第2737話 煌めく街編 ――暗躍する者達――
かつてマクダウェル公カイトとして貴族の振る舞いなどの修行を行っていた中で世話になったクラルテという老紳士の墓参りへ行くべく、リデル領にある歓楽街『フンケルン』を訪れていたカイト。
そんな彼は立場上はクラルテの妻であった先代のリデル公であるイリアと合流すると、そこで情報屋ギルドから持ち込まれたという二つの案件を聞かされることになっていた。
「で、まずはこっち……『フンケルン』の裏ギルドの連中の件か」
「そっちからね」
「ソラが聞く前に話を終わらせたいからな」
まだ荷ほどき中なのでソラが来る可能性はしばらく無いだろうが、彼に聞かれる前にさっさと話を終わらせたい所だった。なのでこちらの案件を先に話そう、となったらしい。
「で? 連中は何を仕出かそうとしてるんだ?」
「それがわかれば苦労しないわよ。で、貴方への依頼としちゃ私と一緒にオークションへ参加して連中の割り出しと目的の調査をして欲しいのよ。貴方も知ってるでしょうけど、『フンケルン』はウチでも有数の歓楽街。裏ギルドの連中は立入禁止よ」
「皇国で裏ギルドの連中の受け入れを許可してる所なんてどこにも無いだろ」
イリアの言葉にカイトが笑う。裏ギルドは裏というようにそもそも非合法組織であるか、それに繋がっているユニオン非公認のギルドだ。犯罪者集団を受け入れたい、という為政者が居るわけもなかった。
「それはそうね……ただ商人ギルドの情報網を介して入ってきた情報だと、『フンケルン』に裏ギルドの連中が入っているのは事実っぽいのよ。『フンケルン』には各地の有力者も集まる。それに怪我でもされちゃたまったもんじゃないわ。勿論、品に手を出されるのもごめんよ」
「まぁ、そうだな……ともあれ目撃証言やどこで見つかったか、などはわかってるのか?」
「それは勿論……オークション会場近辺に怪しい奴がうろついているのを、ウチが雇った諜報員が見付けているわ」
「捕まえさせろよ」
「簡単に言わないでよ。諜報員よ? 諜報員。しかもオークション会場近辺なんて……下手に派手な戦闘になって客に被害があったらどうするのよ」
誰も彼もがあんたみたいに何でもかんでも出来るわけじゃないのよ。イリアはカイトの発言に深くため息を吐いた。とはいえ、即座に挑発的に問いかけた。
「で、そう言うってことはあんたは捕まえてくれるのよね?」
「やりましょう。やれって言うんだったらな」
「さすがね……聞き取りに関しちゃウチでやるから、捕まえてくれればそれで良いわ。ただバレて逃げられても困るから、捕まえるのは数日は泳がせて目的を掴んでからね」
「聞き取りねぇ……尋問の間違いじゃね?」
「大差は無いわね」
少しだけ楽しげなカイトの問いかけに対して、イリアは肩を竦める。
「というか、目的の調査からならオレらが動くより人を使った方がよくね?」
「あんたが来るのがもう少し後だったなら、そうしたわね。でもこっちに報告が上がったのが三日前。人を選定したりするより、あんた動かした方が早いし安いのよ」
「本来オレが動くと金が無茶苦茶発生するんだが?」
「わかってるわ……でも真っ当にやると多分一ヶ月は掛かる。なら貴方は動かざるを得ない。でしょ?」
「ちっ」
当たっているからたちが悪い。カイトはニタニタと楽しげな笑みを浮かべるイリアに笑いながら一つ舌打ちする。実際、ここでソラ達になにかがあったらそれはそれで面倒なのだ。リデル家が真っ当にやって彼らに被害が出るのが嫌なのなら、自分で動くしかなかった。
「まぁ、良いかね。とりあえず……オークションねぇ。買いたい物は今のところ無いんだが」
「買えとは言ってないわ」
「買わんと買わんで格好が付かんだろ、オレもお前も」
方や元公爵。方や現役の公爵だ。どちらも身分を隠して動いているとはいえ、その立場があることは事実である。必然、それを勘案して動かねばならないだろう。とはいえ、そんな様子のカイトにイリアは呆れるように笑った。
「だからあんたなんでそこら真面目なのやら」
「性分だ、性分」
「ま、そうなんでしょうけど……なら何? なにかプレゼントでもしてくれんの?」
「ややっこしい立場を更にややっこしくすんなよ」
「あはは……それはそれとして。本気で高い買い物をする必要は無いわ。下手に高額商品買ったりしてもあんたも立場的に面倒でしょう?」
今回はあくまでも裏ギルドの目的を探って貰うことがイリアからの要望だ。イリア自身本気で買えと行っているわけが無いし、彼女自身そう言っている。
「そうだがな……とはいえ、オレがオークションに参加するのは別に不思議でもなんでもないか」
「ええ……それに関しちゃこっちで手を回しておいたわ」
「リデル家元当主なら許可証の用意ぐらいは容易か」
カイトはイリアから差し出されたオークションの参加許可証を見ながら、一つ頷いた。この許可証はオークションに参加を申請した者に付与されるもので、本来なら各種の手続きや審査があり今から申請してソラ達が参加するオークションに間に合うものではない。が、イリアはリデル家の先代当主だ。どうにでもなった。
「そりゃ、やってもらう以上この程度の手配は行うわ」
「そうしてくれないと困るしな……うっわ。全部のオークションにフリーパスか。これ、オレが素で欲しいな」
「その昔、あんたにはあげたでしょ」
「マクダウェル公としての物を今使えるわけじゃないからな。今は参加したい奴にその都度椿に申請して貰ってるから、割りと手間になってるんだよ」
これさえあれば全てのオークションに自由自在に入ることが出来る。リデル家が発行したフリーパスを見ながら、カイトは少しだけため息を吐く。
なお、今回カイトが貰った物はあくまでも任務遂行に必要だからと一ヶ月ほどの期限しかないもので、本来の彼が持つ物は永年、つまり恒久的に使えるものだった。
「あ、そうだ……そういえばそれ、一応私が一緒でないと使えないから注意してね。というか、正確には私名義で出しているものだから、あんたは一緒に入れてもらえる形」
「え? うわ、マジだ」
「いざとなれば私がオークションに参加してあんたには裏で動いてもらわないといけないんだから、そっちのが良いでしょ。逆だったら私が外で待機することになるし」
「そりゃそうか。納得」
確かに言われてみればオークションに参加することが目的じゃないもんな。イリアの言葉にカイトもまた納得を示す。
「まぁ、良いや……んー……それだったらいっそオレはオレとして参加しない方が良いか?」
「どういうこと?」
「いや、オレがオークションに参加するのは特段不思議じゃないだろ? 天音カイトだろうがカイト・マクダウェルだろうが」
何度となく言われているが、カイトは割りと頻繁にオークションに参加して骨董品や珍品名品を手に入れている。なので当然皇国国内有数のオークション会場のある『フンケルン』にも何度か足を運んでおり、今回来ていたとて主催者側さえ常連客が来てくれたぐらいにしか思わないだろう。
「そうね。いつもお買い上げありがとうございます」
「どういたしまして……とまぁ、それはさておき。だから今回のオークションでオレが居ても、裏ギルドの連中は厄介なのが参加しやがった、ぐらいで裏になにかあるかは勘ぐらないだろう。が、主催者側にもし奴らの手先が居れば、リストにないオレが誰かと一緒に来ていると変に勘ぐられる可能性がある」
「なるほど……確かにそうね。いっそ私が初心な令嬢を演じて貴方に案内を頼んだ、体でも良いでしょうけど……そうすると今度は一人での参加になった時に不信感を生みかねないわね」
カイトの指摘に納得したイリアも、カイトの存在は隠した方が良いかもしれないと同意する。
「でもそれならあんたはどうするの?」
「こうします」
ばさっ。カイトはロングコートを脱ぐような形で翻して一瞬だけ身を隠して、何時もの少年の姿から青年の姿へと変貌。更には髪をオールバックにして執事服に身を包んで、優雅に一礼する。
「あら……案外似合うじゃない」
「ありがとうございます、お嬢様……とまぁ、教育係かお目付け役の体で動けば良いだろう」
「言動元に戻すと一気に不良執事になったわね」
やるだけやって満足したのか椅子にどかりと腰掛けたカイトに、イリアが楽しげに笑う。そもそも彼女自身が先代のリデル公イリアではなく、身分を偽ってリデル家に属する令嬢に扮しているのだ。
その彼女に付き従う従者に扮すれば、誰も彼がカイトだとは思わないだろう。と、そんな彼にユーディトが口を挟んだ。
「一応、私の立場上は制止させて頂ければ」
「「あー……」」
「ただそれはそれとして、お嬢様が喜びそうなので良しとしておきます」
「ネ、ネタには使わないでくださいね……一応お仕事なので……」
一応言うとカイトのフロイライン家での立場は当主の許嫁だ。それが偽装とはいえ執事に扮して他家の令嬢に仕えている風を装うのはよくないだろう。
が、相手はアウラが旧知の仲であるイリアだし、仕事で必要と言われれば必要なのだ。立場上言っただけで気にしてる様子はなかったし、当人は面白そうに見ていた。そんな彼女に困り顔で笑うカイトであるが、とりあえずの方針を定めるとそのままもう一つの案件の話に移る。
「で……とりあえず『フンケルン』での動きが定まったわけだが……こっちか」
「そっちはガチで動かないとヤバいわよ」
「わかってる……流石に見過ごせん……最悪はアルミナさんに聞くってのも出来るが……」
イリアの言葉を聞いたカイトは、改めて険しい顔でサリアがもたらしてくれた情報を見る。そうして、彼は一つ舌打ちする。
「ちっ。時間が無いな。ユニオンの遠征も近い。それまでにはケリを付けないとマズいな」
「……ソラくんはどうするつもり?」
「言ってやらんと流石に可愛そうだろう。後はトリンも、だな……まぁ、二人には久々に会う良い機会と言えるか」
どうしたものか。カイトは資料を見ながら、どうするべきか考える。と、そんなことを話しているとソラが彼らに与えられた部屋から出てきた。が、出てきて早々に彼は困惑する事になった。
「カイト……って、どしたんだよ、その格好……」
「え? あぁ、ちょっとな……お前一人か?」
「ああ。一応先に礼だけは言っとかないと、と思って。由利とナナミは部屋の確認してくれてる」
すっかり流れで執事服を着ていたことを思い出したカイトが元に戻ると、そんな彼を横目にソラはイリアの前まで歩いて行く。そうして彼はイリアへと頭を下げた。
「ソラ・天城です。この度はありがとうございました」
「ああ、良いわよ。ウチのお客様なのだし、予約だけ入れておいて使わなくなるより誰かしらに使って貰った方が良いしね」
「ありがとうございます」
当然だが、ソラはイリアがイリアだと気付いていない様子だった。まぁ、カイトとしても言及していなかったし、本来なら会う予定にはなかったのだ。仕方がなかった。というわけで、イリアの自己紹介も無しに進んでしまったわけなのだが、そうなると今度はソラが話の進め方に困る事となった。
「えっと……あの、お名前を伺っても……」
「……え? あぁ、名前ね。イリアよ」
『お前、普通に本名使ったの?』
『しょうがないでしょ。私あんたみたいに偽名いくつも使い分けられるほど器用じゃないのよ』
そういえば一方的に見知っていたので名乗ってなかったっけ。そんな様子で答えたイリアであるが、カイトの念話に少しだけ不貞腐れた様子で答える。
「ああ、イリアさん……えっと、いつ頃出発されるんですか? お忙しい、と聞いてたんですが」
「ええ……忙しいは忙しいのだけど、こっちで仕事もする必要があるから出発は数日先と考えて頂戴な。で、カイト。さっきの話を彼に」
「ああ」
「?」
何がなんだかわからない。そんな様子でソラが小首を傾げる。そうして、カイトは情報屋ギルドからもたらされた情報をソラへと伝える事にするのだった。
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