第2699話 合同演習編 ――撤退――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習二日目。<<氷結結界>>により攻略側地上部隊が孤立させられるというトラブルに見舞われるも、アウラを囮としてエドナを用いた退路の確保に成功。なんとか最後方で防衛網を築いて耐えていた地上部隊の撤退を順次開始させる。
そんな中でカイトはレクトール率いる<<死翔の翼>>への対抗策としてセレスティア達を召喚。彼女らに戦いを任せ、自身は更に後方から攻め立てる防衛側地上部隊の侵攻を単騎防いでいた。
「ちぃ! 馬鹿げた数を繰り出しやがる!」
「こちらもとりあえず撃って撃って撃ちまくれ!」
「あんなのに撃たれちゃ前に進めねぇ! なんとかしてくれ!」
いつもそうなのであるが、カイトの武器による掃射はかなり驚異だ。爆撃が来るのかそれとも突破力の高い貫通弾が来るのかわからず、下手に突っ込めないからだ。故にただ適当に掃射するだけでも十分な驚異だった。そして勿論、今はそれだけではない。
「駄目だ! 速すぎる!」
「あんなの狙えねぇよ!」
「誰かどうにかしろ!」
「どうにか、つったって追いつけねぇんだよ!」
ただでさえ厄介なカイトがエドナに乗って空中を超高速で移動するのだ。空中戦が得意な冒険者とて、飛ぶ事こそが専門の彼女の速度には追い付けない。しかもそこに次元を切り裂いてどこぞに転移までしてくるのだ。追いつけるわけがなかった。
『こういうのは昔はやらなかったけど。悪くないわ』
「あっははは。前はこんな程度だと安々弾かれてたような気がしないでもないが……いや、魔物相手なら効果的にやれたかもな」
『前は誰かがピンチになるたび、貴方が降りて切り捨ててを繰り返してたものね』
「懐かしい。今はこんな楽になった」
昔はよく飛び降りて切り捨ててまた戻ってを繰り返したもんだ。カイトはそんな呑気な様子で笑う。無論、ただ武器をランダムに投射するだけでなく、弓で直接的に狙う事もある。手札の多彩さであれば、かつてを遥かに上回っていた。
「そういえば、オレ普通に弓を射てるけど。反動大丈夫か?」
『昔も時々弓は使ったでしょ?』
「使ったっけ?」
『あんまり使いはしなかったけど、嗜みとしてお父様が』
「あー……そういや、嗜み程度にはやってたなぁ」
今みたいにメインウェポンとして使う事はなかったが、騎馬兵として活動する事があるのなら弓の一つは覚えろ。そう言われた事をカイトも思い出す。
とはいえ、これはあくまでも騎馬兵として戦う上で弓を使う事を覚えさせられた形で、今みたいに弓で超長距離の敵を狙ったり効率的に戦うために手札の一つとして使えたわけではなかった。
『でも少し残念ね』
「うん?」
『レジディアの剣術は見れても、ウチの剣術の使い手はいないみたい』
「あー……そういえばセレスはレジディア流……正確にはレジディアント流剣術か。ってことは、同じ大剣士のレクトールもレジディア流か。イミナさんなら、使えても不思議はないんだろうが……」
『残念ながら、拳術みたいね』
「あはは」
これはイミナ当人が言っていたが、彼女は剣術が苦手らしい。そこで極めていたのは拳術だ。なのでカイト自身がかつて愛用した剣術、即ちもう一つのマクダウェル家が培ったマクダウェル流剣術は見れていなかった。それに少しだけ残念がるカイトだが、そんな彼の所に通信が入ってきた。
『カイト!』
「先輩か! どうした!?」
『悪いが、ピュリさんを引き上げて貰えないか! 場所は信号弾を打ち上げる!』
「あいよ! あそこか……エドナ!」
『ええ!』
カイトの要請を受けるや否や、エドナが次元を切り裂いて瞬の真横へと転移する。そこは偶発的に出来た塹壕のような場所の裏側で、どうやら瞬もルーファウスも一時的にそこに撤退出来たがそれ以上撤退しようとするとピュリがどうにもならなかったようだ。
「先輩」
「……カイト!? ま、またとんでもないな!?」
「あはは……ピュリさんは?」
「こっちだ……はぁ。流石にキツいね。おいてけ、とは言ったんだがね」
「それだけ軽口が叩ければ十分ですよ……エドナ。お前は上空に退避。食らうなよ? オレは彼女を最後方まで送り届けて戻る」
『ええ』
だんっ。カイトの指示を受けたエドナが地面を強く蹴って、再度上空へと退避する。その一方、残ったカイトは瞬とルーファウスの二人と僅かに話を交わす。
「先輩、ルーも大丈夫か?」
「ああ……流石にグリム……いや、レクトール? 相手は厳しかったが」
「ピュリ殿が被害を一手に受けて下さったお陰で、なんとか無傷で済んだ」
「ありゃ私が迂闊だったってだけだ」
ルーファウスの感謝に対して、ピュリは若干恥ずかしげに首を振る。まぁ、彼女が一番難敵と見てレクトールは彼女を重点的に攻めたのだ。こうなったのはある意味では必然だろう。というわけで、恥ずかしげな彼女が少しだけ言い訳じみた言葉を発する。
「マクダウェル流、って言うもんだからてっきり全部見知ってると思ったんだが……叔父貴。あんた大剣に<<枝垂れ桜>>や<<風神一閃>>なんての作ってたか? あんなガッチガチの殺しの技はなかったと思ってたんだが」
「マクダウェル流<<枝垂れ桜>>と<<風神一閃>>?」
ピュリからの発言に、カイトはぎょっとなってレクトールを見る。そしてどうやら、丁度そのマクダウェル流ならぬマクダウェル流を使おうとしていた所らしい。セレスティアに向けて、カイトが思わず声を大にする。
「セレス! そいつは後ろに飛べ! 油断するな! 何発来るかわからんぞ!」
「っ!」
「ちっ!」
先にピュリが大ダメージを負う事になった<<枝垂れ桜>>の兆候である桜色の輝きに気付いたカイトの助言により、セレスティアが連続して跳躍。無数の桜吹雪を全て回避する。
「ありがとうございます!」
「良いってこった! ったく……<<枝垂れ桜>>はマクダウェル流だぞ。節操無いな、奴の子孫は」
どこか嬉しそうな様子を見せながら、カイトは返す刀で斬りかかるセレスティアの攻撃を<<セイクリッド・サークル>>で防ぐレクトールを見て呆れた様に笑う。そんな彼に、瞬が問いかける。
「知ってるのか?」
「まぁ、な……ああ、一応言うが<<風神一閃>>はマクダウェル流じゃない。おそらくどこかでマクダウェル流に統一されたのかもな」
「団長が去った後に、ですよ。あまりに交わり過ぎましたから」
「「「え?」」」
「ん? え? 今のは……俺か?」
どうやら魂の奥底からの言葉だったため、ルーファウス当人にも言葉を発した感覚がなかったらしい。これにカイトは肩を竦める。
「みたいだな……ま、それならそれでも構わん。とりあえず、レクトール……グリムには要注意。セレスに任せておけ。撤退も問題はない」
「わかった……良し。ルーファウス」
「ああ」
兎にも角にも今は話していられる時間はない。瞬もルーファウスもピュリに肩を貸したカイトにそう判断。彼らもまた塹壕から立ち上がって気合を入れ直す。
そうして彼らはカイトとピュリが撤退するまでの時間を稼ぐべく敵の追撃部隊へと強襲を仕掛け、一方のカイトは最後方にピュリを送り届けて再びエドナに騎乗。上空からの支援を行う事になるのだった。
さてカイトが増援として<<氷結結界>>の中に入り込んで、暫く。攻略側地上部隊の撤退が半分ほど終わった頃だ。元々わかっていた事であったが、バーンタインはかなり苦戦を強いられていた。
『ぐぅ!』
「大親父!」
「大丈夫か!?」
『問題ねぇよ! お前らは前の敵をしっかり見てろ!』
<<暁>>の面々の言葉に、バーンタインは少しだけ苛立たしげに答える。が、その内心は苦々しいものだった。
(ちっ……そうは言ってもぶっちゃけ問題しかねぇ。マジでやるのは初めてだったが、これが天才バルフレアの拳か)
巨大な炎の巨人と化してバルフレアと交戦していたバランタインであるが、完全に炎の塊となっているはずなのにバルフレアの拳は普通に届いていた。
無理もない。バルフレアは彼の祖先であるバランタインとも戦ったのだ。<<炎武>>の開祖にして歴史上最高の使い手と拳を交えていた以上、そこに及ばないバーンタインに勝ち目はなかった。
(パワーは上がってる。速度は落ちちゃいねぇ……だのに届かねぇか)
これが、かつての戦争におけるエース達の実力。バーンタインは自分がそこに名目上並ばせて貰っているとここではっきりと理解する。
「お前は強いぜ……確かに、素の実力なら俺達に届いてる。でも致命的なまでに、特殊能力を使いこなせてない」
『ぐほっ! おらっ!』
「はっ」
『っ!』
一瞬で肉迫したバルフレアに顔面を殴られて仰け反ったバーンタインであるが、その反動を利用して頭突きの様にバルフレアへと襲いかかる。が、これにバルフレアは超高速で拳を振るって空気を圧縮。その爆発を利用して退避する。
「ま、俺から言わせりゃお前はまだ気の力への理解が足りてない。黒焔に至っていないのはそういうわけだろうな」
『黒……焔?』
「なんだ。カイトまだ教えてないのか……お前のその領域の更に上。最終段階が黒焔だ……まぁ、あいつが教えなかった理由もわかるっちゃわかるけどな」
どうやら叔父貴が言っていた最後の段階というのは黒焔という名に関係があるらしい。バーンタインはバルフレアの言葉で数日前にカイトが語っていた事を思い出す。
「とりあえず、今のままじゃあ俺には勝てない……ま、流石にユニオンマスターに花の一つは持たせてくれよ」
『っ……』
流石に厳しいか。バーンタインはバルフレアの言葉に苦味を浮かべる。敗北。それを予知したのだ。そうして拳に気と魔力を織り交ぜた力を収束させてこちらに迫りくるバルフレアに、バーンタインは最後の一瞬まで抗うべく膝に力を込めた。
『おぉおおおお!』
「おっしゃ! その意気だ! もういっちょ、っ!」
ごぅ。楽しげに地面を蹴って急速に距離を詰めるバルフレアであったが、強大な力の奔流の接近に気付いて急停止。自身を狙って急旋回した黒い炎に、蓄積していた力の全てをぶつける。
「っぅ! 噂したのが間違いだった!」
『ちげぇよ。でけぇからわかりやす過ぎたんだよ』
『叔父貴!』
脳裏に響くカイトの声に、バーンタインはこの黒い炎がカイトの物である事を理解する。そんな彼へと、カイトが告げた。
『炎を最大まで収束させて一発デカいのぶちかませ! ありったけを拳に乗せてな!』
『へい!』
せっかく一瞬だけでも作ってくれた好機だ。これを無駄にするわけにはいかない。バーンタインは自身に活を入れて立ち上がる。が、その際に総身に纏わせていた炎の全てを右の拳に収束させる。
「おぉおおおお!」
イメージするのは今カイトが見せてくれた真っ黒い炎。地獄の業火さえも焼き尽くす終末の炎だ。それに少しでも近付ける様に、バーンタインは今日一番の気合を入れる。
「っ」
一瞬。バーンタインは自らの拳に宿る炎の中心。自らの拳のあたりが黒く変色するのを見る。それが彼の願望が見せる幻影だったのか、それとも光が屈折した結果だったのか。それはわからないが、兎にも角にも今はそれをぶつけるだけだった。
「おぉおおおお!」
「ちっ」
流石にこの威力を無防備に受けるわけにはいかない。かといって、カイトの横槍のせいで回避も出来ない。バルフレアはカイトの炎をかき消した直後に飛来するバーンタインの炎に舌打ちする。
そして、直後。彼はバーンタインの炎に飲まれ、都市の上空をも飛び越えて遥か彼方へと飛ばされていった。なお、カイトとバーンタインの順番が逆だったら間違いなく戦闘不能になっていた、というのは彼の言葉だ。飛ばされただけで済んだのは、やはり実力差の問題だろう。
「はぁ……叔父貴。すんません」
『いや、良い。今の内にお前も周囲の奴らをまとめて撤退しろ。支援はこっちでやる』
「へい……おい、お前ら! 今の内に撤退だ!」
「「「おう!」」」
とりあえずバルフレアというとびきりヤバい奴さえいなければ、バーンタインだけでもなんとかなった。というわけで右翼左翼共に難敵をなんとか食い止める事に成功し、攻略側地上部隊の撤退は本格化するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




