第2677話 合同演習編 ――押し込み――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同演習二日目。カイトは敢えてソーラと共に敵陣への切り込み隊長となると、そこで防衛側の腕利き冒険者達との間で交戦を繰り広げる事となる。そしてそこに現れたギルド同盟の冒険者達に、レヴィは僅かにほくそ笑む。
「さて……」
『おい……良かったのか? こっち結構な札を切ったぞ? さっき消し飛んだ二人、かなり有名な奴だろ』
「わかっている……が、八大があそこに釘付けになっていれば同盟の奴らは二の足を踏む。もう少し、引き込みたくてな」
『ふん……?』
何か考えがあっての事らしい。そして相変わらずこの展開はレヴィの手のひらの上である事をバルフレアは理解した。
『どうするつもりなんだ?』
「奴らの思惑はこうだ……まずカイトを主軸とした陽動を前線に押し当てる。そうする事でこちら側陣営の包囲網を構築させる」
『ここまでの展開か』
「ああ」
可視化させた現在の戦況を利用して、レヴィはバルフレアへとカイト達の思惑を語る。
「ここで構築された包囲網に対して諸侯による連合軍が攻撃。包囲網を突き崩しつつ、更に進軍する……様にこちらへ思わせるつもりだろう」
『思わせるつもり、か。ということは更に裏に何か持ってきているってわけか』
「いや、これは単にこちらの切り札を切らせるための行動だ。これ以上の事はしてこないだろう」
『ということは』
「ああ……切ってやる。一枚だけな」
普通に考えれば出し渋るのがここでの上策だろう。が、レヴィはだからこそ敢えてそれをしない事を選択する。そしてそれはバルフレアも同じ考えだった。
『あいよ……俺たちの仕事はその先か』
「そうだな……が、最悪はカイトやクオンらと戦う事になるからそこだけは覚悟しておけ」
『最悪だな、それ……どこまで想定した場合だ?』
「こちらの本当の切り札が発動した後だ」
『それなら良いや』
そこまで至ったならこちらも覚悟は決まっている頃だろう。バルフレアはレヴィの言葉にそう判断する。というわけで、バルフレアは来るべき戦いに備えてウォーミング・アップを開始するのだった。
さてバルフレア達がカイト達に対するカウンターの準備を開始した一方、その頃。ギルド同盟の本隊と合流を果たしたカイトはというとそのまま余勢を駆って一気に敵陣へと切り込んでいた。
「はぁ!」
「おぉおおおおお!」
セレスティアの強撃に続けて、カイトもまた強撃を放つ。セレスティアの一撃で動きを止めさせ、カイトの攻撃で突き崩すつもりなのだ。
「ぐっ、うぉ!」
「っ、デカい!」
初撃で敵前線で立ちふさがった盾持ちの姿勢を崩し、続くカイトの一撃がほぼ減衰される事なく敵陣へと襲いかかる。これに防衛側の戦士達が身構えるが、その次の瞬間だ。強大なカイトの斬撃の前に大男が立ちふさがった。
「ぬぅおおおおおお!」
虎を思わせる強大な雄叫びが響き渡り、地を這う斬撃が食い止められる。それから数瞬。巨大な閃光と共に、カイトの斬撃がかき消えた。
「ふぅ……」
くいくい。カイトの斬撃を食い止めた男が楽しげな笑みと共にカイトへと挑発的な手招きを行う。
「カイト」
「少しだけ遊んでやるって事だろ……面白い。遊んで貰おうじゃねぇか」
「良いのですか?」
「良くはねぇがな……あれは少し強い」
自分の攻撃を防げたのだ。決して弱いわけではなかった。放置すればギルド同盟が痛手を負う可能性が高く、誰かしらが戦う必要があった。というわけで、即断即決とカイトは地面を蹴って大男と激突する。
「おぉおおおお!」
「っ」
自身の肉迫と同時に振るわれる大振りな両手剣に、カイトは僅かに斜め前に出る事でそれを回避。そのまま大剣を切り上げる様に放つ。これに大男は気迫を漲らせた。
「おぉおおおおお!」
「っ、うっるせぇ!」
魔力を乗せた大音声による風圧で僅かに押され、カイトが顔を顰める。と、彼が顔を顰めた次の瞬間だ。真横から大振りな両手剣が襲いかかった。
「ちっ、っ!」
左手に顕現させた大太刀が両手剣と激突したその瞬間だ。カイトは僅かに前に引っ張られる感覚を得る。
「これはっ!」
「知ってんのか! だがもうおせぇ!」
「舐めるなよ!」
「とっ! ちっ!」
まさか躱されるか。大男は舌打ち一つで右手の大剣を消して放たれる拳から離れる。そうして地響きと共に着地した大男の大剣を、カイトは改めてしっかりと観察する。それは円弧の様に弧を描く両手剣なのだが、よくある曲刀の様に自分の側に弧を描くではなく相手側に弧を描いていた。
「フェヒター流の両手剣……知ってなかったら危なかった」
引き寄せられて殴られるのだけはごめんだ。カイトはそれを理解していればこそ、先んじて殴りかかったのだ。とはいえ、だからこそ惜しいとカイトは嘆いた。
「だが、惜しいなぁ……あんたの腕なら師範から直々に学べたかもしれないのに。途中でやめちまったのか」
「はっ……残念がってくれている所わりぃんだが、あの古臭い親父ならぶっ倒しちまったぜ?」
「……あ?」
確かにこの大男は強いが、それでもカイトはこの発言を信じられなかった。故に困惑する彼に、大男が笑って告げる。
「ボーゲン・フェヒターは俺の親父だよ。お前がどこで俺の親父の事を知ったかは知らねぇがな」
「……」
何を言っているんだ、こいつは。カイトは自信ありげに笑う大男に、困惑を隠せない。フェヒター流という流派をカイトは知っている。だからこそ、いくら強かろうとこの程度の男に師範が敗れた事が信じられなかった。故に、カイトはその言葉を測る事にする。
「……」
「……あ? っと……わりぃな。たしかに話してる場合じゃない」
気迫で意思を明言するカイトに、大男が悪かったとばかりに両手剣を再度構える。そうして、直後。両者が激突する。
「おぉおおおおお!」
「……」
裂帛の気迫と共に肉迫する大男に対して、カイトは呼吸を整える。そうして、彼ははるか昔に相まみえた剣士の技を披露した。
「!?」
「……ちっ。後で調べるか」
この程度も出来ないなんて。カイトは大太刀と両手剣の激突と共に浮かんだ驚きに舌打ちする。今使ったのは、フェヒター流の基礎の基礎だ。それはフェヒター流がこの独特な曲刀を使う理由とも言えるものだった。
それも出来ない大男に当主が敗れた、というのだ。それが歴史の流れで基礎さえ失伝してしまったが故なら仕方がないと諦めたが、そうでないなら少し気になった。
「はぁあああああ!」
「うぉおおおお!」
若干の腹立たしさを乗せて、カイトは大男を振り回す。その勢いたるや凄まじく、周囲があまりの強風で僅かに身体を強張らせるほどだった。そうして大男が両手剣から手を離す直前。カイトが大太刀から手を離して――これも魔力で編んだ物――大男を遥か彼方へ吹き飛ばす。
「ユリィ」
『はいはい』
この男が何者か少し興味はあったが、同時に今それをするべきタイミングではないと判断する。そうして興味を失ったカイトの代わりに、ユリィが魔術で大男を狙撃。戦線離脱させる。
「ちっ……フェヒター流の基礎たる『絡め』さえ出来ない雑魚が。ユリィ。何か知ってるか?」
『流石に剣術関連は私わかんないなー。特にフェヒター流は他国だし』
「か……ちっ」
良くも悪くも時間が流れた。カイトはその流れの負の側面を目の当たりにしたからか、少しだけ機嫌が悪かった。
「「「……」」」
僅かに機嫌を悪化させたカイトを見て、防衛側の戦士達は攻め込むのに二の足を踏む。そんな敵陣営に対して、ソラが切り込んだ。
「なら、俺が行くぜ!」
「上出来」
「「「!?」」」
唐突に現れた第三の存在に、防衛側の戦士達が僅かに呼吸を乱される。そうして何体もの風の分身を操って彼が一気に前線へと切り込んだ。
「おらよ!」
「分身か!?」
「たかだか風で、ぎゃあ!」
「かまいたちか! 近接戦を挑むな! 遠巻きに射掛けろ!」
風の分身を切り捨てると吹き荒んだ風刃に防衛側の戦線が僅かに押し込まれる。直接斬り伏せてもアウトだし、遠距離攻撃で撃破しても風刃が飛んでこないとは限らない。なら距離を取って有効打を貰わない様にするだけであった。と、そんな様子にカイトが感心した様に頷いた。
「ほぉ……改良したのか?」
『おう! 魔術頑張るって決めてちょっと色々と見直した!』
「そうか」
どうやらカイトの機嫌は持ち直したらしい。時の流れで失われた物がある様に、時の流れで進化していくものもあった。というわけで、前線をソラに任せると自身は後ろへ引いてソラに代わって全体の支援に回る。
「ユリィ」
『はーい。じゃあ、どうぞ』
「あいよ」
両手に抱えきれないほどの矢を顕現させると、カイトは先と同様にそれを上に放り投げる。それにユリィが魔術を付与して、ソラの分身に射掛けられる数々の魔術や矢に対して狙撃して迎撃していく。
「何でもありか、あの小僧!」
「ちっ! だったら!」
「やめろ、行くな! あいつは何かがおかしい!」
「ならどうするんだよ!?」
明らかに一人で出来るには度を越している。流石にここまで来るとカイトが何かしらの裏技を行使して多彩な攻撃を放っていると気付く者達も出始めたようだ。どちらかと言えば近寄らない様にしている者の方が多くなりつつあった。
「流石に、そろそろ効果は得られなくなってきたかな」
『んー……でも良いんじゃない? それも作戦の内だし』
「まぁな」
ユリィの指摘にカイトは楽しげに笑う。当たり前だがこうやって気付かれるのも作戦の内だ。というわけで、そろそろ次の支度に取り掛かる事にした。
「ナコト、アル・アジフ。デカいのぶちかますぞ」
『どうせなら神でも呼ぶ?』
「いやぁ……流石にそれはやめておこう。警戒させるだけで十分だ。向こうが切ってくるなら話は別だけどな」
何人かは神持ちの魔導書を持っているな。カイトはこちらを警戒しながらも自分達が応対するべき敵かを見定めている様子の魔術師達を見る。このどれもがランクA以上という猛者だけだ。
下手を打つと一撃でギルド同盟が壊滅する可能性だってあったが、そこまでの大破壊を引き起こせばその冒険者も余力を完全に失うだろう。たかだか中堅のギルド同盟相手にやるべきかやらざるべきか、遠巻きに確認している様子だった。
「それに……そろそろもう一押ししておくかね。お嬢様、お召し物の調子は如何が?」
『上出来ね』
良い塩梅に前線を圧縮出来ているな。カイトは自身とソラの活躍で前線を圧縮出来ているのを見て、次の手を打つべきと判断したようだ。というわけでそんな彼の言葉にカナタが応じ、その直後。彼らの頭上を巨大な光条が通り過ぎた。
「なんだ!?」
「まだ来るぞ!」
「盾持ち! なんとかしろ!」
「な、なんとかったって!」
威力が高すぎる。迸る高圧縮の魔力の光条に、防衛側最前線の戦士達が困惑する。と、流石にここまで来ると遠巻きに見守っていた者たちも動かざるを得なかったようだ。巨大な光条に応対する様に、防衛側の後方からも光条が迸る。
「よし……これで後顧の憂いがなくなったな」
やはり困るのは後方の魔術師達による砲撃じみた攻撃だ。それを釣り出せたことにカイトは満足げだった。と、そんな彼にカナタが告げる。
『でもこれ、つまらないのよね』
「文句を言ってくれるなよ。作戦行動だ」
『後で前に出たいわ』
「後でな。どうせその内もっとヤバい奴が釣られてくる。飛び立てる様にはしておけ」
『りょーかい。楽しみにしてるわ』
カイトの言葉にカナタは素直に砲撃を続行する事にする。そうして、更に暫くの間冒険部を筆頭にしたギルド同盟による敵前線の押し込みが行われる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




