第2670話 合同演習編 ――夜会――
皇帝レオンハルトが主導する合同軍事演習の一日目。これは当初の予定通り、ほぼほぼ両軍情報を集めるだけになっていた。というわけである意味では特に問題もなく終わったわけであるが、それが終わったからとやることが終わるわけではない。その後に待っていたのは、諸侯と諸外国の大使達、更にユニオンのトップ達が集まる夜会だった。そこに参加するカイト達はというと、カイト当人は今回の目玉というべきシャーナの同伴として夜会に参加。その代役としてソラが冒険部代表として。瞬はリィルの同伴として参加していた。
「ほぅ……それでは魔導書をお探しと」
「ええ……やはり優れた神剣があるとはいえそれだけでは手詰まりになることも少なくない。ここ暫くカルサイトさん達熟練の冒険者の方の手腕を見て、そう思わされました。それでここらで更に手札を増やそうと」
「なるほど。素晴らしい考えだ」
ソラが話をしていたのは、ある銀行の次期頭取だ。そしてそれと同時に有名なオークションのオークショニアの一人でもあり、どこからか――銀行の審査を行ったことが伝わった――ソラがオークションへの参加を考えているとの噂を掴んで父でもある頭取の指示でその真相を確かめに来たのだ。
「ありがとうございます」
「それで今後昇格の予定は?」
「今は皇国に証書の交付を頼んでいる所です。念のため、という所ですが」
「ほぅ……」
どうやらこれは本気らしい。証書を取るのだってタダではない。わざわざ費用を払ってまで証書を取って、となるのならランクAへの昇格を本格的に考えていると考えて良かった。というわけで、これは新たな顧客開拓になると判断。次期頭取はソラと縁を結ぶことを吉と判断する。
「それでしたら、是非当家のオークションにもいらして頂ければ。魔導書等も出品されることはありますよ」
「その際には是非」
おそらくカイトが念頭にはあるのだろう。社交界における彼の名は小さくない。すでに彼の目利きで称賛された、というお墨付きとでも言うべきものが欲しいと思っているオークショニアは多かった。
そこに更にソラという追加の顧客まで手に入るのなら、縁を結んで損はなかったのだろう。というわけで、今回のソラのメインの話し相手はそういったオークショニア達が多くなっていた。いたのであるが、当然そればかりというわけではなかった。
「ソラさん」
「んぁ? あ、ファブリス」
「お久しぶりです」
目を見開くソラに話し掛けていたのは、アストレア家の分家であるアストール家の令息であるファブリスだ。アストレア家の中でも軍事に長けているアストール家が呼ばれない道理はなかったので、彼らも演習に来ていたのだ。
「ああ、久しぶり」
「誰ー?」
「え、ああ。前にほら、俺とカイトの二人で……」
由利の問いかけを受けて、ソラはファブリスのことを紹介する。というわけで一頻りの説明を終えた後、ソラが改めてファブリスに問いかける。
「そういえば、どうしてファブリスはこっちへ? まさか親父さんの代理……?」
「まさか。流石に僕が父に代わって、というのは無理ですよ」
あり得ないよな。そんな様子での問いかけにファブリスもまたあり得ないと断ずる。無論、いつかは出来る様になれというのはあるが、それも今後の話。皇帝が主導する大事な演習で息子にいきなり任せるなぞという愚は犯さなかった。
「ただそろそろ演習の観覧はしておきなさい、ということでしたので僕も来たんです」
「そっか……リリーさんは?」
「姉なら今回はアストールに」
まぁ、リリーさんは錬金術師だしなぁ。ソラはファブリスの返答に特に疑問は挟まなかった。というわけで彼の言葉にソラは一つ頷いて納得を示す。
「そっか……あ、そうだ。そういえば剣術の訓練は? うまく行ってるか?」
「ええ……あれから少しは腕をあげたと思います」
せっかく来てくれたのだから、とソラは追い返すことなく暫くはファブリスの相手をする。何より彼は一人で来ていたこともあり、由利はその間話す必要がない。彼女の負担軽減も鑑みてのことだった。
「へー……あ、そうだ。そういえば競技会? かなんかあったんだったよな?」
「ノイエのですね……あれならまだです。突発で今回の演習が入りましたので……」
「あー……」
確かに思えばカイト達が急に思い立って、いきなり皇帝レオンハルトが号令を掛けたのだ。まぁ、いきなり号令が発せられてどれぐらいの速度でそれに応じられるか、という点を見たく思ったのだからこれについては仕方がないだろう。が、当然そうなると各諸侯は何を差し置いてもその準備に急がねばならなくなり、ペット達の競技会も延期されることになってしまったのである。
「いつ頃になったんだ?」
「この演習の二週間後だそうです。そこが色々と鑑みて今年出来る最後だろう、と」
「そっか……まぁ、俺らも行ければ行くよ」
「楽しみにしています」
ソラの返答にファブリスが頭を下げる。まぁ、これは考えるまでもなく社交辞令に過ぎないが、冒険者になるとこういった魔物が絡む依頼を受けることは少なくない。
もしそういうことがあれば、という所であった。というわけで更に暫くファブリスと話すわけであるが、流石にいつまでも休憩をしているわけにもいかなかった。
「ファブリス」
「あ、父さん」
「ちょうど本家の方が空いたみたいだ。来なさい」
「あ、はい」
「ソラくん。息子の相手をしてくれて助かった。また時間があれば来るよ」
「いえ……アストール伯もお元気そうで」
「ははは……っと、すまない。アストレア公が呼んでいるので」
「いえ」
アストール伯の謝罪に、ソラは一つ首を振る。というわけで、ファブリスは父に従ってその場を後にして、ソラもまた再び社交界の波に飲まれることになるのだった。
さてソラ達が頑張って銀行や商人達を中心としたオークショニアと話しているのであれば、瞬はというとやはりバーンシュタット家の立場もあり各諸侯や各国の軍人との話をすることが多かった。
「なるほど……そのネックレスが」
「……」
空恐ろしいな。瞬達に話し掛けていたある諸侯に仕えるの高官達はリィルと瞬の二人がネックレスに偽装しながら身に着けている訓練用の魔道具に言葉を失いながらも僅かな畏怖を感じていた。
間違いなく戦闘力であれば自軍の兵士の平均値を大きく凌駕している。まだ武神バランタインの子孫であるリィルなら納得も出来たが、それが瞬までとなると空恐ろしいものを感じざるを得なかったようだ。
「そういえば皇帝陛下が君達に影響されて魔力増大の訓練を始めたと聞いたが……君達は何時からそれをしていたのだ?」
「この訓練……ですか。私は……何時からでしたか。夏には定常的な訓練に切り替えていたのは覚えていますが」
「「……」」
もうわからないぐらいにはかなり昔からこの訓練をしているらしい。高官はリィルの返答に困惑を露わにする。と、そんな所に。声が響いた。
「俺が聞いた限りだと、春に瞬達が来た頃にゃ始めたって話だ」
「バーンタイン殿」
「おう……久しいな、西の。瞬もこの間ぶりか」
「お久しぶりです」
「お久しぶりです」
というほどでもないんだが。リィルもバーンタインも、勿論瞬もそう思いながらもまさかそれなりには頻繁にやり取りをしていると言うわけにもいかないため、一応久しぶりに会った体で話をすることにしたようだ。と、そんな彼の衣服を見て瞬が問いかける。
「ウルカの民族衣装ですよね? バーンタインさんが着てるのは初めて見ました」
「ははは……滅多に着ねぇからな。っと、すまねぇ。少し通してやってくれ」
「っと……」
瞬の言葉に笑って答えたバーンタインであるが、その後に少し離れた所に居た淡い赤髪の壮年の男性を引き寄せる。というわけで、流石に八大ギルドの大物が来たことで他は散り散りになり、その壮年の男性とバーンタインの二人と相対することになった。
「こっちはウルカの大使さんだ」
「アーキル・ジュンディーです。お見知り置きを」
「あ、ありがとうございます。リィル・バーンシュタットです」
「瞬・一条です」
アーキルと名乗った男性に対して、瞬もリィルも揃って頭を下げる。というわけで挨拶を交わした後、リィルの方はどこか彼に見覚えがあった。
「……どこかでお会いしましたか?」
「ははは。実は一度、お会いしたことが。と言っても、話はしませんでしたが……私の家系も元々はというとバーンシュタット家に連なるので、墓参りに訪れたことが。まだ大使になる前ではありましたが」
「ま、そういうわけでな。もう十何年も前の話だ」
「バーンタイン殿もその場に?」
「その場に介添え人として居たのが俺なもんでな」
それで改めて紹介するにあたって俺が来たってわけだ。バーンタインはリィルの問いかけに答える。
「それで……」
「ええ……それで実はご紹介頂いた理由はもう一つあるのです。この件をどちらにお話すれば良いかわからず、バーンタイン殿に相談した所それなら両方に面識がある俺が間に立とう、と」
「「……」」
どうやら予想外に仕事の話になりそうらしい。瞬もリィルもそう判断する。というわけで、二人は今までの社交界向けの顔から軍と冒険者の顔で応対することを決めて、少しだけ場を代えることにするのだった。
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