頃に妖精族向けに拵えられたコンパクトミラーの一つ、という所らしい。
但し妖精族専用というわけではなく中央に取り付けられた魔石で大人の妖精族――とどのつまり普通の人間サイズ――でも使えるようになっているので、買い手は割りと居そうという所であった。
「では、金貨10枚から。どうぞ」
商品の説明が終わると同時に、進行係が入札の開始を告げる。どうやら今回の商品はカイトが知っているぐらいには有名な物だったらしく、割りと多くの参加者が札を立てたままだった。
「15枚……17枚……20枚」
「うおー……すごい勢いで上がってくな……」
「デビュー当時の作とあって最盛期の品よりはランクが落ちるが、この時代だから良いという者は少なくない。とりあえず30枚超えるまでは放置で良いかな」
「マジで?」
たかがと言えばあれだが、所詮はコンパクトミラーである。それに金貨30枚――日本円で30万円相当――も出すというのだから、ソラとしてはびっくり仰天という塩梅であった。が、イリアはそんな所で良いだろう、と納得している様子だった。
「大体45枚ぐらいかしらね、相場は」
「40枚だろう。デビュー当時の作より晩年の作の方が同系統でもウィルラは人気が高い」
「あー……でも時折一番高値になるのは中期の作だっけ?」
「ウィルラの作は中期から後期に掛けて印象が暗くなり、晩年はその反動かのように美麗で繊細、幻想的な明るさを滲ませるようになる。中期はユリィが苦手でなぁ。怖いとかなんとか……そのかわり晩年の作は……」
あ、駄目だ。この二人の会話はおそらく上流階級の物を見てきた者たちの会話だ。ソラは真横で繰り広げられるエルフの細工師に対する論評を聞きながら、そう思う。とはいえ、それが重要なのだとも理解はしていたようだ。
「えっと……それで安くなる、と?」
「そういう事だな。大体誰の作かわかれば、おおよその値段の見込みは立てられる。そこから更に自分がどこまでならこれを欲しいか。財布の中身とすり合わせて許容範囲を決める。その中で競り合って、最終的に一番高い金額を提示した奴が勝ち、ってわけだ」
「へー……」
やっぱり相場を知っておくって重要なんだな。そんな様子でソラはカイトの言葉に納得を示す。が、そんな彼にカイトが指摘した。
「お前の方は欲しい物の相場とかは確認してきたのか?」
「あ、おう。それは勿論……つっても調べてくれたのライサさんだけど」
「あはは……ま、後は相場とどこまでなら手を出せそうか考えて判断しろ。これもまた勉強……っと」
ソラの言葉に笑いながら、カイトは先程言っていた金貨30枚を超えたので値段の釣り上げに参加する事にする。
「おぉ、これはすごい。金貨35枚」
「「「おぉー……」」」
30枚になると同時に一気につり上がった金額に、周囲が僅かなどよめきを生じさせる。が、この瞬間、カイトは一瞬で偽装で入力していた者たちとオークション参加者を見極める。
「三人か……やっぱウィルラの作だと狙う奴が多いか」
「ただ三人とも本気じゃなさそうね。案外早めに競り勝てるんじゃない?」
「どうだろ……一人若干釣り上げて来そうな奴居るからな……」
やっぱ今の一瞬でカイトも全員の表情を見ていたのか。ソラは自分と同じように全員の顔色を見ていた事にわずかに安堵する。彼もあのどよめきの瞬間全体を見回したのだ。
そして彼が見た感じだと、先にカイトとイリアが指摘した三人の内二人はしかめっ面。残る一人は驚きはしたが、どちらかというと感心したかのような驚きを生じさせていたのだ。前者はおそらくこれ以上の釣り上げは困る側。後者はまだまだ余裕があるというわけだろう。
「金貨35.5枚……37枚……おぉ! 40枚!」
「「「おぉー!」」」
再度の大台の突破に、参加者達が驚きの声を上げる。この40枚はカイトではなく、先に余裕を見せていた参加者だ。こちらもまた一気に釣り上げて勝負に出ていた。
「ふむ……」
「他、ありませんか?」
やはり40の大台は突破するか。カイトは一瞬だけ考える。たしかに欲しいは欲しいが、あまり釣り上がると今度は逆にユリィに怒られる。どのラインが撤退ラインだろうか、と見定めていたのだ。と、そんな彼の裾が引っ張られるのに彼は気付いた。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
「……」
「……はぁ。わかりました。行きますよ」
イリアの無言の圧にカイトは一つ苦笑すると、再度ボタンに手を伸ばして値段の釣り上げを再開する。
「41枚! 他には? 41.5! 42枚!」
さっきの反応通り、余裕を見せていた参加者とカイトの一騎打ちって所か。ソラはイリアの指示で競りを再開したカイトの様子でそう理解する。
とはいえ、どうやらここが決着だったらしい。釣り上がると同時に即座に値段を入力したカイトの本気度を悟ったのか、もう一人の参加者はこれ以上は無駄と考えたようだ。札を下げてこれ以上の入札はしないと意思表示を行った。
「42枚! 他にはございませんか? ございませんね?」
進行係が最後にもう一度だけ、参加者達に確認を促す。そうして、彼がハンマーを下ろして競りの終了を告げるのだった。
さて壊れかかったユリィのコンパクトミラーの新しい物を競り落とした後。カイトはそのままソラに問いかける。
「まぁ、こんな感じか」
「おう、サンキュ……で、こっから何か手続きとか必要なんじゃないのか?」
「ああ、そりゃ必要だけど……っと、出てきたな」
カイトが言うが早いか、机の一部が開いて中から紙が出てきた。
「なにそれ」
「落札証明みたいなもんか……こいつを最後に窓口に提示する事で実際の物と引き換える事が出来るってわけ」
「……こんな所で出して良いのか?」
「バレないようにはなってるだろ?」
一応バレないように机の影になる部分から紙は出ており、たしかに周囲から見られるかと言われれば背後に立たない限りは無い。そして見ず知らずの相手を背後に控えさせる事はまずないだろう。
「ああ、いや……そうはそうなんだけど、盗まれたりはしないのか?」
「盗んだ所で支払い終わってないから、結局自分が競り勝った値段で支払わないと駄目なんだが?」
「あ……そっか。支払いってまだなのか」
「そ……勿論主催者側は誰が競り落としたかはわかっているから、無くした所で再発行はしてもらえるしな。引き取った後に盗まれるのは知らんが」
どうやらこれは引き取る際に円滑に引き取りが出来るように、という程度だったらしい。というわけで、そこからはソラも練習がてら気になった商品があったら観光客同様にオークションに参加してみる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




