第2686話 幕間 ――指揮者達――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習二日目。それは正午になり防衛側が秘策の一枚である<<太陽レンズ>>という大火力の兵器を持ち出した事により、攻撃側が甚大な被害を被る事となっていた。
が、あくまでも甚大で致命的ではなかった事から、攻略側陣営は攻撃続行を了承。攻略側陣営の中央に位置していた部隊の交代要員の支度をするまでの間、カイトとソラの両名は防衛側に所属していた神使二人との戦いを繰り広げる事になる。というわけで、ソラが戦いを繰り広げていた頃。遠くの防衛側本陣ではハイゼンベルグ公ジェイクとレヴィの二人が感心した様子を見せていた。
「ふむ……手を抜いている事は事実だが、同時によく粘るものだ」
『じゃのう……訓練の賜物と言うべきか、それとも才能によるものか……』
「努力の賜物だ……としておいてやれ」
『そうじゃな』
笑うレヴィの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクもまた笑う。なんの要因があってソラがここまで戦えているのか。それを知る事が重要だとは思うが、この場ではあくまでも努力の賜物だとしておく事にしたようだ。というわけでそちらについては良いとする二人であったが、そのままソラの戦いを横目に少し離れた所で起きていたカイトとエレディの戦いを見る。
「考えたものだ。確かに月の女神の神使の存在は語られていない。故に神使として出れば、というわけか」
『これで一つ手札は増えた、と考えて良かろう』
「後は反応を見定めるという所か。今回の諸国の要人達の動きは見ておく様にした方が良い……まぁ、あの姿の奴を見た事がある奴は居ないだろうがな」
今のカイトの姿は本来の彼のものとも違い、銀髪灼眼に長髪という状態だ。まぁ、長髪であるのなら彼の本気になった時の姿もそうなのだが、ああなれる様になったのは大戦以後。殆ど誰もしらないのだ。
あそこまで異なると似ている印象はあっても同一人物と理解するのは相当難しそうだった。しかも遠目でしか見れない、という状況もある。これでうまくいけば、今後も神使として出ればカイトを有効的に戦力として使えるだろう。そう皇国上層部は判断していた。
「まぁ、あれは良いだろう。どうせあいつもエレディも様子見で戦えど、本気では戦わないはずだ」
『うむ……で、本題じゃが』
「そちらの進捗は七割……という所か。出した人員が限られるので、後数時間は必要だろう」
『仕方がないのう……まぁ、本来であれば夜を徹して行うので昼に間に合わせられたのじゃろうが』
「仕方がない。それが今回のルールだ」
ハイゼンベルグ公ジェイクのため息混じりの言葉に、レヴィもまたため息と共に首を振る。これに関しては今回のルールが悪く働いたという所だろう。
本来なら夜を徹してでも行われる作業も日中にしかしてはならないのだ。一応ある程度の目溢しというかある程度の小規模な作業は出来るが、それでも今回のもう一つの秘策の作業には役に立たなかった。
「かといって、明日の最大効果のタイミングを選べばほぼ無意味に終わる。何よりこちらが欲しいのも時間だ……その時間稼ぎには使える」
『うむ……にしても……』
「……何か気がかりでもあるか?」
『奴らが切り札を一枚も切っていない事が気になる。何を出し惜しんでおる……?』
「ふむ……確かに何ら兆候も無いのは気になる」
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、レヴィはそういえばと自身も違和感を感じた事を口にする。想定ではこちらの<<太陽レンズ>>の使用に合わせる形で切り札を一枚切ってくると予想しており、それに対して更にカウンターを用意していた。それこそが彼女らの真の切り札なのであるが、このままだとこちらの切り札に切り札を使われる事になりかねなかった。
『まさか……彼奴らこちらがもう一枚手札を隠しておる事に気付いておるか?』
「あり得る事はあり得るが……」
何か違う気がしないでもない。レヴィはそう思う。
「……いや、良いだろう。とりあえずはこちらの作戦を続行。もう少し引き寄せる必要がある」
『うむ』
レヴィの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクも頷いた。実のところ、<<太陽レンズ>>が防がれる可能性は想定していたらしい。無論、防がれなかったら防がれなかったで別の展開も想定はしていた。なので二人共まだ想定内と焦りはなかったようだ。そうして、そんな二人は改めて次なる秘策の展開に向けた指揮を開始するのだった。
さてレヴィとハイゼンベルグ公ジェイクというエネフィア有数の知恵者達が次なる策の成就に向けて動いていた一方その頃。同じくエネフィア有数の知恵者であるティナはというとこちらも準備を進めていた。
「ふーむ……存外被害が少なくなったのは幸いか。が……」
『が……どうしました?』
「なにやら妙な印象がある……やはり誘い込みか」
『まだ何かやるつもり、と?』
「そうじゃのう……もうこれ以上何か秘策を用意して欲しくはないんじゃが」
アイギスの問いかけにティナは苦い顔で首を振る。そんな彼女に、アイギスは重ねて問いかける。
『どうします? イリア様に連絡して、重特機の輸送を早めて貰いますか?』
「どうしたものかのう……まぁ、三日目の開幕と同時に使える様に持ってくる様にと頼んだのは余じゃが。時と場合によってはそれも手やもしれん」
ハイゼンベルグ公ジェイク達が警戒していた攻略側の秘策であるが、これは実はまだ届いていなかったらしい。とはいえ、これも理由は明白ではあった。
『問題は、それに合わせて輸送隊の行動を早めてもらう事になるので露呈する可能性があるという所でしょうか』
「それじゃな。まぁ、別にバレても良いが……バレぬに越した事はない。あれは目立つからのう」
『イエス……まぁ、仕方がない事ではあるのですが』
「それはのう……むぅ」
どうしたものかのう。ティナはアイギスと話しながら、どうするべきか少しだけ悩む。
「……いや、まぁ良い。とりあえずはこのまま作戦続行じゃ。が……ホタル」
『なんでしょう、マザー』
「お主、頃合いを見て一旦イリアと合流せい。で、特殊作戦機体……重特機の準備を行え。本当は夜の間に調整をやりたかったが……時と場合に応じてはそのまま出る可能性もある」
『あれはマザーかマスター無しでは現状動かせませんが』
「多少の時間であれば動かせるようにはしてある。それに余ら以外にもクオンら超級と言われる面子であれば使えるようにはしておる」
一応間違いのない様にな。ティナはホタルの返答に正確な所を告げておく。と、そんな彼女にアイギスが告げた。
『ですがどっちにしろ、十全に機能を発揮出来るのは現状マスターだけでは?』
「ま、それも否定はせぬよ。重特機はまだ開発途中の機体……あれとお主ら以外全システムの掌握は出来まいて。ぶっちゃけ、余も単独では動かせぬしのう。あれはまだ機能が煩雑過ぎる」
『イエス……それに関しては守護者のシステムを参考にするべきかと』
「無茶を言うのう」
守護者に搭載されていたシステムを参考にしろ、と言われても相手は世界のシステムの存在だ。本来なら無茶どころか無理も良い所で、呆れる程度なティナの才能が空恐ろしいというしかなかった。
「まぁ、良いわ。兎にも角にもホタル。システムの暖機も含め、お主は重特機の出迎えに向かえ。暖機無しでの展開は難しい」
『了解……アイギスは?』
「こやつにはギリギリまでこちらの艦隊の統率を取って貰うが、必要に応じては向かわせる」
本来、マクダウェル家の艦隊はアイギス抜きでも動かせる。が、彼女が全部の船をリンクさせて動かした方が連携が取れるため、そうしているだけだ。
『了解……イリア様への伝達は如何しますか?』
「それについてはこちらで行おう」
『了解』
「よし……」
これで万が一の事態には備えられたかな。ティナは万が一の展開に備え、こちらの切り札の展開を早める事を念頭に置く。というわけで、ホタルに離脱のための支度を取らせる一方で彼女は物資の輸送を行ってくれているイリアへと連絡を入れた。
『あれ……ね』
「なんじゃ、遠い目をしとるのう」
『遠い目をしとるのう、ではありません。あんな物の輸送、リデル家でも初ですよ』
「ふーん」
心底だからなんなのだ、と言わんばかりの様子でティナはイリアの返答に反応する。
「まぁ、それは良いわ。とりあえず、どの程度輸送を早められる」
『少しお待ちを……』
ティナの問いかけに、イリアは現在輸送中の攻略側陣営の切り札の移動速度を取り寄せる。そして更にスペックを見繕い、おおよその数値を割り出した。
『早くても今日の夕方です。ただしその場合、偽装効果はまず無いものとお考えください。本来は夜間に運び込んで、そのまま時が来るまで隠匿するはずでしたから』
「わかっておるよ。が、やりたくはないが出さねばならん可能性が出てきた。最悪は遠くから直接移動させる事も想定しておる」
『……それ、やって良いんですか?』
「こちらの切り札として登録しておるから問題はない。まぁ、そのかわりと言ってはなんじゃが、カイトが前線から抜けねばならんからキツいはキツいがのう」
イリアの問いかけにティナは戦力的な面を除けば問題無い事を明言する。今はまだ明日の朝一番から使いたくないから隠す様に言っているだけだ。
『……はぁ。わかりました。とりあえず輸送速度を早めます。作戦領域に入る直前にはまたご連絡をさせて頂きます』
「すまんが頼む……ああ、それとホタルも追ってそちらに向かわせる。万が一の場合は今日中に動かさねばならんかもしれんからのう。先にシステムの最終チェックを行わせておく」
『そうならない事を祈ります』
ティナの言葉にイリアはそう述べて、通信を終わらせる。それにティナもまた一つ頷いた。
「うむ……さて後は戦線の立て直しが終わるのを待つだけ、か」
『イエス……マザー。前線に出ていた全艦のシステム再チェック終了。再び戦闘行動に戻せます』
「よし。では、後詰の部隊の展開に合わせて戦闘を再開。ああ、わかっておると思うが」
『イエス。マスターの攻撃範囲には入るな、ですね』
「そうじゃ。では、後は任せる」
『イエス』
ティナの言葉にホタルが一つ頷いた。そうして、攻略側も攻略側で切り札の展開に向けて動き出すのだった。
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