第254話 第二回トーナメント―閉幕―
旗が倒れ、全ての勝敗が決した後。真琴が放送を続ける。彼女らの仕事は大会が終わった後も続くのだった。
『遂に、勝者が決定しました! 一体何が起きたんでしょうか! 桜田選手とミストルティン選手が何らかの術式を発動し、巨大な光球を生み出し勝敗が決したかと思えば、衝突の次の瞬間には先行していた4人の姿は既に無く、何故か自陣に! あれは一体どういうことなんでしょうか! つーか、あの爆発で無事ってどういうことよ!』
興奮気味に真琴はただただ見たままを実況する。まあ、それが実況だ。解説はユリィがやることである。なので、それらの疑問を受けて、ユリィが解説を開始した。
『あれはカイトの鎖の力の一つだよ。あの鎖には2つの力があって、一つが対象を捕らえて、動きを制御すること。一つが魔力を吸収すること。さっきのは後者だね。魔力を一定以上通せば、仲間を掴む鎖となり、それ以下ならば、魔力を吸収する鎖となる。吸魔の石を練り込んだ鎖の特性だね』
そうしてユリィが解説をすれば、今度は細かな補足説明は詩織の仕事だ。即席で作られた実況解説席の横の解説席その2に着席した詩織が口を開いた。
『吸魔の石……周囲で発動した魔術や魔力を無作為に吸収し、単なる魔力として放出する物。主な使用場所は刑務所の牢獄等魔術を使用されては困る場所で、無作為に吸収することから逃走防止として首輪等にも使用される物、です。ただ、扱いがかなり難しいので、武器として使用されることは滅多に無い、はずです』
『そういうこと。それを鎖に練りこめば、さっきみたいに攻撃を吸収する守りにもなるわけだね。まあ、当然魔力を使用して操作するわけだけど、その操作の為の魔力も吸収されるから、大魔力で閾値を超えるか、繊細な操作で吸魔の石の部分を避けるかしないと操れないから、使うのはかなり難しいよ』
ユリィが少し感心した様に、何処か懐かしさを含みながら解説を行う。あの鎖をカイトが必死で練習していたのは、他ならぬ彼女が一番知っているのだ。それ故に、顔には微笑みが浮かんでいた。
『それを手足の如く扱うとは、さすが天音選手、といったところでしょうか……対して、桜田選手達が使った魔術は何だったんでしょうか?』
そうして懐かしげな表情を浮かべていたユリィだったが、真琴の問いかけを受けて解説に戻った。
『あれは<<融合魔術>>。ある一つの術式を二人以上で発動させる技だよ。発動者達が別、もしくは同じ術式を使うことでお互いの魔術を融合し、特定の効果を増大するのが<<融合魔術>>。対して、お互いの魔術を共鳴させ、全く別の魔術を生み出す<<共鳴魔術>>という技もあるね。共に発動者同士で正確に連携しないと魔術が暴走したり、打ち消し合って発動しなかったりする、とても繊細な技だよ。まあ、単に術式を融合するだけの前者は発動者達の力を融合するだけで済むので難易度が比較的低く、発動者全員が魔力の流れから波長、様々な要因に繊細な操作をして共鳴させる必要がある後者は難易度は比較的高い。今回は後者が使われた形かな』
ユリィはそう告げるが、これは実は仕掛けがある。今回使われた物は<<共鳴魔術>>の中でも練習として用いられる単なる魔力の波長を修正して共鳴させ、擬似的に<<魔力爆発>>を起こすと言う術式なので、そこまでの難易度は無い。まあ、それを戦闘中で出来るかどうかはまた別だが。
『はぁー……ありがとうございます。っと、皆さんにご連絡です。この後、公爵家の皆さんによるエキシビジョンマッチは一時間後になります。それまでにお手洗いや飲み物の購入を済ませておくように。特に! イケメンを見たいと思っている女子!油断して途中退席なんて、洒落になんないぞ! では、話を試合に戻しますが、それで……』
続いていく放送をBGMに、カイトは大剣を抱え込むようにして、鎖で浮かせていた岩盤を落下させる。そうして、落下して出来た岩の一つに座り込んだ。その後、左手の鎖で暦を引き寄せる。
「きゃぁー!」
暦の悲鳴を聞き流し、カイトが暦を着地させる。功労者をここに呼び寄せない事には、労いの言葉を掛ける事も出来ない。なので、暦を呼び寄せたのだった。
「お疲れ様。夕陽、二人相手に見事だった。お前のお陰で陽動が上手くいった」
「あ、はい!」
「ありがとうございまーす」
スタ、と着地した暦と近くの地面に腰を下ろした夕陽を労い、カイトは一息つく。
「取り敢えず、全員お疲れ様。連携、見事だった」
「あんたがいきなり連携に組み込みに来た時はどうなることやら、と思ったけどね」
同じく手近な岩に腰掛けた皐月が笑う。そんな皐月に対して、カイトは少し懐かしげな笑みを浮かべながら告げた。
「本来はもう少し連携が複雑になる。あれでまだ半分程度だ」
「大本、あるんですか?」
「まあ、な。例えば、暦の攻撃なら、前から斬撃、背後から斬撃の二回攻撃になるはずだ」
「無理です! あんな速さじゃ追いつけませんって!」
カイトの言葉に暦がぶんぶんと首を振る。それはカイトも把握していたので、一発目をなくし、単発の斬撃としたのだ。まあ、なんの防御も無い旗を破壊するには十分なので、問題は無い事も大きかった。
「だから、足場を作って一度止まれる様にしてやっただろ? 本来はあの足場は二度目の為だ。しかも、一発目と二発目の斬撃は90度でクロスするようにしないといけない」
「ああ、だからユリィ、なわけ」
途中でユリィに向かって叫びかけた事を思い出した皐月が尋ねる。
「そういうことだ。さすがにオレも攻撃と足場を作る、なんてことは出来なかったからな」
尚、カイトがこの連携に組み込まれたのは此方に来てから半年弱、初陣から一ヶ月の事なので、どれだけスパルタを施されたかが測り知れた。
おまけに、そうしてカイトが突っ込む先は魔物の群れの中だ。そこに突っ込んで隊列を乱して混乱を引き起こす策なのであった。ちなみに、この場合は拳闘士アンリが一緒に突っ込む。フォワードの二人が突っ込んで場をかき乱そう、というのだった。
その後も乱戦になるので、その無茶苦茶ぶりは今の比ではなかった。ちなみに、これをカイトが一番初めてやらされた時は本気で涙目だったらしい。
「そういえば、カイト先輩。あの連携って何処で知ったんっすか?」
即興というには、カイトが組み込まれた場合でも問題なく機能した連携に、夕陽が首を傾げる。それに、カイトが懐かしげに遠くを見つめて答えた。
「……皇国軍第十七特務小隊。勇者の資料を漁っている時に少し、な。隊の構成と今の構成が似ていたからな。これしか思い浮かばなかった」
そう言ってカイトは懐かしげに語る。当時の小隊の構成は、隊長の鎖使いヘクセン以下、姉御もしくは姉貴こと大剣士アルテシア、皇国の大賢人ヘルメス、拳闘士アンリ、異邦人カイト、妖精ユリィの6人である。
この内、現在のチーム編成で割り当てるなら拳闘士に夕陽、異邦人に暦、大賢人に睦月、鎖使いに皐月か弥生が該当する。カイトが妖精役と大剣士役をこなすので、練度や細部を除けば、ほぼ再現できているのであった。
「なるほどのう。それ故、その装備じゃったか」
どうやらチームの会話を終えたらしいティナが、会話の輪に加わる。横には他のチームメンバーも一緒だ。向こうのチームも、全員が近くの岩や地面に腰掛けた。
「あれは卑怯よ。遠距離全部無効って。勝ち目ないじゃない」
「そういうな。この程度の切り札がなければ、遠距離無しの構成で平原では勝ち目がない。それに、扱いはかなり難しいんだ」
何処か拗ねた様子の楓に対してカイトはそういうが、事実、この鎖を持ち出すまでは、弥生達は一切進めていなかったのだ。最終戦に草原が来たのは偶然だが、これがなければ負け確定であった。
尚、鎖のスペックは材質は魔結晶製の鎖に吸魔の石を練り込んだ特別製、最大射程5キロ、最大荷重1000トンとかなり高性能だが、その代わり練りこまれた微細な吸魔の石の部分を避けて魔力を通すなどの繊細な操作が要求される、かなり扱い勝手の悪い武器であった。
「にしても……飾っておると思っておったぞ」
カイトが懐かしげに大剣を抱え込んでいる後ろに背中合わせに座り、ティナが小声で問いかける。
「手入れは桔梗と撫子に頼んでいたし、地球でも爺さんに頼んでたから、何時でも実戦で使えるようにはしていた……まあ、昨日まで使おうとは思ってなかったがな。お前にだってあるだろ?使わないとわかっていても、飾るに飾れない物、お守り代わりとかな。忘れられない思い出が籠った物がな」
苦笑して語るカイトの言葉に、ティナも少しだけ伏せて頷く。誰を、何を思い出したかは定かではないが、二人共、大戦を生き抜いたのだ。忘れられぬ思い出があってもおかしくはない。カイトは頷くティナの気配を感じ、大剣に額をくっつけた。
「忘れたくないというより、忘れられぬのやもしれぬ。いや、信じたくないだけやもしれぬがの……」
首からぶら下げたネックレスをゆるく握りしめ少しだけ悲しげに呟くティナに、カイトは誰のことを思い出したのか悟る。そして、彼女が今何をしているのかも。
「そうか」
見た目相応に小さく感じる背中に、カイトは少しだけ申し訳なく感じる。彼女が知りたいことの答えをカイトは持ち合わせているが、それを言わない、と決めたのだ。その悲しみを受け止めてやるだけしか、カイトには出来なかった。
「……感謝せねばのう。その者達のお陰で、余はお主に出会えた」
「……そうだな。オレも、彼等には世話になった」
気を取り直したのか、ティナが少しだけ微笑んで、自らの想い人を助けた、自分の知らぬ者達へと感謝を述べる。そうして、二人は幾つかの思い出を語り合い始めるのだった。
「……ねえ、あれ。どこの夫婦?」
「……知らね」
まるで長いこと連れ添った夫婦のような掛け合いを行なうカイトとティナを見た暦が夕陽に問いかける。
「ねえ、カイト先輩ってミストルティン先輩とお付き合いされてるんですか?」
「あら、なに? カイト狙い? 倍率高いわよ?」
質問を受けて、弥生がニヤついた笑みで問いかける。
「いえ!違いますよ!興味本位です。」
そんな弥生に対して、暦はぶんぶんと頭を振って否定する。それに弥生は少し残念そうに笑みを引っ込めた。
「あら、残念ね。面白いことになったのに……まあ、そうね。付き合っていると言えば、そうよ」
「あれ?でも、確か天道先輩と付き合っている、って噂聞いたんっすけど……」
「それも事実よ。ちなみに、姉さんともね」
皐月の言葉に、一同が一気に弥生を注目する。注目された弥生は少しだけ苦笑して、答えた。
「ええ。まあ、あの子が複数人と付き合っているのは理由があるのよ。偽装とかそんなのじゃないわよ?」
「……あいつ、よく修羅場にならないな……俺、浮気バレて包丁持ちだされたのに……」
弥生が本心から惚れている事を悟った楓のチームの男子生徒が、ある種の尊敬を持ってカイトを見る。が、そんな視線にとある女子生徒が気付いた。
「……今度したら本当に刺すから」
「しません! 絶対にしません! だからそれを仕舞ってください!」
女生徒の平坦な声に土下座する男子生徒。どうやら本命の彼女は同チームの女子生徒であった様だ。ちなみに、彼女は護身用というにはかなり肉厚な短剣を片手に虚ろな目をしていた。
「うへぇ……怖ぇ……俺も気をつけよ。」
短剣を取り出して光沢の無い目をする女子生徒の言葉に、夕陽が少しビクついて肝に銘ずる。
「あの子、そこの所が上手いのよ。教育の賜物だ、とか言ってたけど、天性のものなんでしょうね」
カイトを見る目が、何処か乙女のそれとなった弥生が、語り始める。
「あんた、どうせ新しい魚に夢中で釣った魚に餌を与えなかったんでしょう? 人も魚も一緒よ。釣った女にもまめに贈り物をして、デートして……愛と言う名の餌を与える。そうすれば、男も女も往々にして満足するものよ。あの子はそれが上手なの」
そう言って、最近届いた色の変わる宝石の指輪を愛おしそうに撫ぜる。確かに残念とは思っていたが、まさか買って贈ってくれるとは思っていなかったのだ。カイトが相手のことをよく見ている証拠であった。
「唯一難点があるとすれば……あの子が何人の女の子と付き合っているか教えてくれない事ぐらいね」
褒めた弥生であったが、何処か苦笑に似た笑みを浮かべながら更に告げる。
これは伝え忘れている場合も多いが、カイトが避けきれぬ縁の多くが王侯貴族に連なっていたり、神族等の高位種族の娘であったりするので、弥生達が気後れする事に配慮した為である。なのでそれを理解して居るので、いまいち文句も言い難いのだった。
「独占したい、って思わないの?」
「そりゃ、思うわよ。でも、皆納得して、折り合いをつけてるわ。理由は、教えてあげられないけどね」
楓の質問に、弥生が少しだけ不満そうに答える。弥生とて、桜やクズハの様にカイトを独占したい、とは思うのだ。しかし、他ならぬカイト自身が、それをさせない。自身にそれを許さないのだ。
「カイト自身も、それを納得して受け入れてくれる娘しか手を出さない。そうしないと揉めるものね」
カイトは自身の立場をよく理解している。もし、自身の妻たちが揉めれば、それは自身に敵対する者の利となる。それは最終的に彼の権威に傷がつく事に他ならない。それは何よりも避けるべき事であった。
「意外と苦労してんだなー……」
「しなくていい苦労なんだがな」
しみじみと言う男子生徒に、カイトが苦笑する。
「何、聞いてたの?」
「まあな。」
「お前、結局なんで何股もしてるわけ?」
「知ってどうするんだ?」
「さん……いや、やっぱいい。」
カイトが自身の後ろに目をやったのを目敏く感づいた男子生徒が、言わぬが花と質問を取り下げた。彼も刺されたくは無いようだ。
「じゃあ、何人居るんですか?」
「……聞きたいか?」
「ええ」
暦の質問にカイトが問い返し、楓が肯定する。それに、カイトが苦笑して答えた。
「正確な数は把握できていない」
「いいんですか!」
自身の付き合っている女性の数が把握できていないカイトに、暦が驚く。当たり前だろう。だが、カイトとしてもこれは仕方がなかった。
「こればかりは仕方がなくてな」
カイトは溜め息を吐いて、そう告げる。これは原因は天桜学園の所為が大きい。天桜学園の存在がネックとなり、カイトの帰還が正式に発表できないので、カイトが娶ることを望まれた女性の何人が存命かつ関係がそのままなのかがわからないのである。そんなカイトに対して、ティナが告げる。
「一応、姉上に頼んで調べてもろうておるが……まあ、時間は掛かるじゃろうな」
「姉上?」
ティアの存在を知らない男子生徒が首を傾げる。そんな男子生徒に少しティナはしまった、と思いつつも、どうでも良いと流すだろうと適当にはぐらかした。
「気にするでない。そう呼んでいるだけじゃ。それで、お主らはこれからどうするんじゃ?」
ティナがティアを姉と呼んでいるだけであるのは一応は事実なので、嘘ではない。
「あー、結構時間経ってるな……」
時計を見た男子生徒は、既に試合終了から20分程度が経過していることに気づく。すっかりしゃべっていた所為で時間が経ってしまっていたのである。その言葉に、夕陽が目を見開いた。
「えぇ!? 俺エキシビジョンマッチ見たいんっすよ! シャワー浴びて席残ってっかな……」
見れば、ちらほらと女生徒が最前列を抑え始めていた。夕陽も一応観戦予定であるが、激戦の後だ。流石に汗だけは落としておきたかった。そんな夕陽に対して、カイトが少し苦笑しながら、ご褒美をあげる事にした。
「なら冒険部上層部の席を使うと良い。今回頑張ったご褒美だ」
「まじっすか!」
「え? じゃあ先輩! 私も私も!」
喜びを露わにした夕陽を見て、ならば自分も、と暦が挙手する。ちなみに、なぜ初日になかった冒険部上層部用の席が出来たのかというと、最終日にあるエキシビションをしっかり見せる為だ。
自分達のはるかに上位の者達の戦いを見せて、どれだけ近くなって、今でもどれだけ遠いのかを把握させようと思ったのである。
「ああ、いいぞ。二人共頑張ったからな。幸いクズハさんも居ない。マナーなんかは気にするな」
「え? 居ない?」
「何だ、知らなかったのか?エキシビジョンマッチに出るんだ。だから、男子生徒も多いだろ?」
「へ?」
カイトの言葉に夕陽が観客席を見れば、確かに男子生徒が最前列を押さえている場所もかなりある。男女ともに、それなりの割合で高品質の撮影器具をセッティングしていた。予期せぬ女子生徒の最前列確保の所為で、割合は半々である。
「な、なあ、天音?」
その様子を見た男子生徒が、カイトに何かを申し出ようとする。
「はぁ……構わん」
何が言いたいのか理解したカイトが、溜め息とともに頷いた。
「全員、シャワーを浴びたいなら、そろそろ行くぞ」
そう言ってカイトが立ち上がる。それに合せて全員が急いで立ち上がり、決勝戦の舞台を後にしたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第254話『英雄再来』




