第2741話 煌めく街編 ――オークション――
かつて貴族として、紳士としての立ち振舞を学ばせて貰ったクラルテという老紳士の墓参りをするべく、リデル領を訪れていたカイト。そんな彼はイリアの依頼とソラ達に被害が及ばれるのは困ると『フンケルン』の裏で暗躍する裏ギルドの構成員達の目的を掴むべく、暗躍を開始する。
そうして不審者らしき何者かの行動の足取りを追い掛けるのを一度停止した彼は、一旦オークションの状況を直に見るべくイリアとユーディトを伴ってオークション会場へと向かう事にする。
「ふぅ……オークションか……今回は買うつもりも予定もなかったんだがな」
「買ってくれてもよくてよ?」
「今回はお目付け役まで居るんで、無駄遣いは厳禁としておきます」
イリアの言葉にカイトは笑いながら首を振る。改めてになるが、ユーディトはフロイライン家のメイドだ。しかも立場上、ヘルメス翁亡き後のすべてを取り仕切ったのは彼女と言って過言ではない。が、そのメイドが一癖も二癖もある人物なのは、今更だった。
「構いませんが」
「えぇー……」
「旦那様は地球でもエネフィアでも様々な事業を立ち上げられていらっしゃると伺っております。ならば多少無駄遣いした方が経済が回るというものです」
「ぐっ……」
それを言われればかなり痛いんですが。カイトはユーディトの指摘に道理があればこそ、顔を顰めるしかなかった。というわけで、諦めたように彼はため息を吐いた。
「はぁ……わかりました。その代わり何を買うかぐらいは自分で決めますからね」
「異論ございません」
「毎度あり」
「やれやれ……」
イリアとユーディトの言葉にカイトはただただ肩を竦める。というわけで三人はホテル側が手配してくれた馬車に乗って、一般の参加が可能なオークションが行われるオークション会場へと足を運ぶ事にする。
「そういえばこのオークション会場でも目撃情報があったんだよな?」
「ええ」
「思えば、おかしくないか? そこまでこの会場じゃ高額商品は扱わないだろう?」
「まぁ……そこまで高額商品は扱ってはいないわね」
「お二人共……その高額商品という基準、一般に照らし合わせてもその基準で大丈夫か考えた方がよろしいかと」
「「はえ?」」
なにかおかしい事を言っているのだろうか。カイトもイリアも貴族だからこその金銭感覚をわずかに見せた事にユーディトが苦言を呈して、対する二人は小首を傾げる。とはいえ、カイトの方は一般の金銭感覚も持っているわけなので、ふと思い直して確かにと思う所はあったようだ。
「いや、まぁ……確かに一般家庭からすれば高額商品と言える物もオークションに出されはしますし、時々……年に一回あるかないかレベルで紙面を飾るほどの高額商品も出ますが。それでも裏ギルドの連中が狙うには些かメリットが合っていない。でしょう?」
「それは否定致しません。が……もしや、という事はあり得るのでは?」
「「む……」」
確かにカイトはメリットが薄い事を指摘したが、同時に年に一回ぐらいは超高額商品が出品される事がある事もまた言及していた。であれば、それを何かしらの事情で掴んだ裏ギルドの構成員が狙ったとて不思議はなかった。
「イリア。出品目録ってお前」
「把握してるわけないわね。流石にそこまでは……まぁ、目玉商品ぐらいは把握してるけど。得てして紙面を飾るのは土壇場まで私に報告が上がらないような物ばかりよ」
「でしょうね……確か一週間に二度。水曜日と日曜日の夜に出品目録は公開されるんだったな?」
「そうね……ちょうど、今日の夜ね」
今日は水曜日。今日の夜に週の後半分の目録が公開されるらしい。カイトがこの日になったのは偶然だが、ソラ達が水曜日に来たのはそれもあっての事だった。
「そうだったな……もう一度、出品の規約を確認させてくれ。確か出品者は身分証を提示の上、水曜日か日曜日の午後17時までに申請するんだったな?」
「ええ。そこから三日間で贋作かどうかの判断。そこから最低落札価格を設定して、という所ね。水曜日申請の場合は翌週月曜日以降。日曜日申請なら木曜日以降のオークションに出品出来る、という形ね」
「よし……じゃあ、次に出品者と購買者の規約だ。どちらも公的機関の発行する身分証を提示する。但しギルドに所属する者に限ってはギルドが発行する登録証でも可」
「間違いないわ」
カイトの問いかけに、イリアは再びはっきりと頷いた。とどのつまり、出品するにせよ参加するにせよ身分を偽るならかなり危ない橋を渡る必要があるというわけだった。
「んー……何を狙ってかは今日の夜の目録を見てみないと、って所か」
「そうね……まぁ、向こうも悟られるようなバカな真似はしないと思うけれど」
「そうだなぁ……とはいえ、なにか情報が得られる可能性もある。見ておいて損は無いだろう」
何も情報が無いままより、何かしらの情報があった方が動きやすいのは動きやすい。なのでカイトもイリアもひとまずはオークション会場の下見がてら週の後半分の目録を貰う事にしたらしい。
とはいえ、それは今日のオークションが終わった時点で公開されるので、オークションに参加するのは丁度よい時間潰しになってくれるだろう。というわけで馬車で十数分。三人はオークション会場前に到着する。するとすぐに会場の出入りを確認する者が現れて、カイト達へと声を掛けた。
「いらっしゃいませ。本会場への御入場は身分証の提示が必要となっております。身分証等のご準備は大丈夫ですか?」
「ユニオンの登録証で大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。そちらを、あちらの受付へご提示下さい」
どうやら身分証を忘れる者が少なくないからか、馬車から降りるタイミングで確認してくれたらしい。まぁ、カイトにとっては何時もの事――この係員とも何度か話した事があった――が、どうやら和服に加えイリアに合わせて髪型等も少し変えていたのでわからなかったようだ。というわけで受付にて入場の申請を行うのであるが、流石にここまで来るとカイトであるとわかったようだ。
「これは……天音様でしたか。お召し物が何時もと違っておりましたので気付きませんでした。お連れの方がご一緒とは珍しい。お二人は?」
「連れですよ。確か二人までなら、私の分だけで大丈夫でしたね?」
「左様でございます。なにかお気に召す物がありましたら、ぜひお買い上げ頂けましたら幸いです」
「ありがとうございます」
やはり上得意客であるとわかると、対応が一気に違ったらしい。受付は他の客のようにどこか事務的な挨拶ではなく、上客相応の応対だった。というわけで、それにイリアが肩を竦める。
「あんたまたこっちにもよく来てるの?」
「悪いかよ。掘り出し物見付かるのは大抵こっちなんだよ」
「あんたね……貴族なんだから予約制の方にしなさいな……」
どこか不貞腐れた様子のカイトにイリアは深くため息を吐く。また、と彼女が言うようにカイトは三百年前時点でこちらの一般参加も可能なオークションによく来ていたらしい。
その時代は流石に姿を変えて来ていたそうなのだが、今はそもそもが姿を変えているようなものなので気兼ねなく足を運んでいたのであった。
「安全には配慮して来てるんだから良いだろ」
「そういう話じゃない。我慢しろって言ってんでしょ。仮にも最高位の貴族なんだから、そんなみみっちい事しない」
「へーい」
「「……」」
多分返事だけだろうなぁ。イリアもユーディトも揃ってそう思うし、実際そうである。そんな会話をしていたわけであるが、そこでふと声が掛けられた。
「あれ? カイト?」
「ん? ああ、ソラか。お前、観光は?」
「いや、観光だよ。ここのオークションも観光名所なんだろ?」
今日は明日からの本番に備えて観光して英気を養う。そう言っていたのを思い出したカイトの問いかけに対して、ソラが笑いながらそう告げる。とはいえ、そんな彼は少しだけ苦笑した。
「まぁ、観光は観光だけど。俺は流石に明日からの本番の練習って所もある。ここにもオークションの設備あるって言うからさ。一応、良い物があったら買おうかぐらいでやってた」
「そうか……由利とナナミの二人は?」
「まだ中。目録見て午後から欲しい物があるそうで、今は観光。俺は飲み物買いに出た」
「ふーん」
確かにここのオークションは観光名所になっていたし、高額商品もあるにはあるが観光客が気兼ねなく参加出来るように訳あり商品等も目録に並べられている。その中に二人が気になる品があっても不思議はなかった。というわけで、カイトは興味本位で問いかけてみた。
「欲しい物って何なんだ?」
「包丁セット。なんか有名な刀匠らしいんだけど……お前、葉月流って知ってる?」
「ああ、葉月流。中津国でも割りと有名な流派だな。海棠の爺……もとい村正流みたく使い手を選ぶヤバい品は作らんが、誰の手にでも馴染む良品を作る事で有名だ。刀使いが最初に選ぶ銘有りの刀は葉月流が良い、と言われるぐらいには有名だ。癖がない、と言えば良いかな」
「へー……」
ソラは刀使いでもなければ、刀を触る事もない。なので刀使い達の間で話されている話も知らなかったのだろう。そんな話があるのか、と驚いていた。
「でもまぁ、確かに葉月流の包丁は料理人として欲しても不思議はない。買って損はないと思うぞ」
「マジか……ちょっと気合入れるかー」
カイトが良い品と言うぐらいなら、一つ気合を入れて買うか。ソラは少しだけ困ったようにしながらも、一つの思い出になってくれるのならと気合を入れる事にしたようだ。
「あはは……そうしろ」
「おう……で、お前は……えーっと……多分、イリアさんとユーディトさん……だよな?」
「ああ……まぁ、服装とかは気にするな」
「お、おう……」
イリアが何者かはソラはまだ知らないままなのだが、カイトの事なので色々とあるのだろう――無論単なる遊びも含み――とソラは思っていた。なのでこういう場合は気にするだけ無駄と考えない事にしたようだ。
というわけで、カイトは折角なのでソラと共に会場入りする事にして、彼が飲み物を買うのを待つ事にする。無論、それは単なる言い訳。周囲の状況を確認するのにちょうど良かったからだ。というわけで、ソラが売店で飲み物を買うまでの間、イリアが小声で問いかけた。
「……何か居そう?」
「いや……やはり何か異質な気配は感じない。目的は目録と見て間違いなさそうだ」
流石にカイトの感覚なら裏ギルドの構成員が近くに潜んでいればわかる。なのでそれが感じられない、という時点で周囲には裏ギルドの構成員は居ないという事で良さそうだった。
「そう……じゃあ、後は中ね」
「中は結界で覆われているんだったな」
「ええ。客の安全に配慮してね」
カイトの確認に対してイリアは再度はっきりと頷いた。流石にカイトも本気でやるならまだしも現状で本気で気配を読むつもりもなかったようだ。
まぁ、本気で事に臨むというと臨戦態勢だ。周囲が何事かと気にしだすので、イリアとしてもしてほしくなかった。と、そんな風に僅かな話を交わしているとソラが戻ってきた。
「悪い、おまたせ」
「ああ、良いよ」
「イリアさんもユーディトさんもすいません、またせちゃって」
「ああ、大丈夫よ。私達も観光だし」
「それなら良いんですけど……」
やはりカイトはともかくイリアもユーディトも出会って数時間だ。待たせた事が少し気がかりだったらしい。そんな彼に、ユーディトも頷いた。
「ええ……それに我々も飲み物を買っておりましたので。ちょうど良かったかと」
「「……はい?」」
「お飲み物の用意をするのはメイドの仕事ですが?」
「「……」」
カイトとイリアが揃って後ろを振り向けば、やはりそこにはこちらも三人分の飲み物を携えたユーディトの姿があった。しかも各個人の好みも把握しているので、きちんとそれに合わせて買っていた。それはあたかも頼まれて買ってきたようにしか見えなかっただろう。
「あれ? 俺の後ろに居たかなぁ……」
「別の窓口で買っておりましたので」
「あ、そうなんっすか」
いや、さっきまで一歩も離れてなかったんですけどね。カイトはそれなら大丈夫か、と安堵した様子を見せるソラに内心そうツッコミを入れながらも敢えては口にしない事にする。
このぐらいの不思議は彼女と付き合うなら何時もの事だし、今回は使い魔や分身でなんとかしたと考える事も出来る。というわけで、のっけから疲れながらも一同はオークション会場入りするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




