第2693話 合同演習編 ――氷結結界――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習二日目。それは午前中は昨日までと同じ様に様子見の色合いが強かったわけであるが、正午の前に行われた防衛側陣営による<<太陽レンズ>>の照射。そして続けての氷のドームによる攻略側前線の取り込み等、情勢は一気に防衛側に優勢となっていた。
というわけで、取り残された前線の戦士達を救うべくティナを筆頭にした者たちが動く一方、カイトはそんな彼女の意向を受けアウラを囮として動く事となっていた。そんな攻略側の動きを見ながら、レヴィは少しだけ拍子抜けしていた。
「ふむ……」
『何を悩んでおる』
「順当過ぎて面白みが無いといえば面白みがない」
『ま、それはそうじゃのう』
強固な結界に対してアウラをぶつけて結界の一部を強制的に除外。脱出口を作るというのはあまりに順当といえば順当な流れだ。なのでこちらも結界の外に<<天駆ける大鳳>>を出して――防衛側は自由に出入り出来る――先程同様に迎撃させるだけだ。
「ふむ……地球人のギルドマスターは?」
「モニターに出します……どうぞ」
「本物か?」
「本物かと」
目視が出来ないのは痛いな。レヴィは外の飛空艇の一隻から送られてくる情報だけが頼りの状態に、内心で僅かにため息を吐く。言うまでもなくカイトである。何をしてきても不思議はなかった。
「ふむ……」
今のところ、敵も味方もどちらも等しく読み通りの動きしかしていない。レヴィはそう判断する。
(ここまでは、想定内だ……であればアウラは完全に囮だろう。気になる点は幾つかあるが……ちっ。情報共有をしておくべきだったか)
アウラが召喚術師も出来る様になった、というのはハイゼンベルグ家経由でレヴィは聞いている。が、ハイゼンベルグ家経由なのでどんな召喚が可能か等、最も重要な点は聞いていなかった。敵に回る事が無いから、と後回しにしたツケが回ってきていた。故の舌打ちであるが、レヴィはすぐに気を取り直して考える。
(……いや、アウラの次元系魔術より高度な使い魔なぞそもそも存在するとは思えん。であれば、警戒するべきは戦闘向けの召喚獣。それと攻略側の秘策か。ホタルが飛び立ったというのを聞いたが……)
残念ながら、今回の演習ではルール上輸送部隊への攻撃は禁止だし、そこから情報を収奪する事も出来ない。おそらく輸送部隊へ合流したのだろうとはわかっても、何を目的としているのかがさっぱりだった。
(万が一『鉄騎』シリーズの新型ならば厄介だ……試作機が出来てからどれぐらいだとあいつは言っていたんだったか……いや、新型ならそもそも空母型の中に入れておけば良い。であれば、後追いは魔導機や『鉄騎』シリーズではないのか?)
『鉄騎』シリーズというのはホタル専用の魔導機の事だ。以前にその試作品である『一式鉄騎』が開発されて以降は空母型が運用する機会が得られなかった、彼女の機動力が肝要だった等色々とあり日の目を見ていなかったのだ。
だが、今回は攻城戦。『鉄騎』シリーズの新型を持ち出すのに丁度よい機会と言えた。が、故にこそそれなら輸送隊に合流する必要はないのでは、というのが彼女の考えだった。
(何だ……何か違和感を感じる……)
何かを見落としている気がする。レヴィはこの状況を打破可能なカイト達の手札は何か、と推察する。
(まずアウラ。これ以上の適役はいない。次にクオン……が、クオンはどちらかと言えば一応来たぐらいの意味しかない)
クオン率いる<<熾天の剣>>はマクダウェル領に拠点を置くギルドだ。そして天王はカイトという所もある。彼の顔を立て参加している、と言っても良いだろう。
が、同時に彼女らは強すぎて並の策なら正面から叩き潰せる。流石にそれをされては演習にならないので、冒険者相手に戦うのは良いが策は潰さない様に遠慮はしていた。というわけで、この二つは違うだろうと彼女は判断する。
『見当たらぬか?』
「ああ……ハイゼンベルグ公は何か?」
『無いのう……アウラを如何にしてこちらにぶつけるか。それを考えておると思うんじゃが……』
レヴィの問いかけに対して、ハイゼンベルグ公ジェイクは囮と思われるアウラこそが本命なのではないかと考えていたようだ。
「それは無論、あり得る。囮として警戒させ、裏をかく作戦だな……」
『うむ。アウラが囮やもしれん。そう思わせる事でこちらの戦力を制限させ、最後の一押しを使う事で押し通す』
「最後の一押し、か」
確かにそれはあり得るかもしれない。レヴィは相変わらず遠巻きに武器の投射を行って防衛側の航空戦力を牽制するカイトを見る。一応、彼には冒険部ギルドマスターとして、ギルド同盟の幹部としての立場がある。なので冒険部で全体の指揮を担えるソラと瞬が囚われた現状では動くに動けなかった。結果、こうするしかないだろうと彼女は考える。
『存外、遅延も悪くなかったのやもしれん。まぁ、対応に苦労する事になるのは変わらんが』
「そうだな……確かにあそこのサブマスター二人が<<氷結結界>>の内側に閉じ込められた事で、奴は必然動けなくなった。迂闊には離れられんだろう」
『うむ』
そう考えれば、少し楽かもしれない。というわけでレヴィはアウラが囮ではなく本命ではと想定するのであるが、そこでアウラらしからぬ雷撃が迸るのを目撃する。
「あれは……」
『おチビちゃんじゃのう』
「なるほど……<<天駆ける大鳳>>だけだとかなり厳しいか?」
今までどこに潜んでいたのかはわからないが、どうやらユリィもアウラに同行していたらしい。彼女の奇襲で<<天駆ける大鳳>>の幹部らしい冒険者が消し飛んだのを、レヴィは見た。偽装でもなんでもなく完全な戦闘不能だった。そんな特大の雷撃を放ったユリィを見ながら、レヴィはハイゼンベルグ公ジェイクへと問いかける。
「ふむ……ハイゼンベルグ公。一つ伺いたい。おそらく私より御身の方が詳しいだろう」
『なんじゃ? そうそう儂でしか答えられぬ話なぞ無いと思うが』
レヴィの問いかけに対して、ハイゼンベルグ公ジェイクが小首を傾げる。そうして、レヴィが一つ問いかける。
「カイト……いや、正確にはマクダウェル家の家族構成を教えてくれ。メイド達を除いてな」
『マクダウェル家の、のう……フロイライン家ではなくか?』
「フロイライン家はカイトとユリィ、そしてアウラの三人だけだ。今更聞かなくても良い」
『正確には日向も入るがのう』
レヴィの指摘に、ハイゼンベルグ公ジェイクが笑う。これは時々エネファイ出身の者たちでも間違われる事なのだが、日向はフロイライン家にカイトが居た頃からの付き合いだ。
なので実は伊勢よりかなり先輩になるのであるが、伊勢の方がしっかりしている様に見えるせいでほぼ同時期に拾われた様に見えてしまうのであった。
「まぁ、そうだな。今だと……そういえばあの二匹は?」
『さてのう。あの二匹はカイトでも行動が読めぬとの事じゃ。居れば居るじゃろう』
「それもそう……」
何かがおかしい。レヴィは楽しげに笑うハイゼンベルグ公ジェイクに言葉を返そうとして、自身の言葉の違和感と自身の言葉の誤りを理解する。
「っ! 違う! それだ!」
『なんじゃ、藪から棒に意味不明な』
唐突に何かに気付いたかのようなレヴィに、ハイゼンベルグ公ジェイクが目を見開く。そんな彼に、レヴィが謝罪した。
「申し訳ない……が、そうだ。あれなら可能かもしれん」
『なんの話じゃ?』
「『導きの天馬』だ……つい先ごろ、マクダウェル家で目撃証言があった」
『あれか……じゃが、あれはもうどこかへ去ったはず』
「違う……カイトの所に今も居る。本人から聞いたので確かだ」
『っ!』
『導きの天馬』。それはかつてのカイトが乗騎とした天馬エドナだ。その力は、次元跳躍。この程度の結界なぞ苦もなく飛び越えてしまうだろう。
「『導きの天馬』が本命だ! 純白の天馬を探せ! かなり速い! 休んでいる冒険者を駆り出せるだけ駆り出せ!」
「りょ、了解!」
純白の天馬を探せ。そんな命令を下したレヴィはその真贋を探るべく、次の指示を矢継ぎ早に飛ばした。
「また合わせてシャムロック殿に連絡! <<太陽レンズ>>のストックを一発使う様に依頼しろ! 標的はマクダウェル家旗艦! 外されたり防がれたりは承知の上と伝えろ!」
「了解!」
矢継ぎ早に伝えられる指示に、オペレーター達は大慌てで動いていく。そうして、数分後。レヴィの要請を受けた<<太陽レンズ>>が照射される。目標は言うまでもなくマクダウェル家旗艦だ。というわけで一直線に進んでいく太陽光であるが、その途中で狼を思わせる遠吠えが響いた。
「っ! 駄目です! 太陽光、何故か届きません!」
「良い! 原因なぞ分かっている!」
マクダウェル家旗艦の甲板の上に居たのは、言うまでもなく伊勢だ。彼女が魔力を纏わせた遠吠えを放つ事で、太陽光を一時的に食い止めたのだ。そしてその間にマクダウェル家の旗艦艦隊が回避したのである。というわけで甲板の上で吠える伊勢を見て、レヴィが僅かに顔を顰める。
「っ……やはり居たか」
『ということは……』
「ああ! アウィスに伝達! 矢文でも念話でも何でも良いから、奴らに指示を届けろ! 日向が来る!」
マクダウェル家のペット達の事を失念していた。レヴィはおそらく誰もが同様に知りながらも忘れていた日向と伊勢を思い出し、それに対応出来る様に矢継ぎ早に指示を出す。勿論、その間にも『導きの天馬』の探索も怠らない。
「カイトの近辺は!? 『導きの天馬』は奴にしか懐かん! その近辺の警戒も怠るな!」
「はい!」
とりあえず現状で出来る手は打ったか。レヴィは現状を考えながら、攻略側の次の一手に対する対抗策を練っていく。そうして両陣営は<<氷結結界>>の展開に合わせて、戦況全体としても次の展開へと移行していくのだった。
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