第2655話 合同演習編 ――情報収集――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。それに参加したカイトであったが、彼は緒戦を二度の威力偵察に参加すると共に、クオンとアイナディスによる攻撃に支援役として参加する。
というわけでソレイユと自身によりあっけなく迎撃される<<天駆ける大鳳>>の冒険者達を受けて流石にこれ以上舐められるのは堪ったものではないと先代のギルドマスターであるアムティスなる男が現れることになり、カイトはクオンの意向を受けて攻撃を停止していた。
「さて……新進気鋭の八大ギルドのギルドマスター……どの程度か見定めさせて貰うかね」
気になるのはクオンにどれだけ食い下がれるか。少なくとも八大の長を張るぐらいなのだから、生半可な戦闘力ではないだろう。カイトは呼吸を整え間合いを測るアムティスを見ながら、そう思う。そうして彼が見守る中、先に動いたのはクオンだった。
「……」
「っ」
ざんっ。まるでこの程度は様子見と言う程度で、クオンが斬撃を放つ。が、彼女の一撃である。軽く振るわれたはずの剣戟は天を割いて地を割った。そうして何もかもを切り裂いて一直線に突き進む斬撃に、アムティスは細身の剣を抜き放つ。
「はっ」
放たれる剣戟は大空を舞う大鳳の如く優雅であり、そして力強かった。そうしてまたたく間に翻る剣戟により、クオンの斬撃が散り散りになる。
「ふぅ……まだ鈍っちゃいないか」
若干冷や汗ものだったけどな。アムティスはクオンの一撃を切り捨てられたことに安堵する。彼の年齢はすでに五十を超えている。最盛期はかなり昔。その最盛期でもバーンタインよりずいぶんと劣る戦闘力ではあったが、それでも八大ギルドの長を張るだけの戦闘力はあった。そこから加齢による衰えを加味しても、十分様子見の一撃は切り裂けたらしい。
「「……」」
ざりっ。地面を踏みしめ両者はわずかに間合いを測る。そうして先に動いたのは、アムティスだった。
「あら……存外速いのね」
「対応しといてそりゃないぞ」
音もなく、空気も揺れず。一瞬でクオンとの距離を詰めたアムティスであったが、そんな彼の速度にクオンは平然と追従していた。いや、追従どころではない。余裕で、上回っていた。
「はっ」
「っ!」
まるで舞い踊るような軽やかさなのに、この威力。アムティスは大きく自身が吹き飛ばされる――衝撃を殺すための意図的なもの――のを受け、顔を顰める。が、わずか数メートルで威力をすべて受け流した彼は即座に立て直し、そのまま細剣の切っ先をクオンへと向けて突っ込んだ。
「はぁ!」
「……」
アムティスが蝶の様に舞い蜂の様に刺すのであれば、クオンは正しく剣舞の如くにその場から動かず剣戟を放っていく。そうして、時に切り込み時に突っ込んでを繰り返すことたった数分。数分の間に数十の剣戟が交わって、アムティスが気がついた。
「なるほど……冗談きついな」
「あら……もう気がついたの?」
「流石に気付く。剣姫クオンだ。やろうとすれば返す刀で通り過ぎる俺を殺すことなぞ造作もないはずだろうに。それを敢えてご親切にも吹き飛ばしてくれるんだ。何故か、と考えるには十分な違和感だ」
ふわりと舞い上がりクオンから距離を取りながら、アムティスは話しながらどの程度の距離が必要かと考える。今のまま速度重視でクオンと戦ったところで勝ち目は――そもそも無いが――ない。
やるのなら一か八かでも可能性はある一発に賭けたいところであった。が、問題はそれをクオンがさせてくれるかどうか、だろう。そんな問題を解決するべく手を考えるアムティスであるが、そんな彼にクオンが告げた。
「好きになさい」
「良いのか?」
「八大の長の実力を測る試金石ぐらいにはなるでしょう」
今回、クオンの目的は情報収集だ。その中でもカイトや自分達があまり知らない<<天駆ける大鳳>>の情報が欲しいところで、先代の長であるアムティスの剣技を見るのは悪くない判断だった。
そして勿論、その考えはアムティスもわかっている。わかっているが、八大ギルドの先代としてあまり情けない姿を見せることも出来ない。やるしかなかった。そうして、彼が更に舞い上がり遠くへと距離を取る。
「……ふぅ」
アムティスは高空にまで移動すると、そこで一息つく。正直言えば、逃げたいことは逃げたい。が、息子も見守る中、逃げるなぞという情けない真似は出来なかった。というわけで、数度の深呼吸を経て呼吸を整え魔力を充填させて、彼は急降下の勢いも利用して加速する。
「……」
雄叫びを上げることもなく、一直線にアムティスが急降下する。雄叫びをあげないのは声によって減速することを防ぐためだ。そうして切っ先に力を集約してクオンの一撃にも匹敵するだけの威力を得て、クオンに肉迫した。
「はっ」
大空色の弾丸となり急降下するアムティスに対して、クオンは特別なことをすることはなかった。故に彼女はいとも簡単にアムティスの攻撃に自らの剣戟を合わせると、次の瞬間。水色の閃光が迸り、アムティスが距離を取る。が、これにクオンがわずかに目を丸くする。
「あら」
「流石にこれ以上はやってられん」
「そ……ソレイユ。どんなもの? もうちょっとやっとく?」
『んー。こんなもので大丈夫かなー』
クオンの問いかけにソレイユは一つ首を振る。そもそも欲しい情報は<<天駆ける大鳳>>のエース級の戦闘力の情報だ。先代のギルドマスターの情報が手に入ったのは上出来とするべきだろう。と、そんなわけでソレイユがカイトへと確認する。
『にぃー。もうちょっとやってもらう?』
『いや、出て来ないだろ。先代が出てきたのは今代の情報を外に漏らさない様にするためだ……さっきのジェゾってやつと先代の腕でおおよその想像はつくし……』
『つくし?』
『なかなかおもしろいギルドのようだ。ちょっと情報を集約した方が良いかもしれん』
ソレイユの問いかけに対して、カイトは一つ唸る。彼には今までの交戦でなにか見えたものがあったらしい。
『クオン。倒れ伏した奴の中に』
「ええ、見てたわ……中々に面白いギルドではあるみたいね」
言われなくてもカイトが聞きたいことはわかっている。クオンはカイトの問いかけを最後まで聞くことなく、その要件を理解する。というわけで、そんな彼女は帰還するべく少し離れたところで戦っていたアイナディスとクランの合間に斬撃を生じさせた。
「アイナ! 引くわよ!」
「っ」
「わかりました」
自らの娘の容赦ない斬撃に対して一瞬二の足を踏んだクランであるが、ここで逃がす道理はないと更に前に踏み出そうとする。が、次の瞬間だ。今まで止まっていた武器の投射が再開される。
しかも戦場の誰しもがクオンとアムティスの戦いに注視していたことを利用して、最初よりはるかに多い数の武器を顕現させていたようだ。先程より苛烈な嵐が降り注いでいた。
「むぅ……容赦はしてくれまいな」
「あんたにしてくれるわけないでしょ、クソ親父」
武器の雨を隔てて聞こえた父の声に、クオンは相変わらず悪態をつく。とまぁ、そんなわけでクオンとアイナディスの二人はカイトとソレイユの支援を受けながら攻略側の陣地へと帰還するのだった。
さてクオンとアイナディスの二人が攻略側陣営に戻った頃。それと入れ替わる様に再度攻略側陣営の貴族達や冒険者達による攻撃が開始される一方で、カイトは冒険部には基本的には遠距離攻撃による支援行動を命じていた。
それでカイト当人が何をしていたかというと、先にクオンとの戦いで集まった<<天駆ける大鳳>>の情報を精査していた。
「で、クオン。実際どんな具合だった? あの黒鉄の肌の大男は間違いなく鉄人族だ。他にもオレがざっと遠目に見た限りでも秘魔族やら珍しい種族がたくさん居たな」
『ええ、その通りね。秘魔族、フォレスター、水人……ソレイユの方は?』
『ああ、そういう感じなら……甲板の上に夜魔族や天族の姿もあったかなー。ああ、後は黒鴉族』
カイトの問いかけに対して、クオンとソレイユがそれぞれ自分達が見えた限りの珍しい種族について言及する。
「そうか……黒鴉族やらも居たところを見ると、本当に珍しい種族が多そうか」
『黒鴉……また珍しい種族が居たわね』
『珍しい種族ばっかり……どういうつもりなんだろうね?』
「さてなぁ……流石に見世物にするのは冗談キツいだろうしな。大方世界全土を回る中で珍しい種族を率先して率いてれたんだろう」
その意図がどこにあるかはわからないところは多いが、今回三人が今のところで確認している者たちは総じてエネフィアでもかなり数が限られる種族だ。それが冒険者として活動しているのにも驚いたし、それを集められる<<天駆ける大鳳>>の手腕にカイトは素直に警戒を示す。
「まぁ……兎にも角にもああいった稀にしか表舞台に出て来ない」
『そもそも母数が少ないもんねー』
「そうだなぁ……種族の情報はほとんど無いようなものか。うーん……」
出来ることならもう少し誰が居るかなどを確認した上で突っ込みたいが、同時にカイトは内心どちらでも一緒だと思っていた。
「<<天駆ける大鳳>>の珍しい種族の奴らは対応しようにも情報が重要だが……」
『その情報、無いもんねー』
「無いんだよなー、これが」
そもそもジェゾの時点でカイトでさえ見たことがない種族だ、というのだ。彼でこれなら他も似たり寄ったりとしか思えなかった。というわけで、この日はこの後もとりあえずは情報収集と終日情報収集に務めることになるのだった。
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