第2688話 合同演習 ――持ち直し――
皇帝レオンハルト主導で準備された合同軍事演習二日目。その正午直前に行われた防衛側による<<太陽レンズ>>の攻撃により戦線の再構築を余儀なくされた攻略側の時間を稼ぐため、カイトはソラと共に最前線でエレディとサンバスの二人の神使と戦いを繰り広げる事になる。
というわけで繰り広げられていたカイトとエレディの戦いであるが、基本的にはカイトが優勢という所であった。が、これはあくまで優勢というだけで、まだまだ勝負はわからなかった。
「ちっ!」
なんとかかすり傷程度の一撃を与える事に成功しながらも、続く無数とも言える<<輝かしき天鱗>>の破片によるカウンターの光条を大鎌で切り裂く。
先程から、この繰り返しだった。カイトがなんとか攻撃出来ても、即座に<<輝かしき天鱗>>の破片による光条による広範囲に渡るカウンターか、突撃による高威力の反撃を食らうのだ。
無論、カイトとてこのカウンターを貰うわけにもいかない。なので基本はヒット・アンド・アウェイの様に攻撃に成功してはすぐに退避して、と決定打に欠ける状態だったのである。
「……」
なんとか攻撃に漕ぎつけられているカイトであったが、そんな彼が一瞬だけ後方の自陣営――この場合は冒険部――を見る。そこでは瞬が大急ぎで出発の準備をしており、後少しで戦線の再構築に必要な準備が整う事が察せられた。
(だが……もう暫く掛かるか)
瞬の状況から言って、そこまで時間は掛からないだろう。そう判断するカイトであったが、同時に増援の到着までは今暫くの時間が必要だとも理解していた。というわけで、瞬の様子を一瞬だけ確認した彼は改めてエレディに向き直る。
「お仲間の心配ですか?」
「戦線の再構築です」
「大変ですね、指揮官は」
「流石に、昔の様に好き勝手は出来ませんよ。特に若者の前ですしね」
「若者……ぷっ……」
斬撃を交えながら、エレディはカイトの冗談に笑う。そうして数百もの斬撃が交わった所で、カイトはこのままだと膠着状態が続くだけと判断。気合を入れてエレディを押し出した。
「はぁ!」
「む」
なんのつもりだろうか。エレディは急に押し出したカイトに僅かな訝しみを得る。別に両者共に神使なのでいっそこのまま千日手を行って適当に時間を潰すのもカイトとしてはありはありだ。
なので今までの状況からそうするつもりもあるのでは、と思っていたエレディだがここに来ていきなりの姿勢に訝しむのも無理はなかった。
「……ふむ」
降りしきる雨の中。エレディはカイトが大鎌を弄ぶのを見ながら、周囲に<<輝かしき天鱗>>の破片を滞空させ攻撃・防御どちらも出来る様に待機させる。その一方のカイトはというと、大鎌を弄びながら告げた。
「<<影人>>」
カイトの口決と共に、周囲に満ちる影が彼の周囲へと集まってくる。そうして、暫く。彼の周囲に漂う闇が波打って、盛り上がる。
「これは……」
「流石に数には数で対抗させて貰います」
現れたのは無数の影で出来た小人だ。それは小悪魔よろしく楽しげに笑うような様子を見せながら、カイトの周囲で飛び回る。そんな無数の小人を引き連れたカイトに、エレディは問いかける。
「練度を落としたのは敢えてですか?」
「見せ場はシャルに譲りますよ」
「……なるほど」
確かに思えば、まだシャルロット様もシャムロック様も出ていない状況だ。エレディは内心でシャルロットに自分より上の手札を使える様に差配していたのだと理解する。
が、だからなんだという所ではあった。故に彼女は周囲を滞空したままだった<<輝かしき天鱗>>の欠片を防御から攻撃に変更する。
「とはいえ、遠慮はしませんが」
「構いませんよ。場はオレの方が有利なので」
先にも述べられているが、太陽神の神使達が最も有利なのは太陽光がある状況下だ。この雷鳴轟く雷雲の下というのは最悪の状況に近かった。他方カイトはというと闇がある場で有利になる。最高の条件が月の下というだけだ。状況はカイトに有利だった。そうして、直後。亜光速で飛翔する<<輝かしき天鱗>>の破片と影で出来た小人達が激突する。
「はぁ!」
「はっ」
カイトの大鎌とエレディの両手剣が激突する。とはいえ、今度はエレディも<<輝かしき天鱗>>の破片でカイトを狙い撃つ事は不可能に近い。そうして再度数十の斬撃が交わるのであるが、こうなると流石に結果は火を見るより明らかだった。
「<<影牙>>」
「っ!」
やり難い。カイトと戦うエレディが得た感想は、素直にそれしかなかった。というのも、現在は先の通り周囲に影が満ち溢れている状況。カイトはそれを自由自在に使うのだ。影から飛び出してきた刃への対応が一瞬遅れる事はザラで、対応出来ている分だけ彼女の腕前が察せられようものだった。
というわけで飛び跳ねて虚空から生えてきた影の刃を回避したわけであるが、それに対してカイトは空振りになった刃に大鎌を突き刺す。
「<<月影>>」
「っぅ!」
まるで刃で薄い闇を絡め取ったかの様に急速に伸びてきた闇色の斬撃に、エレディは光刃を振るって強引に軌道を逸らす。そうして光刃を振るった彼女が更に立て続けに、更に上空目掛けて刃を振るった。
「<<闇幕>>」
「っ……」
やはりそう簡単には雷雲を払わせてはくれませんか。斬撃の前に立ちふさがる薄い闇の膜を見て、エレディは僅かに苦い顔を浮かべた。そんな彼女であったが、しかしすぐに気を取り直して<<輝かしき天鱗>>を振るってカイトへと攻撃を放つ。
「はぁ!」
「ふっ」
くるん。カイトが大鎌を一回しすると、放たれた黄金色の斬撃が跡形もなく飲み込まれる。そうして更に数度放たれる斬撃に対してもカイトは同じ様に大鎌を一回しして全て飲み込ませ、消し飛ばす。と、いうわけでかなりカイトが押した展開が続く事になるのであるが、それも十分ほどで通信機に連絡が入る事となる。
『カイト。俺だ』
「ああ、先輩か。何だ?」
『こちらの出陣準備が整った。バーンタインさんとも連携し、<<暁>>の奴らとも歩調を合わせられる様にもしている』
「そうか……なら一時的な統率はティナに任せ、先輩は前線へ」
瞬からの報告に、カイトは頃合いと理解する。そもそも彼がここで戦っているのは単に戦線を維持するための一時的な足止めだ。なので戦線を維持するのに十分な戦力が整えば、それでお役御免だった。と、その指示に対してまさかカイトがここで神使と戦っているとは思ってもいない瞬が問いかけた。
『だが……大丈夫なのか? お前が後ろというのは。この状況下、かなりマズイ気がしないでもないんだが』
「残念ながら、シャムロック殿の攻撃が来るかもしれないのならオレよりソラの方が適任だ。それについては現状<<暁>>とウチに被害が皆無だった事からも明らかだろう。かといって、誰かしらは下がらないと統率が出来ん。そうなるともうオレしかない」
現状、かなり攻略側が押されている状態だ。それでも壊滅にならなかったのはカイト達の対応が早かったから。そしてその結果<<暁>>という攻略側最前線の主力が無傷になったからだ。
が、これは言うまでもなくカイトが最前線に居た結果わかった事と言っても過言ではなく、彼抜きでもし奇策を弄された場合大丈夫だろうか、と気がかりなのも無理はなかった。
「まー、後はなんとかするしかないし、そのためにオレが後方支援に入るわけでもある。後はある程度なんとかするしかない」
『……そうだな。わかった。後はこちらで出来る限りの事はしておこう』
「そうしてくれ」
瞬の返答にカイトは一つ頷いた。そうして、彼はエレディとの戦いに終止符を打つ事にする。
「っ」
話し合いが終わった。そう理解したエレディが改めて<<輝かしき天鱗>>を構えると同時。カイトもまた大鎌を構える。が、彼も増援が前に出てきて後ろで統率する者が居なくなる以上、自分が戻るしかないとわかっている。故に戦うつもりはこれっぽっちもなかった。
「久しぶりに会えて嬉しかったですよ、エレディさん」
「それはこちらのセリフです」
「……では、これにて」
「っ」
攻撃が来るか。一瞬だけ身を固くしたエレディであったが、カイトが周囲の闇にまぎれて消え去ったのを見て撤退したと理解する。終始押されっぱなしであったが、なんとかしのげたという所だろう。
「ふぅ……サンバス。聞こえていますね」
『なんっすか!?』
「敵の増援が来ます……どうやらこちら陣営の兵士達も攻め切れはしなかったようですね」
まぁ、私達がここで足止めを食らった以上無理もない事ではあるのですが。エレディは下の様子を見て、一つため息を吐く。何より悪かったのはやはり主力たる<<暁>>がノーダメージで終わってしまった事だろう。如何ともし難い所だった。
『ってことは、撤退っすか』
「ええ……戻りますよ。何より天気が悪い。全力を出しきれない」
『まぁ……そうっすね。りょーかいっす。戻ります』
エレディの言葉にサンバスは若干後ろ髪を引かれる様子がありながらも、攻略側陣営のエース級が来た時の事を考え引く事にしたようだ。何よりこれが作戦行動である事も大きかった。
というわけで、瞬達が前線に到着するのと入れ替わりにエレディとサンバスは戻り、同じくカイトもまた連日戦いに出続けていた面子を引き連れて最後方にまで撤退するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




