第2674話 合同演習編 ――二日目開始――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。それは朝から夕方まではユニオンの冒険者達や皇国の諸侯らの連合軍による合同での軍事演習。夜には観覧に来た各国大使や諸侯ら、ユニオンの幹部達や有力者達を集めたパーティが開かれるという時間割で進んでいた。
というわけで、この全てに参加する事になったカイトはというと夜のパーティではシャーナのサポートをしながら過ごす事になる。そうして、そんなパーティから明けて翌日の朝。彼は演習の再開よりかなり前にソラ達が宿泊するホテルに入ると、何食わぬ顔で一同と合流。攻略陣営の本陣に戻る飛空艇に乗り込んでいた。
「行きは乗せてもらったのに、帰りはこっちなんだな」
「しゃーない。戻りは一緒の時間なんで一緒に行けたが、帰りはシャーナ様はシャーナ様の時間で動く事になる」
「ってことは、今日の夜と明日の朝も一緒か」
「そうだな」
ソラの問いかけにカイトははっきりと頷いた。というわけで、昨日ほどではないものの今日明日と同じ様に夜会は開かれるらしかった。まぁ、それも何時間も先の話で、今は戻るだけである。
というわけで小型の飛空艇に揺られ冒険部本陣に戻る一同であるが、そこからは普通に冒険者としてのお仕事だ。なので飛空艇の中でカイト以下ソラ、瞬の三人は今後の作戦の打ち合わせを軽く行う事にする。
「はい。では改めて……今日からが本当に本番って所になるんですが」
昨日までは言わば様子見だ。なので今日からは昨日得られた情報を元にして実際に攻略に取り掛かる事になるのであった。とはいえ、それは最初から言われていた事だ。故にソラが問いかけた。
「いや、それはわかってるんだけどさ……作戦の通達とかって無いわけ?」
「まだなーんにも、だな」
「作戦無いと動けなくね?」
「まぁ、それはな」
ソラの指摘は尤もだ。なのでカイトも頷くしかなかったのであるが、通達が出ていないものは出ていないのだ。カイトも答えようがなかった。
「というか、お前マジで何も聞いてないのか?」
「聞ける時間があるとお思いで?」
「お前、夜どっか行ってなかった?」
「……まぁ、行ってたが。流石にティナの所ってわけでもねぇよ。そっちは戻ってからだ」
流石にそろそろソラ達の力量ならカイトが本物か偽物かぐらいはわかる程度にはなってきたか。カイトはそう思うが、一応問いかけてみる事にする。
「だがよくわかったな」
「いや、いつもならソレイユちゃんとかユリィちゃんとかが襲撃してくるだろうお前の部屋に誰も入ってく様子なかったから」
「……あ、それで」
確かにこれはこれで成長なのかもしれないが、カイトは自分と思ったとは別方向からの判断に思わずたたらを踏む。が、実際この二人には今日はシャーナの護衛を兼ねて飛空艇の方に居ると伝えていたため、二人もそもそも来るつもりはなかったのであった。というわけで、カイトは若干呆れながらも別に隠す意味もないか、と明かした。
「シャーナ様の所へ行ってたんだよ。護衛と飛空艇の様子見兼ねてな」
「あー……そりゃ聞けねぇか」
「そういうことだ……まぁ、出来ないわけじゃないが、そっちにかまけて護衛を疎かにした方が面倒に繋がる。優先順位は明らかにあっちが上だからな」
演習の敗北は攻略陣営の失態で良いかもしれないが、シャーナの身に何かがあればそれは皇国の失態になる。どちらが優先かと問われれば火を見るより明らかだろう。
というわけで、それを理解したソラはカイトも情報を持っていない事を理解。本当に待つだけなのだと納得する。と、そんな彼を横目に、瞬が問いかける。
「それは良いが……本当に何も無いのか? 何かわかっている事ぐらいはありそうだが」
「戦略の意味なら無いが、大雑把にはという所か。まず第一に今日からは本格的な攻めになるだろう。となると必然向こう側も本格的な防衛に回るだろうし、今日からは防衛側の施設はほぼ完全復旧を遂げていると言って良い」
「ふむ……いっそ昨日の内に叩けていれば、という所か」
「まぁ……正直言えばクオン達を前に出しての速攻は本来は上策だろう」
瞬のつぶやきに対して、カイトは半ば苦笑しながら頷いた。実際、これについては開始前の段階でソラからも質問が出ていた事らしく、ソラが答えた。
「あー……それ、なんか皇国側の思惑が絡んでるらしいっすよ。なんかそれやっちまうと呆気なく終わっちまうからクオン達を前面に出すのは二日目の午後以降にしとこう、って話らしいっす」
「な、なるほど……言われてみれば攻略側には剣姫クオンだのと居るのか」
「そういうわけでな……流石にそんな身も蓋もない策をやっちまうと演習になりゃしない。だから意図的に速攻はしない様にしてた。勿論、速攻を仕掛けた場合の策は何かしらはあっただろうから、クオン達っていう札を切らない限りは失敗しただろうがな」
思い出した瞬に向けて、カイトはこれが意図した展開である事を語る。とはいえ、その結果防衛側もおおよそ万全の体制を整えられる事が出来たわけで、ここからは遠慮無くやってよかった。
「ということは、嫌な話で万全の状態の要塞攻めのような形になるのか」
「そう言って良いだろう……で、その上で今日からは一般的な砦攻めと同じ流れを辿る事になるが……」
「「が?」」
「何かしらは仕掛けが作動するだろうから、突っ込みすぎない様にな」
まだまだ向こう側にも札は沢山ある状態なのだ。迂闊に突っ込めない状態は続いたままだった。と、そんな事を語るカイトに、ソラがやっぱりそうなるのかと諦めの様子だった。
「結局それね……」
「だろうな。了解」
どこか辟易した様子で頷くソラに、瞬はいつも通りの様子で了承を示す。そうして、軽く打ち合わせを終わらせた三人は改めて到着を待つ事にするのだった。
さて軽いミーティングを済ませた三人は改めて冒険部の本陣に戻ったわけであるが、そこでカイトは一旦ソラと瞬に人員の統率を任せると自身はホタルの所へとやってきていた。理由は言うまでもなくティナから作戦の説明を受けるためだ。
「ふぅ……ティナ。用意は?」
『終わっておるぞ。ま、さほど詳しく言うまでもないじゃろうがのう』
「ってことは、やっぱりそうなるのか」
『じゃのう……さて、これが昨日終了時点での両軍の展開状況じゃ』
「……少し嫌な感じがするな」
カイトはティナの映し出した防衛側の配置を見て、何か違和感を感じると口にする。これに、ティナが指摘した。
『じゃろうて。妙に街から距離が開いておる。まぁ、街への被害を避けるためなのやもしれんが』
「まぁ……そうだな。それも十分あり得るが」
『うむ……何かしらは警戒せねばなるまいが。問題はその何かが今のところはっきり見えておらぬ所よ』
「流石にこの中央の艦隊の一斉射ってわけでもないだろうしなぁ……」
昨日一日戦ってみて、<<天駆ける大鳳>>の艦隊が驚異的である事はカイトも身に沁みて理解した。が、所詮は八大ギルドの一角に過ぎない。航空戦力だけであればソレイユと彼女の率いる弓兵達で十分に相殺は出来るだろう。
そしてそれはハイゼンベルグ公ジェイクもわかっているはずで、必ず何か突発で出されれば相殺しきれない切り札があるはずだった。
「もう一回突っ込むのは確定か……ただし、そこで割りと本気で突っ込む様子を見せつつって感じになるが……」
『あの爺さまの事じゃ。引き込んで孤立化させ各個撃破は得手とする所』
「絶対なぞらえてくるだろ、あの爺の場合」
『してくるじゃろうなぁ……』
カイトもティナも揃って深い溜息を吐く。なぜこうも二人が断言出来たかというと、ここがエンテシア砦にほど近い所だからだ。かつてハイゼンベルグ公ジェイクがマルス帝国を崩壊させた戦いにある程度なぞらえさせる、というのはありきたりだが有効な作戦だった。
「はぁ……突っ込むべきではない、ってのがわかってる話で突っ込まにゃならんってのは精神的にキツいね」
『それでもやらにゃならんのじゃから仕方があるまい。第一、お主そういうの得意じゃろ』
「得意じゃなくてやらなきゃしゃーないからやるってだけだ。腹括るのが上手いって言ってくれ」
『それを得意と言うと思うんじゃがのう……まぁ、それは良い。兎にも角にも今日は突っ込まねばならんが、確定で何かはされるぞ。それもとびきり痛い一撃がの』
先にカイトがソラと瞬に告げたと同じ様に、ティナもまたカイトへと忠告する。どうやら二人共攻め込んだ所で何かはされるだろうと意見を一致させたようだ。
「わかってる……問題はその何かだろう」
『それじゃのう……』
「何か昨日の夜に兆候はなかったのか?」
『わからぬ。どうしても各諸侯も動かさねばならん関係で、ウチやブランシェット家が何でもかんでも尻拭いするわけにもいかん。ある程度は抜けられたと見て良いじゃろう』
今回はあくまでも諸侯の連合軍だ。そこに総大将としてマクダウェル家とブランシェット家が居るだけに過ぎず、皇帝レオンハルトからは各諸侯の見せ場を奪う事になるのでこの両家――正確には五公爵全員だが――は出す人員は制限する様に、と通達が出ていた。クオンらと似た扱いを受けていたのである。
「何部には入り込んでないはずだから、どこかしらで工作活動をしてると思うんだがな……はぁ。とりあえず警戒しながら突っ込む事にして。どこが与し易い?」
『どこが、のう……ここじゃ』
「正面かよ」
<<天駆ける大鳳>>の居座る正面を指し示すティナに、カイトは盛大にため息を吐く。が、これにティナは先程までの若干の呆れた顔を軍略家としての顔に戻して告げる。
『そうならざるを得ん。周囲の雑魚なぞ急いでも仕留められよう。が、<<天駆ける大鳳>>だけは話が違う。先にここを抜いておかねば撤退がままならぬ』
「やれると思うか? <<天駆ける大鳳>>だけならまだしも、多分バルフレアは脚力を活かしてやってくるだろうし、街の防衛システムの火力も凄い。正面突破はキツいぞ」
『わかっておるよ。じゃがここをなんとかせねば鶴翼の陣を抜けたとて背を狙い撃たれる。ある程度は削らにゃ話にならん』
「つまり、やるしかないと」
『そういう事じゃな』
どうやら作戦として今の段階で一番良いのは正面突破らしい。カイトは正面からの作戦を進言するティナの言葉にため息を吐いた。
「わかった。が、流石に突っ込んでって包囲されるのは面倒この上ない。貴族側も攻め込まないとやってられんぞ」
『それはわかっておるし、昨夜の段階でブランシェット家も同意した。参加しておった他の諸侯ものう』
「そうか……なら、今日はちょっと腹に気合入れてがんばりますかね」
可能なら鶴翼の陣の手薄な所を見つけ出して攻略したかったらしいが、それも厳しい状態らしい。というわけで、カイトは腹を括って今日からの戦いに備える事にする。そんな彼に、ティナが告げる。
『そうせい……こちらで何かする事はあるか?』
「いや……ああ、敢えて言えばアルとリィルに手が空いたタイミングでこっちにも支援できれば支援してくれ、と伝えておいてくれ」
『わかった。そうしよう』
カイトの申し出にティナは一つ頷いた。そうして、マクダウェル家総トップの二人が意見を合致させた事により、にわかに攻略側陣営でも動きが活発化する事になるのだった。
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