第2695話 合同演習編 ――リベンジ――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習の二日目。正午前までは昨日同様に様子見にも近い一進一退の攻防戦が続く事になっていたのであるが、正午前に行われた<<太陽レンズ>>の照射をきっかけとして事態は急変。防衛側が<<氷結結界>>と呼ばれる巨大な氷のドームを展開し、攻略側の前線を結界の内側に取り込んでの殲滅戦へと移行。攻略側はその救助に乗り出す事になっていた。
というわけで、カイトがエドナを駆って救援に乗り出す少し前。<<氷結結界>>の内側で奮戦していた瞬やソラらはというと、ある意味では因縁の深い相手と激突する事になっていた。
『はぁ!』
「っ!」
響いた雄叫びと共に放たれる斬撃に、瞬は気配だけでそれを理解。地面を蹴って飛び上がり、返礼とばかりに槍を投げ下ろす。
『はっ』
放たれた槍に対して大剣が翻り、簡単に叩き落される。それを見ながら、瞬は着地して僅かに笑う。
「まさか、お前も居たのか」
『久しぶりだ』
「最悪の状況で出てくるのが好きなのか?」
瞬が思わず軽口を叩きたいぐらいには、状況は良くなかった。それはそうだろう。なにせ相手はランクSの冒険者。それもカイトその人がこいつは強いと断言するほどの猛者である。
「確か……レクトールだったか」
『妹が世話になっている』
やって来たのは、レクトール――今回は<<死翔の翼>>での参戦だからか大鎧を着用していた――率いる<<死翔の翼>>だ。彼らはアニエス大陸の冒険者のはずだったが、なぜここに。瞬はそんな疑問を飲み下し、呼吸を整える。
彼我の差は若干は埋まっただろうが、それでも勝てるとは思わなかったし思えなかった。そんな彼に、ピュリが問いかける。
「知り合いかい、あんた。あいつと」
「知り合い……ではあるんでしょう」
思えば奇妙な関係だ。一度は殺されかけ、その時に豊久が目覚め。ある意味では因縁の相手だ。だが他方色々とあってカイトと縁が深い事がわかり、なんだかんだカイトとは付き合いがあるらしい。因縁の敵と言うわけでもなかったが、同時に仲が良いわけでもなかった。
「<<死翔の翼>>です、彼らは」
「っ!? なんだってぇ!? <<死翔の翼>>っていうと……あの?」
まさかそんなギルドが目の前に居るなんて。どうやらピュリは<<死翔の翼>>の傭兵としての名を知っていたらしい。だからか顔はしかめっ面で、しかし同時に納得もしていた。彼らほどのギルドであれば、確かにこちらの殲滅における要として留め置かれていても不思議はない、と。
「そういや、あんたらラエリア内紛で……」
「ええ。後は『リーナイト』の前に組んで仕事をした事も」
「それでさっきの……」
<<死翔の翼>>のギルドの連中が瞬に対して少しだけ気軽に挨拶している様子があったのか。ピュリは瞬に面識があるらしいギルドメンバー達を見付けていたらしい。と、そんなピュリがレクトールを見ながら瞬に問いかける。
「だが噂だと大鎌持ちだと聞いたんだが」
「『リーナイト』の仕事の時に砕けました……相手は守護者です」
「っ……あんたらじゃなきゃ、あり得ないっていうんだけどねぇ……」
なにせギルドマスターがあの叔父貴だ。ラエリア側が依頼を出していても不思議のない案件と思えた。が、即ちレクトールは守護者と戦って生還出来る猛者というわけでもある。油断出来るわけがなかった。
「……おい、お前ら」
「おう……俺らで<<死翔の翼>>の幹部共をやるぞ」
「「「おう」」」
流石に名にし負う<<死翔の翼>>だ。数こそ<<暁>>が圧倒的に多いが、ただでさえ完全に三方面包囲された状況下。周囲には<<死翔の翼>>以外の敵まで溢れかえっている。否が応でもそれの対応もしなければならない以上、物量で押し切れる事はなかった。故にピュリの真剣味を帯びた言葉に、神殿都市支部の幹部達も応ずる。
「瞬……あんたは悪いけど、あいつとの戦いに付き合って貰うよ」
「それしか……無いんでしょうね」
「嫌と言うほどの数を相手にするか、それとも私と一緒に目の前の敵だけで良いか。選びたい方を選ばせてやるよ」
「彼相手にしておきます」
何より、レクトールはおそらくピュリ一人では厳しいだろう。瞬はかつて一度は矛を交え、そして尚且つ肩を並べ守護者と戦えばこそその実力を理解していた。そうして、彼は数度呼吸を整え暫く前のカイトとの会話を思い出す。
『ん? ああ、あいつに攻撃が届かなかったからくり?』
『ああ……いや、障壁等で防がれただとまだ納得も出来るんだが、あれはそのどれとも違っていた。だが、先程の戦い等を見るにグリムには攻撃が通っていた……何かからくりがあるんじゃないかと思ってな』
それはまだレクトールがレクトールの名だと知らなかった頃。ラエリアで依頼を受けて、彼と組んだ後の事だ。瞬は数度レクトールの動きを観察していたのだが、どういうわけか自分では通用しなかった攻撃が普通に通用していた事に疑問を得たのだ。そこで、カイトに聞いてみたのであった。
『そりゃぁ、からくりも無しにはあんな芸当は出来んわな……まぁ、オレも当人に聞いたわけじゃないから推測になるのは許せ』
『それでも構わん……豊久さんはなんだったか……確か勝てると思わない限りは勝てない、と言っていたんだが』
『それは正解だな……おそらくあの力のからくりだが……』
この後、カイトは瞬に対してレクトールに攻撃が一切当たらなかった理由の推測を語る。それを瞬は思い出した。
(確か……魔力は意思の力。勝てると思わない……勝つ意思が無い攻撃を自らへの攻撃ではないとしてキャンセルしていたのでは、という事だったか。後は……本質的には流れ弾や事故を防止する目的の魔術を転用し、編み出されたのだろう……だったか)
<<原初の魂>>なのでは。そんな噂を耳にした瞬であったが、実際には何かしらの魔術を更に発展させた高度な魔術の可能性が高いのでは、というのがカイトの推測だった。
(とはいえ……それなら)
勝ち目はある。瞬は以前とは違い決して届かない背中ではないと自らを鼓舞する。そうして彼はピュリと視線を交え、同時に踏み込んだ。
「はぁ!」
同時に踏み込んだ二人であるが、先に攻め込んだのは瞬だ。やはりレクトールとの交戦経験があり、尚且つ一度組んでいる事がある。まだ若干耐えられる可能性があると踏んだのだ。そんな彼に対して、レクトールは容赦なく大剣を振り抜いた。
『ぬぅん!』
「ぐっ! だが!」
『む』
振り抜かれた大剣を槍で防いだ直後。瞬は吹き飛ばされながらも、魔力で編んだ槍を投ずる。これに乗った敵意に、レクトールは自身の魔術が通用しないと判断。霧のような闇を残して、滑る様に移動する。
「こいつも持ってきな!」
レクトールが移動した先に向け、ピュリが炎の拳を放つ。そうして襲いかかった炎の拳をレクトールは軽々と切り裂いた。そして同時に再び霧のような闇を残して、その場を離脱する。
「ちっ……あんだけ重武装でこの速度……冗談じゃないったりゃありゃしない」
二発目を放とうとしていたピュリは視線の先からレクトールがかき消えた事を受けて一つ舌打ちする。その一方で消えたレクトールはというと、音もなくピュリの真後ろに忍び寄っていた。
「ピュリさん!」
「っと!」
『……む』
僅かながら、レクトールがしまったというような顔をする。実はこの時、レクトールは大鎌を振るっている感覚になってしまっていたらしい。これは本来あり得ない事なのだが、久方ぶりに大鎧を着込み<<死翔の翼>>として動いていたため、そんな勘違いをしてしまったようだ。
『……ふむ』
そういえば大鎧を身に纏って大剣を振るうのは本当に久しぶりだったか。レクトールはエネフィアに来て以降の自身の経歴を思い出し、更には記憶喪失であった事も相まって自身の感覚に調整が必要だと判断する。というわけで、ここに来て彼も自分から攻め込む事を決めた。
『ぬぅおおおおお!』
「「っ」」
地の底から響くような雄叫びと共に、レクトールが地面を強く蹴る。そうして狙うのは、ピュリの方だ。
「っ!?」
定石から外れた選択に、ピュリは思わず目を見開く。この場合、最善の一手は瞬を即座に潰す事で敵数を減らし、ピュリと正面から戦う事だ。
故に彼女自身は瞬の支援に入ろうと――同時に瞬は身を守ろうと――していたため、どちらも僅かに反応が遅れてしまったのである。そうしてレクトールが攻撃を彼女に叩き込むよりも前に。瞬は常時待機させていた槍の幾つかを撃ち出した。
『ふんっ!』
「何!?」
レクトールが総身に裂帛の気合を込めると同時に砕け散った自身の槍に、瞬が目を見開く。とはいえ、そのおかげかレクトールも一瞬は足を止めるしかなく、その間にピュリは身を屈めてボディーブローのような姿勢で彼へと襲いかかる。
「あんた連れてきて正解だった! おらよ!」
『……』
「ちっ」
突き抜けるような一撃が直撃する直前。レクトールが三度闇を纏いその場から離脱する。そうして彼が向かうのは、今度は瞬の前であった。
「っ!」
『おぉおおおお!』
大上段に構える死神の姿を目の当たりにして、瞬は一瞬だけ死を連想する。が、それに対して瞬は一瞬で意思を固め、身を捩る。
「ぐっ!」
地面と大剣の衝突により迸る衝撃波に、瞬は思わず顔を顰める。が、彼はそれと同時に封印のネックレスの出力を最大にして、更に自身の鬼族の血を最大まで高めて相殺。出来る限りの丈夫さを得て、槍を振り抜いた。
『はっ!』
放たれる横薙ぎの一撃に、レクトールは左手に障壁を展開して完全に食い止める。そこに、今度はピュリが襲いかかった。
「おらよ!」
『ふんっ!』
瞬の槍の一撃を食い止めながら、レクトールは大剣を手首の動きだけで真上へと放り投げて空いた右手でピュリの炎の拳を受け止める。そうして、彼はピュリの拳を逃さぬ様にしっかりと握りしめる。
「ぐっ! あんたみたいなドクロ野郎に掴まれる趣味は無いんだがね! だが、この距離なら!」
『ぐっ……』
「!?」
そういう事か。ピュリは自身のハイキックを敢えて受け止めたレクトールの言葉の意図を即座に理解。気配だけで先に投げられた大剣が自身に向けて急降下している事を悟る。
が、流石に状況が悪すぎた。このままでは動けず、大剣に串刺しにされるしかない。しかしそこに、槍を消失させた瞬が現れて大剣を手にする。
「もらっ、何!?」
『これは安々奪われるわけにはいかん』
貰った。大剣の柄を手にしたと同時に消えた大剣に目を見開く瞬であるが、これもどうやらレクトールの想定内だったらしい。彼の左手には消失したはずの大剣があった。そうして、彼の瞳が足を引いてなんとか手を抜こうとしていたピュリに向けられる。
『ぬぅおおおおお!』
「ちぃぃいいいいい!」
裂帛の気合と共に放たれる上段からの切り下ろしに、ピュリは抜け出す事は出来ないと判断。左手に魔力を収束させ、ある種の盾として展開。必死の形相で大剣を左手一つで受け止める。これに、瞬は着地と同時に地面を槍を投ずる。
「ピュリさん!」
「つぅ……悪い、瞬!」
流石に左手一つでレクトールの一撃を防ぐのは相当に無茶があったらしい。彼女の左腕は二の腕あたりから指先まで使用不能を示す真紅に染まっていた。
「ちっ……まさかここまでとはね」
「大丈夫ですか?」
「あっははは……流石に大丈夫に見えるなら、一度眼科行ってきな」
どうやら痛みそのものはあるらしい。ピュリは額から脂汗を流しながらも、瞬の言葉にそんな冗談を返す。
「やっぱ流石にキツいね……こいつ、下手すりゃ親父以上のバケモンだ」
まさかここまでだったなんて。ピュリはレクトールを睨みながら、自身の想定が甘かった事を認める。
「……瞬。悪いが、もう少し頑張って貰うしかなさそうだ」
「……はい」
戦闘不能ではないものの、戦闘力としては半減。そんな様子のピュリの言葉に対して瞬ははっきりと頷いた。そうして、二人は更に暫くの間レクトールとの戦いを続ける事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




