第2710話 合同演習編 ――消失――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。その三日目に差し掛かり、カイトは朝一番から重特機と言うティナが開発した巨大魔導機を駆って攻勢に出ていた。
そしてそれに合わせて攻略側が一気に攻勢に出る事となり、カイトは<<氷結結界>>を打ち砕く最後の切り札となるバーンタインの護衛のため<<天駆ける大鳳>>との交戦を行っていた。その一方。バーンタインは冒険者達に守られながら<<氷結結界>>への距離を着実に詰めていた。
『……』
<<黒焔武>>を使い<<氷結結界>>へ向け距離を詰めるバーンタインであるが、そんな彼は炎神の子孫である事を見せつけるかの様に威風堂々と無言で歩きながらも内心は子供の様にはしゃいでいた。
(こいつぁ、やっぱすげぇ!)
敵の攻撃は一切を無効化。それでいて敵に攻撃すると問答無用に大ダメージなのだ。しかも近接攻撃もほぼほぼ通用しない――というより近付けば<<黒焔武>>の餌食――というある種の無敵っぷりだった。
「っ、駄目だ! 攻撃が通用していない!」
「何だ、何なんだ、こいつは!?」
「火属性……ではないのか!?」
ただ歩くだけ。それにも関わらず、防衛側の地上部隊の戦士達は困惑し二の足を踏む。そんな様子を見て、バーンタインは心底今の自分が完全に黒い炎と化している事に安堵する。
(マジで良かったぜ……こんな満面の笑みで歩いている所なんぞ見られたら赤っ恥も良いとこだ)
一歩一歩踏みしめる様に歩きながら、バーンタインは自分の顔がこれ以上ないほどに緩んでいる事を自覚していた。仕方がない。なにせ尊敬する祖先が禁忌とさえした力を手にした上で、それを誇る様に歩いているのだ。これほど嬉しい事はなかった。と、そんな浮かれる彼であるが、そうであればこそいつもなら気付く僅かな異変に気付けなかった。
『……ん?』
足元に現れた魔法陣に、バーンタインは小首を傾げる。規模としては数十メートル級。魔術の中でも上位に位置するだろう複雑な魔法陣だ。明らかにここに到達する事を見越して仕掛けられた罠。そう考えられた。そうして、彼の身体全体が氷に覆い尽くされる。
「やった……か!?」
「何!?」
「消え……た!?」
何が起きたかがわからない。防衛側地上部隊は起きた現象を理解できず、困惑する。当たり前だろう。バーンタインの身体が一瞬氷に覆い尽くされたと思った次の瞬間。氷が魔法陣ごと消失したのだ。
『……おいおい。何したんだ?』
バーンタインの言葉には、半ば自分に対する疑問もあった。何が起きたかがわからない。それは彼も一緒だった。彼もまさか魔法陣まで飲まれるとは思っていなかったのだ。
が、それは敵にも周囲の味方にもまるでバーンタインにとって今の攻撃が攻撃でさえなかったと思っていると認識させるだけだった。そしてそれは<<暁>>のギルドメンバーとその傘下のギルドの者たちが強かった。
「駄目だ! 下がれ!」
「ちぃ! やっぱ親父にゃ勝てねぇか!」
「見たか! これが俺たちの親父だ!」
「親父に続け!」
防衛側はバーンタインの強さをそもそも知っていればこそ今までにない強さを見せつけるバーンタインに引くしかなく、逆に攻略側は祖先さながらの戦闘力を見せつけるバーンタインの背を追い掛ける様にして突き進む。が、そんな攻略側<<暁>>の侵攻を止めたのもまた防衛側<<暁>>だった。
『……あ?』
「よぅ、親父。なんかどえれぇ力手に入れてはしゃいでるみてぇだな。きっしょくわるい顔しやがって」
『おいおい、カリマ。お前曲がりなりにも親父に向かってきしょいはねぇだろう』
立ち塞がったのはバーンタインの一子カリマだ。彼は防衛側<<暁>>を率いている異大陸の支部長で、オーグダインやピュリの兄弟だ。風貌としてはオーグダインやピュリより大柄だが、その二人より少し若かった。が、冒険者としてのランクはS。掛け値なしに猛者の一人だった。
そんな彼はやはり実の息子だからかバーンタインが盛大に笑っている事に気付いたらしい。いや、もしかするとこの状況なら父は大笑いしているだろう、と理解していただけかもしれないが。
「ピュリの姉貴は……いねぇのか」
『まぁな……で、どうすんだ? てめぇが俺を止めんのか?』
「俺としちゃ調子こいてる親父なんぞやりたかぁねぇが……バルフレアとハイゼンベルグ公から止めてくれ、って頼まれちまったもんでな。仕事だ」
『そりゃ良い。仕事があるってこたぁ食いっぱぐれないってこった。ウチはどこより大所帯だ。そいつが何より重要だ』
どうやらやるつもりらしい。バーンタインは炎を纏い自らの前に立ち塞がった実子に楽しげに笑みを浮かべる。それ以外にも今回防衛側に配置されたバーンシュタット家に連なる血縁の者たちが立ち塞がり、揃って炎を纏って立ち塞がっていた。
「気合入れろ、てめぇら! 相手は親父だ! しかも何がなんだかわからねぇ黒い炎まで纏ってやがる! 何してくるかわからねぇぞ!」
「「「おぉおおおお!」」」
カリマの声に防衛側のバーンシュタット家の者たちが鬨の声を上げて応ずる。そうして、攻略側バーンシュタット家の力を束ねたバーンタインと防衛側バーンシュタット家が激突する。それを見ながら、バーンタインはカイトの言葉を思い出す。
『あー……まぁ、今更だが、<<黒焔武>>は生命力の枯渇で生じる吸収を利用したものだ。だから基本的には<<炎武>>との相性は最悪だ。身内の争いで<<黒焔武>>は使わない様にしとけ。<<炎武>>でダメージ受ける』
そもそもカイトが<<太陽レンズ>>の照射を防いだのも、ソラが密かにバーンタインの防衛に回っているのも全ては<<太陽レンズ>>による生命力の照射で<<黒焔武>>を無効化されるのを避けるためだ。同じく生命力の力である<<炎武>>と相性が悪くて当然であった。というわけで、相対しながらもバーンタインはどうするか考えていた。
(さて……どーっすっかな。下手にやっちまうと<<黒焔武>>が解除されちまう。かといって、カリマは流石に他の奴にゃ任せられねぇ)
本来なら<<黒焔武>>の力を見せつける様に試したい所であったが、バーンタインとてカイトに教えて貰い息子や娘達に協力して貰った力に万が一があるのは非常に困る。なのでどうするべきかと悩んでいた。が、そこに。雷鳴が轟いた。
「この場は、私にまかせて頂きましょう」
「っ……アイナディスかよ」
「お久しぶりです、カリマ。ラエリア内紛の予後を話す会議以来ですか」
「そうだが……今のタイミングで会いたかぁなかったぜ」
よりにもよって、このタイミングで八大のギルドマスターかよ。カリマは現れたアイナディスに顔を顰める。彼女の強さは下手をするとバーンタインより同じくラエリア支部の支部長である彼の方が詳しいかもしれなかった。そしてそれ故にこそ、今のタイミングの横槍は非常に困るらしかった。
「バーンタイン、貴方は進みなさい。その力を託された意味。忘れない様に」
『すまねぇ……カリマ。詳しい話はまた今度にしとこうや。おめぇもそんな余裕はないだろう?』
「ちっ……」
流石に同じく八大ギルドまで出てこられりゃ仕方がない。カリマはしかめっ面ながらも僅かに苦味の乗った笑みで舌打ちする。同意だった。そうしてそんな息子を横目にバーンタインは再び足を踏み出す。そんな光景を見て、遠くのレヴィが舌打ちした。
「ちっ……やはり駄目か。いや、アイナディスが潰せた事を良しとしておくか……?」
『あれは気か<<炎武>>を使えねばどうしようもないからのう』
「が、如何せんそのどちらも使い手の多くは攻略側……いや、マクダウェル家の関係者だ。だから<<黒焔武>>を使われるのは嫌だったんだが」
まさかあれを切ってくるとは。レヴィもハイゼンベルグ公ジェイクも<<黒焔武>>を知ればこそ、それを使われたら現状では諦めるしかないと判断していた。
故に実は彼女らの指示は地上のバーンタインについては足止め。空中のカイトに対しての物が大半だった。同時に攻め込まれると厳しいと理解していたのだ。
「……ハイゼンベルグ公。増援の到着は昼過ぎ……だったな?」
『最後のダメ押しに対抗するため、じゃったからのう』
「そうだな……」
こんな事なら早めにしておけばよかったか。ハイゼンベルグ公ジェイクの返答にレヴィは若干やけっぱちに同意する。無論、これは両方ともが同意していた事だった。そしてその理由は政治的な話を含んでいたので、仕方がないといえば仕方がなかった。
「……まぁ、良い。それについては変えられないものは変えられない。今から昼までなんとか耐えるしかない」
『昨日とは打って変わって一気にこっちが劣勢になってしまったのう』
「嫌な話だ」
どのタイミングかで<<氷結結界>>が破られるだろう事は理解していたし、それについては想定内の話ではあった。が、それでもこの手段は想定される中でも割りと最悪に近い部類のものではあった。
故に<<黒焔武>>を切られた段階で早々に二人は防衛網を縮めて、増援の到着まで時間稼ぎに徹する――本来は時間稼ぎで良いのだが――事にしていた。
「あの超大型魔導機は?」
「引き続き<<天駆ける大鳳>>と交戦中」
「ちっ……あまりあの超大型との交戦に注力するなと言ったんだがな」
一隻足りていない所を見ると、それで本気になったか。レヴィは一隻足りていない<<天駆ける大鳳>>の艦隊とアウィス、アムティスの性格を見てそう判断する。
「……仕方がない。奴らについてはそのまま交戦させておけ。下手にあの超大型を好きにさせるとこちらの空中部隊が全滅する」
『壊滅……では済みそうにないか』
「乗っているのは間違いなくあの馬鹿だ。状況如何だが、容赦なく殲滅させてくる」
『流石にそこまで大人げない事はせんと思いたいがのう』
「奴の思考回路だけは理解が出来ん」
『ははは』
レヴィの苦言にも似た言葉にハイゼンベルグ公ジェイクが楽しげに笑う。というわけで、バーンタインではなくカイトの足止めに注力していた結果、バーンタインは程なくして<<氷結結界>>へと難なくたどり着く事になっていた。
「っ! 駄目だ!」
「取りつかれた!」
「おっしゃ! やってくれ、親父!」
「そんな氷なんぞ消し飛ばしてくれ!」
『おぉおおおおお!』
周囲の冒険者達の声を聞いて、バーンタインは<<氷結結界>>に向けて殴り掛かる。そうして、次の瞬間。<<氷結結界>>はまるでブラックホールに吸い込まれる様に<<黒焔武>>の中に吸い込まれて、完全に消滅する事になるのだった。
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