第2675話 合同演習編 ――再開――
皇帝レオンハルト主導で行われている合同軍事演習。その一日目も終わり、それに付随する夜会が開かれ
て翌日。カイトは自身がエンテシア砦に入っている間にティナが集めた情報等を元として作戦会議を行う事となっていた。というわけで、作戦会議の後。カイトは改めて冒険部の統率に乗り出すと、その甲斐あって演習の再開まで後僅かというタイミングで整列まで終わる事となっていた。
「ふぅ……なんとか時間には間に合ったな」
「そうっすね……いや、カイトが戻ってきてくれて助かった」
どこか疲れた様にぼやく瞬に、ソラもまた心底同意する。やはりどうしても戻ってから急いで支度、となってしまうわけで、そうなると必然色々とドタバタとしてしまったようだ。勿論、カイトも戻ってから支度をしたわけであるが、そこはやはり彼だからだろう。色々と手札がある様子だった。
「ソラはまぁ、兎も角。先輩は一つ着替えを用意するための魔術を覚えておくべきかもしれんな」
「着替えを用意する魔術?」
「ああ……まぁ、常在戦場な冒険者はあんまり使わないんだがな」
小首を傾げる瞬に、カイトはこれは冒険者はあまり使わない魔術と語る。そうして、彼は敢えていつも自身が使う魔術の選択肢を可視化させた。
「通常このリストは可視化してないんだが……こうやって幾つかのプリセットを用意して、装備類を即座に着用出来る様にしておくんだ。軍の兵士が休暇とかで事件か何かに巻き込まれて、急遽戦わないといけない時とかに使える様にしてる」
「リィルやアルもか?」
「ああ……まぁ、多いのは軍服だな。あれは簡易の防具の役割も果たす様に出来ているのが一般的だから、あれに護身用の片手剣等を持っている事が多いか」
瞬の問いかけにカイトは若干周囲を確認し、隠形用の結界を展開。ソラと瞬からしか自分がはっきり見えない様にしておいて、自身の軍服――偽装で使うためのもの――を選択する。すると一瞬だけ彼の姿が輝いて、次の瞬間には軍服に身を包んだカイトの姿があった。
「こんな感じだな。勿論、これ以外にもオレの場合は色々とプリセットを用意してる」
「ふむ……便利だな」
「なんかスパイっぽいな……」
一瞬で着替えを完了させたカイトに、ソラがそんな事を口にする。これに、カイトも少し苦笑混じりに頷いた。
「そうだな。スパイ達が時々使う事はある……まぁ、あっちの場合は顔を変えないといけない事も少なくないから、これより更に高度な物を使う事は多いがな」
「あ、それの簡易版なのか……」
カイトの返答に瞬が僅かに苦笑する。そんな彼であったが、気を取り直して問いかける。
「……まぁ、それは良いか。とりあえずそれは難しいのか?」
「難しくはないか……まぁ、着替えを用意しておくのに異空間を作ってそれを保持しておく必要があるから簡単と言うわけでもないがな」
「そうか……まぁ、覚えて損は無いという所か」
「そうだな。冒険者でも覚えているという者はいないでもない。覚えて損はないだろう」
今後の課題としておくか。そんな様子の瞬に、カイトも一つ頷いた。これについては今どうこうしろというわけではない。というわけで軽く雑談をしていると、冒険部本陣の後ろの方が慌ただしく動き始める。そんな様子を遠目に見て、瞬が呟いた。
「……どうやら始まったか」
「みたいっすね。カイト」
「ああ……ホタル」
『はい……開始時刻です』
カイトの確認にホタルがはっきり演習の再開を明言する。そして攻略側が動き出したということは即ち、防衛側が動き出したという事でもあった。というわけで、都市部への結界が再展開されて各所に取り付けられた防衛兵器が起動。上空に展開した飛空艇の艦隊もまた各所で砲撃の用意を整える。
「さて……作戦はわかっているな?」
「ぶっちゃける所の正面突破……だよな?」
「そういう事だな……が、先に伝えている通り、確定で何かしらの策は用意されているだろう。先輩、攻撃力の高いそちらが今日は後方で待機。撤退の支援を」
「わかった」
カイト以下各諸侯からなる攻略側陣営の本部は今回の攻撃での完全攻略は難しいと判断していた。が、相手の切り札を切らせない限りは攻略もなにもあったものではない。
故に危険は承知である程度強引に進ませる事にしており、各方面に撤退が可能なだけの準備はしておく様に伝達していたのである。というわけで冒険部では瞬を筆頭にした攻撃力と速度に長けた者たちを背後に配置し、万が一敵陣に取り残された場合は強引に包囲網をこじ開けて撤退出来る様にしたのである。
「で、ソラ……お前はわかってると思うが、前線だ。<<天駆ける大鳳>>の攻撃からは撤退じゃなくて防ぐしかないが、十分に注意しろ」
「わかってる……一応、破壊はやってくれるんだよな?」
「やれればな。無理でも人員を引っ張り出せれば御の字だ」
流石に<<天駆ける大鳳>>とて自分達のギルドメンバーが居る所に砲撃は出来ない。故に先に攻略側を追い返した対地レーザ等の砲撃があったとしても、その砲塔を破壊するか人員を引きずり出す事で攻撃出来なくしてしまえば良いだけの話だった。
「きつくなりそうだな」
「きっついだろうなー……普通に考えりゃ飛空艇への攻撃なんてみすみす見過ごされるわけがない。八大ギルドとの戦いは避けられんだろうさ」
「うへぇ……」
よりにもよって八大ギルドとの戦いが想定されているのだ。ソラでなくても顔を顰めたかっただろう。しかもまだまだ考えられる事はあり、今日も今日とて苦戦が予想されていた。とはいえ、だからこそカイトは少し楽しげだった。
「ま、とりあえずは突っ込んで行くしかない……おっしゃ。やりますかね」
「……え、お前初っ端行くの?」
「まぁ、昨日あんま活躍しなかったしな」
ぶんぶんと大剣を振り回し、カイトは首を鳴らしてソラの問いかけに笑う。昨日とは違って防衛側冒険者や軍の陸戦隊もすでに都市部の外に出ており、隊列を整えている。先陣を切るなら昨日以上に覚悟が必要な状況だった。そうして大剣を振り回した彼は見得を切る様に大剣を肩に担ぐと、腰を落としてしっかりと地面を踏みしめる。
「っし……ん?」
「あ、カイト。居た居た……あれ?」
「なんだよ」
「お前もやる気だったのか……いや、俺もそのつもりでさ」
現れたのはソーラだ。どうやら彼もまたカイトと同じく先陣を切るなら自分がやるべきだろう、と思ったようだ。一応バレない様にフードで顔を隠しながらも、大剣を持ってきていた。というわけで、二人が並んで対称となるような構えで冒険部の最前線に立つ。と、そんなソーラがカイトに問いかける。
「そういや、ルーナ姉から聞いたんだけどさ。お前、<<共轟撃>>出来る様になったんだっけ?」
「まぁな。兄貴達のあれ見て覚えたし、兄貴の穴を埋めるためにな」
「やる?」
「いいね」
「やれる?」
「うるせぇよ。あんたの代役、誰が努めたと思ってやがる」
それでオレと対称的な立ち方にしてたのか。少し挑発っぽく問いかけるソーラの意図を理解して、カイトはにたりと楽しげで獰猛な笑みを浮かべる。と、そんな彼にソーラがふと何かが足りない事に気付く。
「あはは……あれ? そういやユリィは?」
「呼んだ?」
「うお……なんか肩に居ないと違和感が」
ぴょこっとフードの中から顔を出したユリィに、ソーラが目を丸くする。今日も今日とて彼女はバレない様にカイトのフードに隠れているのであった。まぁ、バレた所でバレない様に移動するため、と言い張るだけではあった。そんな彼にカイトが笑う。
「あはは。ユリィ、まだ隠れてろ。どうせ前線に言ったら面倒が頻発する」
「りょうかーい」
今はまだバレると面倒。そう判断したユリィが再度フードの中に潜り込む。そうして彼女の重みをしっかりと感じたカイトが、ホタルに告げた。
「ホタル。こちらの準備は完了した。後は号令だけだ」
『了解。マザーに伝達……返答が来ました。一分後に号令を出す、とのこと』
「りょーかい」
ホタルの返答にカイトは一度だけ腕時計に視線を落とす。ここから約六時間近くの長丁場だ。色々と気を使わねばならなかった。というわけで、一分後。攻略側の攻撃開始の合図となる信号弾が打ち上げられ、演習の本格的な再開が告げられた。
「カイト!」
「おうさ!」
だんっ。息を揃えた二人が地面を蹴って、真正面に布陣する防衛側の最前線に向けて一直線に突貫する。無論、同じ様に先陣を切るのは二人だけではなく、似たような発想に至った冒険者達が合図と共に飛び出していた。そんな彼らへ向けて防衛側も砲撃をするが、あまりに速すぎた。
「っ! 来るぞ!」
「あいつらに魔導砲が当たるわけがねぇ! 前線、堪える準備しろ!」
「大型魔導鎧の大隊を出せ! 食い止められるだけで良いから食い止めろ!」
刻一刻と迫りくる攻略側の冒険者達に対して、防衛側の陸戦隊や冒険者達が一気に動き出す。そしてこの展開は防衛側もわかりきっていたのか、焦りはなくどこか余裕を持って対応していた。そうしてカイトとソーラの前に立ちふさがったのは、大型魔導鎧の一団だ。
「兄貴! 足元抜けるぞ!」
「あいよ! 踏み潰されるなよ!?」
「なんのこれしき!」
自分達の前に立ちふさがる大型魔導鎧の一団に対して、カイトもソーラも<<縮地>>を見事なまでに制御して足元をすり抜ける。これに、大型魔導鎧のパイロット達が驚きの声を上げる。
『抜けた!? 出来るのか、そんな事が!?』
『っ! 踏み潰せ!』
『りょ、りょうか、うぉあ!?』
足元をくぐり抜ける二人を踏み潰そうと足を上げた所に迸る閃光に、大型魔導鎧のパイロット達が驚きの声を上げる。フロドの狙撃――ただしかなり手を抜いているが――だった。そうしてバランスを崩す大型魔導鎧の一団を抜けて、更に前に出ていく。
「ちっ……まぁ、そりゃそうか」
「俺達も出るぞ! 気合い入れろ!」
「まー、そうなるよな」
流石に軍の兵士達でこの第一波を防ぐ事は難しいだろう。冒険者達は軒並みそう思っていたらしい。まぁ、それでも食い止められる所は食い止められていたし、ある程度のふるいに掛ける事が出来ただけ良しという所であった。というわけで、ここからは自分達の出番とある者は気合を入れ直し。ある者はいつも通りの様子で防衛側の冒険者達が前に出る。それを見て、カイトとソーラは頷きを交わした。
「行くぞ!」
「おう!」
ぎぃん。ソーラの合図に合わせて左右対称に切り上げる様に二人の大剣が交差して、火花を散らす。そうして二人の大剣の間で強大な振動が轟いて、二つの力が共鳴する。
「「<<共轟撃>>!」」
<<共轟撃>>。それは二つの大剣を同時に振るい交差させ、魔力の共鳴を起こして攻撃力を底上げ。足し算以上の攻撃力で敵を撃滅するという大技だった。
無論、この難易度は凄まじいもので、まず両者の息が一致しないと成立しない。それ以外にもどちらかの力が強すぎても駄目だと色々な制約があった。
なので本来は一朝一夕に出来るものではなかったのだが、カイトの場合はソーラの代役として少年兵達と共に活動した頃に習得していたのである。そして彼の代役だったからこそ、息を合わせる事が出来たのだ。そうして、ランクA冒険者の中でも最上位のソーラの威力が大きく底上げされ、防衛側最前線へと襲いかかった。
「<<共轟撃>>!?」
「マズい! 引け!」
「嘘だろう!?」
こんな一撃を使える奴が居たなんて。防衛側冒険者達は気合を入れて臨んだにも関わらず、滅多に見ないような大技に驚愕。大慌てで距離を取ろうとする。が、間に合わなかった。その一撃で大きく前線がえぐり取られる事になる。
「っしゃい! って、うお!?」
「最前線だぞ、ここは!」
「あはははは! わかってる!」
一撃を振るった後に楽しげに笑ったソーラであるが、カイトが続けて大剣で斬撃を繰り出そうとするのを見て楽しげに大剣を担ぎ直す。ここは敵陣の真正面。そして先陣を切ったのだ。攻略側の味方が来るまで耐えねばならなかった。というわけで、先陣を切った二人は最前線での戦いを開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




