第2736話 煌めく街編 ――フンケルン――
前リデル家当主イリアの夫であったクラルテという老紳士の墓参りを行うべくリデル領へ向かうことになったカイト。そんな彼はリデル領にて行われるオークションに参加するソラと彼の同伴者として向かうことになった由利、ナナミの両名と共に、『フンケルン』と呼ばれる歓楽街へ向かうことになっていた。
というわけでその道中でオークション参加における注意点ややり方をソラに伝授することになったカイトであったが、その翌日の午後。リデル領北東部の歓楽街『フンケルン』に到着していた。
「ほはー……」
「ほへー……」
「ほあー……」
飛空艇のタラップを降りて空港を後にしたソラ達であるが、そんな彼らの顔は三者三様に間抜け面を晒す、という所であった。まぁ、マクスウェルにも歓楽街はあるが例えばラスベガスやマカオのように綺羅びやかではない。
それに対する『フンケルン』は正しくその両者のような綺羅びやかさが見て取れていた。そんな三人に、カイトが少しだけ申し訳無さそうに声を掛けた。
「あー……呆気にとられている所悪いが、空港の入り口ど真ん中で突っ立ってると往来の邪魔になるぞ」
「あっと……えーっと……一応、俺らもお前が向かうホテルで良い……んだよな?」
「そうだが……お前、ベガスとか行ったことないのか?」
「ねぇよ。親父が許すわけねぇだろ」
「そりゃそうか」
そもそも星矢さんも行きそうにないし。カイトはこれは確かに自分が悪かった、と反省する。
「まぁ、ベガスみたいな所だから遊ぶにゃ困らん……が、カジノにはあまり行かないようにな」
「わかってるよ。遊ぶにしても節度は守って、だろ?」
「そういうこと……とりあえず馬車は手配しておいたから、すぐに来ると思うが……」
まずはホテルに向かって荷物を置かない限りは何も始まらない。というわけで、カイト達は手配した馬車に乗ってホテルへと移動する。そうして来たホテルであるが、『フンケルン』でもかなりの格を有するホテルだった。
「え? マジでここ? ここの最上階?」
「ああ……ウチの依頼人が手配してくれた所だ。まぁ、依頼人が何時合流出来るかわからないから、ってことで部屋を用意してくれてる。そこの一角を使うと良い」
「お前、一人で来る予定だったんだよな?」
「元々はな」
それなのにそんな大部屋手配してくれてるのかよ。ソラは今回の依頼人がリデル家でも本家筋に属するのだろうと察したようだ。とはいえ、それだけが理由ではなかった。
「まぁ、確かに一人で来たが同行者が増える可能性はあった。というより、オレ一人になったって言ったら割りとガチ目ではぁ? って言われた。いや、あのはぁ? は別か」
「もしかして元々は上層部で受けるつもりだったりしたのか?」
「いや……ユリィとかアウラに声は掛けたんだ。でも今回は遠慮するって」
「どういうことなんだ……?」
何があってユリィちゃんまで遠慮って。滅多にない事態にソラが困惑を露わにする。というわけで、カイトは少しだけ声を落として教えてくれた。
「……その昔世話になった方の墓参りなんだ。リデル家の本家筋に属する方で、色々と理由があってオレしか殆ど話したこともない方でさ」
「え、あ……そか」
令嬢ってのは表向き彼が訪問するための理由付けなのだろう。ソラは遠慮しないでも良いのに、といった様子のカイトに対してそう思う。
まぁ、こればかりは当人達がどう思っていようと周りがどう思うかというだけだ。なので彼もこれ以上は触れないでおこう、とこの話題を避けることにしたらしい。
と、そんなことを話しているとコンシェルジュがやって来て荷物を受け取ってくれ、そのまま最上階まで通されることになった。そうして入った最上階では、一人の令嬢が一人のメイドに付き添われて優雅に紅茶を嗜んでいた。
「あ、カイト」
「え? いや、え?」
「あによ。来てて悪い?」
「いや、お前は良いよ……なんでユーディトさんが居るんすか?」
令嬢は言うまでもなく若い姿を取ったイリアだ。こちらについては元々彼女も同行しないわけにはいかないので、と言っていた以上は当然だろう。なのでカイトも驚きはしなかったが、その横にユーディトが一緒だったことには驚きを隠せなかった。
「お嬢様よりカイト様に同行するように、と。クラルテ様のことは当家も存じ上げておりましたが、色々とありましたので墓を詣でることも叶いませんでした。が、カイト様がご一緒なら問題無いでしょうと」
「それで……それなら当人が来れば良いものを」
カイトはユーディトからの言葉に深くため息を吐いた。とはいえ、わからないでもなかったようだ。
「まぁ、大方貴方と自分が一緒に動くと大事になるから避けたという所でしょう」
「その通りでございます」
ご理解痛み入ります。アウラの意図を読んだカイトにユーディトが頭を下げる。が、勿論彼女を知るのはカイト一人。ソラ達はわからない。というわけで、ソラが問いかける。
「……誰?」
「ああ、こっちの女の子はまぁ良いか……そっちのメイドさんは本来フロイライン家付きのメイドさん。リデル家関係無い」
「以後、お見知りおきを」
「フロイライン家の? フロイライン家ってあれだよな? アウラさんの実家だよな?」
「そ」
「ちなみに、正確にはカイト様付きの専用メイドに」
「なりません。後専属はあっても専用は無いですからね?」
「むぅ……」
先手を打ってツッコミを入れたカイトに、ユーディトが少しだけ不満げに口を尖らせる。と、そんな和気藹々とした様子を見せる一同に、イリアが告げた。
「ふぅ……それはともかくとして、ひとまず荷物を置いてきなさいな。バカみたいに荷物を持って突っ立ってると見苦しいわ」
「あっと……すいません。すぐ置いて……あ、部屋貸して頂いてありがとうございます」
「ああ、良いわよ別に」
頭を下げるソラ達に、イリアはひらひらと手を振って気にするなと告げる。相変わらず貴族の令嬢なのに、かなりの気さくさが見て取れた。というわけで、ひとまず荷ほどきに入ったソラ達の一方。カイトは自身の分身で荷ほどきを実行。自身はイリアと話すことにした。
「で、お前仕事立て込んでるから何日か遅れるかもって言ってなかったか?」
「その予定は予定だったわ。ただそれよりあんたに接触しないといけない理由が出来たのよ」
「オレに接触?」
「嫌なの?」
「嫌だろ。お前がオレに予定繰り上げで接触とか、明らか面倒が起きたパターンじゃねぇか」
イリアの楽しげな様子にカイトは辟易したように肩を落とす。そもそも多忙な彼女が予定を繰り上げてカイトに接触しようとしている時点で、面倒しか考えられなかった。というわけで、彼女は横に置いていた資料の束をカイトへと投げ渡す。
「ほら。これ私の所に商人ギルドを介して持ち込まれた情報。出処はまぁ、聞かないでも良いでしょう」
「はいはい……」
商人ギルドを介しての情報の出処なぞ、考えるまでもない。そんなことをしてくるのはサリア一人だろう。というわけで書類の束を開くわけであるが、結論から言えば案の定だった。
「ほら、やっぱそうじゃねぇか。というか、こっちの案件はオレ関係なくね?」
「そうね……だから予定繰り上げて来てあげたのだし」
「最低だな、お前……」
「あんたと私の仲じゃない」
ニコニコと楽しげに、イリアが笑う。これで話されている案件が案件でなければ、休憩時間の大学の講堂で仲の良い男女が話している姿にしか見えなかっただろう。
「やってくれる?」
「やりたかねぇな」
「やるわよね?」
「あのな……」
目は口ほどに物を言う。楽しげに笑いながらもある種の圧を感じさせるイリアに、カイトはため息を吐いた。そんな所に、ユーディトが口を挟んだ。
「旦那様……そう邪険になさいますと、お嬢様が悲しまれます。ここは一つ、素直になれないお嬢様の顔を立てて下さい」
「いや、明らか刃傷沙汰含みの面倒事なんですが。普通、止めません?」
「……」
こちらは顔こそメイドとしての無表情を見せている――これも演技――が、ユーディトの雰囲気は非常に楽しげだった。というわけ言うだけ言って後は無言のユーディトに、カイトは特大のため息を吐いた。
「はぁ……わかりましたよ。やりますよ」
「ん、ありがと……色々と後始末に大変なあの子にこんな細事の対処をさせるのも酷だと思ってね」
「それで母親は依頼にかこつけ男とデートと」
「行き先、父親の墓だけど」
「わっははは。未亡人娶る新旦那の挨拶だな」
どうやらカイトはかなりやけっぱちになっていたらしい。笑っているように見えて、目は笑っていなかった。
「はぁ……まぁ、良い。で?」
「うん……でも多分、あんたにも益が無いわけじゃないでしょう? それを潰すのは皇国貴族の役目よ。それをソラくんに任せたりするのは筋が違うんじゃないかしら」
「そうだな……放置するとソラが面倒に巻き込まれかねん。しゃーない。オークションに行くように唆した手前、対処すっかね」
どうやら最終的にはソラ達が巻き込まれる可能性があるため、というのがカイトの結論に影響を与えたようだ。というわけで、カイトは更に詳しくイリアから話を聞くことになるのだった。
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