第2694話 合同演習編 ――突撃――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。それに冒険部ギルドマスターとしてギルドを率いて参加していたカイトであったが、そんな彼はというと実はレヴィが自分を見ている間に撤退。精巧な分身を出してギルドマスターとしての役割を担わせつつ、エドナと合流していた。
「ふぅ……伊勢。問題なさそうか?」
『なんとか……でも一瞬が限度です』
カイトの問いかけに、伊勢は少しだけ苦い顔で頷いた。威力を制限している上に今回は臨時でストックを使って<<太陽レンズ>>の照射を行っただけだ。もし全力ならひとたまりもなかったかもしれないが、半分より少し下程度の威力なら一瞬は持ちこたえられたようだ。
「大丈夫だ。一瞬堪えられれば後はアイギスの仕事だ。お前は直撃コースに乗った一発を防げば良い」
『はい』
カイトの言葉に伊勢はお行儀よく一つ頷いた。とはいえ、カイトもこれでこちらの対抗策は悟られたと理解する。
「さて……流石にこうなるとこっちの手札は読まれたかな」
『どうする?』
「どうするもこうするも無い。せいぜい頑張って貰うだけだ……あとどれぐらいで出来そうだ?」
『五分……という所かしら』
「そうか……それまで堪えきれれば良いが」
カイトは真下に広がる巨大なドームに視線を向け、その中で行われる猛攻撃を見る。元々連携が取れていた事で即座の対応が出来た冒険部近辺と<<暁>>近辺は即座に連携を取った事で大丈夫そうだが、左右の陣営は元々連携が取れていない――そのために左右に振り分けていた――事もありこの土壇場で連携が取れず各個撃破をされていた。
『にしても……案外バレないものね』
「雲の上は中々見付けにくい。特にこんな暗雲だ。外に出て探そうってなら良いんだろうがな」
カイト達が隠れていたのは、分厚い雲の上だ。そこからドローン型のゴーレムを飛ばして、ドームを観察していたのである。若干卑怯くさいが、ドローン型そのものはマクダウェル家で開発しているものなので問題はなかった。
「……ちょーっと厳しい気もしないでもないが……」
特にバルフレアと戦っているバーンタインは厳しいかもしれない。カイトは持ち前の才能と練度でバーンタインを翻弄するバルフレアを見ながら、そう考える。まぁ、そう言ってもバーンタインとてランクSでも最上位の猛者だ。よほど悪い要素が重ならなければ、即座の敗北は無いと思えた。
『問題は正面じゃなくて?』
「そうだな……とりあえず、もう少し堪えてもらうしかない」
どうやら防衛側としては正面の防御が分厚い事を読んだ上で、左右から攻め込む事にしたようだ。まぁ、正面は<<暁>>とその傘下を筆頭にして瞬やソラらギルド同盟と連携は十分に取れた所ばかりだ。攻め込めなくても無理はない。となると左右から突き崩して三方面を包囲して、一気にすり潰すつもりだった。
「……」
五分は大丈夫だろうが、被害は大きくなりそうだな。カイトはそう考える。と、そんな彼にティナから連絡が入った。
『カイト、良いか?』
「ああ、なんだ?」
『あの<<氷結結界>>の情報がおおよそ掴めたので聞くか?』
「教えてくれ」
これからあの結界に突っ込もうというのだ。ならばどういった要素を持つものなのか、知っておく必要があった。というわけで彼の求めに応じて、ティナが現状わかった限りを告げる。
『まずあの結界じゃが、おおよそ氷と見て間違いなかろう周囲の気温は氷点下。まぁ、流石に絶対零度までは届かなんだがな』
「行ったら怖いわ」
『まぁの……一応正確な表面温度も計測しておるが、聞いておくか?』
「そっちは良いわ……別に何度か、なんて知っておく意味も必要もないだろう?」
とりあえず氷点下であること。絶対零度までは届いていない事さえわかっていれば十分だ。そう判断したカイトはティナの言葉に首を振る。そしてこれはティナもおおよそわかっていたのか、そんな所だろうと特に興味は見せなかった。
『それで良かろう……んで、重要な結界の強度と修復速度じゃが』
「そっちは重要だな」
『うむ……強度はランクAクラスの冒険者の一撃は余裕で耐えおる。そして修復速度が一番厄介で、ほぼほぼ一瞬で修復されておるな』
「げっ……どうやってんだ?」
ここまで大規模な結界なのだ。強度か修復速度のどちらかは落ちていても不思議はない。そうカイトは思っていたのであるが、そうは問屋が卸さないらしい。というわけで、顔を顰める彼にティナがそのからくりを語る。
『物理的な結界としておる事で、修復速度の底上げに成功したんじゃろう。さりとて魔術の結界でもあるから、出入りはある程度制限させられるんじゃろうな……相当高度な魔術師が編んだ結界じゃ』
「みたいだな……さらにどこかにからくりがありそうだが……」
『あるじゃろう。それを加味しても修復速度が早すぎる。どこかに水源を用意し、それを使っておるじゃろうて』
「それはおそらく街の水源だろう。それを利用するのは普遍的な話だろ?」
『おそらくそうじゃろう……今夜中でも水源地の確認はさせるつもりじゃ。が、こちらも大部隊は差し向けられん。重特機での基盤ごとの破壊とどっちが早いか、になるかもしれんな』
どうやらティナもおおよその根源は理解していたものの、現状だとそちらに差し向けられる戦力が無いと判断。夜の間に確認に走らせ、状況如何で明日攻略するか否かを考える事にしたようだ。
「わかった……まぁ、どっちにしろ重特機は明日は朝から出番か」
『そうなるじゃろうて』
「あいよ……」
これは元々わかっていた事だ。カイトはティナの言葉に特に異論もなく受け入れる。そうして、そんな事を話しているとあっという間に五分は経過したらしい。エドナがカイトへ告げる。
『カイト……行けるわ』
「あいあい……じゃあ、いっちょやったりますかね」
『防いでね』
「この程度の戦闘でお前を守れなかった事があったか?」
『そうね』
カイトの問いかけにエドナが笑う。二人にとって、この程度の苦境はなんら苦境になっていない。ならば、いつも通り仲間を救うべく駆け抜けるだけだった。そうして、エドナが虚空を一歩蹴って一気に加速する。無論そうなると暗雲は一瞬で切り裂かれ、即座に報告がレヴィへと上がる事になる。
「報告! 攻略側に展開していた暗雲が一部切り裂かれました!」
「何が起きた?」
「詳細は不明! あまりに速すぎて、詳細が掴めないそうです!」
「ちっ……それが標的だ! 外の連中には何が何でも叩き落とせと告げろ! それから内側の連中には掃討作戦を急がせろ! それとバカには遊んでないでさっさと正面の連中を叩き潰せと言え! カイトの事だ! 何かは考えている! 左翼の連中には十分に注意を払う様に告げろ!」
「はい!」
カイトが動くのだ。一番気を付けるべきは彼個人の戦闘力だが、同時に彼やティナの策を甘く見れるわけもない。なのでレヴィは矢継ぎ早に指示を飛ばす。そうして指示を飛ばして、彼女は弧を描く様に加速を続けるエドナを目視する。
「……何を考えている……いや、脱出口を開くのは当然の事として……」
おそらくカイトはバルフレアとバーンタインの戦いには介入しないだろう。レヴィはそう判断していた。ここは大丈夫だからだ。となると問題は逆側。バーンタイン等の猛者に欠ける方だ。こちらにカイト自身が介入して、撤退までの時間稼ぎをする事は容易に考えられた。しかも、そうなった場合に面倒が一つだけあった。
(しかも問題はあちらに展開したこちらの秘策を理解されれば、嬉々として乗り込みかねん事だ……どこまで奴らが頑張ってくれるか、だが……)
おそらくカイト当人は問題無いだろうが、彼が打ってくるだろう何かしらの策が問題だ。レヴィは僅かに苦い顔でそう考える。できれば、まだ失いたくない札ではあったらしい。
「はぁ……しょうがない。注意だけは促しておくか。問題は、奴の方も嬉々として乗り込みかねん事だが……まぁ、それを防止する意味もあるか」
最悪はこっちの手札を減らされる事になりかねないのだ。今回はルール上明日には復活するとはいえ、まだ数時間はある。その間に何が起きても不思議はないため、注意だけは促そうと思ったようだ。
そうして、そんな彼女が対応に入った一方で。当然エドナの速度には防衛側の飛空艇艦隊では対応しきれないし、冒険者達とて彼女の速度には追い付けない。というより、次元さえ切り裂いて走る彼女だ。近づく事さえ、出来なかった。
「っ、来るぞ!」
「衝撃に備えろ!」
「大型魔導鎧を前に出せ! 是が非でも止めろ!」
防衛側の地上部隊の戦士達が、まるで流星の如く一直線に降下を始めたエドナを見て声を上げる。そうして防衛側の戦士達がその進路上に、自らを盾にして立ちふさがる。
『カイト』
「あいさ……<<突撃盾>>展開」
エドナの求めに応じて、カイトは彼女の前面に三角錐状の魔力の盾を顕現させる。それに、エドナは更に力強く虚空を踏みしめて更に加速した。
「ぎゃあ!」
「ぐっ! 駄目か!」
「大型も駄目か!」
<<突撃盾>>は敵を倒すためでもなく、ただ敵や攻撃を弾き飛ばすためだけのものだ。しかも前面にのみ展開する事で強度を可能な限り底上げしていた。
その上で、次元を切り裂くほどの魔力を纏って超高速でタックルを仕掛けるのだ。大型魔導鎧等の重防備の装備で身を固めようと、まるでチーズの様に大きな穴が空く事になっていた。そして、次の瞬間。更に一歩を踏み出して加速した彼女が、甲高い音と共に<<氷結結界>>へと激突するのだった。
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