第2690話 合同演習編 ――次策――
皇帝レオンハルト主導で行われた合同軍事演習。それにカイトは冒険部ギルドマスターとして、ギルドを率いて参加する。というわけで、同じくギルドで参加していたギルド同盟の面々と共に中央戦線と呼ばれる戦線の一角を担っていたわけであるが、度重なる戦いによる疲弊を考慮した彼は疲弊した面子を連れて瞬と入れ替わりに撤退する事となる。
そして、その撤退の直前。彼は瞬達が最前線に出るためのきっかけを作るべくエルーシャ、セレスティアの二人と共に<<魔霊気>>と呼ばれる特殊な力を展開。それを解き放ち、防衛側の前線を大きく引き裂いていた。
「これは……駄目だ!」
「なんだ!? 盾が……!?」
「なんで防御できっ……」
迸る強大な力を警戒し盾を展開していた防衛側の冒険者達の声が響く。それは盾を無視してきた事への驚愕であり、困惑でもあった。そんな驚愕と困惑の声さえ飲み込んで<<魔霊気>>は更に防衛側陣営の奥へと突き進む。が、そんな一撃は唐突に食い止められる事になった。
「……む」
「鐘の……音……?」
かぁん、かぁん、という鐘の音に似た音が響き渡ると同時。今まで誰も防ぐ事の出来なかった<<魔霊気>>が食い止められる。そうして、更にそこに気と魔力の力が迸って<<魔霊気>>を消し飛ばした。
「ほぅ……霊力使いか。鐘の音は……<<天駆ける大鳳>>の船か。なるほどなるほど……珍しい奴が多いみたいだな。ま、そう上手くはいかないと思ったがな。先輩」
『十分だ! 全員、今のウチに一気にソラ達の横まで進むぞ!』
「「「おぉおおおお!」」」
瞬の号令と共に、カイトの後方から鬨の声が響いてくる。これにカイト達は慌てて地面を蹴って、空中へと舞い上がった。
「邪魔にならなくて良かったですね」
「ああ……最後の最後で邪魔になってちゃ世話がない」
セレスティアの言葉にカイトが笑う。そんな三人の下を通って、瞬達が前線へと突き進んでいく。というわけで、カイト達はそのまま最後方の冒険部本陣へと撤退を完了させるのだった。
さてカイトが撤退を完了させた一方、その頃。レヴィはというとハイゼンベルグ公ジェイクと共に非常に苦い顔だった。
「ちっ……まだ作業はおわらないのか?」
『も、申し訳ありません……予想以上の雨量で、出力の調整が上手く行っていません』
「ちっ……」
最も逃したくない奴に逃げられた。レヴィはこの展開は想定していなかったらしく、再度舌打ちする。いや、雨が振るまでは想定していたのだが、ここまでの雨量になるとは想定外だったのだ。これに同じく少し想定外を認めざるを得なかったハイゼンベルグ公ジェイクが告げた。
『おそらく姫様の入れ知恵じゃろうて。警戒されたのう』
「だろう……もう少し雨量は少なめになるはずだったんだがな。だがそれにしたって多すぎるだろう」
これはティナの性格を読み違えたか。レヴィは今回の自身の読み間違いをそう判断すると同時に、盛大に呆れ返っていた。事実、ここまで派手な雨を降らせたのはティナの指示だった。
まぁ、その当人もまさかカイトのご要望に応じて派手に降らせた結果、防衛側の秘策の妨害になったとは思ってもいない事ではあっただろう。
「……はぁ。仕方がない。ハイゼンベルグ公。一つ頼めるか?」
『なんじゃ?』
「上の雲を一部晴らす。その間、指揮と敵の作戦の読みは頼む」
『ほぅ……儂にやってくれと頼むかと思うたがのう。まさか自分でやるとは』
レヴィの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクが笑う。そんな彼に、レヴィは告げる。
「流石にエンテシア皇国の公爵に雑事を頼むほど偉いわけではない。そして何より、これから調整までの間を保たせねばならん。そうなると出来る者は限られるだろう」
『そうか……相わかった。暫くは儂の方で受け持とう』
「頼む」
ハイゼンベルグ公ジェイクの応諾に、レヴィは一つ頷いて立ち上がる。そうして向かうのは市庁舎の最上階。屋上だ。
「やれやれ……また派手にやってくれたものだ。まぁ、これぐらいせねば神使……それも最高位の神使の妨害なぞ出来んという事なのだろうが」
それにしたってやり過ぎだ。こちらがもし雨等の水を司る神を呼んでいたらどうするつもりだったのだろうか。レヴィはそう思う。が、これは所詮たらればのお話だったし、何よりの点があった。
「……いや、そもそも水を司る神はシャルの配下か」
どちらにせよ雷雲は攻略側に有利になる要素が多いが、防衛側には不利になる要素が多そうだった。
「やれやれ……まぁ、奴らもここまでは妨害出来んだろう」
こんこん。レヴィはため息混じりに床を軽く叩く。それと同時だ。彼女の周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「「「っ」」」
「防衛側各員に告ぐ。これより作戦の修正を行う。修正後の展開については各司令官より伝達が入る。それに従え」
どこか辟易とした様子を滲ませながらも、レヴィは防衛側の各所へと連絡を入れる。辟易としていたのはやはり、ここまで順調に進んでいたはずの作戦がまさかティナの気まぐれ一つで上手くいかなくなったからだろう。まだこれが敵の作戦によるものだ、と言われた方が納得も出来た。そして直後だ。防衛側の守る都市を模した一角を中心として、雷雲が吹き飛ばされた。
「やれやれ……これでどうだ?」
『あ、はい。安定に向けて動けそうです。すぐに術式の再設定を行います』
「そうしろ。私はここで暫くの間、雨の再展開を警戒する」
あんな土砂降りの雨をそう何度も降らされては堪ったものではない。レヴィはオペレータの言葉に内心でそう口にする。そうして彼女は神使の強化を警戒するティナの采配を妨害しながら、防衛側の秘策の展開を急がせるのだった。
さてレヴィが想定外の事態により外に出る事になって暫く。都市部の周辺だけ晴れ渡るという不思議な空間が出来上がったわけであるが、それを見てティナは想定より少し遅いかな、という様子だった。
「ふむ……映像は?」
『ノー。流石に街の中心部の撮影は出来ません』
「そうじゃのう……」
アイギスの返答にティナはそうは問屋が卸さないか、と思うだけだ。都市部の中心というか都市部には外からの覗き見を禁ずる結界も展開されており、レヴィの姿は見えなかった。
「ふむ……とはいえ、思った以上に展開が遅い。水を使った何かしらの仕掛けをしようと思っておったな、これは」
『水……ですか? もしかしてこの大雨は……』
「ああ、それは単なる気まぐれじゃ。が、どうやらそれがハマってしもうたらしいのう」
先にも言及されていたが、さすがのティナも大雨が敵の行動を妨害していたとは思っていなかったらしい。が、想定よりかなり遅れての展開にこれはもしかしたら、と思っていたようだ。
『何が考えられるでしょうか』
「わからぬ。あの爺さまの事じゃから、大規模な魔術の行使は大いにあり得る。というか、それはまぁ、そうじゃろうが。後はどういう応用を考えておるか、じゃのう」
おそらく防衛側の秘策はこちらを一掃するか、こちらを近付ける事の出来なくする策だろう。それを考えれば大規模な魔術しか考えられないが、それが何かまではわからなかった。というわけで、ティナは次の一手を決めた。
「クオン、おるか」
『わかってるわ……何か来るわね』
「うむ……お主らも前に潜んでくれ。万が一の場合は撤退の支援を」
『はいはい……別に倒しても良い?』
「やめよ。確かにお主らが全力でやればおおよその策は真正面から叩き潰せよう。それはまぁ、想定せねばならんことじゃが。この演習でそこまで想定するのは流石に厳しいものがあろうて」
『そうね……わかった。撤退支援にとどめておくわ』
笑うティナの指示にクオンは了承を示す。とりあえず彼女らを前に出しておけば、万が一とんでもない秘策が展開されても守る事は出来る。そしてクオン率いる<<熾天の剣>>は強すぎるため、こういった所でしか使えなかった。
「さて……ソレイユ」
『んー』
「相変わらず呑気じゃのう……まぁ、そりゃ良いとして。周囲はどうじゃ?」
『今の所何か変わった所は無いかなー』
適当に弓を射ながらのソレイユの返答にティナはため息を吐く。彼女を中心とした弓兵達には敵が迂回して攻撃してきたりしない様に周囲の警戒を依頼している。
「ふぅむ……やはりそうか。となると、爺さま達の秘策は都市部の中で発動可能な物となろうな……」
『でも何も無いよ? 大掛かりな装置類も何も』
「そうじゃのう……おそらく都市の基盤に埋め込んだんじゃろう。そこらの手配は爺さま達がして良い事になっておるからのう」
最悪は都市部に乗り込んだ時点で何かしらの策が発動。手酷い被害を受ける事になりかねないか。ティナは見え隠れする防衛側の秘策に対してそう考える。そうしてソレイユからの報告を聞いた彼女はふと思い出す。
「そういや、カイトが撤退したんじゃったな。正確にはウチの連中を休ませるため、じゃが」
『イエス。マスターより撤退完了の連絡が入ってます』
「よし……連絡は取れるか?」
『ホタルが居ないので暗号化通信が通常の物になりますけど』
「むぅ……そりゃ困るのう」
今回したい内容はこれからの展開についての話だ。傍受される可能性もあるため、何かしらの手は取っておきたい所であった。とはいえ、現状では取れぬ以上、彼女は聞く先を変更する事にした。
「シャル」
「何?」
「幾つか聞きたいが良いか?」
「別に良いわ」
ティナの問いかけに、甲板に戻っていたシャルロットが応ずる。というわけで、彼女の応諾を得たティナが問いかける。
「一つ目じゃが、<<太陽レンズ>>が一日に一度しか使えぬというのは真で良いか?」
「微妙ね。最大出力であれば一日一度というのは事実。ただ<<太陽レンズ>>を一日一度しか使えないか、という問い掛けであれば否よ」
「む……そうなのか?」
「あまり知られていないのだけどもね。それに最大出力以外で撃つ意味はさほど無いでしょう。牽制に使うような物でもないし」
初耳だ。それなりには神話にも明るいティナであるが、シャルロットの返答に若干驚いた様子を見せる。とはいえ、これは想定されている範囲を逸脱するわけではなかったのか、すぐに次の問いかけに移る。
「そうじゃな……それで<<太陽レンズ>>は太陽光を収束。照射するで間違いは?」
「無いわ。だから最大効力を発揮するのは正午。最も太陽が高くなる時間」
「では、それをどこかで留め置いてストックする事は出来ぬのか?」
「ストック……わからないわ。私が活動していた頃は出来なかった、という所ね」
言われてみて、シャルロットも出来るかもしれないと思ったらしい。が、理論的に出来るだろう、というのと技術的に出来るだろう、というのは話が別だ。故に彼女はそこに言及した。
「でも出来るかどうか、と言われれば非常に微妙ね。おそらく理論的には出来るわ。ただ技術的に留め置く事が出来るか、と言われれば首を傾げるわ。何かできそうな奴らに思い当たる節があって?」
「ある」
「え?」
「母上を筆頭にしたレジスタンスの技術班……流石にカイトの発想やら世界中から集まっているのに対して、こちらはあくまでもエネシア大陸で集まっただけに過ぎぬという観点から余らには一歩劣るが、決して侮れまい」
驚愕を露わにしたシャルロットに対して、ティナはハイゼンベルグ公ジェイクを筆頭にしたレジスタンス時代の英雄達なら不可能ではないかもしれないと口にする。
これに関してはカイト達のように魔導機やら飛空艇やらと言った革新的技術を開発していないのであまり着目されないが、そもそも皇国の国宝たる『導きの双玉』等の一部のオーパーツを開発したのは彼らだ。決して不可能とは思えなかった。
「なるほど……でもそれでも、概念的に正午が最大出力になるから最大出力は無理なはずよ。これはストック出来ようと変わらない。制約みたいなものね。太陽光をストック出来たとしても、出来て最大出力の半分……ぐらいかしら。それでも十分以上に驚異的だけれど」
「まぁ、それはそうじゃのう……っと、次じゃ。<<太陽レンズ>>はたしか範囲を狭め威力を上げる事も出来るんじゃったな?」
「そうね。なので先程の話を含めれば、まぁある程度は驚異に見せる事は出来るんじゃないかしら。ウチの下僕共に関係は無いでしょうけど」
ティナの続けての問いかけに、シャルロットはその程度に落ちてしまえばソラでもカイトでも十分対応が可能だと暗に口にする。
「そうか……ふむ」
となると連射される可能性は考えないといけなそうか。ティナは防衛側が都市部中心を晴らした事から、<<太陽レンズ>>の使用を睨んでいたらしい。が、これはあくまでも彼女の推測だ。正解かどうかは、わからなかった。というわけで、その後も暫く彼女は防衛側の秘策を考えるべく各所へ意見を募るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




