第2656話 合同演習編 ――初日終了――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。それにカイトは冒険部ギルドマスターとして、そしてマクダウェル公カイトとして二つの立場から参戦を決定する。
というわけで緒戦から忙しなく活動していたカイトであるが、八大ギルドの一角にして最も新しい八大ギルドである<<天駆ける大鳳>>の情報を収集するべく、クオンと共に動いていた。そうして、数時間。この日の活動は終わりを迎えることとなっていた。
「んぁ!?」
「ブザーか……はぁ」
「あ、中断の警笛か……」
開始前に言われていたことであるが、今回の演習では諸外国から使者を招いている関係と事故を防止する観点から夜戦は無しにされている。が、戦っている最中に演習の中断を報せるのは難しい。
なのでこうやって開始と終了時には警笛が鳴り響く様にしていたのである。というわけでカイトの言葉で中断を報せる警笛だと理解したソラを横目に、カイトは全員に通達を出す。
「全員、戦闘停止。一日目は終了だ。向こうも追撃はしてこないから、安心して戻ってきてくれ」
『もうか……なんか半日ぐらい遠距離戦を仕掛けてた気がするな……』
「まぁ、こっちはな。後ろからの奴らがぐるりと迂回して攻撃したり、とはしてくれていたが」
『そうだったのか……ああ、俺も戻る』
「そうしてくれ」
瞬の言葉にカイトは一つ頷く。結局なのであるが、クオンらが撤退した後は冒険部はほぼほぼ遠距離戦主体になっていたらしい。まぁ、これは彼らだけでなく<<暁>>などの最前線を担っていたギルドや諸侯も共通しており、ここが敵の前線と散発的に戦闘を繰り返しつつ、いろいろな場所で様々な情報を集めていたのであった。というわけで、暫く待っていると前線の<<暁>>の支援に回っていた瞬が戻ってくる。
「おつかれ」
「ああ……ふぅ……若干尻切れトンボの気がしないでもないが」
「しょうがない。今日はどうやっても情報収集に徹することになったからな。重要なのは明日からか」
支援の最中での終了だったのでさほど疲れている様子は無い瞬に対して、カイトはスポーツドリンクを手渡して一つ笑う。これに、瞬が問いかける。
「そうか……ああ、そうだ。そういえば前に出る直前に西の方で散発的な光が見えたんだが、なにかあったのか?」
「ああ、オレらが前線で戦っている間に後詰の奴らが戦線を迂回して各方面から攻撃を仕掛けていたんだ。バカ正直に前からだけ、ってのもおかしいからな」
「ああ、なるほど……」
ということは俺が見たのは戦闘の光だったのか。瞬はまたどこか別のギルドや兵士達が繰り広げていた戦いだったことに納得する。というわけで、そんな彼がカイトへと再度問いかける。
「それで何かわかったのか?」
「そうだな……一応、状況と情報の整理はこれから夜に行われるんだが……ひとまずわかっている限りでは全方面防御はしっかり、って感じか。戸締まりが欠けているところは見受けられず、って塩梅だな。結界も展開されているから、攻略のためには何かしらの策は必要ってところか」
「それはそうか……陛下も観覧されている演習だしな……」
流石にどこかに結界などのほころびがあって決着がつきました、というのはあまりにお粗末だ。なので結界のほころびなどが無い事は防衛側によって入念に確認がされているはずで、そこに期待するのは無駄だと瞬も思っていたようだ。と、そんなところにソラが口を挟む。
「そういや、今日ってこれで終わりだよな?」
「ああ。夜は戦闘禁止って言われてたろ?」
「ああ……一つ疑問なんだけど、普通の戦いだとこういう場合って内通者が居るよな?」
「ああ、それか……」
確かにソラの指摘は尤もだろう。今回、攻略側の想定としては街が制圧されたので奪還する。防衛側の想定としては内部に潜んでいる敵勢力により襲撃を受けた後、本隊の襲撃に遭っているという状況だ。攻略側であれば生存者。防衛側であれば内部に潜む敵勢力の残党が居る可能性は十分に考慮するべきだろう。
「それに関しては居る想定に出来なくもないが……」
「が?」
「今回はしていない。なんでもありになっちまうからな。ま、それでも良いんだが……」
突き詰めればとことん実戦に似た形式でも良かったんだろうが。カイトは苦笑いでそう告げる。そうして、彼はそうしなかった理由を口にした。
「そんなことを想定するのなら、それこそ夜襲もあり。冒険者による完全一点突破もありとか色々とやりたい放題になる……人員の負担を考えても厳しいし、その手が使えるのは攻略側だけだ。防衛側が一方的に不利になる要素はなるべく排除されているからな」
「あー……」
なるほど。それは納得だ。ソラはカイトの返答に納得する。というわけで、防衛側の内部に潜む生存者――防衛側からすれば内通者――などによる情報の収集は無理なのであった。と、そんな彼らに今度は瞬が問いかける。
「それで、明日からの動きは?」
「明日からの動きはまた明日通達がある……というより、これから各方面が手に入れた情報を集約して、明日の作戦を立案する。ま、ここからは普通の攻城戦だな」
やはり日を跨いでの攻城戦というのはあまり経験が無い。そもそもその点で指摘があったがための今回の大規模演習だ。これについては当初の予定通りというわけであった。と、そんなことを聞いて瞬がふと問いかける。
「そういえばその作戦の立案などにお前は参加しなくて良いのか?」
「ああ、オレは夜会に参加しないといけないからな……それに、ティナも居るから向こうは向こうでなんとかしてくれるだろ。こういった作戦の立案とかはあいつの得手だし」
「ああ、そうか。ユスティーナは本部に詰めているのか」
「あいつを抜きでウチは動けんからな」
笑うカイトがマクダウェル家の剣であるのなら、ティナはマクダウェル家の頭脳だ。そして天才と言われる彼女である。カイトが前に出て貴族達とのやり取りをする裏で、実務をしてもらった方が良いのであった。
「ま、とりあえず……何かするにせよ、大まかな作戦が無い限りは動けん。今日はこちらからなにか動くことは無いから、後はゆっくり休んでくれ」
「わかった」
「おう……あ、そうだ」
カイトの指示に承諾を示したソラであるが、そのまま何かが気になったのか問いかける。
「そういえば一応夜も目立った戦闘は駄目ってだけで動けるのは動けるんだよな?」
「ああ。まぁ、そう言っても攻略側が夜の間に結界の内部に忍び込んで、というのは禁止されてるけどな。いや、禁止っていうか想定上は常時戦闘状態という話になるから、結界の強度も最大になっているはずで、忍び込むことが難しい状況という想定にしているからなんだが」
「それはわかってる」
カイトとソラの脳裏にあったのは、以前のラエリア内紛で自分達が行った結界を通り抜けて内部に潜り込む潜入工作だ。一応、それは不可能ではないが今回は禁止になっている。
理由はカイトの語る通り出来ない状況を想定しているから、というだけの話だ。なお、実際には単に結界の安定などの関係から夜の間は結界の強度を下げることになっており、十分に忍び込めた。
「防衛側はなにか出来るのか? というか、動けるって何が出来るんだ?」
「ああ、そりゃ夜襲を警戒した見回りとかは普通にやるよ。しちゃ駄目、って話であって実際を考えればされるかもしれない、って動かないと練習にならんからな。他にもなにか仕込みをしたけりゃどうぞ、って話もある。まぁ、こっちからの仕込みは二日目に、って話になるがな」
「ああ、とどのつまり二日目を想定した話なのか」
「そういうことだな」
忍び込むのも夜襲も禁止されているのに何が出来るんだろうか。そんな疑問をソラは抱いていたらしい。が、改めて可能なことを聞いてみれば納得という塩梅で納得している様子だった。と、そんな彼がそのまま問いかける。
「あ、そだ。完全に話変わるけど良い?」
「ん? ああ、良いが……どうした?」
「いや、これから夜会だろ? まだ時間はあるけど着替えとかしないとだし……どうやって会場まで移動するんだ?」
カイトから冒険部の代表として夜会に出席しておいてくれ、と頼まれたは良いがどうやって移動するかは聞いていなかったらしい。というより、カイトが移動するのに合わせて一緒に向かうという流れになっていたので聞かなくても良かったのだ。
「ああ、そうか。そういえば最近オレが皇都に居たから話してなかったか。小型の飛空艇が近くに着陸してくれるから、それに乗って移動だ。その後は一度シャーナ様の飛空艇に乗って、そこから移動って感じになるんだが」
「え、マジ? あれに乗るの?」
「ああ……あ、一応普通には小型の飛空艇で移動になるからウチ限定ってところか」
今回、カイトはシャーナの同伴者扱いでの参加になる。となると彼とシャーナが別々に会場入りするのはおかしいだろう。というわけで彼女の飛空艇で合流することになるのであるが、そこでわざわざソラ達と別行動というのも手間だ。なので別に良いだろう、と乗せていくことになったのである。というわけで、移動方法を話したカイトがそのまま告げる。
「……そうだな。せっかくだからそっちの話もしておくか。ソラ。お前はわかってると思うけど、銀行の頭取とかの姿は覚えておけ。オークションの参加者に名を連ねるのは普通にあるし、オークショニア側が近くにいる可能性もある。話が出来るならしておいても良いだろう」
「おう」
「で、先輩はいつもどおり軍部や冒険者……この場合はユニオンや八大ギルドの関係者か。そことのやり取りを頼む」
「わかっている」
演習が終わったから、と冒険部上層部の三人衆が休みになるわけではない。というより、ある意味ではこちらが彼らにとっての本番というところもあった。そんな彼に、ソラが告げる。
「で、お前はシャーナ様と一緒と」
「ああ……ま、オレはオレがメインじゃないんだがね」
それでも多分相手は各界の大物だろうなぁ。気楽そうなカイトに、ソラは内心でそう思う。が、カイトからしてみれば元々自分が各界の大物と主体的にやり取りをしなければならなかったわけで、それを考えれば気楽なのも無理もないのであった。というわけで、初日を終えたはずの三人は大慌てで飛空艇に戻って着替えを整えることになるのだった。
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