第2689話 合同演習編 ――行き掛けの駄賃――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習に参加していたカイト率いる冒険部。そんな彼らは二日目も<<暁>>やギルド同盟の冒険者達と歩調を合わせながら、戦闘を続けていた。
そんな二日目の正午に防衛側が繰り出してきた<<太陽レンズ>>による攻撃で受けた被害を補填するため、カイトとソラはそれぞれシャムロックの神使であるエレディ、サンバスの二人と交戦。カイトはかなり余裕の様子で。ソラはかなり苦戦した様子ではありながらも、なんとか難局を凌ぐ事に成功。後詰の瞬やバーンタインが前線に出てくる事になっていた。
『叔父貴。ご無事ですかい?』
「ああ……ま、手加減してようが最高神の神使だろうが、負けるほど腑抜けちゃいないさ」
『流石の様子で』
エレディは神使の中でもかなり上位に位置する神使だ。それを相手にまるで平然とした様子のカイトに、バーンタインは笑うだけだ。そんな彼にカイトが告げる。
「前線の維持は任せる……まぁ、そちらもピュリさんに任せている形で前線に来ているのは形ばかりになるだろうが……」
『へい……すんません』
「良いさ。その考えは正しいからな」
今回はあくまでも皇国主導で行われている演習だ。ウルカ共和国に軸足を置いているバーンタインが主軸となって活躍するのは筋が違っていた。というわけで、改めてそれを認めたカイトは地面に降り立ちながら一瞬闇を纏って神使化を解除。ギルド同盟の臨時拠点へと合流する。
「っ……ああ、カイトさんですか」
「ああ……通信器に連絡が入った。後詰が動き出したそうだな?」
「ええ」
一瞬だが警戒した様子を見せたランテリジャが、カイトの問いかけに頷いた。一応カイト当人はソラが抜けた穴の代役として冒険部の統率を担っている事になっており、周囲が暗くなっていた事――ランテリジャが警戒していたのもそれ故――もありバレてはいない様子だった。
「ならばこっちも一度引くぞ。ラン、お前も一度休んだ方が良い」
「……そうですね。トリンさん、後はお願いします」
「はい」
ランテリジャの言葉にトリンが一つ頷いた。ランテリジャの抜けた穴は後詰で待機していたギルド同盟の知恵者が担う事になっている。なので彼もここで一旦後ろに引いて、撤退した者たちの手当等の活動を行う必要があった。と、そんな事を話していると、瞬がやってくる。
「カイト!」
「ああ、先輩か……ルーも居るな?」
「ああ……ようやく出番か」
「悪いな、出し惜しみしちまって……が、お前は何分ある意味じゃ一番の注目株だからな」
「過剰な期待ではあるが……心しよう」
瞬と共にやって来たルーファウスがカイトの言葉に気合を滲ませる。彼は当然、ヴァイスリッター家本家の騎士だ。その活躍は各国が注目しており、何時出てくるのかと待ちわびている事だろう。なのでカイトもその期待に沿う形で最初からは出さず、この状態で出す事にしたのであった。
「よし……後はセレスとエルが戻れば、こちらも撤退だ」
「はい……姉さん、熱くなりやすいからあまり無茶してないと良いんですが……」
カイトの言葉にランテリジャが僅かにため息を吐いた。やはり熱くなりやすい性格のエルーシャだ。そうなる可能性は無いではなかった。と、そんな所に声が響いた。
「誰が熱くなりやすいですって?」
「げ……姉さん。ご無事なようで」
「流石にこんだけヤバい連戦やらされてりゃ、嫌でも戻ってくるわ。まぁ、実際にはセレスに助けて貰わなかったらやばかったけど……」
流石にここまで完全に休み無し。しかも一度は<<太陽レンズ>>による負荷まで掛かったのだ。エルーシャは高位冒険者にありがちな戦闘の勘が働き、戻るのが最善と本能的に察したのである。
なお、流石に戻ろうとして戻してくれるわけもない。なので一時は撤退が困難になってしまっていたらしいが、セレスティアが救援に入って撤退出来たのである。というわけで、主要面子の撤退を確認したカイトは瞬に頷きかける。
「よし……先輩。これよりオレ達が撤退するが、最後に一発だけぶちかます。それに乗じて前に」
「ああ……では、隊列に戻る」
「ああ……ルー。後は頼む」
「任されよう」
カイトの言葉にルーファウスが一つ頷いた。そうして二人が隊列に戻り統率を開始するのを尻目に、カイトは再度前に出る事にする。そんな彼に、エルーシャが申し出た。
「あ、じゃあ私も。まだ余裕はあるし」
「それでしたら、私もお手伝い致します」
「あいよ……ラン、撤退の準備は頼む」
「はい。統率はこちらで」
カイトの要請にランテリジャが応ずる。そうしてカイト達三人は前に出るわけであるが、その道中でエルーシャが提案する。
「カイト……魔力任せて良い?」
「うん?」
「合気」
「なーる……セレス、退魔……もしくは霊力は使えるな?」
「え? あ、はい……出来ます」
「え、出来るの?」
カイトの発言に一瞬困惑しながらも頷いたセレスティアに、エルーシャが驚いた様に問いかける。
「はい……一応、そういう家系なので……」
「へー……で、それが?」
「お師匠さんから聞いてないのか? 霊力を更に加えて放つ奴」
「あ、あー! あれかぁ……なるほど」
カイトの問いかけにエルーシャは引っかかるものがあったらしい。楽しげに笑って頷いた。というわけで、何をしたいか察した彼女が手を挙げる。
「乗った」
「おっしゃ……」
「え? あ、はい……っ」
セレスティアは少しだけ気恥ずかしげにカイトから差し出された手にハイタッチを交わし、更にエルーシャともハイタッチを交わす。そうして、カイトが前線に移動しながら、杖を取り出す。これにエルーシャは一転、呆れ返った。
「……本当になんでも持ってるのね」
「便利だろ?」
「まぁ……さてベースは?」
「ベースはオレがやろう。コントロールはエルーシャ。狙いはセレスで」
「あら……気を遣わなくても良いのに」
自身の問いかけに即座に答えたカイトに、エルーシャが笑う。ここからやろうとしている大技で最も負担が掛かるのはベースと呼ばれる役割だ。故にカイトは男として気を遣ったのだと思ったのだろう。が、これにカイトは笑う。
「まーさか。ついてこれるか、って言ってやってるんだが?」
「おっと……これは失礼。じゃあ、きっちり支えてね」
「あいさー」
笑いながら歩く二人とそんな二人に元気だな、と思いながらそれに従うセレスティアはほどなくして、前線に近い所まで到着する。そうして杖をしっかり握りしめながら、カイトは最前線で奮戦するソラに連絡を入れる。
「ソラ。聞こえているな? 返事はしなくて良い……戻る前に最後の支援を一発打ち込んでやる。それをきっかけに先輩も前線に出る。お前は一呼吸入れろ」
『マジか! サンキュ!』
「元気で何よりだ」
どうやらソラにはまだまだ余力があったらしい。まだまだ余裕のある声音だった。後に聞けば、サンバスが帰り際に魔力を融通してくれた――名目は後輩にこういった使い方も出来るぞという実演――そうだ。とまぁ、そんな彼の返答を聞きながら、カイトは握りしめた杖を両手で掴む。
「すぅ……はぁー……おっしゃ」
「じゃ、残ったありったけあげるから、精一杯踏ん張ってね」
「あいよ……セレス。お前も遠慮なくやってくれ。オレが丈夫なのはわかってるだろ?」
「はい」
なにせ自分の知る伝説の勇者なのだ。セレスティアはカイトの言葉に安心して、全ての力を注ぐ覚悟が出来た。というわけで、カイトからは魔力が。エルーシャからは気が。セレスティアからは霊力という三つの力が迸る。
「「「はぁあああああああ!」」」
「なんだ!?」
「あの小僧は兎も角、どうして横の二人の力は感じられない!」
「はったりか!?」
霊力は当然ながら、気もまた感じ取るにはある程度の訓練が必要だ。なので多くの者はこれが何をしているかわからない様子だった。が、皇国と中津国は近い。わかった者も僅かながらにおり、警戒を促していた。
「あれは気だ! だがもう一つは何だ!?」
「わからん! 誰かわかる奴は!?」
やはり霊力はどうしても生まれながらの才能に大きく左右されてしまう。幸運な事に冒険部が相手をしている近辺には霊力を目ざとく感じ取れる者はいなかったようだ。霊力かも、という推測は一握りほど出ていたが、趨勢に影響するほどではなかった。
そうして渦巻いた三つの力が天高くで重なっていき、カイトの杖に向けて急降下。杖の先端に魔力とも気とも霊力とも言い得ない、不可思議な力が渦巻いた。そんな輝きに、バルフレアが目を輝かせる。
「おいおい、嘘だろ!? 派手にやるなぁ!」
「マスター。ご存知ですか?」
「ああ! あれは<<魔霊気>>って力だ。俺も見たの何百年ぶりだ? 三百だな」
<<魔霊気>>。そんな聞き慣れぬ名を呼んだバルフレアであるが、頭の中では高速で考えがめぐらされていたようだ。即座にどういう経緯でこれを使おうとしたのかを理解した。
「多分あっちは前に聞いたアイゼンの弟子だな。あの子から合気の提案がされて……あっちの子は噂のまた別の異世界人か。ってことはあの子が霊力を使えた事をカイトは知ってたか気付いてて……で、これか」
「はぁ……えっと、どんな力なんですか?」
「魔力でも気でも霊力でもあり、そしてそのどれでもない力だ」
「はぁ……」
今回の演習でバルフレアの指揮を学ぶ様に命ぜられていた若い幹部は彼の言葉に小首を傾げる。まぁ、こう言われた所でなんなのだと思っても無理はない。というわけで、バルフレアも噛み砕いて教えてくれた。
「早い話が障壁無視した攻撃」
「……え?」
「いやぁ、さっきも言ったけど三つのどれでも無いし、けど霊力の性質も持つから霊力扱えないと防げないんだわ。で、気も性質も魔力の性質も持ってるから、威力は乗算。結論、結構ヤバい」
手っ取り早く結論を述べるバルフレアは楽しげに笑っていた。彼の好敵手たるアイゼンも霊力は上手く扱えないらしく、<<魔霊気>>は基礎を教えられても自分では使えないらしい。
結果、バルフレアも殆ど使えた者を見た事がなかった。なので興奮もひとしおというわけであった。が、そんな子供っぽく目を輝かせる彼に、若い幹部が声を荒げる。
「いえいえいえ! ヤバいってレベルじゃないですよ! どんな力なんですか!? しかもあの三人、ランクAでも上位に位置する奴らですよ!? そんな攻撃が直撃したら、中央戦線にどれだけの被害が出るか!」
「まー、ヤバいわな。かといって霊力を使える奴は前線にゃいない……ウィザー」
『見えている……避けろ、というしかない。全く……何を考えている、と普通なら言いたいが』
奇しくも使える三人が同じギルドに集まってしまったのだ。結果、カイトはまるで自然に<<魔霊気>>という非常に稀な力を使う事が出来たのであった。
『一人だけ、霊力を使えると言えるレベルの奴が居るらしいな。まぁ、全部は守れんがある程度はやってもらおう』
「へぇ……そりゃ面白い……で、こっちの支度は?」
『まだだ』
「押し込まれ具合は十分だぞ?」
予定より若干遅れているな。バルフレアはレヴィの返答に険しい顔で答える。そもそも彼はその支度の後の大トリを務める予定なのだ。なのでずっと待機しているのに、支度が終わらない事には動く事も出来なかった。これに、レヴィは理由を述べる。
『わかっている……が、この雷雨の所為で上手くいっていない』
「水だろ? 利用すれば?」
『それも駄目だ。無限遠に広がって即座に魔力切れ。魔導炉がオーバーヒートする』
「ちっ……俺が出て一度戦線を支えるか?」
『……いや、駄目だ。そのためにアウィス達が動いている』
「そうか」
流石にこの先を睨めば安易に動くのは得策ではない。バルフレアは防衛側の本当の秘策を理解していればこそ、今は動かない事を決める。そうして、彼が動かない事を決めた直後。カイトの持つ杖からこの世にある三つのどの力でもあり、そしてそのどれでもない力が迸るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




