第2735話 煌めく街編 ――コツ――
合同軍事演習を終えて見えた問題点への対応を行うべく奔走していたカイト達冒険部の面々。そんな中でソラも瞬も自分達の魔術面の不足を感じて、それを是正するべく動き出していた。
というわけで、ソラからリデル領北東部にある『フンケルン』に向かう事を決めたと報告を受けたカイトであったが、彼もまたクラルテからの依頼の兼ね合いで『フンケルン』へ向かう事になっていた。
「というわけで、椿。すまないが急遽ソラ達三人分のチケットも頼めるか?」
「かしこまりました。まだチケット取得前でしたので、一緒に手配をしておきます」
「助かる」
そもそもカイトもまだ日程が本決定したわけではなかったのだ。なので飛空艇のチケットは取得前だったようだ。というわけで、諸々の手配を彼女に任せるとカイトは再び書類仕事に戻りながらティナに連絡を入れた。
「ティナ」
『なんじゃ? こちとらお主が放り投げた重特機と魔導機の修理で忙しいんじゃが?』
「悪かったよ。一応軟着陸は出来てただろ? それと魔導機の損傷はオレに文句言われてもな」
『まぁ、お主に使わせて戦闘に出た以上この程度で済んだのなら良かったと考えるべきなんじゃろうがのう』
どうやらティナは単に忙しいのに仕事を増やしやがって、と言いたいだけだったらしい。これ以上この話題を続けるつもりはなかったのか、そのまま話を進める事にしたようだ。
『で、なんじゃ?』
「ああ、『フンケルン』に行くことになってた話は前にしたな?」
『聞いておるよー。クラルテ殿の墓に行くんじゃろ?』
流石に政略結婚とは言えリデル家の婿で尚且つティナはあまり関わりのなかった相手だ。一応は婚約者とはいえ、ティナも遠慮したようだ。今回は同行しないことになっていた。
「ああ……それで今しがたソラから話があって、『フンケルン』のオークション目当てであいつも『フンケルン』に向かうらしい。なんか頼むか? オレもタイミングが合えば出るつもりだ。オークション、出たことないだろうからな」
『ふむん』
それなら話は変わってくるぞ。ティナは若干適当だった様子から一転して、カイトの問いかけに真剣に考え込む。
『……まぁ、珍しい物があれば、という所かのう。月末恒例のオークションには『ディアブレリー』に余が出るので、そこまで欲しい物があるわけでもないが……』
「そうか……まぁ、出品予定のリストは夜にでも渡すよ。何か欲しい物があったら言ってくれ」
『わかった……出立はいつを予定しておる?』
「明後日の朝の便で出発だ」
『明日一日か……ならばリストをこっちで取りに行く。今からなら夜までには目ぼしいものを見付けられよう』
「そうか」
ティナなら一時間もあれば全てのリストをチェックすることも不可能ではない。なのでそこまで急ぐ必要も無いように思えるが、周囲の状況のチェックなどを考えれば時間が有り余っているわけでもなかった。
というわけで、これからリストをインプットして思考回路を分割。サブで目ぼしい物がないか確認するつもりなのであった。というわけで、今度は公爵邸に通じる通信機を起動。従者達にリストをティナに渡すように指示。それの手配を終わらせると、カイトは改めて書類仕事に戻ることになる。
(とりあえず書類であとやらないといけないのは……)
「御主人様」
「ん?」
何を次に片付けるべきか。改めて考えていたカイトであるが、椿の声で顔を上げる。
「花の手配は如何がなさいますか?」
「花か……当たり障りのないもので良い。流石に奇を衒うのは失礼だ。菊花にストックやら……長持ちするものであれば……ああ、受け取りは向こうで頼む。いくら日持ちする花がメインだとはいえ、流石にこっちから持っては行けんからな」
「かしこまりました」
元々最高級のメイドとして育て上げられた椿だ。こういった弔問時の花の手配は得意とする所だった。というわけで、彼女に花の手配を頼むとカイトは改めて書類に戻ろうとして顔を上げた。
「あ……すまん。鬼灯は抜いておいてくれ。あそこの古い風習で、鬼灯は縁起が悪いとされていたのを思い出した。炎華と似ていてることから、忌避されていたそうだ。そもそも気にする人もいないだろうが……」
「かしこまりました」
「すまん」
書類に戻る前にクラルテのことを思い出したカイトであったが、そこでふとクラルテからそんなことを聞いたことを思い出したらしい。急な撤回に一つ謝罪して、改めて書類仕事に戻るのだった。
さてカイトがクラルテの墓参りに向けて各種の手配を行って二日。カイトとソラの二人はそれぞれ別に『フンケルン』へ向かうべく準備に勤しんでいたわけであるが、出立の直前にカイトは一度執務室に顔を出していた。やはりギルドマスターなので何か急場の仕事が無いか確認するためだ。
「良し……あぁ、先輩」
「ん? 何だ?」
「改めての確認だが、明日の朝から出掛ける。残ってる間の手配は色々と任せる。まぁ、桜も瑞樹も残ってるから、先輩に頼むとすれば戦闘だけだろうが」
「わかっている……まぁ、俺もしばらくは内勤したい所ではあったから、依頼に出る予定は今の所無い」
どうやら瞬はルークと話す中でなにかを考え、少し調べ物をしていたらしい。ルークと話して以降は書庫に籠もっている時間が増えていた。
「そうか……まぁ、ホーム内に居るならどこに居てもさほど変わらんから、そこは好きにしてくれれば良いよ」
「ああ」
別に瞬がどこで何をしていようと、連絡が取れる限りは問題はない。というわけで、カイトは後を瞬に任せて荷物を手に空港へ向かうことにする。
なお、ソラ達とは同便で移動する予定だが、流石にそこに割って入るほど無粋ではないので基本は別行動だった。だったのだが、飛空艇が出発して早々にソラがやって来ていた。
「何しに来たんだよ。由利やナナミの所にいろよ」
「いや、オークションのマナー? やり方? そんなのを聞きに来たんだよ。ナナミも由利も知らないって言うし……お前、確かオークションとかよく行くんだろ?」
「む……」
流石にそれなら仕方がないか。先にも言われていたが、ソラにオークションの参加経験は無い。勿論彼でそうなら一般家庭出身の由利は何をか言わんや。ナナミも村長の娘といえど田舎町の村長の娘だ。
なので誰もどうやって入れば良いか、という所からわからないのである。というわけで、カイトはソラを部屋へと招き入れる。
「で、オークションのマナーというかやり方だな」
「おう……えっと。イメージなんか指とか手とか札とかで入札するって感じ……なのか? なんか競りっぽい感じの……」
「あはは……いや、昔はそうやってたんだけど、流石に今は違うよ。多分、今それを言ったらオークショニア達に古臭いって思われるから注意しとけ」
「マジか」
まぁ、伝統を重んじるオークションをしている所じゃそれで通してる所もあるけどな。カイトは笑いながら、ソラへとそう告げる。というわけなので、カイトが現在のオークションで使われている入札方法を教えてくれた。
「まず今のオークションのやり方だが、基本的にはテーブルに備え付けられているコンソールで自分の入札金額を記載していくやり方だ……えっと……少し離れてくれ」
「あ、おう」
「よし……こんな感じの机が用意されているんだ。まぁ、その土地土地やメーカで形状は異なるけど、大まかな構造は一緒だ」
カイトが編み出したのは、ヴィクトル商会で販売されているオークション用の机だ。やはりオークション用なのでかなり高級感に溢れていたが、形状としては右上に奇妙な細長い箱がある程度でそれ以外には何の変哲もなかった。
「へー……この右上の四角い箱みたいなのがコンソール?」
「いや、そいつはスイッチのカバー。誤って操作しないように、入札しない時はそれを伏せておくんだ。箱の側面には番号も書かれているから、オークショニア達は誰が入札しているか、誰がどの商品に興味を持ってるかを把握するわけだな」
「あ、なるほど……どの商品に興味があるかわかれば、今度は個別に話も出来るよな……」
オークションは高額な取引だ。誤って入札してしまうと大変だろう。それへの対処を兼ねている、と言われソラも納得する。
「そ。オークション参加者は謂わば上客の集まりだ。オークションに掛けるより、特定の客に売った方が良い場合もある」
「ふーん……あ、なるほど……この下にスイッチとパネルがあるのか」
「そ……そいつで金額を入れて、ってわけだな」
「簡単だな」
これなら自分でもできそうだ。ソラはおそらくこれは学のない冒険者も使えるようにしているからだろう、と考える。
「そ……簡単だ。但し、一つ注意することがある」
「え?」
「入札してる所はあまり見られないようにした方が良い」
「どういうことだ?」
確かに札を上げその下に格納されているコンソールに金額を入力する形なので、入札している所を見られにくいのは見られにくくは出来ているだろう。
「面倒になるからだよ。基本的にオークションは誰が落札したか、とかは隠される。よほど有名な物品は別だけどな」
「そうなのか? でもよくニュースとかだと落札者がコメントしてたりする気もするけど」
「まぁ、そこらはエネフィア特有の事情だ……手に入らないから力で奪おう、って馬鹿が時々居るんだよ。実際……って、お前は知らんか。お前がブロンザイト殿と旅してる時にもオークションで手に入れた物を盗賊に狙われて、一悶着あったんだ」
「マジで?」
自分が旅をしている間にそんなことがあったなんて。ソラは驚いたように目を見開く。
「あれはあの商人が若干迂闊だった、って所はあったんだろうが……いや、盗賊がオークションに参加するとも思わないだろうけど」
「はー……でもそっか。確かに金でどうにもならないから力で、ってのは居るかもだよな……」
「そ……一応、オークション側も対応はしてくれてるけどな。でも限度はあるからな」
「そっか……まぁ、頑張ってみる」
今回は場所の関係上、由利とナナミを連れて行っている。由利は冒険者なので多少は自衛出来るが、ナナミは非戦闘員だ。万が一が無いようにソラは殊更気を付けることにしたようだ。
「そうしろ……まぁ、オークション側も偽装で何人か職員をオークションに参加させて、入札してる風を装ってくれている」
「それ、金額の吊り上げとか食らわないか?」
「それはせんよ。そんなのがバレたら一気に顧客を失うからな。慣れた参加者だと誰が職員かわかるし」
「お前は?」
「わかるが?」
「流石かよ……」
まぁ、カイトの場合は何度もオークションに参加しているというのだ。知っていても不思議はなかった。とはいえ、それならそれでソラも聞いてみる。
「なにかコツとかあるのか?」
「んー……例えば自分と同じタイミングでコンソール触ってる奴が居たならそれは確定で職員だ」
「あ、そっか……同じタイミングで入札した風を装えば、本当に入札したかどうかわからないのか」
「そ……他にも色々とあるが、金額の吊り上げの最大の難点は最悪は主催者側が痛い目に遭う可能性があることだな」
「どーゆうこと?」
こてん。カイトの言葉にソラは小首をかしげる。とはいえ、これは言われてみれば当然だった。
「いや、自分も入札に参加するんだぞ? もし読み誤って落札したら、その時点で赤確定だ。金額が馬鹿にならんのに、そんなのやる意味あるか?」
「あ……そこに更に手数料とか取られると……」
「もう笑うしかないだろうな。ぶっちゃけ、歴史上数回はそれやって大馬鹿を見たオークションはあったらしい。が、周りからは馬鹿だ、と言われて終わりだ。参加者が気付いて意図的に吊り上げ合戦にさせて、大赤字出させたこともあったらしいしな。勿論、参加者の大半は上流階級……それらを敵に回す怖さは主催者達もわかってる」
これは明らかに吊り上げさせるメリットがデメリットに見合っていない。ソラはまともな神経をしているのなら大丈夫だろう、と安堵する。
「後重要なのは、引き際とかの見極め方とかになってくるか。そこらは慣れが大きくなるが……まぁ、一応教えておくか」
多分無理だろうが、無いよりはマシだろう。カイトはそう判断して、それからしばらくの間ソラにオークションにおけるコツを伝授するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




