第2692話 合同演習編 ――氷結結界――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習二日目。正午直前に起きた<<太陽レンズ>>による強撃をなんとか乗り切った攻略側に加わっていたカイトであるが、<<太陽レンズ>>照射以後の戦いで負傷した面子を引き連れ最後方の冒険部本陣へと帰還。
前線を自身と入れ替わりに前へ出た瞬と<<太陽レンズ>>対策であるソラの両名に任せる事となる。そんな彼が目の当たりにしたのは、前線に出ていた地上部隊を完全に取り込む形ですっぽりと覆う巨大な氷のドームであった。
「あんの爺! まーた派手なの持ってきやがったなぁ!?」
巨大な氷のドームを見ながら、カイトは呆れた様に笑う。が、笑ってばかりもいられないのが彼の立場だ。故にカイトは即座にティナに連絡を入れる。
「ティナ! 重特機の準備は!?」
『間に合わん! というか、今からお主が向かって重特機の起動! その他諸々やっとる間に取り込まれた奴らが壊滅するわ! バルフレアの温存はそのためか!』
「じゃあ、次善の策提示!」
『やるからちょいと待て!』
カイトに要請されるまでもなく、ティナは即座に思考の並行稼働を実施していた。そうしてまたたく間に数千のプランを並行して自身に提示。その中で一つ答えを見出した。
「よし! おおよそあれが何かはわからぬが、ひとまずアウラ! あれが次元を隔絶出来るとは到底思えぬ! 出来たとてお主で破れぬ道理はない!」
「でも多分防がれる」
「んなもん、百も承知じゃ! それで良い!」
「?」
どうやらアウラは防がれる事前提で動いて良いらしい。ティナの指示にアウラは小首を傾げる。というわけで、一度ティナは呼吸を整え改めて説明を行った。
「ふぅ……うむ。兎にも角にもお主に注目を集める。それが肝要じゃ。後はこっちでなんとかするから気にせんで良い」
「おー……ユリィ連れてって良い?」
「む……それは良いな。良いぞ……っと、そうじゃ。それとアイナにも伝令を送れ。あれにもアウラの支援を頼む。まぁ、立場上クズハの近くを離れられんから、遠距離からの雷撃で良いとも言うておけ」
どうせ注目を集めるのなら、思いっきり集めた方が良い。せっかくこちらには注目株が何人も居るのだ。使わないと損だった。というわけで、更に関係各所へと指示を伝達する彼女はそれらが一通り終わった所でカイトへと告げた。
「よし……というわけで、カイト。聞こえておったな?」
『あいよ。とりまオレもアイナ同様にアウラとユリィの支援ね』
「ちゃうわ、バカモン」
『え、マジで?』
この状況とこの流れであるのなら、自分がするべきなのはとりあえず派手に暴れまわって注目を集める事だろう。カイトはそう判断していたらしいが、どうやらティナの作戦はその更に上をいっていたらしい。
「お主が出りゃ当然警戒されよう。で、囮は容易に想像されような。が、同時に本気かもとも思わせる事も容易じゃろう」
『まぁ、そうだろうな。アウラを切るなんてわかり易すぎる。防衛側も是が非でも防ぎたいだろう』
アウラの次元操作によって氷のドームを強制的に両断して脱出はまず誰もが考える手だ。なのでこれを囮とするというのはわかる筋書きだったのだが、そこにカイトを加えれば間違いなくこれが本気かもしれないと思わせる事が出来る様になる。
「うむ……もう一枚、切り札があるのでのう。が、これは重特機同様にお主以外は切れぬ。故にお主が本命じゃ」
『マジ? 今のオレ制限されまくりよ?』
「マジじゃ……ま、とりあえず耳を貸せ」
本気でやるのなら確かにカイトは最強の切り札だ。が、今のカイトは経験豊富なランクA程度の冒険者でしかない。そんな都合よくこの結界に対応出来る札は持ち合わせていなかった。が、これはそもそもカイトの勘違いというか、彼がすっかり失念していた事だった。
『あ、あー! あぁ、あぁ! そりゃ可能だわ! てーか、来てるの!?』
「来ておるよ……問題は出来るかどうかの方じゃが」
『出来るさ。最高位ってのは伊達じゃない』
「ならば良かろう。アウラとユリィを隠れ蓑に、お主は大本命として一気に脱出口を切り開け」
『あいよ……タイミングは教えてくれ。ああ、それと。オレはそっちには合流しないで大丈夫か?』
ティナの指示に納得と承諾を示したカイトがそのまま問いかける。これにティナは頷いた。
「それで良い。どちらかと言えば遠距離からアウラとユリィの支援をやって貰った方が良い」
『あいよ……直接的な援護は?』
「アルらに任せる」
『あいよ』
ということはこっちは前線に向かうアウラ達の支援をしながら待ちという所か。カイトはそう判断する。というわけで、彼はその後暫くの間冒険部やギルド同盟の面々の統率を取りながら、次の一手を打つ時まで余力を残す事にするのだった。
さてカイト達が内部に取り残された攻略側の戦士達救出のために動き出した一方その頃。ソラや瞬を筆頭とした攻略側地上部隊はというと、防衛側の猛攻撃を受けていた。
「とりあえず固まって敵の攻撃を防げ! 魔術師部隊! こっちで敵の前線を抑えるから、それまでの間に最後方のどこでも良い! どこでも良いから簡易の防壁を作ってくれ!」
こんなものでバルフレアさんとか防げるとは到底思えないけど。ソラは内心そう思いながらも、とりあえず出来る手はしようと必死で頭をひねって考える。実際、今の今まで出なかったバルフレアは正しく万全の状態と言って過言ではなく、前線の疲弊した戦士達では鎧袖一触としか言い得なかった。と、言うわけで大慌てで矢継ぎ早に指示を飛ばしていたソラの所へ、声が飛んだ。
「確かソラの小僧だったな!」
「っ、誰……って、バーンタインさん!?」
「おう! 瞬からお前に話してやってくれって聞いたんでな! 俺とピュリの奴で前線は抑えてやる! 後ろに防衛線張れや!」
「あ、はい!」
流石にこの状況だ。一番怖いのは戦力が散り散りになってしまって各個撃破を食らう事だろう。なのでソラは即座に瞬に申し出て<<暁>>に連携を申し出たそうで、ソラの提案を聞いたバーンタインは即座に了承。自身が前に出るついでにソラに伝え、瞬は速度を活かしてピュリにその旨を伝えに行ったのである。と、そんな彼の所に今度は<<暁>>の幹部がやってくる。
「おい、小僧! 俺の所の指揮権もお前さんにやるから、ウチの奴らも上手く使え!」
「了解っす! とりあえず魔術師の連中は後ろに下げて、デカい拠点構築しようかと!」
「『リーナイト』でやったみたいにか!?」
「そっす! 俺参加はしてないんっすけど、話は聞いてますんで!」
「なるほど! そいつぁ、上出来だ!」
この土壇場でそれを思い出して、即座に実行に移す事が出来たか。<<暁>>の幹部達はソラの手腕を感心し、称賛する。というわけで、彼に任せておく事を決めて幹部らもまた前線に出ていく。
というわけで、ソラが全体の指揮を執って後方に立て籠もれる安全圏を構築するべく苦心する一方。瞬はというと、最前線でバルフレア率いる<<天翔る冒険者>>と戦うピュリの支援をそのまま行っていた。
「あの日本人の小僧も気を付けろよ! 忘れてないとは思うが、あいつもランクSに届く素養を持ってるぞ!」
「若いのは引け! 一応、あいつの所のギルドマスターはいないらしいが、だからと言ってもあのギルドの幹部はこっちの一流と大差無い!」
ソラとは違って瞬は『リーナイト』を訪れ、<<天翔る冒険者>>の冒険者達との間で友好関係を築いていた。
しかもその後の襲撃では瞬もエースとして活躍していたため、<<天翔る冒険者>>でもそこそこ名前が知られてしまっていたのだ。故に彼も<<暁>>の幹部同様に警戒されてしまっていた。
「とりあえず団長が横断するまではこのままのペースで戦え! 本番は団長が来てからだ!」
「……」
遠くで響く<<天翔る冒険者>>の幹部達の指示を耳にしながら、瞬はバルフレアが今どこかを気配だけで察する。
やはり彼はカイトと並んでランクEXの称号を与えられた最上位の冒険者だ。その闘気は並のものではなく、同じ戦場に立っているだけで十分にその位置を理解する事が出来るほどの巨大さであった。
(これがバルフレアさんの本気か……ヤバいな)
現在のバルフレアがどうなっているか。それを瞬はおおよそ闘気だけで理解する。まぁ、簡単に言えば無双状態。一方的に敵を撃破しているような状態だ。
後にカイトから被害状況を教えてもらった所によると、彼が攻め入った左翼の被害の半分以上が彼によるものとの事であった。それほどまでにバルフレアとは圧倒的な存在だったのである。しかも現状は彼を邪魔するアイゼンも氷のドームの外。気兼ねなく暴れられた。が、そんな闘気の進撃が停止する。
「ん? あれは……」
バルフレアの闘気にも負けないぐらいの巨大さで立ち昇る炎の柱に、瞬はバルフレアとバーンタインが激突した事を理解する。
「瞬の小僧! 今のうちに撤退の支援やるよ! 親父とバルフレアなら親父が負かされる可能性は十分にある! しかも現状だ! 時間は相当無いぞ!」
「了解!」
意外かもしれないが、バルフレアとバーンタインであれば実は前者の方が勝率は高かった。これはまず冒険者としての経歴が圧倒的にバルフレアが長い事もあったし、何より彼はアイゼンと二人なら<<死魔将>>を一人抑え込める実力があった。
圧倒的ではないが、経験値の差等からバルフレアとバーンタインが戦えばバルフレアが勝つだろうというのが世間一般の見立てだった。
「行くぞ……<<鬼島津>>!」
ばんっ、と雷が弾ける轟く音が鳴り響いて、瞬の姿が鎧兜の若武者へと変貌する。流石にこの状況だ。彼も余裕はなかった。そんな短時間での<<原初の魂>>の展開に、ピュリが感心する。
「随分慣れたじゃないか。相当練習したろう?」
「まぁ……まだ慣れてはいませんけど」
「慣れりゃ、あんたもランクSの仲間入りが近いけどね……ま、それなら私も負けない様に頑張るかね」
瞬に触発され、ピュリもまた<<原初の魂>>の展開を決める。同様に使える者たちはこここそが切り札の使い所と<<原初の魂>>を切る事にしたようだ。そうして、ランクSやランクAといった高位の冒険者達の奮闘が開始される事になるのだった。
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