第2726話 合同演習編 ――神と神――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習三日目。それも残り二時間と少しという所でカイトが繰り出した『神』と、その展開を読んでいた――但し少しの想定外はあったが――レヴィ達の手により準備されていた『神』の激突と相成っていた。
「っと!」
降り注ぐ五本の溶岩流から飛翔機に似た機構からフレアを撒き散らし逃れながら、カイトは巨大な氷塊を打ち上げる。それに溶岩の『神』の右手が水蒸気を上げて凍り付く。そうして自重で崩れる岩なだれを加速して回避。更に距離を取る。
「いや、オレが言えた義理じゃないが、ちょっとは周囲の被害を気にした方が良いんじゃねぇかな、防衛側!」
『正しく仕掛けた父が言うべき言葉ではないな』
「あっははは!」
加速しながらカイトは楽しげに笑う。そうして笑うカイトの眼前に、今度は一本の巨大な溶岩流が垂れ落ちる。
「おっと!」
立ち塞がった溶岩流を見て急停止。溶岩流に向けて水弾を打ち込もうとして、しかしその前に溶岩流が温度を下げて一気に岩壁へと変貌する。
「何?」
何のつもりだ。カイトは一瞬困惑する。が、その次の瞬間。岩壁の裏側から衝撃が迸り、カイトの駆る『神』目掛けて幾つもの巨大な岩石が飛来する。
「ちっ」
飛来する巨大な岩石を風で切り刻み粉々にしながら、カイトは更にその裏に潜む水神を模した『神』の三叉槍を気合を入れた斬撃で打ち砕く。
「はぁ! それと面倒だからお前も消えてろ!」
気合一閃で三叉闇を砕くと、カイトはそのままの勢いで一気に踏み込んで水神を模した『神』を斬り伏せる。斬り伏せられた水神を模した『神』は水風船の様に水を撒き散らして弾け飛んだ。
「さて……っと」
まだ健在だった大魚の口から迸る激流に気付いて、カイトは即座に<<バルザイの偃月刀>>を逆手に持って激流を斬り伏せる。が、その瞬間には大魚は腹ビレを動かして更に押し込んでくる。
「もう一本!」
『了解だ』
突っ込んできた大魚に向けて、アル・アジフがもう一本<<バルザイの偃月刀>>を顕現。カイトは空いた手にもう一振りの<<バルザイの偃月刀>>を持って、激流を防いでいた<<バルザイの偃月刀>>の柄の尻の部分に連結させる。
「概念付与」
双刃の様に連結した二振りの<<バルザイの偃月刀>>を今度は左手一つで掴みながら、カイトが意識を集中させる。すると<<バルザイの偃月刀>>の表面に弓を意味する文字が刻まれ、前面の刃はそのままにその形状が変化。刀身は僅かに細長く。更には若干弧を描くように弓のような形状へと変貌し、輝く弓弦を有する様になる。
「ふっ」
<<バルザイの偃月刀>>を変化させた弓に輝く矢をつがえ、カイトは迫り来る大魚に向けて即座に弓を引き絞る。そうして僅か一秒にも満たない間に、輝く矢が大魚目掛けて発射された。が、その次の瞬間。水が収束し三叉槍となって、その軌道上に立ち塞がった。
「ちっ。面倒クセェ。やっぱ本体倒さない限り無限復活か」
どうやら海神を模した『神』は人型部分ではなく大魚側が本体だったらしい。こちらを潰さない限りは無限に復活するらしく、そのまままるで三叉槍から生える様に水で編まれた手が出来上がり、胴体やらが即座に生み出される。そしてあっという間に、海神を模した部分の出来上がりだった。
『さりとて間隔が長くなっている様子もない。さほどダメージは無いみたいだな』
「本体は下の魚だろうからな」
このままだと激突される。それを理解していたカイトは先程より更に力を込めて矢を放つ。これに海神ならぬ大魚を模した『神』は再度三叉槍を振るうが、今度はどうやら防ぎきれなかったようだ。
三叉槍が砕け散って、そのまま大魚を模した『神』の眉間を狙って突き進む。それに対して大魚を模した『神』は口から放つ水流の勢いを弱め、目を大きく見開いた。
「良し」
別にカイトとてこの程度の一撃で『神』を仕留めきれるとは到底考えていない。なので彼もこの行動は水流を弱める動きを誘発させる事が目的だったようだ。弱まった水流を障壁で防いで、その場を離脱する。
「で、次は……おっと! お前はマジで厄介!」
フレアを吹かしてその場を離脱したカイトであるが、一瞬停止して状況を見定めようとした所に生み出される空間の亀裂に気が付いて<<バルザイの偃月刀>>を両手に顕現。まるでかすがいの様に空間の亀裂の両側に突き立てて強引に閉ざす。が、これが通用しない事も彼はわかっていた。故に即座にフレアを吹かしてその場を離れる。
『来る』
「わかってる。来たら鼻っ面ぶん殴る」
カイトが距離を取ると同時に、<<バルザイの偃月刀>>をも砕いて閉ざされた空間の亀裂の隙間から腕が伸びてくる。そうして現れたのは、十二本の腕を持つ『神』の本体に接続された腕だ。
というわけで、ぬるりと抜け出してくるのを見越して拳を引き絞ったカイトであったが、空間が開き切る直前だ。唐突に『神』があらぬ方向へと飛び出した。
「っと、何だ!?」
『だめ。腕逆』
「あ? っとぉ!?」
ナコトの警告に小首を傾げたカイトであったが、それと同時に亀裂から機械の恐竜の顔が生えてきて口腔から光条が解き放たれる。それは丁度カイト達が駆る『神』が居た場所を薙ぎ払い、空間さえ穿っていた。
「はー……助かった。空間を切り裂くだけ切り裂いて、あいつの頭を突っ込ませたのか」
『よくわかったな』
『親指がいつもは下に来てたのに、今回は上にあった。だから気付いた』
どやっ。どこか自慢げにナコトが告げる。これは実際に彼女の言う通りだったらしく、自らが通り抜けるのなら前に押し開く形になり、親指は下に来る。
それに対して今回は自らではなく仲間を通り抜けさせるために抱き込むような形で空間の亀裂に腕を突っ込んだため、親指は腕に来たのだ。その繊細な差に気が付いた彼女はこれは敵を送り込もうとしていると即座に判断。『神』を即座に離れさせた、というわけであった。
「ま、三人プラス一で戦ってるこっちの利点って所か」
これもまたパーティプレイって事で一つ。カイトはそう言いながら、魔力で巨大な金属の杖を編み出す。そうしてそれをくるくると回してタイミングを測らせない様にしつつ、彼が告げた。
「概念付与」
付与する概念は大砲。カイトは杖を脇の下を通すタイミングで大砲の概念を杖に通す。そうして金属の杖は形状を変化させ、ロングバレルの長細い大砲と化す。
「ぶっとべ!」
大砲と化した杖に生まれた引き金を引いて、カイトは巨大な魔弾を発射する。そうして発射された魔弾を見て、恐竜を模した『神』の顔面が引っ込んだ。
「甘い!」
恐竜を模した『神』の顔が引っ込むと同時に閉ざされそうになる空間の亀裂に対して、カイトはキシュの印を結ぶ。キシュの印というのはネクロノミコンに記された結印だ。
その中でもこれは左手を使って編むものだった。そしてその効力は、次元を開かせるものだった。今回はそれを流用して空間を強引にこじ開けたのである。
「『!?』」
機械の恐竜を模した『神』を操る術者と、十二本の腕を持つ『神』を操る術者が驚きを浮かべる。まぁ、本来閉じるはずの空間が強引に開かれた挙げ句、巨大な魔弾まで突っ込んできたのだ。こうもなる。そして、二人が驚きを浮かべた直後。魔弾が爆発を起こして、二柱の『神』を飲み込んだ。
「良し」
彼方で生まれた閃光を見ながら、カイトは僅かに拳を握る。とはいえ、二柱にダメージを与えようとまだ三柱も残っている。油断も隙も出来る余裕は彼には与えられていない。故に、まるでお返しとばかりに暗雲を模した『神』が雷鳴を轟かせた。
「おっと……そろそろ来る頃だとは思っていたが」
『デカい一撃になりそうだ』
『ヤバそう』
「準備は?」
『出来てる』
「オーライ」
ならば問題無いな。カイトはナコトの返答に了解を示す。そうして両者の間で情報の共有がなされたと同時。カイトの駆る『神』目掛けて、巨大な大津波が襲いかかった。
「おっと! こっちが先か!」
大魚を模した『神』が津波に乗りながら突っ込んでくるのを見て、カイトは先にこちらの対処を優先すると決める。というわけで押し寄せる大津波に、カイトは手に持ったままだった杖を投げつけた。
「イタクァの氷雪よ」
流石にこの巨大津波を無策に受け止められるほど、甘い戦局でもなかったらしい。カイトは一小節だけ詠唱を行う。その彼の詠唱を受け、杖が純白に光り輝いた。
「はい次!」
こんなもん一瞬の足止めにしかならんだろうが。カイトは氷漬けになった大魚を模した『神』を流し見ながら、今度は下から迫り来る溶岩に向けて左手を向ける。
「準備は!?」
『出来ている……<<死氷要塞>>。完全インストール……圧縮解放準備完了』
「こっちも、デカいぞ!」
迫り来る巨大な溶岩流に対して、カイトは準備させていた<<死氷要塞>>を展開。本来なら港一つ分以上のサイズを圧縮して100メートルほどまで小さくする。
「おらよ!」
左手を引く動作に合わせて持ち上がった巨大な氷塊を右手で殴り付け、せり上がってくる溶岩流を強引に押し戻す。そうして総計四柱の『神』を牽制した所で、カイトは上空を見上げた。
「ふぅ……」
先程までの興奮した様子はどこへやら。カイトは深呼吸一つで落ち着きを取り戻す。そうして彼の右手には<<バルザイの偃月刀>>が顕現する。
「概念変換」
右手に構えた<<バルザイの偃月刀>>に向けて、カイトは今までとは違い偃月刀という概念を削除。新たに刀という概念を上書きする。そうして瞬く間に細長い日本刀の形状へと変貌した<<バルザイの偃月刀>>片手に、空いた左手には懐中時計のホログラムを浮かべる。
「……」
刹那。カイト達の駆る『神』と暗雲を模した『神』の間で沈黙が垂れ込める。が、それは刹那の一瞬のみ。次の瞬間暗雲を模した『神』の身体に稲光が走り、雷鳴が轟く。そしてそれが、両者の激突の合図だった。
「はっ」
だんっ。空間が捩れ次元が砕けるほどの力で、カイトの駆る『神』が虚空を蹴る。そうして次元も空間も捻じ曲げるほどの力を纏いながら、機械の『神』が一直線に自然の顕現たる『神』へと迫っていく。
「……」
刹那さえ永遠に感じられるほどに加速した認識の中。カイトの眼は暗雲の中に極光が生ずるのをしっかりと捉えていた。そうして、直後。まるで堪えきれなくなったとばかりに極光が溢れだし、閃光を生じさせる。
「……」
まだ早い。自らの駆る『神』の姿が完全に閃光に包まれ何も見えなくなってなお、カイトは冷静に状況を認識していた。
「っ!」
視えた。カイトは全てが極光に包まれる中で、自らを貫く極光が放たれる瞬間を理解する。そして、直後。彼が視た通りに極光が迸り、天と地の両方が砕け散った。
「やったか!?」
確かに消し飛ばした。暗雲を模した『神』を操る術者は最後の一瞬まで自らの操る『神』の目がカイトを捉え続け、そして確かに極光が貫いたのを視た。そう。視たはずだったのだ。
その瞬間。遠く。遥か遠くで魔を打ち払う鐘の音が、悪夢から目覚めさせる聖なる鐘の音が鳴り響くのを、戦場の誰しもが耳にする。そして、その瞬間。まるであり得ざる悪夢なぞなかったと言わんばかりに雷撃ごと暗雲が両断させた。
「……これで、一柱」
「なっ……ぐっ!」
自らが操る『神』が一刀両断に斬り伏せられ、そのバックロードを受けて術者が消滅する。『神』を呼び出し操った挙げ句、敢え無く敗北したのだ。よほどの信頼関係が無い限りこの程度の代償は当然の事でしかなかった。
「「「……」」」
暗雲を切り裂いて生じた天光を纏う『神』に、誰もが真なる神の姿を幻視する。とはいえ、それで終わりではなかった。
『ほぅ……予定ではお主が苦戦した頃合いで来る予定じゃったんじゃがのう』
「なぁに、まだまだ。丁度これから、って所だ」
「「「……」」」
舞い降りたのは、攻略側の『神』。当初の作戦で予定されていた面々による同時召喚だった。そうして戦いは『神』対『神』による頂上決戦へと移りゆくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




