第2701話 合同演習編 ――黒焔武――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同演習二日目の夜。カイトはバーンタインに<<黒焔武>>という<<炎武>>の最後の段階を説明。それの使い勝手やらを説明する事になっていたのであるが、これは結論から言ってしまえば一度目の試験ではバーンタインが意識を失うほどの消耗となっていた。
「嘘、だろ……あの親父が気絶するなんて……」
<<暁>>のギルドマスターにして頑丈さであれば八大でも最高峰と言えるバーンタインが<<黒焔武>>を使うだけで気絶した。そんな現実にピュリが思わず言葉を失った。
「それが、<<黒焔武>>だ。まともに使えたのはおっさんかオレかぐらいしか今のところは知らない。そんな力だ」
「う……ぐっ……」
ピュリの言葉に応じながら、カイトは<<炎武>>の生命力活性化の力でバーンタインに自身の活力を分け与える。バーンタインの身に何が起きたかというと、<<黒焔武>>による自身の生命力の消耗に耐えきれなかったのだ。そうして一分ほど。バーンタインが跳ね起きる。
「はっ! はぁ……はぁ……ここは……」
「おーう、起きたな。やってみてどうだった?」
「……もしかして……俺、気絶してたんっすか」
どうやら意識を失った記憶そのものがバーンタインにはなかったらしい。驚いた様子でカイトへと問いかける。
「ああ……腹に気合を入れろ、と言っただろ? まだまだ気合が足りてなかったみたいだな。重要なのは生命力がすっからかんになった後。<<黒焔武>>を解いた後に抜ける生命力を如何に自分の中に留めるかだ。吸収そのものは出来てたはずだから、その後に自分の生命力に変換して留めておく事が出来てなかったんだ」
「……」
ぞっとする。バーンタインは<<黒焔武>>の自分に伸し掛かる負担に恐れおののく。そして同時に納得もした。これを、祖先たるバランタインは使いこなしたというのだ。その背に遠く及ばない、と言われても素直に頷くしかなかった。そんな彼は記憶を失う寸前までの光景を思い出し、問いかけた。
「……叔父貴。一つ良いですかい?」
「おう」
「もしこいつを平原で使ったら、どうなりやす?」
「んー……あんまオススメはしねぇな。草原が荒野になっちまう……いや、砂漠かな」
ですよね。バーンタインはカイトの言葉に素直に同意する。が、だからこそとカイトは笑った。
「つっても、ウルカで使う分には良いんじゃねぇか? 砂漠だからな」
「なるほど……なんってか……少し砂漠にも似てやすね、<<黒焔武>>ってのは。何でもかんでも飲み込んじまう砂漠だ」
「あっははは。そうだな……オレも昔そう言ったら盛大に顔を顰めてたわ」
「あははは」
故郷である砂漠から遠く離れた地にたどり着いて尚、自分の性根には砂漠が染み付いているのか。そんな現実を見たかのようで嫌だった。後にバランタインがそう語っていたのをカイトは聞いていた。
「ま、そりゃ良いわ……とりあえず腹に力を込めるのは大前提。今はまだオレがサポートしてやってるから大丈夫だが、オレ抜きになるとガチ死ねるぞ」
「へい」
今の一幕で身に沁みてバーンタインも理解したようだ。カイトの言葉に一切の嘘が無い事を理解して、強く頷いた。
「おし……じゃ、一度休憩してから再開だ」
「へい」
「……親父。大丈夫なのか、その<<黒焔武>>って」
とりあえずバーンタインが大丈夫にならない限りは練習再開もあったものではない。なので休憩を取る事にしたカイト達であるが、その最中にピュリがバーンタインへと問いかける。勿論、大丈夫な様には見えなかった。そして当然、大丈夫ではなかった。
「いや、大丈夫じゃねぇだろう……あら、バランタイン様が禁じ手としたモンで間違いねぇ。こりゃ、俺も使いこなせても禁じ手に指定するだろうな。何より、あれは多分……」
「なんだ?」
「今にしてわかった、って思った。叔父貴が小難しい五行論をあの時話してた理由がな」
バーンタインが思い出していたのは、かつてカイトが瞬のウルカ留学の際に持たせた手紙の事だ。あれに関しては彼は敢えて魔術は一切使わず自力で全文を暗記するほどに熟読し、一言一句を覚えていた。
「吸収する時、当然だが相手の力ってのは様々な属性を持つ。それらを全部火に変換しちまうんだ。で、俺の肉体も火に変換されちまってるから、その再構築をやる事までワンセットなんだが……」
「……待ちな。それならもし再構築ミスったら……」
「ま、普通に死ぬな」
身体まで全て火に変換されているというのだ。これそのものに関しては<<炎武>>を極めれば特段珍しい事ではなかったが、今回の<<黒焔武>>はそれともわけが違う。
<<炎武>>がプラスにしていく系統なら、<<黒焔武>>はマイナスにしていくのだ。今までやれていた事もまるっきり正反対になってしまうため、今までの経験が通用しなかった。
「そこを意識して、再構築するんだが……これがムズい。叔父貴からは最初に自分を構成する要素分は別枠で置いておくような感覚で分けておけ、って言われてたんだがよ。ぜーんぜん足りてなかったみたいだわ」
おそらく今まで以上に自分の身体に対する理解が必要だろう。バーンタインはピュリに対してそう語る。が、これに。カイトが楽しげに告げた。
「半分正解で、半分不正解」
「え、マジですか? 良いとこ行ったと思ったんですが……」
「あはは……そうだな。なぜ<<黒焔武>>は<<炎武>>の延長線にあるか、わかるか?」
「え? あ……そういや……」
なぜだろうか。<<炎武>>と<<黒焔武>>はそれぞれ正反対の力だ。故に本来は別の力として言われても不思議はない。
なのに、<<黒焔武>>は<<炎武>>の最終到達点の一つとして言われていた。というわけで、今更ながらの困惑を浮かべるバーンタインに、カイトは語る。
「まぁ、こりゃ元々おっさんも誤解してたような話だから、気にする必要はない」
「へぇ……」
「単純に言えば<<黒焔武>>を維持するためには<<炎武>>を常に使い続ける必要があるんだ……これには、<<黒焔武>>の性質というか効果に理由があるんだが……」
「と、言いますと?」
バーンタインからしてみれば<<黒焔武>>はまだまだ未知の力だ。何時の間にか仕事で使うメモ帳を取り出していた。
「<<黒焔武>>が吸収ってのは良いな? それはじゃあ、なぜ吸収になったか、ってのがある。これ、わかるか?」
「はぁ……えっと……確かそもそもこいつがわかったのは大親父が追い詰められて、でしたよね?」
「ああ」
バランタインの問いかけに、カイトははっきりと頷いた。先に彼はバランタインが死ぬ気で力を使って、結果生まれたのだと明言している。そしてここまで思い出して、彼は僅かばかりだが理解した。
「……あ、そうか。生命力が足りなくなったから、身体は勝手にどっかからエネルギーを手に入れようと……」
「そう。身体が枯渇状態に陥ったから、吸収しようとしていたわけだ。それが<<黒焔武>>……ってことは即ち、必要な分が吸収できれば自然解除されちまう」
「なるほど……」
カイトの言葉の道理を理解して、バーンタインは感心した様に頷いた。というわけで、と彼は続けた。
「というわけで、<<黒焔武>>を維持しようと思ったら常に放出も行わないといけないんだ。じゃあ、どうやって放出するかというと結局は起爆剤として利用した<<炎武>>になる。だからそのバランスが凄い難しいんだ」
「はぁ……」
「……叔父貴。一つ良いかい?」
「なんだ?」
父と共に話を聞いていたピュリがふと何かを思ったらしい。そういえば、という様子でカイトへと問いかける。
「今の話でおおよそは納得したんだが……一つ解せない事がある。起爆剤として私らの力まで使う必要はあるのか?」
「ああ、それか……うん。ぶっちゃけると必要じゃあない。ないんだが、今回は必要だと判断した。そもそも全生命力を引っ張り出すのに最初が一番肝心で、そこで一番力を使うみたいなんだ」
「なんだ? はっきりとはしてないのか?」
「ああ……オレもこれは感覚的だから、自信は少し無い。ただやっぱり自分の身を顧みずにやらないといけないから、最初だけはどうしても自分の限界以上を引っ張り出さないといけないみたいで。そうなると、バランのおっさんみたく本気で死ぬ気でやるか、外から強引に引っ張り出してやらないと駄目なんだ」
「あ、なるほど……」
確かにどれだけ頑張っても、よほど覚悟が定まっていないと死ぬ気なんて出来ない。なのでバランタインがこれに至った時に死ぬ気だったというのが事実だとわかるし、逆にそんなつもりも無い状況で使おうにもそもそも<<炎武>>の極みにも至っていないバーンタインが使える道理はない。なので外側から強引に生命力をも吸い出して使える様にしよう、というのが今回の目的だった。
「ま、そういうわけだから、もうバーンタインは<<炎武>>と<<黒焔武>>の維持の練習。ピュリさんは譲渡の練習をもうちょっとだな」
「へい……ピュリ。また頼むわ」
「おう」
どうやら話している間に良い塩梅に休憩になってくれたらしい。バーンタインが立ち上がる。そうして、その後も暫くの間カイトはバーンタインの訓練に付き合う事になるのだった。
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