第2739話 煌めく街編 ――オークション――
かつて世話になった老紳士クラルテの故郷に設けられた墓を詣でるべくリデル領を訪れていたカイト。そんな彼はリデル領にある歓楽街『フンケルン』にて先代のリデル公でもあるイリアと合流する。
そこで彼は『フンケルン』にて裏ギルドが暗躍する事を知らされると、ソラ達に被害が及ばぬように密かに解決する事にしてイリアと共に裏で暗躍を開始していた。
というわけで早速イリアの立場を使ってオークション全体を統括する総支配人の協力を取り付けたわけであるが、その戻りで立ち寄ったカイトの飛空艇にてユーディトからホテルの部屋に不審者が入ろうとしている報告を受け一度相手の出方を確認する事にしていた。
「では、映像を展開します」
マクダウェル公としての姿と令嬢としての姿に戻った二人が椅子に腰掛けると同時に、ユーディトがティナの開発した監視用の魔道具――彼女もマクダウェル家の人員になるので一通りの魔道具は使えるしカイトが与えている――を起動する。が、室内には一切の変化はなく、彼らが出ていった時のままだった。
「……まだ入れていないみたいだな」
「そう簡単に入れるほど、ウチのホテルの警戒網は甘くないわ」
「鍵開けに時間が掛かってる、ってわけか。ユーディトさん。非常扉の前に不審者が立ってからの時間は?」
「……一分ですね」
逆に一分で全ての用意を整えて密かに部屋を後にしてるユーディトさんは何者なんだろう。カイトの問いかけへの返答にイリアは内心そう思う。一方その程度なら彼女は出来るだろうと思っているカイトは疑問もなく受け入れ、吐き捨てた。
「二流ですね。一流なら秒で終わらせている。二分掛かるなら三流だ」
「いや、だからウチの侵入防止対策は結構厳しいんだけど。あんたの所と同じ規格よ?」
二分でも十分凄腕なんだけど。イリアは言外にそう告げる。これにカイトは肩を竦めた。
「わかってるよ……だがオレらが相手してるのはそんな程度の奴らか? それともイリア。隠居してボケたか? この程度を一流なんて言ってやるなよ」
「そりゃそうでしょうけど……そんな私らが相手にするような領域なんて雇おうものなら何を目的にしてるんだ、って話でしょう」
「まぁな」
イリアの指摘も尤もではあったようだ。カイトも同意するように笑った。と、そんな彼らが雑談に興じている間に、部屋の扉が音もなく開く。そうして入ってきたのは、制服らしい服に身を包んだ一人の男だ。
「おっと……入ってきた。ありゃ……ホテルの従業員の服か?」
「そうね……あのホテルの制式採用されている服で間違いないわ」
「……全部覚えてるわけ?」
「ウチで運営してる会社の制服は全部覚えてるわ。店もホテルもカジノも全部わかるわよ」
流石は元リデル公という所らしい。イリアはリデル家が運営する会社の制服全てを把握している様子だった。それに感心するカイトであるが、そんな彼は改めてモニターに視線を向ける。
「そか……さて、何をするつもりだ……?」
「監視カメラは……流石に仕掛けようとは思わないみたいね」
「秒でバレるからな」
流石にカイトほどの領域に到達した冒険者に隠しカメラは通用しない。いや、通用しないわけではないが、その領域の品物を手に入れる事は不可能に等しい。
今回の裏ギルドがどれほどの規模かは定かではないが、その領域の品物を手に入れられるとは到底思わなかった。と、そんな彼らの見守る中、モニターの中に映る男は音もなく部屋の中を歩いて行く。
「あっちは……空き部屋の方か? イリア、お前あっちじゃなかったよな?」
「ええ……ユーディトさんの部屋でも……」
「ありませんね」
今しがた入っていった部屋は一番ランクが低い部屋で、今回は誰も使う予定がなく空いていた部屋だった。なお、イリアが今回の一件で用意した部屋はカイトを泊まらせる事と、なにかがあった場合は自身も泊まる可能性があったので最上階のワンフロアを丸々手配していた。
そこに六人では各一部屋を割り当てても余裕が出来るのであった。とまぁ、それはさておき。空き部屋に入っていった不審者の男を追うように、ユーディトが映像を切り替える。
「映像を切り替えます」
「ふむ……」
「なにかを……探しているわね」
一応音を立てないように、そして間違っても調度品を壊さないように慎重な手付きで不審者の男は様々な所を探っていく。それは明らかになにかを隠そうとしているのではなく、キョロキョロと周囲を見回してなにかを探している様子だった。
「……イリア」
「わかってる。戻り次第、こちらで手配は掛ける」
「任せる……それで聞いておきたいんだが」
この部屋にカイト達の前に宿泊していた者は調べねばならないだろう。両者はそんな意見を一致させるわけであるが、そこでカイトが問いかける。
「今回、オレは割りと早めにお前に手配を頼んでいたと思うが。予約を割り込ませたりしたか?」
「流石にそれはしなかったわね……リデル家が運営してるホテル、ここだけではないのだし。日程に余裕があるのに、そんな無茶はしないわ。ここに思い入れがあるのならまだしもね」
「ふむ……となると、オレらが早めに来る可能性は想定出来たと思うんだがね……」
にも関わらず、オレ達が来た後に忍び込もうとするのか。カイトは不審者の男の意図が見えず、わずかに険しい顔で考え込む。と、その一方でモニターの不審者の男は空室の中を見回して、なにかを見付けたらしい。わずかに目を見開いた。
「あれは……」
「随分と可愛らしい人形ね。まさか良い年をした男があんなかわいいクマのお人形さん目当てにリデル家が押さえた部屋に立ち入るわけ?」
「そうは思いたくねぇな」
間違いなく少女向けと言うしかないクマのヌイグルミ目掛けて一直線に歩いていく不審な男に、カイトもイリアもわずかながらに顔を顰める。別に彼の趣味をとやかく言うつもりはないのだが、それを抜きにしても常識的ではなかった。と、不審な男はそんなぬいぐるみを手に取ると背に取り付けられていたファスナーを下ろしおもむろに手を突っ込んだ。
「おっとぉ? 中になにかあるパターンか?」
「なにかによっては、話が変わってくるわね」
「はてさて……ちっ。小さすぎて何を引っ掴んだかまではわからんか」
イリアの言葉に笑いながら何を引っ張り出すつもりか見定めてやろうと思ったカイトであったが、どうやら取り出された物は男の手にすっぽり収まる程度の物だったらしい。一応一度わずかに手を開いて中を確認した様子はあったのだが、残念ながら男が影になってなにかまでは見えなかった。
と、そんな男を観察していた二人であるが、取り出したなにかを懐に閉まった男が再度ぬいぐるみに手を突っ込んだのを見た。
「「ん?」」
「まだなにかあるみたいですね」
「今度は……紙? 指示書かなにかか?」
「状況から依頼書なり指示書なりで、一度目に取り出したのは報酬の前金……って所かしら」
「なるほど……サイズからして宝石類か。魔石ならオレらが先に気付くしな」
イリアの推測に道理を見たカイトは、それならと一度目に取り出された小さいなにかにそう当たりをつける。と、そんな彼にイリアが問いかける。
「どうする?」
「動かん方が良いだろう……裏の連中なら万々歳だが、そうじゃなきゃ連中を警戒させるだけだ。まぁ、この様子ならそれ以外の可能性も高そうだが……とりあえずは泳がせて釣りでもするか」
「でも紙は惜しくない?」
「手ぐらいあるさ。伊達に伝説の勇者やってねぇんでね」
確かにあの中身が何なのかは気になるし、もし裏ギルドに繋がっているのなら是非とも見ておきたい所ではあった。というわけで、イリアに同意したカイトはなにか手があるらしくひとまず不審な男は放置としたらしい。と、そんな彼にユーディトが少しだけつまらなそうだった。
「そうですか……では用意した罠の数々はお役に立てそうもありませんね」
「それは今度という事で一つ……良し。出ていった……イリア。そっちの手配は任せる。オレは人形を調べる」
「逆のような気がしないでもないわね」
「言うな」
折角令嬢が一緒に居るのにそちらが人員の手配を行い、自分は可愛らしいクマのヌイグルミの調査だ。イリアの指摘は尤もといえば尤もであった。
とはいえ適材適所という言葉があるように、これが適材適所だった。というわけで、カイトはイリアと別れて自身はホテルに戻って不審な男が去った空室へと足を運んだ。
「さて……」
「どうされるおつもりですか?」
「……なんで居るんっすか」
「イリア様は分身を使って送り届けております」
この人の出来ない事は何なんだろう。カイトはさも平然と自身の横に居るユーディトにそう思う。とはいえ、どうせ聞いた所で答えは帰ってこないのだ。諦めるのが良しだった。
「はぁ……とりあえず残留思念を読み取る力を使って、過去に何があったか探ろうかと」
「中の紙まで出来ますか?」
「まぁ、なんとか……出来ずとも最低限誰が何を目的として紙を入れたかぐらいはわかるかと」
ここらの力に関してはやはりカイトは色々と学んでいるらしい。ごく短時間であるのなら出来る、というのが彼の言葉であった。というわけで、カイトは件のクマのヌイグルミを手にとって目を閉じる。
『こいつで良いのか?』
『ああ。最上階の一番安い部屋に持っていってくれ。あそこに泊まった子供がいたく気に入って、前のはお買い上げだとよ』
『これ、安くないんだけどなぁ……』
カイトの脳裏に響くのは、クマのヌイグルミに残っていた残留思念だ。どうやら少し力を込めすぎて、このクマのヌイグルミが部屋に置かれる事になった流れが見えたらしい。ホテルの従業員達が予備として置かれていたクマのヌイグルミを手になにかを話し合っていた。
(ふむ? もしかして、意図してこの部屋に仕込んだわけではない……のか? 確かにそう考えれば無理してでも忍び込んだのも筋が通る……)
見えた光景から、カイトはこのぬいぐるみに仕込まれた何かしらは依頼した者にとっても不審な男にとっても想定外の事態であった事を察する。
当然、相手はリデル家が誰を泊めるつもりで最上階を占有したかはわからない。が、それ故にこそ気付かれる可能性は十分にあると判断しても不思議はなかっただろう。
(まぁ、良い。とりあえずは続きだ)
断片的にしか見る事は出来なかったが、なんとなく話の筋は見えてきた。カイトはそう判断する。そうして更に時間を進めて、直近の光景を見る事にする。
『……あった』
非常に小声で、わずかに喜色と安堵の乗った声が響く。あまりに小さく監視カメラには入らなかったが、声が響いていたらしい。
『……良し』
男がなにかを引き抜く。それはクマのヌイグルミを介していたからか、今度はしっかり手の中に小さな宝石があるのが見て取れた。
(おぉおぉ、良い宝石じゃないか……安くないな。でも見たいのはそれじゃあないんだよ)
こんなものを隠して受け渡しているのだ。間違いなく非合法な依頼に間違いないだろう。とはいえ、そんな事はどうでも良いのだ。気にするべきなのは何かしらの紙面だった。
『……』
今度は仕事に関する事だからか、不審な男は無言で紙を取り出す。そしてどうやら、彼もこの場に長居するつもりはなかったようだ。紙を取り出すと中身を検める事もなく懐に突っ込んだ。その僅かな隙きを一時停止し、カイトは見れる限りの情報を確認する。
(オークション……情報を集めること……標的は……ちっ。流石に読み取れる情報が少なすぎるな……)
どうしても見えるのはわずかに覗く僅かな文字だけだ。どうしても限度があった。が、重要な単語が含まれていた事もまた事実だった。
(オークション……ね。一転高確率で裏の連中に近い奴の匂いがしてきた、か)
少なくとも不審な男に依頼した者はオークションのなにかを狙っていたらしい。カイトは残留思念からそれを読み取った。そうして、彼はそれからも情報を読み取れるだけ読み取る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




