第2729話 合同演習編 ――神と神――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習三日目。そこでカイトは『神』を召喚し、防衛側の『神』との間で交戦を重ねていた。というわけで彼が『神』を駆って戦いを開始してから三十分。
攻略側四柱の『神』は防衛側七柱――カイトが一柱を先に撃破していたので正確には八柱だが――の『神』を相手に数の差を物ともせず善戦していた。
「ふむ……やはり経験値の差が大きいな。あのデカい女を操るのが誰かがわからんが……」
防衛側本陣でレヴィは小さくため息を吐く。これは当たり前だが、彼女とて何から何まで熟知しているわけではない。なのでアイナディスが『神の書』を譲り受けていた事は知らなかったようだ。
「いや、それを想定しての人選か。後はラスト一時間まで耐え抜いてくれれば良いが……」
厳しい者たちは少なくないだろうな。レヴィは防衛側の『神の書』を持つ魔術師達のフォロー体制を確認しつつ、術者達の状況を確認する。
「術者達の状況は?」
「バイタリティに問題無し……全員まだ魔力量にも余裕はあります」
「ならば良い……『神』の召喚は負担が大き過ぎる。異常が見られればすぐに召喚を取りやめるようにフォローの人員には再度念押ししろ」
「はい」
レヴィの念押しにオペレータは一つ頷いた。今回、『神の書』の術者は比較的魔術師としては若手の将来性がある者たちを優先的に選んでいた。『神』を使った事がないという者も中には居たらしく、実戦経験を積ませようというのが彼女の思惑だった。カイト達が数的不利を物ともせず戦い抜けていたのには、そういう理由もあったようだ。
「さて……後は耐え忍ぶだけ、か」
事ここに至っては流石に何か策を打った所で、という状況だ。なのでレヴィはこれ以上主体的にやれる事はない、と椅子に深く腰掛ける。
「まぁ、後はあの馬鹿が来た頃合いで少し茶化す程度か」
三日に渡って行われた演習も残り二時間を切ったな。レヴィは時計を一度確認し、改めてそう認識する。そうして、彼女は自身もまたいつでも出られるように杖を取り出すのだった。
さてレヴィが全ての策を打ち終えて自身が出られるようにしていた一方その頃。『神』を駆って戦うカイトはというと、やはり経験値の差から数的不利にも負けず優位に戦闘を進めていた。
「おっと! 危ない!」
数度の交戦によりシャーリーの『神』の居場所を掴んだらしい十二本の腕を持つ『神』に向けて、カイトは黒い目を模した『神』の視界から逃れる高速移動の最中で攻撃を叩き込む。
「シャーリー」
『ありがとう』
「あいよ……流石に似た力の持ち主だと掴まれるか」
『みたい』
基本『神』の感覚でも使わねば掴めないシャーリーの『神』であったが、十二本の腕を持つ『神』は同じく次元か空間を操れるからか比較的居場所などを掴みやすかったようだ。
大きな力を使おうとしたら居場所を掴まれるようになっていた。とはいえ、個体としての戦闘力はさほど高くはないらしい。何度となくカイトにより邪魔をされていた。
「とりあえず遊撃だから、バレない程度で頑張ってくれ。こっちは今まで通り……っと!」
『あはは……うん。わかった』
「おいよ! 気を付けてな!」
『気を付けるのはそっちだと思うよ』
話している間にどうやらカイトの『神』を捉えたらしい黒い目を模した『神』に力が収束するのを感じ取り、カイトが大慌てで再加速する。それにシャーリーが笑うのを尻目に、彼は<<バルザイの偃月刀>>を黒い目を模した『神』へと投げつける。
『割りと高火力だな。見た目から支援型かと思ったが』
「ガチの攻撃型だったみたいだな」
アル・アジフの言葉にカイトもまた少しの意外感を滲ませる。やはり目を模したというだけあって魔眼に似た力などで妨害行動が得意なのかな、と一見すると思ってしまいがちだ。が、実際に戦ってみれば近接戦も遠距離戦も対応出来る厄介な『神』だった。まぁ、厄介でない『神』なぞ居ないのだが。
『父様』
「ん? 何か妙案でも浮かんだか?」
『浮かんでない……黒い目玉が波打ってる』
「『波打ってる?』」
ナコトの指摘にカイトとアル・アジフは黒い目を模した『神』を改めてしっかりと確認する。流石に大きな目から逃れるために今は裏側に回り込んでいたのだが、言われてみれば確かに僅かだが波打ってるような印象があった。
「確かに……今までもそうだったか?」
『いや、私が記憶している限りはそういう事はない』
「だよな……」
ということは何かをしてくるつもりなのだろう。カイト達は見て取れる違和感に僅かな警戒を抱く。この黒い目を模した『神』は彼らをして要警戒と思わせていたので、注意は必要だった。
無論、止まれば巨大な目玉の餌食。しっかり確認もしていられない。と、そんな所に先にカイト達が邪魔をした十二本の腕を持つ『神』の分かれた腕の幾本かが空間を飛び越えて飛んできた。
「と! この空間跳躍は面倒臭いな!」
別に見えていれば対応も容易だが、流石に空間を飛び越えて来られては対応も難しい。なのでカイトは基本『神』を常に移動させ続け、なるべく一箇所に留まらないようにしていた。と、そうして飛翔して逃れようとした先で、今度は巨大な水の壁が立ちふさがる。
「ちっ! どっちだ!?」
『上』
「あいよ!」
この水の壁はもはや言うまでもなく、大魚を模した『神』によるものだ。なのでカイトはどちらに大魚を模した『神』が居るかを確認すると、巨大な水の壁に突っ込んだと同時に『神』を上に向けて<<バルザイの偃月刀>>を振り抜いた。
「おらよ!」
猛烈な勢いで突進してくる大魚を模した『神』に剣戟を叩き込み、カイトはその反動をも利用して水壁を突破。が、どうやら水の中に入ってしまったからかかなりの減速を強いられてしまったようだ。今度は黒い目を模した『神』に力が収束するのを知覚する。
「ちっ! おらよ!」
また面倒だ。カイトは<<バルザイの偃月刀>>を投げつけて、黒い目を模した『神』のチャージを妨害する。これに黒い目を模した『神』は一瞬身震いして、目を大きく見開いて<<バルザイの偃月刀>>を破砕する。
「良し」
破砕された<<バルザイの偃月刀>>と随分と薄れた力の収束を感じながら、カイトは一つ頷いて再度加速。黒い目を模した『神』の視界から抜ける。と、その次の瞬間だ。今まで自身を追い掛ける以外していなかった黒い目を模した『神』が大きく波打った。
「っ……」
次が来るか。カイトは幾度となく波打つ黒い目を模した『神』を横目に見ながら、いつでも防御に回れるように支度を進める。そうして黒い目を模した『神』が大きく波打つこと数度。波打ちが停止する。
「……」
何も起きない。カイトは警戒しながらも、今のところ目立った異変は無いと認識する。と、そんな彼に先程同様ナコトが報告した。
『父様』
「なんだ?」
『あの大きな目玉がなくなってる』
「ん?」
そういえば。カイトもまたナコトの指摘で今までも常には見えていた目端が見えなくなっている事に気が付いた。そしてそれに気付いて、カイトはもしかしてと嫌な予感がし始めたようだ。
『父よ……非常に面倒な予感がしているのだが』
「そうか……残念ながらオレもだ」
消えた大目玉。波打った身体。カイト達はそこから導き出される答えはこれしかないだろう、と意見を一致させる。そして、案の定だった。彼らが意見を一致させるとほぼ同時に、黒い目を模した『神』の総身が先程より更に激しく波打った。
「やっぱそうなりますよね!? シャンタク! 目一杯加速だ!」
『意味はないがな』
「わかってる!」
波打った黒い目を模した『神』の総身に幾つもの切れ目が入り、無数の目が見開かれる。これにカイト達は大慌てで更に加速して視界から逃れようとするのだが、球体の全体に目が生まれていたのだ。逃れようがなかった。が、どうやら今度は見られればアウトというわけではなかったらしい。総身に生まれた目玉から、雷撃に似た攻撃が四方八方に放たれる。
「って、おいおい!? マジか!?」
面倒くさいなぁ。カイトは放たれる無数の雷撃を器用に避けながら、まともに攻撃にも回れない状況に顔を顰める。
『狙いを付けるつもりは無い様子だな』
「それはそうだが、あんな雷撃を受けるつもりは無いぞ!?」
『受けられても困る……加速に回している力の一部を防御に回す』
「あいよ!」
こんなシッチャカメッチャカに放たれる雷撃を避けながら戦闘なぞ流石にカイト達にも困難だ。というわけで僅かに減速して障壁に魔力を回したと同時に、再度巨大な水壁が立ち塞がる。
「今度はどっちだ!?」
『居ない』
「居ない!?」
ナコトの報告にカイトは目を見開く。そして、直後。カイトの駆る『神』が水壁に突っ込もうとした瞬間。彼はその意図を見抜いて、空間と次元を歪ませるほどの力で強引な急制動を仕掛ける。そしてそれは正解だった。カイトの駆る『神』が水壁から逃れると同時に雷撃が水壁に激突する。
「あっぶねー……」
あのまま水壁に突入していれば雷撃の餌食だった。流石に一撃では倒れないもののダメージは免れなかっただろう、とカイトは胸を撫で下ろす。
「ティナ。そっちは?」
『問題は無い……とりあえずもう見られた所で問題はなさそうなので、前面に展開していた障壁も解除した』
恐竜を模した『神』と戦うティナであったが、こちらは『神』の扱いであればカイト以上だ。問題は特には起きていなかったようだ。更には黒い目を模した『神』に見られてはならない、という制限も取っ払われたからかよりいっそう自由に動けるようになっていた。というわけで状況を再確認したカイトであったが、ナコトからすぐに報告が入った。
『ん……父様。腹太鼓が鳴った』
「あいよ」
どうやら今度は太鼓を模した『神』が太鼓の音を響かせたらしい。迸る衝撃波から逃れるようにして再度急旋回。先のように結界にとらわれないように注意する。と、そこに今度は溶岩流が垂れ込める。
「次はそっちか!」
次から次へと。カイトは苛立たしげに舌打ちする。そんな彼は垂れ込めた溶岩流に対して、今度は機械の杖を取り出して振り抜いた。
「おらよ!」
杖に魔術を込めて溶岩流を絡め取り、それを太鼓を模した『神』へと投げつける。これに太鼓を模した『神』は腹太鼓を鳴らして粉砕。その一方でカイトは生まれた溶岩流の切れ目を抜けて、そこで急旋回して黒い目を模した『神』を正面に捉える。
「魔弾装填」
手に持っていた杖を先程同様に大砲に変換すると、その照準を黒い目を模した『神』に合わせる。そうして彼は即座に引き金を引いて魔弾を射出する。
「こいつでどうだ!?」
放たれた魔弾は一直線に黒い目を模した『神』へと直進する。が、今度は目視して破砕ではなく、雷撃だ。威力の差は歴然だったらしく魔弾が幾度と雷撃に晒されるも、それを物ともせず黒い目を模した『神』に直撃。その総身を大きく歪ませながら、吹き飛ばした。
「おし……あぁ?」
『次から次へと』
黒い目を模した『神』が吹き飛んだと同時に迸る緑色の光に、カイトは盛大にため息を吐く。どうやら攻撃ではなかったらしいが、大木を模した『神』はアイナディスの『神』同様仲間の保護が出来たらしい。黒い目を模した『神』が受けたダメージが回復していく。
「どっちでも良い。この回復を妨害する手立てを」
『やっておこう』
『りょーかい』
流石にダメージを負わせても即座に回復されては打つ手がない。なのでカイトは二人に対応の考案を依頼。自身は再び『神』との戦闘に戻る事にして、更にしばらくの時間が流れる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




