第2740話 煌めく街編 ――暗躍――
かつて世話になった老紳士クラルテの封鎖されていた故郷を訪れるべくリデル領北部の街『フンケルン』を訪れたカイト。そんな彼はイリアと合流し一路クラルテの故郷を目指したかったのであるが、予定を大幅に切り上げた彼女から知らされたのは『フンケルン』にて裏ギルドの暗躍が行われている事だった。
というわけで、ソラらに被害が及ぶ前に片付けてしまおう、と判断したカイトは自領地での暗躍で見過ごせないと同じく暗躍を開始したイリアと共に行動を開始するわけであるが、それとほぼ同時に何者かが自分達が宿泊するフロアへ忍び込んだ事を知り、その目的を探る事にしていた。
「さて……流石に残留思念の読み込みじゃあこれが限界か」
目を閉じてクマのヌイグルミに宿っていた残留思念を読み取っていたカイトであるが、やはり残留思念は残留思念。こういった芸当には適性があるカイトであっても読み取れる情報には限界があった。とはいえ、そんなものは最初からわかっていた。
「カイト様。それではこれで終わりと?」
「んなわきゃありませんね。そもそもこの程度の芸当ならある程度出来る奴なら出来るでしょうし」
ユーディトの問いかけに対して、カイトは楽しげにコピー用紙を取り出す。
「……こっからがオレの力の見せ所と……ふぅ」
折角観客も居る事だし、少し気合を入れますかね。カイトは呼吸を整え意識を集中。数分前にまで情報を巻き戻す。
「ふぅ……よいしょっと」
「おや……情報の巻き戻しによる一時的な呼び戻しですか。確かにバレはしませんが……劣化が激しすぎますね」
「ええ。しかもごく短時間。その上で魔術による別媒体への複写や記憶への転写も通用しない……おまけに一発限り。アナログに手で転記するしかない……」
それでも瞬間的になら読み込む事が出来る。カイトは刻一刻と減っていくタイムリミットがゼロになる前に、と口と共にボールペンを走らせてコピー用紙へと記載内容を一気に転写していく。
「それでもある程度の情報なら取り出せる……っぅ」
ばちっ。何かが弾け飛ぶ音と共に、カイトが再現した紙片が弾け飛んで消え去った。ほんの数分。それだけしか情報を取り出す事は出来なかった。
「これが限界か……さて……」
何が書いてあるか。カイトは魔術で目と手の情報を一切脳へ送らず、完全に複写するためだけに機能を割いたらしい。見ていても自身は情報として取得せず、可能な限り情報を残す事に努めていたのである。
「指令……」
とりあえずどこに重要な情報が潜んでいるかわからなかったため、カイトはとりあえず上から順番に情報を転記していったらしい。とりあえず上から順番に読み取っていく。が、そうして一文目を読み取って、ため息を吐いた。
「あー……こりゃ駄目ですね」
「……暗号ですか」
「ええ。まぁ、流石に指示を素のまま送る事はしないでしょう。流石に暗号の解読とかは……」
「申し訳ございません。七個ほどの軍用の暗号は読み解けますが……裏組織の暗号化の解読までは」
「逆に経歴が気になりましたよ……」
なんで七個も軍の暗号の法則を理解しているんだ。カイトはユーディトの言葉に肩を落とす。とはいえ、これで終わりというわけではなかった。
「ま、自分でわからないなら伝手を頼るしかないでしょう。とりあえずこいつは封筒に入れておいて、と」
「サリア様ですか?」
「そっちもできそうですが……多分時間掛かるし金もなので、最後の手段にしようかと。ウチの新人メイドに殺し屋ギルド所属だったのが一人いまして。彼女に聞いてみようかと」
出来れば儲けものという所だが、やらないよりはマシだろう。カイトはそう考えたようだ。というわけで、彼は一旦そちらに連絡を取るべく部屋を後にするのだった。
さてクマのヌイグルミに仕込まれていたメモの写しを手に改めて飛空艇へと戻って、そこでティナを経由してリトスへとメモを送ったカイトであるが、一応は自身と勇者カイトの関係性を曖昧にしておかねばならないので解読はその場では頼めず、また後で結果を聞く事になっていた。というわけでそこらの手配を終わらせて再びホテルの部屋に戻った彼であるが、そこでイリアと再度合流する。
「戻ったわね」
「ああ……メモについては暗号化されていた。オークションやらの記載もあったが……」
「見られても問題無いように、というわけね」
「そういうことだろうな」
どうやらソラ達はまだ戻っていないらしい。まぁ、彼らは今回は観光も兼ねている。日も高いこの時間に戻ってなくても不思議はないだろう。
「で、暗号は?」
「前に言った殺し屋ギルドのに頼んだ……それでも無理なら情報屋に頼むしかないな」
「そ……それでこっちだけど、前に泊まってた人はすぐにわかったわ。結論から言えば高確率でハズレね」
ソファに腰掛けたカイトに、イリアはそう告げる。これにカイトは小首を傾げた。
「なんでだ?」
「ご家族よ……私も知ってたわ。第二子がつい先日生まれたばかりの若夫婦ね。あそこは違う」
「あらら……」
どうやらイリアも知っている人物が空き部屋に泊まっていた人物だったらしい。
「でもクマのヌイグルミの方はまだわかってないわ。こっちは案外難しくて。下手に知ってる奴は繋がってる可能性あるかもだし……」
「そうか……こっちは残留思念から読み取った情報と合わせると子供が気に入ってってのが話されてた。多分、その第一子って事かね」
「あー……あの子、確かにぬいぐるみとか好きだったわね……」
「ということは、大方予備のぬいぐるみに隠したは良いがまさかのそれが持っていかれちゃって大急ぎで回収、ってパターンかね……」
そこにイリアが早めに到着してしまった事により、回収出来るタイミングがなくなってしまったという所かもしれない。カイトはそう推測する。
「まぁ……もう一旦こっちは放置で良いだろう。出来ることが限られすぎているからな」
「そうね……とりあえず、オークションに行ってみる?」
ここから出来る事はなんだろうか。イリアは少しだけ考えて、カイトへと一つ提案する。が、これにカイトが告げた。
「いや、お前一応明日来る事になってるって話じゃなかったか?」
「あ……そういえばそうね……かといって姿を変えるわけにもいかないし……なんか手は無い? あんたよく女の子連れ込んでるでしょ?」
「言い方が悪いな……まぁ、無いわけじゃない」
イリアの言葉に肩を竦めながらも、カイトは無いわけではないと口にする。というわけで、彼は偽装用に持ってきていた衣服を取り出す。
「ユーディトさん。イリアをこれに着替えさせてください」
「かしこまりました」
「自分で出来るわよ」
「出来るならやってみ?」
「はい?」
楽しげなカイトの指摘に、イリアが小首を傾げる。そうして彼女はユーディトと共に自身の部屋へと消えていくのだが、なぜ彼女では無理かというのはすぐにわかった。というのも、出てきた彼女は和服だったからだ。流石にイリアも和服の着付けは出来なかった。
「……あんたなんでこんなの持ってるの?」
「偽装用……髪型と衣服で印象は変わるもんだろう?」
「そしてなんであんたまで……」
「合わせるために決まってるだろ……で、ユーディトさんまでなして?」
「合わせるためです」
「はい? ふぇ!?」
いつの間に着替えたんだ。イリアはメイド服調の和服に身を包んだユーディトに目を丸くする。一緒に着替えていたのに、いつの間に着替えたのかわからなかったらしい。
「はぁ……とりあえずユーディトさん。一旦留守は使い魔に任せて一旦部屋は空けておきましょう。もし何かが来たらそれで対応で。それよりイリアの服がほつれた場合とかに対応して欲しいですし……」
「かしこまりました」
流石にもう一度来る事は無いだろう。カイトはそこまで迂闊な事はしないだろう、と判断。ユーディトも連れて行く事にしたようだ。というわけで、三人は一旦オークションへと向かう事にするのだった。
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