第2696話 合同演習編 ――リベンジ――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習の二日目。<<氷結結界>>と呼ばれる巨大な結界の内側に前線の戦士達と共に捕らえられる事になった瞬。そんな彼はソラになんとか難を逃れている冒険者達の統率を任せると、自身はピュリと共にこちらへの攻撃を行う敵主力との戦いを繰り広げる事になっていた。
というわけで、<<暁>>と共同で防衛側の主力との交戦を行っていた瞬であったが、そんな彼が見たのは久方ぶりにドクロ面の大鎧に身を包み、以前とは異なり大剣を担いだレクトールであった。そこでピュリと共にレクトールと交戦する事になったが、これは実力差に経験の差からピュリが左手を使用不可にされるという状況に陥っていた。
「ふぅ……」
瞬は一度だけ深呼吸をしながら、次の一手を考える。
(ピュリさんの左手は……最上位の回復薬か専門の治癒を受けないと復帰不可な領域か……痛いな)
今更であるが、ピュリと瞬であればピュリの方が強い。その彼女が片腕を使えなくされてしまったのだ。戦闘の面での不利がどれほどか、想像も出来なかった。
「ちっ……流石にこいつはキツいね」
やられたのは左手。利き腕ではないのだけが幸運だろう。とはいえ、ダメージは甚大でまともな戦闘は望めそうにない。ピュリは自身の腕をそう理解していた。そしてそんな彼女を、レクトールが見過ごすはずがなかった。
「っ」
『ふんっ!』
「はぁ!」
気合一閃。大上段から振り下ろされる大剣に、ピュリは地面を砕いてレクトールごと吹き飛ばす。そしてそれと同時に自身は反動でその場を離脱して、更に腕を振るって炎を撒いて追撃を予防する。と、距離を取るピュリを支援する様に、瞬がレクトールと彼女の間に割り込んだ。
「俺も居る事を忘れてくれるなよ!」
『っ……』
今は手傷を負ったピュリを確実に仕留めること。レクトールはそう判断し、眼前の瞬を闇を纏って突っ切る事を選択する。が、これは瞬も理解していた。故に彼はレクトールが闇を纏うと同時に槍を自身の前後に広範囲に渡って投射。レクトールが消えるのを阻止する。
『ぬ……』
自らの纏う闇を振り払われ、レクトールは僅かに目を丸くする。とはいえ、それならそれでと彼は狙いを瞬に変更するだけであった。
「<<鬼島津>>!」
レクトールが自身を見ると同時。瞬は若武者の姿へと変貌する。そうして振り抜かれんとした大剣に向け、瞬は刀を振るって迎撃。それと同時に刀に宿した雷を解き放ち、大剣を伝ってレクトールへと攻撃を加えた。
『っ……』
「よし」
まだまともにやっても届きはしないが、少なくとも届かないわけではない。瞬は自身とレクトールの差が僅かばかりでも縮まった事をはっきりと知覚する。
勿論、届くだけで勝てるわけではないが、可能性が無いのとあるとでは話が全く違った。が、次の瞬間。瞬はそれ故にこそドクロの仮面の後ろのレクトールが笑ったのを、確かに見た。
『ならば、ここからは演技抜きでやろう』
「っ」
今までの戦いがあくまでもグリムとしてのものだとするのなら、ここからはレクトールとしての戦い。瞬はレクトールの言葉でそれを理解する。
『おぉ!』
「っ!」
「瞬!」
先程の速度を更に上回る速度での斬撃に、瞬は思わず目を見開いて動きを止める。それは大鎌を使っていた頃より遥かに速く、大剣こそが彼の本当の得物なのだと如実に理解できた一撃だった。が、今度はそこにピュリが右手一つで炎の拳を放って、大剣の速度を僅かに緩める。
「すいません!」
『……』
来るか。レクトールは両手で刀を手にした瞬に、僅かに笑みを浮かべる。そうして、レクトールの斬撃を避けた直後。瞬の方が一手先に斬りかかる。
『遅い』
「っぅ!? 冗談だろう!」
確かに、先に斬りかかったのは瞬の方だ。が、レクトールは更に速く大剣を振るっており、瞬の剣戟が最高速に到達する前に激突。瞬の刀が吹き飛ばされて、魔力の塵となって消滅する。そうして反動で姿勢を崩す瞬へと、レクトールは大剣を地面と水平に構える。
『マクダウェル流剣術・風……<<風一閃>>』
「っぅ!」
何かが飛び出した。瞬には眼前の光景がそうにしか見えなかった。彼が自身の顔面の真横を突き抜けた大剣を理解したのは、大剣の柄が彼へと激突し続く突風が彼の身体を押し出してからだった。
「ぐっぅ!」
『む……僅かに避けられたか。久しぶりにやったから鈍ったか……』
情けないものだ。レクトールは咄嗟に瞬が僅かに後ろへ倒れ込む様にして一撃を避けていた事を理解して僅かに気落ちする。まぁ、瞬が避けられたのは全くの偶然だ。虚を突かれた事で彼が僅かに姿勢を崩し、結果として狙った位置に彼の顔はなかったのだ。
「っぅ、はぁ!」
自らの胸部に残る鈍痛を振り払いながら、瞬は槍を生み出してレクトールへと投ずる。これに、レクトールは平然と大剣を振るって槍を消し飛ばす。
『ふん……ふぅ』
ぐっ。レクトールが足に力を込める。そうして、次の瞬間。地面が砕け散るほどの剛力で、彼が瞬へと飛び出した。
「おぉおおおお!」
『っ……おぉおおおお!』
自らを迎撃せんとする瞬の雄叫びに呼応する様に、レクトールもまた雄叫びを上げる。そうして大剣と刀が激突し、しかしやはり瞬の力だけではレクトールはどうにもならないのか刀が砕け散る。
『はぁ!』
押し勝った。それを理解したレクトールは続けざまに大剣を振るって瞬を仕留めようと腕に力を込める。そうして彼の大剣が僅かに動いた、その瞬間。もう止まれないタイミングになった所で、忍び寄ったピュリがその胴体に拳を突きつける。
「ゼロ距離! 持ってきな!」
『ぐぅ!』
どんっ。そんな轟音と共に炎が解き放たれ、火山の噴火の何倍もの勢いでレクトールへと襲いかかる。そうしてまたたく間に炎に飲み込まれたレクトールを横目に、ピュリは瞬を右手で引っ掴んでその場を離れる。
「瞬! 悔しいが、流石に一旦引くよ! あいつあんなに強いとは思ってなかった!」
「俺もです! 前に見た時より遥かに強い!」
「マジかよ!」
どうやらラエリア内紛は仕事として参戦していたというだけだったのだろう。ピュリは今の一連の流れから、それを理解する。そして同時に、この程度でレクトールを仕留め切れはしないだろうとも理解していた。
『……ふぅ』
案の定、炎に飲み込まれたはずのレクトールは無事だった。どうやら彼は漆黒の鎧の表面に薄い水の膜を展開してピュリの炎を防いでいたらしい。それでも打撃によるダメージは若干あった様子だが、特段のダメージは無い様子だった。
『……<<闇駆け>>』
「「!」」
レクトールが闇を纏った直後に自分達の背後に回り込んだ事に気が付いたのは、二人共ほぼ同時だった。そうして背後から振るわれる大剣に、二人は万事休すを悟る。が、幸運の女神は二人を見放さなかった。
「おぉおおおお!」
大剣が二人へと直撃する直前。真っ白い閃光が二人へと激突。二人を弾き飛ばすと同時に、閃光が二人に代わって大剣を受け止める。
「ぐっ! はぁ!」
『む……』
一瞬苦悶の声を上げるも直後に自身の大剣を押し戻した白い騎士に、レクトールは僅かに目を見開く。
「瞬殿! 無事か!?」
「ルーファウスか! すまん、助かった!」
「西のか! すまん、感謝する!」
背中越しに掛けられた声で、瞬は白い騎士がルーファウスだと理解。そしてその言葉でピュリも救援に来てくれたのがルーファウスだと理解したようだ。というわけで、三人目の増援で少しは勝機が戻った事を理解したピュリが顎で瞬に指示を出す。
「瞬」
「はい」
流石にこのままやった所で勝ち目はない。変わらず正面で睨み合いを行うルーファウスの左右へと回り込む様にピュリは指示を飛ばす。というわけで、その指示に従ってルーファウスを含む三人で三角形を作り出す様に配置を整える。
『……』
三角形になる様に包囲されたレクトールであるが、彼は大剣の切っ先を地面に突き立てるような形で三人の動きを見定める。さすがの彼も手傷を負っているとはいえランクSの冒険者一人にランクAの冒険者の中でも上位に位置する二人と真正面から戦えるとは思っていないようだ。迂闊に攻め込まず、瞬らの出方を伺っている様子だった。
「「「……」」」
レクトールを取り囲む三人は視線で意思の伝達を行い、何かを定める。そうして相談が終わった所で、最初に地面を蹴ったのはルーファウスだった。
「おぉおおおお!」
『ふんっ!』
「ぐっ!」
裂帛の気合と共に放たれる盾を前にしてのタックルに対して、レクトールは容赦なく大剣を振るった。そうしてその勢いに飲まれルーファウスは吹き飛ばされるも、元々これは想定内だったらしい。
しっかりと受け身を取り、最低限のダメージに抑えていた。そんな彼の様子を見て、レクトールは即座に次の展開を理解。ピュリと瞬が同時に背後から襲いかかるのを察知する。
『マクダウェル流剣術……<<影>>』
「「!?」」
襲いかかった二人が見たのは、レクトールの左手に生まれた闇色の大太刀だ。レクトールはそれを器用に操って、瞬とピュリの一撃を防御する。
「ちっ! カイトみたいな事を! っと!」
「ちっ」
自分達の攻撃を防いだレクトールに二人は舌打ちするも、即座に反転した彼が自分達を正面に捉えると同時にその場を離脱。体勢を立て直していたルーファウスに次を任せる。
「おぉ!」
『悪いが、それは見えていた』
「何っ!?」
自身が背後から襲いかかるのをまるでわかっていた――その通りだが――様に後ろ宙返りで自分の上を通り抜けたレクトールに、ルーファウスは思わず目を大きく見開く。そうして彼の背後にレクトールが着地し、ルーファウスを背中から切り裂こうとしたと同時。状況を見た瞬が即座に槍を投げた。
「ぐっ!」
『む!』
「っ、すまん!」
「いや、こちらこそ助かった!」
後少しでも横に逸れていたらルーファウスの顔面が吹き飛んでいた。そんな針の穴を通すような精密射撃によりなんとか難を逃れたルーファウスがしかめっ面で瞬に感謝を述べる。
しかめっ面なのは超音速で槍が顔面の真横を通り過ぎたためだ。衝撃が脳を僅かに揺らしていたのである。そしてこの精密射撃はレクトールも想定外だったようだ。僅かに動きを止める事となり、ルーファウスをみすみす逃がす事になる。
『今のは見事だった』
「……」
完全に不意打ちでやったはずなのに、完璧に間に合わせたのか。瞬は僅かにこみ上げる笑いを抑えるのに精一杯だった。そんな彼がルーファウスへと問いかける。
「……ルーファウス。受けてみた感想はどんなものだ?」
「どの程度が全力かはわからないが……先程の威力ならまだ数発は十分に耐えきれる」
「これ以上無い事を祈ろう。ピュリさん……そっちで牽制と支援お願い出来ますか? 流石にその腕で出せる威力じゃ限界がある」
「……だね。そうしておこう」
今更だがピュリの怪我は決して甘いものではない。本来なら即座に野営地に運び込まれ、治療を必要とする状況だ。無理をさせて戦線離脱となる方が厄介なので、瞬は支援と牽制を主としてくれる様に頼んだのである。そうして、ルーファウスが来た事により動き出した戦いは更に激しさを増すのだった。
お読み頂きありがとうございました。




