第2700話 合同演習編 ――二日目・夜――
これはカイトが三百年の月日を経てエネフィアに帰還する前。まだ地球に戻るよりも前の事だ。そこでカイト達が数々の激戦を繰り広げた事は、今更だろう。その中でカイトであれば武器を魔力で編むという異質な力。ルクスであれば聖剣を覚醒させたり、と様々な力を旅の最中で目覚めさせている。
ではその中でバランタインはというと、これは言うまでもなく<<炎武>>を極めた事が挙げられるだろう。が、そんな彼の中でもこの黒焔だけは、彼が意図して到達したものではなかった。
『ウォオオオオオ!』
武神と呼ばれた男が、炎神と呼ばれた男が吼える。これに、カイトが声を荒らげた。
「おい、おっさん! それ以上出力を高めるな! 死ぬ気か!?」
「親父!?」
「親父ぃ!」
かつてカイトが言っていた事だが、<<炎武>>とは生命力を高める事で体内の火属性の力を活性化。結果として身体能力を向上させているものだ。
であれば当然、命そのものを燃やし尽くす事も不可能ではなかった。が、それは禁忌。バランタイン当人が禁じていた。その禁忌を、彼は何度と侵していた。
『……』
そしてその禁忌の果て。生まれたのは地獄の業火さえ焼き尽くす終末の炎。地獄さえ焼き尽くす、黒き炎だったのだった。
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習二日目。<<氷結結界>>内部に囚えられた攻略側陣営地上部隊は囚えられた半数ほどを損失する大損害を受けるものの、ソラ達が即座に後方の前線拠点を基軸とした防衛拠点の設営に尽力した結果、幸いにも総戦力としては地上部隊の二割の被害で決着を見ていた。
「ふむ……まぁ、やや攻略側不利で決着という所か」
『そんな所じゃのう……流石に痛み分け、とは言えまいて』
「んー……」
そんな所かね。カイトはティナの発言に一つ頷いた。そんな彼に、バーンタイン――状況から彼も参加した――が問いかける。
「ですが、叔父貴。ありゃどうするんですかい? 流石に<<氷結結界>>を破らない事には先に進めねぇ」
「私らも一発打ち込んじゃみたが……流石にあれはクオンぐらいじゃないと破れないんじゃないか?」
バーンタインに続けてピュリがやってみた感想を述べる。これに、ソレイユが告げた。
「それか結界の基点を見つけ出して破壊するか、だねー」
「流石に間に合うとは思わないわねー」
ソレイユの言葉に続けて、クオンがいつもの様に呑気な様子で告げる。先に言われているが、彼女は今回そこまで目立った活躍は出来ない。というか彼女が結界を破壊してしまえば演習も何もない。なので出来ない事に変わりはなかった。
「んー……まぁ、手は考えてる。考えてるが、ちょっと別案も欲しい所でな。その別案を考えてる所」
「「別案?」」
「一つは一応万が一の場合私がやって、って言われてるから聞いてるけど。もう一つは確かに欲しいわね」
カイトの言葉を理解出来ず首を傾げるバーンタインとピュリの親子に対して、クオンもまた確かにと頷いた。この一手は重特機だ。そして言われている通りクオンはこの重特機を操れる可能性があるらしく、万が一カイトが動けない場合は彼女が動かす事になっていたのだ。
「あ、そうだ。そういえばバーン」
「あ?」
「貴方、黒焔はまだ出来ないんだっけ?」
「黒焔ってと……<<炎武>>の最終段階ってあれか?」
「そうそれ。バランタインが切り札にしてたやつ」
「すまねぇ……俺もついさっきバルフレアから聞いたばっかで何がなんだかさっぱりだ」
クオンの問いかけに、バーンタインは少しだけ無念そうに首を振る。
「んー……カイト。試しに一つ聞きたいんだけど。バランタインの子供達全員集めてバーンに力を収束させたらどう?」
「無理だろうなー」
「そー……まぁ、そんな所かなとは思っていたけれど」
聞く前の返答に対して、クオンも特に不思議はなかったらしい。そんな所だろうとは思っていた、とため息を吐いた。とはいえ、これはわかっていたのでクオンは更に続けた。
「貴方の所は使えないの?」
「ウチ? どっちの意味で」
「子供達の方」
「いや、尚更無理だろ。先輩の力を乗算しても到底足りんよ。オレが加わるなら話は別だが……」
クオンの問いかけに、カイトは尚更無理である事をはっきりと明言する。そもそも<<暁>>の幹部達と瞬であればまだまだ幹部達の方が強い。そこに瞬が一人加わったとて、バーンタインの力を底上げする事なぞ出来ようはずもなかった。
「それはわかってるわ……なら、リィルに瞬に、更に加えて本家の子ら全員。更に冒険部の共鳴術式で瞬の力を増大させれば?」
「……ふむ」
それは一考の余地がある。カイトはクオンの話を真剣に考える。そうして、彼は一つ頷いた。
「行けるだろう。ただし、その場合はウチと<<暁>>の幹部は揃って戦闘には出られないだろうが。出ても増援と一緒に、最後の一押しになるだろうな」
「それで良いでしょう。どうせ八大のギルドマスターは大半が本気でやるんじゃなくて出たぞ、っていう所が重要だけど……出ればこんだけ凄いぞ、って見せるのも重要だし。かといって私がやっちゃうと……まぁねぇ……ってお話になるし」
やはりクオンはしっかりやる気になれば色々と判断出来るらしい。なので彼女もここで自分が本気でやるのは駄目と理解。その上でどうするのが最善の手だろうか、と考えていたようだ。これにカイトもまた同意する。
「まぁなぁ……よっしゃ。じゃあ、それを軸にするか。ティナ、その線で通しておいてくれるか?」
「え、いや……すんません。説明貰って良いですか?」
『む……そうじゃのう。カイト、これはお主からした方が良いじゃろう』
自分抜きで決定された作戦に、バーンタインが困惑気味に問いかける。というわけで、そんな彼の問いかけにティナがカイトへと説明を一任する。
「か……まぁ、そりゃそうだわな。ここで説明するのも面倒というか、ちょっと<<炎武>>の話になるから場所を変えよう」
ぱちんっ。カイトは指をスナップさせ、会議室周辺を異界化させる。そうして周囲の強度を確保した所で、彼は改めて<<炎武>>の話を行う事にする。
「まぁ、釈迦に説法のお話だろうが、<<炎武>>は術者の強化を行うものだ。これは良いな?」
「へい」
流石にこんなものは基礎の基礎だし、冒険者をやるなら一度は聞いている話だ。なのでカイトの問いかけにバーンタインははっきりと頷いた。
「ああ……で、この黒焔……<<黒焔武>>は……まぁ、なんだ。おっさんが馬鹿やって出来たもんだ」
ぼりぼりぼり。カイトは当時を思い出しながら、どこか呆れる様に口を開いた。
「あのおっさん。人のことを死にたがりの小僧、って言ってた割には割りと自分も死にたがりだったんだよ」
「「え?」」
「ああ、生き急いでる、っていうのはまた話が違うけどな。そうだなぁ……言うなれば死ぬなら俺が先にならないと、って思い詰めてる感じか。まぁ、しゃーないんだけど……」
「そういえば一度カイトが怒って詰め寄った事がありましたね。確かあの時、初めてバランタインが黒焔に目覚めたのでしたか。また部隊も結成されるより前の事でしたね」
「まぁ……な」
当時の事を思い出したのか少しだけ恥ずかしげに、カイトはアイナディスの言葉に頷いた。アイナディスも話の流れで丁度同じ時の事を思い出していたのだろう。
「……多分、二人なら知ってると思うんだけど……ガラフ大谷って知ってるか?」
「へ、へい……」
「親父、知ってるのか?」
「ああ……今は黒炎王の大谷って呼ばれてる場所だ。お前も一度は聞いただろ?」
「黒炎王のって……あれか」
どうやら今は名前を変えて存在していたらしい。バーンタインの問いかけにピュリが目を見開きながらも頷いた。
「なら、その時の流れも知ってるだろう?」
「へい……確か大臣に裏切られ、大谷に追い込まれたとか……」
「まぁ、正確にゃ大臣じゃなくて国王だったんだけどな。大臣はトカゲのしっぽ」
「「っ」」
それだけでどれだけヤバい戦いだったかが察せられる。しかも大谷というのだから、かなり危険な状況だ。少しだけ苦味を滲ませるカイトの様子に、バーンタインもピュリも同じく顔を顰める。
「そりゃ良いか……その時、バランのおっさんは自分が目立つ事で敵の攻撃を一手に引き受けつつ、<<炎の巨人>>を使う事で前の岩盤を撤去して退路を確保しようとしやがったんだ」
「それで、大親父は……」
「そりゃ、あんな状況だ。ただ<<炎の巨人>>を使うだけじゃ到底堪えきれなかった。で、バランのおっさんは自分の命さえ対価にした<<炎武>>を使おうとしやがったんだよ」
「「……」」
バランタインの命さえ燃やす<<炎武>>。それが如何ほどのものなのか想像も出来ず、子孫二人が言葉を失う。
「で、オレやおっさんの子供達が止めるのも聞かず……おっさん、ガキが親より先に死ぬほどの不幸はねぇ、って啖呵きって全生命力を解き放った。いや、マジで全部すっからかん」
「で、ですが……大親父は生き延びたんっすよね?」
「ああ……あのおっさん。なんと生命力全部使ったら性質が反転したみたいでな」
ありえねぇ。カイトは楽しげに笑いながら、自身の友の事を子孫らに語る。が、これにバーンタインが小首を傾げた。
「性質が反転?」
「そ。<<炎武>>が生命力の活性化なら、<<黒焔武>>はその逆。どういう意味かわかるか?」
「い、いえ……えーっと……鎮静化……とかですか?」
「ハズレ……吸収する様になった」
「「は?」」
あー、オレ達も当時こんな顔してたなぁ。何がどうなったらそうなったのか。そんな唖然とした様子を見せる子孫二人に、カイト達は揃って苦笑を浮かべる。
「まぁ、<<炎武>>による燃焼は活性化による燃焼だ、ってのは良いな? ならその逆はエネルギーの吸収による消滅だ」
「消滅? 凍結……でもなく?」
「そ。消滅……存在のエネルギーそのもの吸収しちまって、自分の力にしちまうわけ」
流石というかなんというか。バランタインがたどり着いたという<<炎武>>の極地に、子孫二人が言葉を失う。というわけで、そんな二人にカイトは告げた。
「まぁ、そのためにはまずは自分の生命力全部を燃やし尽くす力に耐えきれないといけないわけで、失敗すると普通に死にます」
「それを、使えと」
「いや、使えないだろうから補佐します、ってお話」
「出来……ますかね」
「出来るんじゃね? 出来なくても<<炎武>>の最上位ぐらいは出来るだろうから、戦力としては十分かな」
ここらはやってみないとなんとも言えない。カイトはバーンタインの問いかけにそう答える。
「ま、後はそちらがやるかやらないかだ。やるなら、一旦サポートで感覚慣らすぐらいの支援はしてやるが」
「……」
カイトの問いかけに、バーンタインは僅かに悩む。もしかすると死ぬかもしれない。それは当然、考える必要があった。だが、結論はすでに出ているようなものだった。
「是非、お願いしやす。大親父が禁じたようなもん……是非見てみたい」
「おーらい」
バーンタインの返答に、カイト以下当時の者たちが僅かに冒険者らしい荒い笑みを浮かべる。そうして、話は一旦<<黒焔武>>の試験になるのだった。
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