第2683話 合同演習編 ――神使達――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。その二日目の正午に放たれたシャムロックの秘中の秘と言われる<<太陽レンズ>>による攻撃。それは寸前で偶然にも気が付いたカイトにより、攻略側陣営は致命的な被害を被る事なくしのぎ切る。そうしてその余波で生まれた溶岩の熱波を厭ったカイトの要請を受け、戦場は一気に曇天が舞い込め雷鳴轟き雨が降りしきる事になる。
「シャムロックさん。<<太陽レンズ>>、防がれちまいましたね」
「みたいだな」
自らに仕える神使の一人の言葉に、最後方で待機するシャムロックは楽しげに笑う。彼にとって<<太陽レンズ>>は秘中の秘にも等しいものであったが、別にこれが破られたからと彼は一切気にしていなかった。
秘中の秘であっても隠しているものではなかったからだ。それに何より、カイトにシャルロットまで居る状態で防がれないはずがないとも思っていた。
「エレディ。行ってきて良いぞ」
『良いのですか?』
「ああ……そのために場は整えてやった」
『まさか……そのために<<太陽レンズ>>の使用を許可されたのですか?』
「気になるだろう?」
エレディと呼ばれた女性神使の問いかけに対して、シャムロックは楽しげに笑って問いかける。今回、彼が自身の護衛として連れてきた神使は四人。全員がソラと同じく神剣持ちだ。
一人は言うまでもなくアスラエル。もう一人は最初に口火を切った青年と無口に佇む青年。最後の一人が、<<太陽レンズ>>を展開したこのエレディだった。と、そんなシャムロックの言葉に青年が口を開く。
「あ、ずるい」
「ははは。お前も行って良いぞ、サンバス」
「よし」
「ははは」
元気で良い事だ。シャムロックはサンバスという名だったらしい青年の様子に笑う。と、そんな彼に今まで黙していた最後の一人が告げた。
「シャムロック様。あまりそいつを調子に乗せ過ぎると……」
「わかっている。エレディは問題無いだろう」
「俺は問題あるんすか」
「ははは。無い、だろう?」
「勿論です」
サンバスはどこかやれやれという感じの最後の一人に、問題無いと告げる。まぁ、これを見越されて言われていると気付いていないあたり、純真なのかバカなのか反応に困る所であった。というわけで、シャムロックと最後の一人は極光を纏い飛び立ったサンバスが見送る。そうして、彼は残る二人に問いかける。
「……お前らは行かないのか?」
「我はすでに戦いましたので」
「一旦、私は様子を見ようかと」
「そうか」
もう何千年もの付き合いになる神使達の短い返答に、シャムロックも短く返すだけだ。そうして、三人は太陽の神使が雨を切り裂いてソラの所へ向かうのを見守る事にするのだった。
さてシャムロックとアスラエルに見送られて二人の神使がソラへと向かう少し前。<<太陽レンズ>>の攻撃を防ぎ<<暁>>の面々を守る事になったソラであるが、あまりの被害の大きさに驚愕しながらも<<偉大なる太陽>>に問いかけていた。
「おい……<<太陽レンズ>>って何なんだ?」
『<<太陽レンズ>>……それはシャムロック様の神殿の最奥に安置されている巨大なレンズの事だ』
「あれ……だよな?」
流石にこういった奇襲は一度しか通用しない。なので<<太陽レンズ>>を照射した後は飛空艇ごと高度を下げて攻撃になるべく命中しない様にしていた。
勿論、その周囲には先程とは違いわかる形で護衛の飛空艇が待機しており、隠されていた先程ならまだしもこうなっては攻撃を命中させる事が非常に難しい状況だった。そんな飛空艇を見ながらのソラの問いかけに、<<偉大なる太陽>>は頷いた。
『うむ……一日に一度。太陽がある時にのみ使える大秘宝。太陽の力を収束させ解き放つ大技だ』
「もしかして俺に<<太陽の威光>>を使えって言ってたのは……」
『ああ。太陽の力なのでな。シャムロック様の力をお借りすれば、通用しない』
「そうだったのか……」
それであれだけ無茶苦茶な破壊を伴った一撃にも関わらず、受け止めるのが全然辛くなかったのか。ソラは<<偉大なる太陽>>の言葉に納得する。
「けど……これエグいな」
『当たり前だ。シャムロック様の秘中の秘。大神殿に安置された大秘宝……まさか、持ってこられるとは』
「そんなヤバい奴なのか?」
『この威力を垣間見ても、やばくないと言えるか? 完璧なタイミングでなくて、この程度の威力で済んだがな』
「言えねぇなぁ……」
自分が防いだ<<暁>>やその横の冒険部以下ギルド同盟の面々は無事だったが、広範囲に渡る攻撃だったのだ。ソラの防御だけでは事足りず、更に左右に展開していた一部の冒険者は呆気なく消し飛んでいた。
そして当然、上空の飛空艇艦隊の内回避が間に合わなかったり防御の余波で乱反射した一撃に煽られ撃破された飛空艇も少なくない。どう見ても尋常ではない威力でしかなかった。というわけで、<<太陽レンズ>>の危険性を認識したソラであったが、<<偉大なる太陽>>のとある言葉に気が付いた。
「……この程度の威力で済んだ?」
『<<太陽レンズ>>がその効力を最も発揮するのは正午だ……今は少しだけ時間が早かった』
「それでこれかよ……」
もし完璧なタイミングで放たれていたらこの程度の被害では済まなかったのだろうな。ソラは<<偉大なる太陽>>の言葉にそう理解して、盛大に肩を落とす。と、そんな彼は改めて<<太陽レンズ>>に視線を向け、その真横に女性の姿がある事に気が付いた。
「で……一個聞きたいんだけど、あの女の人ってやっぱ?」
『察しが良いな……あれは……エレディ殿か。<<太陽の娘>>』
「エレディ……っ」
<<偉大なる太陽>>の言葉を聞いて、ソラの脳裏にエルネストからの情報が開示される。どうやらこの情報は神使に関係する事だからと遺されていたらしかった。
「真面目組の一人……?」
『エルネストの記憶か……そうだな。真面目な方だ』
懐かしい言い方を聞いた。<<偉大なる太陽>>は笑いながらもイアソルのおおよその性格をそれで合っていると告げる。
『魔術においてはエルネストなぞ目でもない領域の戦士だ……まず勝てんぞ』
「ですよね」
そんな気はしていた。ソラは遠目に見える風格だけで自分よりはるかに上と判断する。そして同時に、彼女が手にしていた神々しい剣の存在にも気付いていた。
「あれは……」
『<<輝かしき天鱗>>……言うまでもなく』
「お前と同格の一振り、か」
『うむ。<<命の輝き>>を頂点とした十三の神剣。その一振りよ』
やはり全盛期の状態のままの神剣と、二千年野ざらしにされてしまっていた<<偉大なる太陽>>とでは風格が違っていた。先に<<太陽レンズ>>の力を解き放ったからか神剣の輝きは最大とも言える状態で、如実に<<偉大なる太陽>>がくたびれているのだとソラにもはっきり理解できてしまっていた。
『……どうした?』
「なんでもねぇよ」
『そうか』
あれが、本当ならば<<偉大なる太陽>>にも宿っていた輝きなのだ。ソラはそれを目の当たりにして、僅かに<<偉大なる太陽>>の柄を握る力が強くなっていた。
そしてそれは<<偉大なる太陽>>にもまるわかりだったらしいが、流石に言うのは無粋と彼も黙っていたようだ。
「でも、あれなんだ? むちゃくちゃ周りに浮かんでるっぽいけど……あれも<<太陽レンズ>>の余波なのか?」
『いや、あれは<<輝かしき天鱗>>の力だ……見ろ』
「あれは……え? もしかしてあの輝いてるのって実体なかったのか?」
輝きが収まっていくと共にエレディの周辺で浮かんでいた輝きが神剣に集合。まるで欠けたピースがハマる様に組み合わされていくのを目の当たりにして、ソラは息を呑む。
『そうだ……<<輝かしき天鱗>>という名にそれが現れているだろう? 太陽の輝きを模すあれを甘く見るなよ』
「見れねぇよ……」
おそらくあの神剣を甘く見れるのはカイトレベルなものだろうな。ソラは盛大にため息を吐く。
『それが良い……が、どうしたものか』
「……」
それな。ソラは若干の苦悩を見せる<<偉大なる太陽>>に、内心同意する。あれほど巨大な一撃を受けたのだ。今はまだあまりの破壊力に周囲が静まり返っているだけで、遠からず防衛側が一斉に攻勢に出る事が予想された。と、そんな推測を行っている彼であるが、ふと周囲が暗くなっていく事に気が付いた。
「なんだ?」
『雨……か?』
「みたい……だな。っ。なんだ、急に!?」
一気に曇ったかと思えば即座に降り出した大雨に、ソラが思わず顔を顰める。一応通達では雨天決行と言われていたが、それでも思った以上の雨の量であった。と、そうして顔を顰めた彼であるが、本当に顔を顰める事になるのはこの後であった。
「うわっ! 水蒸気が……うへっ、キモチワル……」
『風をまとえば良いだろう』
「<<太陽の威光>>使ってるせいでうまく操れないんだよ」
<<太陽の威光>>を使い始めてまだ日が浅いのだ。なのでソラは十分な風の加護の力を使う事が出来なかったらしい。かといって最前線のこの状況下で<<太陽の威光>>を解けば厄介だというのもわかっている。
なので致し方がなく、場に満ち溢れる霧の中に包み込まれるしかなかった。と、そんな彼は水蒸気の中を闊歩する気配に気が付いて、思わず声を上げた。
「っ! 誰だ!」
「オレだよ……そろそろ敵が来る頃だと思ってな。立て直すまでの時間稼ぎに来た」
「なんだよ、お前かよ……え? ってことはこのまま続行すんの?」
「被害はデカくなかったんでな」
驚きを隠せないソラに対して、カイトは作戦続行を明言する。そうして降りしきる雨により生まれていた霧が晴れていく。
「……あ? なんだ、その姿」
「いや、何って……お前にゃこの間見せたろ」
「いや、そーだけど」
目を丸くするソラは、改めて銀髪灼眼に変貌したカイトの姿を見る。無論、彼の姿そのものも本来の姿に戻っているわけで、一見すると殆ど見た事がない者には誰だかさっぱりだった。
「いやぁ……そろそろ来る頃だと思ってな」
「何が。誰が」
「……この二人」
「っ……」
何かが居る。ソラはカイトに向けていた視線を前に向ける。そうして彼が見たのは、極光を纏う男女だ。言うまでもなく、エレディとサンバスだった。そんな二人に、カイトが笑う。
「おっと……こりゃ一人見た事無いのが。いや、見た事はあるが」
「サンバスってんだ」
「聞いてるよ……ただ昔は見なかったな、って話」
何度か言及されている事であるが、シャムロックが目覚めたのはシャルロットが眠りについた暫く後だ。なので神使達もそこから順次目覚めていったわけであるが、一千年以上もの眠りだった事もあり全員が同時というわけではなかった。
なので実はカイトもサンバスとは会った事がなく、話には聞いていたがという程度であった。なお、他方エレディとは三百年前時点で見知っていた。
「そうか……で、エレディさん。お久しぶりです」
「ええ……前の時は話せませんでしたから」
「そーっすね……さて」
くるくる。雷鳴轟く土砂降りの雨の中。カイトはまるで火照った身体に気持ち良いと言わんばかりの笑みを浮かべて大鎌を振り回す。その一方、エレディとサンバスも闘気を高め、にわかに戦闘開始の匂いが近づいてくる。
「……」
「……いや、お前何逃げようとしてんだよ」
「え゛!?」
ずりずり。この調子で逃げられるかな、と僅かな希望を胸に抱いていたソラであるが、なんと他ならぬカイトから撤退不許可の発言が出て思わず素っ頓狂な声を上げていた。
「いや、どう考えても俺足手まといだろ!?」
「いやぁ……いつもなら逃げろ、つってやりたい所なんだが。流石にエレディさん相手にしながらもう一人はキツいわ。頑張れ」
「嘘だよなぁ!? 嘘だよなぁ!」
いくら色々と制限が掛けられていようと、カイトがたかだか神使二人を抑え込めないはずがない。そんなある意味での信頼を持つソラが声を荒げる。そんな彼らに、エレディが口を開いた。
「ああ、私が貴方とですか」
「あはは。流石に女性相手に手を挙げられる様には教育してないんで……」
「それなら仕方がありません……それに……はぁ」
「……」
いっすか。いっすか。そんな様子で自分を見るサンバスに、エレディは深い溜息を吐く。どうやら彼はソラと戦いたくて仕方がなかったらしい。良くも悪くも子供っぽいのが彼の特徴だった。
「構いません……それにどちらかといえば……」
「でしょう?」
「ええ……貴方との戦いの方が楽しいですからね」
ソラと自身の力量差なぞ考えるまでもなく。そしてカイトと自身の差もまた考えるまでもない。ならばどちらと戦った方が面白いか、というのもまた考えるまでもなかった。というわけで、カイト対エレディ。ソラ対サンバスという組み合わせが確定する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




