第2702話 合同演習編 ――二日目・夜会――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習二日目。防衛側の秘策によりかなり手酷いカウンターを貰う事になった攻略側陣営であるが、それへのカウンターとしてクオンの提案によりバランタインが禁じ手とした<<黒焔武>>という<<炎武>>の最終到達点の一つを使用する事にする。
これに関してはバーンタイン当人は使えなかったのだが、カイトの指導と<<暁>>やバーンシュタット家本家の面々による支援を前提とした事で解決。ひとまずはある程度の形になった事を受けて、明日に備えるためにも指導を早々に切り上げたカイトはそれらをティナに報告していた。
「という感じに落ち着いた。結構制約は生まれちまったが……それは仕方がないと諦めるしかないだろう。時間も無いしな」
『ふむ……まぁ、しゃーないのう。今回の演習はあくまでも次に繋げるためと考えた方が良いか』
そもそもで<<炎武>>の極みにも到達していなかったのだ。それを承知で<<黒焔武>>を使わせようというのだから、色々と制約は付き纏っていた。
「そうだな……とはいえ、<<氷結結界>>に関してはこれで破れる目算は出来たと思う」
『それは否定はせんよ。兎にも角にもこれで<<氷結結界>>に関しては突破出来るじゃろう……後は、そこから先じゃのう。今の話を聞いて、制限時間が設けられぬとは到底思えぬからのう』
カイトの制約の話を聞いて、ティナは制限時間も制約の中にあるだろうと思っていた。そしてカイトの答えは案の定のものだった。
「まぁな……とはいえ、そのための特殊作戦機体……重特機だ。そっちの調整は?」
『そうじゃな。こちらについては……アイギス、重特機の状況を報告せい』
『イエス。ではホタルから送られてくるデータをそのままマスターにも共有します』
どうやら現状だとホタルがまだ最終的な調整を行ってくれていたらしい。そうして送られてくるデータのダウンロードが終わるのを待ちながら、カイトはティナへと問いかける。
「というか、今の今でまだ微調整が終わってないなら実際の使用も厳しくないか?」
『いや、それは問題無い……これは問題はお主に合わせた調整が出来ておるか、という一点じゃ。常々言うが、お主は自分が化け物じみた性能を持っておる事を時折忘れておる』
「わーってるよ。並大抵の道具じゃ拘束具にしかならん、って何度言われたか」
ティナの苦言にも似た言葉に、カイトは盛大にため息を吐く。これにティナも一つ頷いた。
『何よりお主は自分で大抵の物は魔力で作ってしまうからのう。道具を作る者からすると立つ瀬がない……いや、これは良いか。後は出来ればお主の魔導書の神に合わせた調整もしたいんじゃが』
「おいおい……それは追々って話だろ? 流石にそいつは……」
どうやら重特機とやらはカイトの魔導書達が召喚する神との連携も視野に入っていたらしい。が、これは最終的には、という未来の話だったらしくカイトが大いに驚いていた。
『わかっておるよ……現状想定しておるのはあくまでも魔導書としての連携まで。が、魔導書との連携は最終的には神との連携にも繋がる。データを得ておいて損はないのでのう』
「流石に今はやりたかねぇわ。それにホタルにも負担が掛かり過ぎる」
『わかっておる。故にあくまでも願望と言ったまでじゃ』
どうやらティナはせっかくなので手が回れば、という程度での話だったようだ。実際彼女にしても重特機の調整に、全軍の指揮系統等の問題点の洗い出し。更には明日の作戦まで構築せねばならないのだ。時間があるわけがなかった。と、そんな話をしているとデータがダウンロード出来たらしい。
「ん……届いた」
『うむ……まずは見ての通り現在の重特機は想定する戦闘力の半分程度と考えい。何より速度の制限が大きい』
「そりゃ、しゃーない。想定される戦場じゃないからな」
『うむ。ただしその代わり、地脈や龍脈によるサポートが入っておるので術者に対する負担は低減される……あの剣を使うお主に意味のある話ではないが』
やはり<<星の剣>>に比べれば消費する魔力はたかがその程度と言えるらしい。重特機を使う上で地脈等のサポートはほぼ意味無いだろうとティナは告げていた。とはいえ、完全に無意味でもなかった。
『まぁ、動かす上での偽装効果ぐらいにはなろう。一応、そういう体で通すは通す』
「あいよ……にしても、何度見ても馬鹿げているな」
『その馬鹿げている物が本気で必要と余らに判断させるこの世界が巫山戯ておるとしか言いようがない……もう一度、聞くぞ? 本当に<<暴食の罪>>以上の巨体は知らんのじゃな?』
「知らねぇよ。言っとくが世界達だってあれ以上の化け物は知らない、っていうほどの化け物だぞ。これ以上オレはマジで知らねぇって」
どこか辟易とした様子で、カイトはティナの何度目かになる問いかけにはっきりと首を振る。これについては何度となく聞かれていたようだ。
『ならば良い……どうにせよ、あれに対抗出来る手段は今の余では作れぬ。悔しいが』
「……すまん」
『なぜ謝る』
自分の力では到底どうにも出来ない敵が居る。そう理解してほぞを噛むティナであったが、カイトの謝罪に首を振る。
「いや、なんとなくだなんとなく」
『そうか』
少し照れ臭そうに首を振るカイトに、ティナは少しだけ何時もの調子を取り戻す。やはりティナは様々な技術を扱う技術者の側面が強いからだろう。その技術で及ばない敵に少しでも抗おうとしている姿を侮辱したような気がしてしまった様子だった。
『お主のその律儀さは美徳やもしれんのう……』
「あ?」
『なんでも無い、気にせんで良い』
今度はティナが少し恥ずかしげにそっぽを向く番だった。というわけでそっぽを向いた彼女であったが、そこにアイギスが口を挟んだ。
『マスターもマザーも。じゃれ合わないでお話を進めた方が良いかと。特にマスターには時間が』
「っと……すまん。じゃあ、報告を頼む」
『イエス。まず重特機の輸送状況ですが、リデル家からの報告では順調に進んでいるとのこと。また内部のホタルも調整にトラブルは出ていない、とのことです』
気を取り直したカイトに促され、アイギスはホタルから提出された現状等をカイトへと報告していく。そうして、この後カイトは夜会までの間に出来る限りの報告を受けて明日に備える事になるのだった。
さてそれから数時間。カイトはというと昨日と同様に夜会に出席するべくソラ達と合流。更にそこからシャーナと合流し、夜会に出席していた。
というわけで出席していた夜会であるが、そこでの話題はやはり<<氷結結界>>と<<太陽レンズ>>の二つをどうやって攻略側は攻略するつもりなのだろうか、という所であった。
「で、聞きに来たわけなんだけれども」
「えー。自分で考えようぜ」
「いや、ちょっとは隠しなさいよ……まぁ、時間があればそうするけど。うるさいのよ。攻略側はどうやってあの盾と矛を攻略するつもりなのか、って」
「あははは」
曲がりなりにもシャーナ様の前でしょうに。イリアはカイトの態度にしかめっ面を隠さない。なお、当然であるがここでの彼女の立場はリデル家の先代だ。なのでカイトと話す三百年前の姿ではなく、彼女が公に取っている姿だった。そんな二人のやり取りに笑っていたシャーナがカイトへと問いかける。
「でも私も少し気になります。あの状況ですが……実際の所、勝算はどの程度の物なのですか?」
「んー……今のところ<<氷結結界>>と<<太陽レンズ>>の攻略に関しては目処が立ちました。前者はほぼほぼ攻略は可能。後者は後はどの程度のストックをハイゼンベルグ公が持っているか、という程度でしょうか」
「私が輸送させられたあのデカいのと関係ある? あれは絶対に言うなよ、って言われたから口外厳禁にはしているのだけど……でもどこからか輸送している様子を察知されているみたいよ。まぁ、当然なんだけど」
あんなの輸送すれば嫌でも目立つわよ。イリアはカイトに向けてそう告げる。これにカイトは笑った。
「そりゃ、そうだろうな……あれは隠せるもんじゃない」
「中身何、あれ。最初は巨大な魔導砲かな、とか思ってたんだけど……一応ホタルちゃんが入る前に案内を頼まれて、あの子の立場もあったから私が近くまで案内したから少しだけ中見えちゃったんだけど」
「ああ、魔導砲じゃないな……まぁ、詳細は見てのお楽しみ」
「そんなものなのですか?」
どうやら相当に巨大な何かをこの夜中の間に運び込んでいたらしい。困惑気味なイリアの問いかけに答えたカイトの様子に、シャーナが問いかける。
「ええ……まぁ、勿論それだけではなく。少しは見応えのあるようにはしています」
「教えては……」
「あげません」
「そうですか。なら、明日を楽しみにさせて頂きます」
「ぐっ……」
してやられた。カイトはどうやらシャーナをダシにしてイリアの追求を躱したらしい。イリアが少しだけ口を尖らせていた。見た目は成長していても、内面は昔のままの様子だった。そんな彼女に、カイトは少しだけ教えてくれた。
「そう拗ねるなよ……あいつは言わば攻城兵器だ。攻城戦の演習である以上、攻城兵器を持ってきても不思議はない」
「それは……まぁ、そうね。でも攻城戦で持ち運べる攻城兵器ねぇ……ねぇ、カイト。一つだけ、確認して良い?」
何かを思い出したらしいイリアが、カイトへと少しだけ真剣な顔で問いかける。これにカイトは頷いた。
「ああ」
「移動要塞……じゃないわよね? 流石にあれと同型の物を開発するのはちょっと……」
「わかってるよ。それはやっていないし、誓って良い」
移動できる攻城兵器。そう言われたイリアが思い出していたのは、三百年前の大戦で猛威を振るった移動要塞だ。あれこそまさに攻城兵器の完成形とも言えるもので、戦力の移送も出来るし大量の魔導砲を輸送する事も出来てしまう。有用は有用だった。が、それ故にこそ彼女は警戒しているのだ。
「本当に?」
「本当だって。流石にあれを作ったとなると各国が良い顔をせん。ただでさえ空母型でも良い顔をしていない国は少なくないってのに」
「なら良いわ」
空母型は元々開発の必要性が言われていた。そこにカイト達が持ち込んだアイデアを組み込む事で完成した、というのが表向きのストーリーだ。が、大本になる地球の航空母艦がそうである様に、空母型は言わば一種の空を飛ぶ移動要塞だ。顔を顰めた国も多くはないが、少なくもなかった。
「ま、それに何よりあれは攻城兵器として作ってもいない。別の用途で作っているものだが、それを攻城兵器として使おうってだけの話だ」
「今回に合わせて作った、というわけじゃなく?」
「違うな。元々研究開発は進めていた。ただその当時は必要性は薄く思われたので、日の目を見るのは暫く先になっていたんだが……今回の演習で丁度よいので、と日の目を見る事になった」
どうやらカイトは嘘を言ってはいなさそうだ。イリアもシャーナもカイトの口ぶりに一本の筋があったのでそう判断する。そうして、その後は暫くの間カイトは二人に明日からの攻略側の自信度を語る事になるのだった。
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