第2673話 合同演習編 ――初日・終了――
皇帝レオンハルト主導で行われていた合同軍事演習。それは諸外国から大使を招き、その上三日に掛けて行われるという大規模なものであった。というわけでその演習も一日目が終わり多くの者たちが翌日の演習に備えしっかりと休んでいた頃。カイトはというとシャーナと共に夜会に出席する事となる。
というわけで同じ様に夜会に出席したソラ――こちらはカイトの代理――と瞬――こちらはリィルの同伴役――から適時相談を受けつつ、各国大使とシャーナの間に立って彼女の負担の軽減を行いとしていた。というわけで、その後もソラ達と話したりする時間を利用して適時休憩を取らせていたわけであるが、その頑張りもあって特に問題もなく夜会の初日は終わりを迎えた。
「はぁ……」
「お疲れ様です」
「貴方よりまだマシです」
差し出されたグラスを受け取って、シャーナが少しだけ苦笑混じりに首を振る。まぁ、これは仕方がない事ではあったのだが、彼女が今日一日で力を使った時間は今までのどの一日より長かった。
今まで矢面に立つ事がなかったのがいきなり立ったのだ。カイトの補佐がなければ駄目だったかもしれない、というのは後の皇国上層部の見立てだった。
「そうでもありませんよ。慣れてますから」
「慣れ……ですか。慣れる事はあるのでしょうか」
「さて……とはいえ、今回のお陰で見えてきた事もあります」
「見えてきたこと?」
「その腕輪の改修プランです。今まではオンオフだけで良かったのですが、今後を考えればオンオフ以外にも力の制限等を出来る様にせねばならないでしょう……ま、それに関しては追々考えていきましょう」
どうにせよ今言ってすぐに改修出来るわけでもない。そしてこれは異世界の産物を大精霊達の力を用いて復元したものだ。使われている技術にはそういった側面から解析が出来ない様――当時は大精霊四人を知らなかった事もあるが――にされている箇所があるらしく、解析したティナでさえお手上げと言うほどであった。そんな事を知るカイトの言葉に、シャーナも今後を見通して頷いた。
「お願い致します」
「はい……ふぅ」
「そういえば……そんな飲まれて大丈夫ですか?」
「ん? ああ、お酒ですか。明日には影響しない程度には抑えてます……それに燗なので、夜風が気持ち良い程度ですね」
魔術でプカプカとおちょこと徳利を浮かべたカイトが、シャーナの近くへ徳利の口を持っていく。するとそこからは僅かだが湯気が立ち上っており、中身が温かいのだと察せられた。
「美味しいですか?」
「ええ……一口飲みますか?」
「……では、一杯だけ」
カイトが使っていたおちょこ――当然同じ拵えの別物だ――はシャーナの手で持っても十分に収まる程度の小さな物だ。なので彼女もこの程度なら良いだろう、と受け取る事にしたらしい。というわけで、人肌より少し暖かい程度に温められた酒をカイトは注ぐ。それを、シャーナは一気に口にした。
「んっ! けほっ!」
「あはは……飲み過ぎです。こんな小さなコップでも、一気には飲み干しませんよ」
「そ、それもあるかもしれませんが……けほっ。鼻に……」
「温めているから、鼻に来るんです。だからか匂いは割りときつく思うかもしれませんが、逆にだからこそ飲みやすい」
ちびっと舐める様に。カイトは再度おちょこにぬる燗を注いで、一息吐く。
「ふぅ……舐める様に飲む、という具合ですかね。ゆっくり時間を掛けて飲むのが良いですね」
「はぁ……?」
こうかな? そんな様子でシャーナは見よう見まねにおちょこからお酒を口にする。今度は先の失敗や温めた事で湯気と共に立ち上る強い酒の香りがあるからか、良い塩梅に量を抑えられたようだ。むせ返る事なく口に含めていた。
「ん……ふぅ……強いですが……まだ飲みやすいですね」
「ええ……まー、飲みやすさで言えば冷ですが……冷は飲む量を見誤る」
「なぜですか?」
「飲みやすいからですよ……さっぱりしてるでしょう?」
「そういえば……」
カイトが飲んでいて、なおかつアルコール臭が漂っていたのでお酒だと気付いていたシャーナであるが、改めて問われてみてその口当たりの良さに驚いていた。ワイン等に比べればかなり飲みやすく、勿論ウィスキーのようなややもすれば舌が焼けるような痛みもない。
「純米酒です。燗が飲みたい気分だったんで」
「はぁ……」
米酒というのだからお米のお酒なのだろう。シャーナはカイトの言葉を聞きながら、再度おちょこから酒を口にする。が、すぐに顔を顰めた。
「でも……やっぱり鼻が少し」
「あはは……だから、自分がどの程度酔っているかわかりながら飲める。そして飲める量を見誤って失敗する事も少ない。一気には飲めないですからね。こいつはぬる燗なので一気も出来なくはないですが……熱燗は温度次第じゃ舌を火傷しかねない」
「あ……」
言われてみればその通りかもしれない。シャーナは自分がワインを飲む時よりずいぶんとゆっくりと飲んでいる事を自覚する。そんな彼女に、カイトは笑った。
「ふぅ……それに温めても美味しいお酒は中々に珍しいでしょう? まぁ、こんな事を言えばアリスにホットワインがあります、と言われますが。割らずにあたためて飲めるのはこの作り方で作られる純米酒の特徴でしょう」
「はぁ……」
本当にお酒の事を色々と知っているんだな。シャーナはお酒についてを語るカイトの解説を聞きながら、そう思う。というわけで、そんな彼にせっかくなので問いかけてみた。
「いつも夜はこうやって飲んでるんですか?」
「いつもはしていませんよ。のんびり出来る時ぐらいですね」
二人が今どこに居るか、なのであるがこれはシャーナの飛空艇の彼女専用の部屋だ。その窓際に設けられた椅子に腰掛け、二人は酒を飲んでいたのである。というわけで、窓の外を見ながらシャーナが重ねて問いかける。
「ですが……良かったのでしょうか。ホテルもあったかと思うのですが……」
「各国大使も来ているとはいえ、ホテルの警備が盤石かと言われるとそうではありません。こちらの方が警備もし易いので……それに、この飛空艇の内装は一流だ。問題は無いでしょう」
この点はあのクソジジイ共に感謝しておかないとな。カイトは内心でそう嘯く。流石にシャーナの専用で拵えられている飛空艇だ。万が一どこかの大使が視察にやってきて内部を見る事があった時に舐められない様に、ホテルのスイートルームも目でないぐらいに一流の設備が整えられていたのである。
「カイトはここに居て良いのですか?」
「ああ、大丈夫です。どうせこの時間ですし……何より、夜の間の両軍の準備が見えない様にするため、こちらに来た冒険者や軍の高官達は強制的にこちらで宿泊させられるんですよ。ほら、ここからだと見えないでしょう?」
「あー……」
それは確かに下手に動かさない方が良いのか。シャーナはカイトの語る事情に納得を示す。勿論、だからといって連絡が取れないわけではないのでその点は問題無い様にしていた。
ちなみになのだが実はティナもレヴィも夜会に参加しなかったのは、カイトとハイゼンベルグ公ジェイクが抜けてしまっていたからという点も大きかった。作戦を立案出来る面子が軒並みいなくなるからである。
「まぁ、一応オレもホテルに泊まっている体にはしています。が、万が一の護衛を考えればこちらに居た方が良いでしょう。部屋も余っていますし」
「貴方の部屋も作りましたからね」
「あはは。そうですね。せっかく作ったので、と」
このシャーナの飛空艇であるが、名目上はカイトの所有となっている。単に彼の意向でそのままマクダウェル家でもシャーナの乗艦と定められていただけだ。
が、マクダウェル家所属になったので色々と内装や構造を弄った際、シャーナの寝室の隣にカイトの部屋を設けておく事になったのであった。彼も乗る事があり得るからだ。
「ふぅ……こうやってのんびり飲む分には良いかもしれませんね」
「ええ……」
「そうだ。カイト、明日の勝算等は?」
「さて……どうでしょうね」
シャーナの問いかけに対して、カイトはどこか含みのある笑みを浮かべる。現状、まだお互い札を何枚も隠し持ったままだ。戦いは始まったばかりと言えるだろう。そんな彼の顔に、シャーナが笑う。
「何か、わかっている事でも?」
「ハイゼンベルグ公の戦略はわかりませんが……一つわかっている事はありますね」
「それは?」
「明日はソラがちょーっと厳しい事になりそうだなー、と」
「もしかして今日後ろに引いてもらっていたのは……」
そのためだったんですか。シャーナはカイトへとそう問いかける。これに、カイトは笑った。
「それもありますし、全体の統率で人員が欲しかったのも事実ですね。ま、その分明日は頑張って貰うつもりです」
「大変そうですね、彼も」
「受け継いだのだから、少しは気張って貰わないと」
「ふふ」
カイトの軽口に対して、シャーナは再度笑う。と、そんな彼女がそれならと問いかけた。
「でもそうなるとカイトの方も来るのでは?」
「来るでしょうね。なにせオレはただ一人の、ですから……ただそんなものよりソラの方が注目されているでしょう。ちょっとは気合い入れて貰わないとね」
「そうですか」
楽しげに嘯くカイトに、シャーナもまた楽しげだ。というわけでこの後も少しだけいろいろな事を語らいながら、カイトは適度にシャーナの精神的な疲れがほぐれた頃合いで設けられた自室に戻って明日に備えて英気を養う事にするのだった。
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