第2724話 合同演習編 ――ドッグファイト――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習三日目。それも折り返しを過ぎて、カイトはエドナと合流。ソンメルとの戦いをユリィ、日向、伊勢の三人に任せ自身は遊撃兵として戦場の各所を荒らし回っていた。
「何だ、あいつは!」
「また一隻落とされたぞ!」
「なぜだ!? なぜ飛空艇の弱点をああも熟知している!」
エドナと共に戦場を荒らし回るカイトであるが、その戦果はというとはっきりと言ってしまえば常識はずれな戦果となっていた。
「んー……少しやり過ぎたか?」
『戦艦級5隻。巡洋艦級23隻。小型艇数え切れず……ちょっとやり過ぎですねー。同クラス帯であればおそらく最多撃破数になるんじゃないですかね』
「アイギス? 数えてた……あ、そこか」
どうやら偶然アイギスとホタルが戦う空域の近くだったらしい。通信機の通信が入ってきていた。
『イエス……そちら、どうですか?』
「まー、なんとかか……ま、飛空艇は特攻持ちって感じだな」
『イエス……と言うしかありませんね。マスターの場合、飛空艇開発の最初期から立ち会われていらっしゃいますので……』
笑うカイトにアイギスは苦笑しか浮かべられなかった。これにカイトも頷いた。
「まぁな……最初期というかそもそも飛空艇開発はオレが指示してスタートしたものだ。流石にある程度の構造は把握してる。後は大砲の配置やらもわかれば、対空砲火の切れ目もわからぁな」
『わかるから、と突っ込んでいけるエドナさんの胆力も胆力ですし狙撃できるマスターの腕も腕ですが』
「ま、その程度の活躍はしておかんとな」
アイギスの言葉にカイトは再度笑う。流石に飛空艇を最初に開発させた男の沽券に関わる、とカイトは力技ではなく技術で攻め落としていたらしい。
まぁ、それ故にこそ正確に弱点を狙い撃ち撃破するカイトに防衛側は驚嘆していたようだ。というわけで、カイトは何度目かの撃墜で繰り出される増援に対し逃走を指示する。
「っと……」
『来たわね』
「あいよ。後ろは任された」
流石にエドナ相手に通常の飛空艇では話にならないと判断されたようだ。カイトの追撃には小型艇の中でも超高速型や突撃型と呼ばれる超高速で相手に直接衝突してダメージを与えるコンセプトの飛空艇が担っていた。それ以外にも飛翔機付きや中型の魔導鎧も追撃に出ており、普通に逃げていては逃げ切れない様子だった。が、そもそもカイトが普通かと言われれば普通であるわけがない。
「さ、やるか……<<深淵に巣食う蜘蛛>>」
猛烈な速度で追い上げる飛空艇達に対して、カイトは防衛側の戦艦幾隻かに目を付けて蜘蛛の糸を張り巡らせる。これに、飛空艇は更に飛翔機を吹かして全体のフォルムを突撃に優位な流線型に変更。前面に衝角を突き出して、障壁を展開。一気に貫く姿勢を見せる。
まぁ、蜘蛛の糸を何度も張り巡らされて追撃を逃れられていたので、この突撃型中心での追撃になったらしかった。というわけで、幾重にも張り巡らされた蜘蛛の糸の中を突撃型の飛空艇が一気に突破する。
「エドナ。後で回収頼めるか?」
『了解……速度上げるわ』
「あいよ」
蜘蛛の糸を強引に突破し迫り来る突撃型の飛空艇を後ろに感じながら、カイトは僅かに身を屈めて一瞬でエドナと合意を得る。そうしてエドナが更に虚空を踏みしめて加速しようとした瞬間。カイト当人がその背から飛び降りる。
『!?』
『何だ!? 小僧が離脱した!?』
『気を付けろ! 何かをしてくる!』
『いや、小僧が来るならこのまま一気に貫くだけだ! 一気に行け!』
最高速度にはまだ少しあるが、障壁は十分だし衝角も展開しているままだ。飛空艇の船体に負担は大きいが、カイトを仕留められるのであれば十分にお釣りが来るだろう。追撃隊の隊長はそのまま突っ込む様に指示を飛ばす。それに、突撃型のパイロット達は出力を最大まで上昇させてカイトとの交戦に備える。
「ふぅ……」
刹那。カイトは呼吸を整え、一瞬先の衝突に備える。慣性の法則で彼もかなりの速度で滑空しているが、更に出力を上昇させた突撃型の速度はそれと比較にならない。猶予は正真正銘、コンマの刹那しかなかった。
その一方。突撃型の衝角の更に先に展開された障壁が、大気との摩擦で赤熱。その熱と障壁の衝突により純白の輝きが生まれ、急速にカイトとの距離を詰めていく。
「……はぁぁあああああ!」
『!?』
生まれたのは驚愕だ。激突するその瞬間、カイトが双剣を抜き放って衝角の先端に最大の威力が生ずる様に剣戟を放ったのである。そうして二振りの刀と衝角が激突し、極光を生み出す。
「はぁ!」
数秒の拮抗の後、勝ったのはカイトだ。彼は裂帛の気合と共に障壁と衝角を打ち砕くと、突撃型の飛空艇を一瞬だけ押し返す。そして押し返した飛空艇のコクピットの真上に、カイトが飛び乗った。
『ぐぅ!? っ!』
「悪いな。使わせてもらう」
「ぎゃあ!」
魔力を纏わせた貫手でコクピットを覆っていたガラス部分が貫かれ、更に続けて放たれた魔弾に貫かれてパイロットが僅かな悲鳴と共に消滅する。そうしてコクピットを無人にした所で、カイトは魔術を使って自由落下を始めた飛空艇を侵食する。
「この程度の防壁なら……良し。じゃあ、頑張ってくれ……おぉおおおおおお!」
自らの魔力で侵食した飛空艇を魔糸で絡め取って、カイトは雄叫びを上げながらまるで砲丸投げの様に飛空艇をぶん回す。そうして先程自身が激突したときと同じくかそれ以上の速度が出て船体が灼熱すると同時に、カイトが魔糸を切り離してすでに離れているその他の突撃型の飛空艇目掛けて放り投げる。
「エドナ」
『了解』
放り投げると同時にカイトの真横を次元を裂いたエドナが表れて、速度はそのままにカイトが手を回して飛び乗る。その一方、追撃の飛空艇はどうやらカイトを元々把握していたようだ。
その真横にエドナが転移したのをみるや、即座に急旋回。再びカイト達目掛けて加速する。が、その真横から唐突に漆黒の弾丸が通り過ぎて、何隻かを撃墜する。
『何だ!?』
『どこからの攻撃だ!?』
『わかりません! 敵接近の反応無し!』
『どこだ! どこに行った!?』
縦横無尽に駆け抜けては自分達を切り裂いていく謎の黒い弾丸に、突撃型のパイロット達が困惑する。が、これに隊長が叱咤する。
『慌てるな! 最大速度まで加速すれば並の奴では追い付けん! 機体のダメージは無視! 全機最大まで加速しろ! わかっているな! 最大まで、だ!』
『『『了解!』』』
隊長の叱咤で隊員達もそれはそうだと納得したらしい。全員がスロットルを全開まで引き上げて、更にジェット機で言う所のアフターバーナーまで使用して再加速。先程の突撃とは比較にならない速度まで速度を引き上げる。
「エドナ」
『了解。お尻を追い掛けられる趣味は無いわ』
カイトの言葉にエドナが虚空を蹴って翼をはためかせ、こちらもまた再加速する。そうして戦場を一直線に横切る様に、追撃戦が開始される。と、その突撃型の飛空艇の一団の更に後ろに、今度は漆黒の弾丸が追走する。
『隊長! 後ろに奴が!』
『何だ、あれは!』
『あれは……さっき撃破された奴だ! あいつまさか、魔術で操ったのか!? っ! 被弾! コントロールが……』
『何だ!? あんな武装無いぞ!?』
突撃型のパイロット達が困惑の声を上げる。突撃型はその構造上、船体の前面から半ばまでの障壁は生半可な一撃では砕けないが、逆に後ろ半分を覆う障壁が薄くなっている。
故にドッグファイトになると追い掛ける側だと強いのだが、追い掛けられる側に回ると途端弱かった。無論突撃型の直線での速度に追いつける飛空艇は無いのだが、追いつけるのであれば敗北は確定だった。
『ちぃ! 全機速度そのまま! 奴を追い続けろ!』
『隊長!?』
『あんなのに追い掛けられたままじゃ先にこっちがやられちまいます!』
苛立たしげに指示を飛ばした隊長に、隊員達が声を荒げる。いくらなんでも無駄死にか犬死に。そうとしか思えない命令だった。が、これに隊長が即座に行動に移る。
『わかっている! 俺がなんとかする!』
『隊長!?』
『何を!?』
『ぐぅうううう!』
「何!?」
苦悶の声を上げながら船体諸共空間を強引に捻じ曲げる様にして急旋回した隊長機に、カイトさえ驚愕の声を上げる。そうして急旋回した隊長機はそのままカイトが放った漆黒の魔弾と正面から衝突。何かしらの魔術も併用していたのか、大爆発を起こして両者共に消滅した。
「おいおい……マジか」
『カイト。感心している場合じゃないわ』
「わーってる……が、すげぇな。見事な操艦だ。演習だから出来た、ってのもあるんだろうが……」
カイトとしてはあのまま散開させるか、追撃で大半を撃破するつもりだったらしい。らしいのだが、隊長機が自らを犠牲にした事により思った効果の半分以下しか戦果を上げられていなかった。というわけで、その熱にあてられたのかカイトは若干興奮気味だった。
「おい、ティナ。こっちの動きは見えてるか?」
『見えとるぞ』
「今の隊長機、探させてくれ。欲しい。いや、スカウト可能ならマジでスカウトしたい」
『わかった。こちらで手配はしておこう』
どうやらカイトのお眼鏡に適ったらしい。ティナはひとまず作戦を進めさせるためにカイトの話に承諾を示しておく。というわけで、カイトはエドナの手綱を握る力を僅かに強めながら、後ろを見る。
「おし……まぁ、後ろはそうなるだろうが」
当然だが隊長が自らを犠牲にしてまで作ってくれたチャンスだ。隊員達は速度を増して一気に突っ込んでくる。これにカイトも幾つかの手札を考えたが、唐突に獰猛な笑みを浮かべた。
「ティナ。作戦を早める……だーめだ。あんな芸当を見せられちゃ、血が滾ってならん」
『はぁ? まだ十五分も早いぞ』
「十分だ……オレがやりたいんだよ。どうせ最後のお役目だ。若干早かろうが問題ねぇだろ」
『はぁ……』
どうやら隊長機の芸当にカイトは興奮が抑えきれなくなったらしい。ならばこちらも応えてやろう、と考えたらしかった。
『余は時間通りにやるぞ』
「構わん構わん……オレが先に暴れてる所に一斉に、ってのも燃える展開だろう」
『ま、それは否定せぬな……では、好きにせい。そして存分に暴れるが良い』
「あいよ……エドナ」
『もうお役御免?』
「いや、戦線離脱はするつもりはないから、最後の一時間は支援に回るつもり。その時にまた頼む」
『りょーかい』
カイトの言葉にエドナが笑う。そうして、先と同様にカイトが彼女の背から飛び降りる。
『っ! やらせるな!』
『衝突は気にせず一気に行くぞ!』
『『『おう!』』』
どうやら突撃型の残るパイロット達も隊長の奮戦に自らを省みず攻撃する事を決めたらしい。生まれる乱気流を物ともせず、機体同士の距離を詰めてカイト目掛けて複数の機体で一気に突っ込んでいく。
「良い腕だ……褒美だ。『神』を、見せてやろう」
『『『!?』』』
衝突の瞬間に急停止させられ、突撃型のパイロット達が目を見開く。そうして目の前のカイトを見ると、その両手の先には魔導書が浮かんでおりその片方の開かれたページから懐中時計が立体映像の様に浮かんでいた。
「我は遥か始原の時より在りしもの。我は終焉の時を経てなお残りしもの」
神の如く厳かに行われるカイトの詠唱に合わせて、二冊の魔導書の頁が超高速でめくれ上がる。
「我は輪廻の輪より外れしもの。我は常世全ての不条理を糺せし無二なるもの……我は神意なり」
『『『!?』』』
カイトの口決が終わった瞬間。現れたのは二冊の魔導書が保有する原初の『神』。この世で最も古い『神』だ。それはかつてと同じく錆付き朽ち果てた姿で顕現。しかし即座にその本来の姿たる『機械神』の姿を露わにした。
「さぁ、宴も酣! ちょっと早いが、ここからはクライマックスと行こうじゃねぇか!」
『神』を顕現したカイトが楽しげに、獰猛に吼える。そうして堪えきれなくなったカイトが『神』を召喚した事をきっかけとして、戦いは最終局面に突入するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




