第2704話 閑話 ――遺された物――
少しだけ、話は遡る。それはカイトがティナの要請を受けて、魔導機で人工衛星を衛星軌道に輸送した時の話だ。そこでカイト達は人類史上初となる宇宙に生息する魔物との交戦を行っていた。
これそのものについてはカイトが討伐したために何か問題になった事は無いのだが、その発見をきっかけとしてティナらは宇宙に生息する魔物を想定した研究や議論を交わす事になっていた。というわけで、その一環として当然カイトにも意見が求められる事になっていた。
「というわけで、宇宙空間の魔物に関してはやはり重力がない事から惑星上に存在する魔物と比較して大型化する傾向にあるのではないか、と思われる」
「んー……まぁ、オレとしちゃそこらに関しては特に異論はないな」
技術班や各地の研究者等から意見を聞いた結果として出された結論に、カイトは異論を挟む余地がなかったのではっきりと頷いた。実際、『もう一人のカイト』の記憶を持ち合わせる彼にとって、<<暴食の罪>>の件がある以上は実際にそうであると証明されているようなものだろう。
「そうじゃなぁ……まぁ、問題はどの程度の規模の魔物がおるか、という所じゃが」
「それは流石にわからん、と」
「うむ。海ならばまだスペース的な制約があるので限度も推察は出来る。が、宇宙空間にはその制約はない。まさか無限に大きくなれる魔物がおるとは思わぬが……」
そのまさかはあり得るんだけどなぁ。カイトはかつて数十億の戦士達と共に討伐した<<暴食の罪>>を思い出しながら、しかしもはや出てくる事はあり得ないからとその時は口にしなかった。無論、これは彼の願望もあったのだが、今は関係の無い事だろう。というわけで、そんな彼を横にして
「ま、それは良かろう。兎にも角にも以上を以って、更に大型の魔導機の研究・開発が必要と判断した」
「必要と、ねぇ……」
確かに宇宙を見越すのであれば、必要性は認められる。カイトは内心でそう思いながらも、それを見せぬ様に敢えてしかめっ面を浮かべておく。
「まぁ、確かに宇宙に出る以上はある程度の想定はしておかんと駄目か。確かに重力の無い状況での戦闘は未だ想定された事がない……で、それは良いんだけど」
「なんじゃ」
「自壊とかそういうの、どうやって対処するつもりだ?」
「それのう……本当にそこらまだまだ厄介な点が多くてのう……様々な技術において、ある程度のブレイクスルーは求められよう。例えば輸送の問題もあるし、操作系に関しても今よりもっと必要な物が多かろうて」
ま、十年二十年先の話になるじゃろう。カイトの指摘に対して、ティナはそこらは追々詰めていくつもりである事を明言する。それにカイトもそれならと口を開いた。
「とりあえず今の内に基礎研究をやっといて、というわけか」
「そういうことじゃな。基礎研究もなく技術は生まれはせん。今からやって日の目を見るのは云十年先じゃろうて」
「だな……わかった。基礎研究の開始を許可する」
どうやら最終的にカイトも十数年先を見据えた結果として、研究開始に許可を下ろしたらしい。というわけで、これから十数ヶ月に渡って魔導機の発展型の開発にティナは取り掛かる事になるのだった。
さてそれから十数ヶ月。秋の終わりに起きた『リーナイト』の崩壊。そこでは<<暴食の罪>>に取り込まれていた他文明の様々な異物が巻き散らかされたわけであるが、その大半はかつてのカイトが放った消滅の魔術により連鎖的な消滅を遂げていた。が、そんな中でも消滅を免れた物が幾つかあった。
「マザー。結果出ました……結論から言えば、ドンピシャ大当たりです」
「やはりか……カイトからかつての友人とやらの話を聞いて、そう考えた者が他におっても不思議はないのではないかと思うたんじゃが」
「ノー。結論から言えば、我々の推測は外れでした」
「む?」
ティナの発言にアイギスが首を振る。二人がどんな推測をしていたのか。それを、アイギスが口にした。そんな二人が見るのは、小型のクリスタルが入れられた特殊な容器だ。
それは通信機に取り付けられデータを保存しておくためのもので、ティナ達が開発した通信機には必ず取り付けられているものだった。なので本来はかなり乱雑な使い方をしても大丈夫な物なのだが、どうしてかこれは厳重に管理されている様子だった。
「我々は<<暴食の罪>>討伐後。コントロールから外れたがために信号が発信されたと認識しておりました。ですが、どうやら信号は自動送信に似た状態で発信されていた模様」
「ふむ……とどのつまり、キャッチした信号は<<暴食の罪>>やらの意思に関係なく発せられておったと」
「イエス。そう断じて間違いはないかと」
ティナの言葉に、アイギスははっきりと頷いた。というわけで、このクリスタルの中には<<暴食の罪>>討伐戦の最中に発信されていた信号が収められていたらしい。
が、やはり魔物の影響を受けて発信されたと思しき信号だ。取り扱いをどうするべきか決まらず、各種の試験を行ってたった今、安全だろうと判断されたのである。
「ふむ……何かしらの妨害電波の類を偶然記録したか、それともハッキング……いや、この場合はクラッキング等をしようとしたかと思うたんじゃが」
「ノー。流石にそこまでの知性はなかったかと」
「かのう……カイトの言葉によれば、最初の遭遇時には小惑星に擬態しておったとの事じゃったが」
「詳しくは<<暴食の罪>>の性質が依然として判然としていないため、推測にはなりますが……各種の報告から察するに、少なくとも取り込んだ物質のコントロールは完全には出来ていなかったのだと思われます」
ティナの言葉を踏まえた上で、アイギスはこの一週間ほどでユニオンから提供された情報とそこから得られた推論を語る。これに、ティナも納得を示した。
「……確かに、報告によれば取り込まれた者の中のいくらかは自意識らしき反応を示したという。さりとて捕らえて実験なぞという事も出来なんだし、はっきりとした所はやはりわからぬがのう」
「イエス……何より非人道的であるというところと、それを基点として<<暴食の罪>>の復活のきっかけとなってしまう事は厳に慎むべきかと」
「そうじゃな。あれは決して存在させてはならぬ魔物じゃ。カイトがおったからこそエネフィアは無事で済んだが……もしあやつがおらぬのであれば、と考えるだけで恐ろしい」
「まぁ……マスターがいなかったらそもそも使われていなかった可能性もありますが」
「それは言わんお約束じゃ」
アイギスの指摘にティナは少しだけ苦笑気味に笑った。というわけで一頻り笑った二人は改めて今回の調査で得られたデータを開封する事にする。
「さて……では、先にあれと戦った者たちが遺した情報を拝見させて貰う事にしよう」
「イエス」
ティナの要請に、アイギスは隔離されたエリアに封印されていた情報媒体を開く。その中に入っていたのは、<<暴食の罪>>に取り込まれたどこかの文明の遺産だった。
その中に入っていたのは、現代の技術では到底及ばないデータの一部だった。が、それは完全な状態ではなく、半分以上が壊れて意味をなさないものだった。
「ふむ……やはりデータの大半は壊れておるか」
「仕方がないかと」
「そうじゃな。彼らか彼女らかはわからぬが、精一杯こちらに支援をしてくれようとした証じゃ。有り難く思えど、壊れておる事に文句は言ってはならぬか」
彼らの必死の抵抗の証なのだ。出来る限りをしてくれようとした事に感謝を示せど、文句は言うべきではないだろう。ティナもアイギスもそう同意する。というわけで、更に数日。彼女らはカイトの協力を受けながら、データの解析に奔走する事になる。
「……良し。こんなもんかのう。半分ほどじゃが……」
「これは……マスター。この形状」
「ああ……これはまさか……いや、あれだけ原型を留めていれば不思議はなかったのか……?」
「なんじゃ。お主ら。これを見た事があるような口ぶりじゃな」
驚いた様子のアイギスの言葉に同意したカイトの様子から、ティナは映し出された情報にあった数枚の画像データをカイト達が見知っている事を理解する。これに、アイギスが頷いた。
「イエス。これは先の戦いでマスターと私が守護者を駆った際に出てきた巨大要塞の中心に接続されていた超巨大ロボットの形状に酷似しています」
「あれか。それがこのような形状をしておったのか」
先の巨大要塞の内部にあった超巨大ロボットの事はティナも聞いていた。なのでその原型とも言えるデータが収められていた事に驚きを隠せなかったようだ。
「じゃが、一つ解せん。確かこの文明、お主は知らんのであったな?」
「ああ……だが確かにデータ・フォーマットはオレがかつて居た文明のものだった」
「ふむ……おそらく各種のフォーマットで出力しておった物の一つ、という所かのう……もしくはお主との交戦からこの文明と決め打ちしたか……」
そもそも最初の時点でカイトはジーンと交戦。そしてカイト自身が居る事を<<暴食の罪>>も理解していた。そのどちらが先だったかは定かではないが、そこらを勘案した場合、あの超巨大ロボット――より正確にはパイロットの女性――に情報共有がされていても不思議はない。
「まぁ、良い。兎にも角にもこの情報は非常に貴重じゃ。理論的にはまだわからぬ部分は多いが、設計には参考になる部分が多い。これを参考にすれば、特殊作戦機体……宇宙戦特化型の試作機を作る目処が立つ」
「できそうなのか?」
「無理とは言えぬ。確かにいくらかの重要な情報は抜けておるが、魔導機で得られたデータをベースに開発する事を考えれば不可能ではない」
カイトの問いかけに対して、ティナは持ち込まれた情報を見ながらはっきりと頷いた。そんな情報を、カイトも改めてしっかりと目に焼き付ける。
「……機体名レッドローズ・ラストホープ」
「ホープ……ですか。ウィッシュではなく」
「絶望的ってのはわかってただろうさ。それでも、諦めず希望を強く願うという所かね」
そこに込められた意味は何だったのか。カイトとアイギスは超巨大ロボットの原型の名を見て、そう思う。これにティナが告げる。
「ならば今後はこの超巨大ロボットはレッドローズと呼称する事としよう」
「後ろは抜くのか?」
「余らにとっては最後の希望ではないからの」
「確かに」
カイト達はあの<<暴食の罪>>を討伐したのだ。ならば最後の希望となるには早すぎた。
「で、ティナ。これからどうするんだ?」
「まずは技術的な実験機を拵えてみて、そこから更に足りぬ部分等を見極める。一度動かしてみる必要もあるじゃろう。その際には手を貸してもらうぞ」
「あいよ。その時にはまた呼んでくれ」
「うむ……では、アイギス、ホタル。改めて情報の精査に入るぞ」
「イエス……ホタル、サポートを」
『了解』
地下研究所のシステムとリンクしてサポートをしていたホタルが了承を示す。そうして、本来は十数年先だったはずの特殊作戦機体の試作がスタートする事になるのだった。




