第2734話 煌めく街編 ――煌めきの街へ――
合同軍事演習を終えてマクスウェルに帰還して数日。カイト達は演習で見えた問題点の修繕に取り掛かると共に通常営業に戻っていた。というわけで通常営業に戻る傍ら、ソラと瞬の二人は次のステップに進むべくランクAへの昇格試験を受験。書類審査を終えて昇格の手続きを行うと、その足でソラはルークの所へ向かうという瞬と別行動してオークションの話し合いのためにライサの所へと向かっていた。
「というわけで、ランクAに昇格してきました」
「良し。こっちも目ぼしいオークションは探してやったよ……総じて冒険者が参加する場合はランクA以上の資格が必要か、招待されなければならない奴だ」
「どもっす……え、結構多いっすね」
「これでも間引いた方さ。オークションなんて国内外全てひっくるめれば年がら年中どこかではやってるからね」
A4用紙一枚に列挙されたオークションの一覧を見て、ソラは僅かに感心する。列挙されたオークションは十数個。場所も様々で、取り扱う商品も様々だった。
「はー……流石に全部は見て回れないっすよね?」
「当たり前さ。実施場所が遠すぎる」
「っすよね」
一番遠い所から遠い所まで移動しようとすると飛空艇でも二日ぐらいはかかりそうな距離だ。そこで更にオークションに参加して手続きなども行って、と考えると余裕でオークションの開催には間に合いそうになかった。というわけで、リストを確認するソラへライサが告げる。
「とはいえ、流石に一つのオークションだけで成果を得ようとしてもかなり厳しい物がある。だからオススメはこれ『フンケルン』。通称、輝きの都市」
「どこっすか?」
「リデル領北東部にある大都市さ。主要な産業……じゃないか。歓楽街と考えれば良いよ」
「歓楽街……」
「多いよ、オークションの開催地が歓楽街って。今回リストアップしたオークションの七割ぐらいは歓楽街。後はハイゼンベルグ領ハイゼンベルグだったりって感じだし」
オークションなんて大半金持ち相手だからね。ライサはソラへとそう告げる。
「まぁ、歓楽街だから遊ぶのも一興かもね。あ、後場所によっちゃ同伴者必要になるから、彼女さんどっちかは連れてきなよ。両方でも有りだけど」
「うっす……え? マジっすか」
資料を見ながらなのでうっかり普通に応じてしまったソラであったが、話半分でしか聞いていなかったらしい。反芻してみて驚きを露わにしていた。
「有名な歓楽街だからね。パーティ会場が隣接されているってのも珍しくない。まぁ、あんたの場合ギルドマスターさんに頼んで同行して貰うか、だね。あの人なら場慣れしてるだろうから、慣れないあんたを連れてきた体で通せるだろう」
「あー……どうっしょ。昨日打ち合わせしてる時にカイト、今リデル家からの依頼が来る予定でそれ待ってるって話聞いたんっすよね」
「あちゃぁ……リデル家か。そりゃ間が悪い。ってなると、やっぱ彼女さんになるだろうね」
カイトの言っているリデル家からの依頼というのはクラルテの墓参りの件だ。一応皇国から立ち入りの許可は貰っていたが、筋としてリデル家側――リデル家の長老達――に話を通していたのである。
流石に世話になった故人の墓を詣でたい、とマクダウェル公から正式な書面を介して申し出されては長老達も否やは言えず、彼らもまた正式な書面で許諾の旨を伝えるべく書類を作成していたのであった。
「あれ? でもリデル家って事ならリデル領に行くって事じゃないかい? 時間は取って貰えないのか?」
「あー……どうなんっしょ。なんかかなり僻地まで行かないといけないから、半日か最悪は一日はどうやっても連絡が取れなくなるって」
「僻地? リデル領にそんな半日も連絡取れなくなるような僻地あったかなぁ……」
やはり商人である関係上、各地の話はそれなりには聞いているようだ。なのでリデル領のおおよその様子はわかっているらしく、半日も連絡が取れなくなる僻地があったか疑問だったようだ。とはいえ、こんなものは本題ではない。なのでソラもライサもさっさと気を取り直す。
「まぁ、それはそうとして。そういうわけなんでカイトには頼めないっすね」
「そうだね……まぁ、それならそれで仕方がない。それにそっちは私が考える事でもないしね」
「うっす」
同伴を誰にするか。もしくは必要になるのかなどはソラが考えるべきことだ。なのでソラもライサの言葉に同意して、これについては後で考える事にしたようだ。というわけで、同伴などの話に一区切りつけた二人は改めてオークションについての話を行う事になる。
「まぁ、改めてオークションの話に話を戻そうか。とりあえずさっきも言ったけど、オススメはリデル領北東『フンケルン』。第二候補はユヴィリール領南方の『ゲリンゼル』。この二つなら複数のオークション会場が一つの街の中にあるから、万が一一つに決まりきらなかったらリカバリも出来る」
「なるほど……」
それなら確かにこの二つが一番良いのかもしれない。というわけで、ソラが問いかける。
「なんで『フンケルン』の方が優先度高いんっすか?」
「リデル家は商家だからね。各地の様々な名品珍品が数多く集まるんだ。何より『フンケルン』には皇国でも最大規模のオークション会場がある。今回最大の狙い目もそこだね。魔導書の出品率は非常に高いし、突発で持ち込まれる事もある。それ以外にも細々としたオークションが開かれている点を考えれば、最有力候補で良いだろう」
「『ゲリンゼル』は?」
「こっちにも有数のオークション会場はある……けど取り扱う物が金銀財宝が多いんだ。ユヴィリール家も商家から出世した貴族だけど、こっちは宝石とかそういう高級品や調度品を扱う事に長けてるんだ」
「な、なんってか彼女連れで行くならそっちのが良いかもしれないっすね……」
「あははは。まぁ、それは否定しないよ」
ソラの自分は何をしているんだろう、というような言葉にライサも一つ笑い飛ばす。とはいえ、遊びに行くわけではないのだ。というわけで、一頻り笑った後にライサが気を取り直した。
「ま、それならそれで家なり部屋なり買う事を考えた方が良いだろうけどね……それはともかく、そういうわけだから『フンケルン』が第一候補ってわけ」
「うっす」
確かに話を聞く限り、様々な面で『フンケルン』なる街が最良と考えられた。というわけでソラもそれを念頭に置いて、そこと比較してどうかという形で他の候補の話を聞く事になるのだった。
さてソラがライサからオークションの話を聞くようになって二時間ほど。大体その頃にはおおよその候補も絞り込めていた。というわけで、ソラが最終ジャッジを下した。
「……良し。じゃあ『フンケルン』にします」
「そうか……まぁ、私も『フンケルン』か『ディアブレリー』のどっちかじゃないかとは思ったけど」
「そうっすね……可能なら『ディアブレリー』も見てみたいんっすけど……」
「日程、モロに被っちゃってるからねぇ……」
『ディアブレリー』というのは魔術関連の物品の取り扱いに非常に強い場所で、単独のオークション会場と考えるのならこことライサが勧めてくれた場所だった。それ故ソラも最後の最後まで悩んだのだが、最終的には『フンケルン』に決めたようだ。
「そうなんっすよね……それに『ディアブレリー』だとガチの魔術師向けの魔導書の方が出てくる可能性も高そうなんで……」
「ふむ……確かにそうだね。逆に『ディアブレリー』は悪手になる可能性は十分にある。うん、それならやっぱり『フンケルン』行きで良いんじゃないかな」
「そっすね……とりあえずありがとうございました。また何かあったら注文しますよ」
「あはは。そうしてくれ。それが何よりもの恩返しだ」
ソラの言葉にライサが楽しげに笑う。確かに彼女はサービスでソラの頼みを聞いてくれていたが、純粋にサービスというわけではない。取引や付き合いと言って良かっただろう。
というわけで、彼女との話し合いを終わらせた彼は『フンケルン』行きをカイトに報告するべく、執務室に向かう事にする。そうして戻った執務室では彼や桜らが執務を執り行っていた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「おう……おかえり」
やはりカイトはかなり多忙なのだろう。演習が終われば終わったで今度は演習で活躍した有望株の調略に動いたり、としなければならないのか資料を読んだまま口だけでソラに告げていた。
「カイト。今大丈夫か?」
「ん……ああ、ちょっと待ってくれ。こいつにサインしちまって……良し。大丈夫だ」
「すまん。オークションの件で向かう先決まったから話に来た」
「そうか。どこにしたんだ?」
「『フンケルン』だ」
「『フンケルン』? 『ディアブレリー』にはしなかったのか?」
どうやらカイトは今回魔導書を探すという事から最終的な候補は『ディアブレリー』なのではと思っていたようだ。少しだけ驚いた様子があった。というわけで、そんな彼にソラが自身の選択の理由を語った。
「というわけなんだ」
「なるほど……確かにそれだったら『フンケルン』の方が良いか。『ディアブレリー』は良くも悪くも魔術に特化してるからな。まぁ、逆に魔術の名品珍品を求めるならあっちだが……」
「ティナちゃんがよく通ってそうとかは思ったな」
「あはは。実際そうだ。二ヶ月に一回はデカいオークションが開かれるからな。それには必ず参加してるか、誰かしら代役を立てて参加させている。次は今月末だったかな」
「マジか」
ライサの話を聞きながらソラはティナなら行った事がありそうだと思っていたらしい。案の定な返答に笑っていた。
「まぁ、もし今回でどうしても見付からなかったら、同行させて貰うと良い。あっちはお前がさっき言った通り、お一人様の参加もかなり多いから問題もないだろう」
「おう。もし見付からなかったらそうさせて貰うよ」
「ああ……にしても、『フンケルン』か」
そうくるか。そんな様子でカイトは椅子に深く腰掛ける。これにソラはなにかがあったのかと問おうとしたのだが、丁度そのタイミングで再度執務室の扉が開いて今度は椿が入ってきた。
「御主人様……申し訳ありません。失礼致しました」
「あ、大丈夫っすよ。俺のは単なる報告なんで……」
「ありがとうございます。御主人様、リデル家より返書が届きました」
「ああ、ありがとう。やっと来てくれたか」
椿から差し出されたリデル家の家紋が入った蜜蝋で封のされた封筒を受け取って、カイトは少しだけ嬉しそうに笑う。が、それを彼は見る事もなく一旦机の上においてソラに向き直る。
「え? 良いのか? リデル家からの返書って事は例の依頼だろ?」
「ああ。中身はわかってるし、筋通すのに手紙を送っただけだ。急ぎで見ないといけないわけじゃない」
「うん?」
そんなもんなのか。ソラは小首を傾げながらもカイトが請け負った依頼の詳細は知らなかったので、彼が言うのならそれで良いのだろうと納得するだけだった。というわけで、彼もさっさと気を取り直した。
「まぁ、それなら良いんだけどさ……『フンケルン』、何かあんの?」
「いや、さっきの依頼、実は護衛の依頼でな。さる令嬢を更に北部のとある場所まで護送して、戻ってこないといけないんだ。その護衛対象との合流予定が、『フンケルン』なんだ。色々とあってな。そこが最適と判断されたんだ」
「えぇ!?」
カイトから教えられた依頼内容に、ソラが素っ頓狂な声を上げる。とはいえ、だからとカイトが手助け出来る事はなかったようだ。
「まぁ、先方の予定次第で日程が動くから、オークションに関してはお前の方はお前の方で手配してくれ。オレは依頼優先になるからな。場合によっちゃオレは即座に飛空艇に乗って移動になる」
「いや、それは元々そうするつもりだったから問題無いよ。何よりお前は仕事なんだろ? なら頼むのは筋違いってやつだ」
ソラとしても元々カイト抜きで話を進めていたのだ。それが偶然同じ街へ向かう事になったからと頼むつもりはなかったようだ。というわけで、それならとソラ達のチケットの確保などはカイトが一緒にやっておいてくれることになり、ソラはそれ以外の出立の用意をする事になるのだった。
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