第2647話 合同演習編 ――拮抗――
ついに始まった皇国全土を巻き込んでの合同軍事演習。そこでカイトはマクダウェル公としては全軍の統率と共に裏方仕事を。冒険部のギルドマスターとしてはギルドの統率を取りながらも一人の冒険者として前線で戦う事となっていた。
というわけで、大型魔導鎧と中型魔導鎧の編隊の迎撃の後も引き続き冒険部を狙う輸送艇とその中の兵士達との戦いを繰り広げる事になったカイトは、一旦自身が抜けた穴を埋めるべく奮闘した瞬らに小休止を取らせると共に自身は単騎――正確にはユリィも一緒だが――迫りくる輸送艇を迎撃していた。
「ふぅ……」
何度目かとなる無数の爆発する矢の投射を終えて、カイトは一息吐く。まぁ、流石に二隻目を落としたあたりで対策されて障壁が分厚い僚艦を伴う様になってしまったが、その結果敵陣の防衛網には若干の穴が空いたし、何より防備の内側で人員を展開しなければならなくなった関係で襲来の頻度は減った。が、これにカイトは嫌な予感を覚えつつあった。
(爺とレヴィが散発的な襲撃しか仕掛けてこない、なんてありえねぇよなぁ……何か、やられそうな予感がヒシヒシとしてやがる)
戦力の逐次投入は愚策。カイトにそう語ったのは他ならぬハイゼンベルグ公ジェイクその人だ。その人が、敢えて散発的にこちらへ戦力を投入しているのだ。それの意味する所は一つだった。
(足止め……だろうな、こいつは。何を考えてやがる、クソジジイ共は)
今の自分達の立ち位置が一番嫌な事は防衛側司令部は理解しているだろう。最前線から程よく遠く、さりとて最前線に遠すぎるわけではない。そしてもし万が一最前線の<<暁>>が撤退しようとするならその支援を行う事になる重要な場所だ。そこを潰して最前線の<<暁>>の孤立化は基本中の基本戦術だった。
「ソラ。そっちからこっちは見えてるか?」
『おう、見えてるよ。支援必要か?』
「いや、今まで通りの遠距離支援だけで良い……それより、全体の状態が知りたい」
『全体の様子……』
カイトの要望を受けたソラは甲板の上から上空の飛空艇の戦団の様子と地上の様子それぞれを観察する。
『飛空艇は……閉じてない。こっちの上からの砲撃で閉じれてない、かな』
「閉じれてない、か……」
どうなんだろうな。カイトは閉じない事に何かの意図があるのではないか、と訝しむ。そんな彼に、ソラが問いかけた。
『何か気になる事でもあんのか?』
「……<<暁>>は?」
『停滞気味……っていうか、もう結構攻め込んでるからな。流石にこれ以上はキツイだろ。こっちも何か支援してやらないと、って感じかな』
「だろうな……オレ達が足止めされているかもしれん」
少し厄介かもしれない。そんな様子でカイトは現状を一つ告げる。これに、ソラが首を傾げる。
『お前らが? 足止めするなら<<暁>>だろ?』
「いや……戦力の逐次投入をこっちに仕掛けてきてる」
『なんで。こっち仕掛けた所で別に最前線には……あ、そっか……』
どうやら冒険部を断てば必然最前線の<<暁>>を孤立化させられる事をソラも見抜いたらしい。というわけで、即座にカイトに問いかける。
『ヤバくないか?』
「ヤバいな……ソラ。すまんが、いつでもトリンに指揮を引き継げる様にしておいてくれ」
『りょーかい。クズハさんかアウラさんに頼んで、万が一の小型艇も出せる様にして貰っておくわ』
「頼む。オレの名を出せば早いだろう……多分、ティナはすでに見抜いて手を打っているだろうが」
この先、何があるかはわからない。わからないならいつでも引ける様にしておくだけだった。というわけで、撤退の準備を整えさせると共にカイトは次の手を打つ。
「先輩。そっちはまだ大丈夫だな?」
『ああ……侵攻は大分と落ち着いた様子だからな。何があった?』
「いや、何も無い。何も無いからこそ、次の一手を警戒している……先輩、<<暁>>の連中に一番知られているのは先輩だ。悪いが、あちらへの伝令を頼む」
『伝令?』
カイトからの指示に瞬が小首を傾げる。
「ああ……何かを仕掛けている。引いた方が良い、と。というより、多分ウチが潰される事になると伝えろ」
『俺達が?』
「ああ……この戦力の配置。間違いなくウチを潰しに来る。重要ポイントだから、オレが直接押さえに出ていたんだが……」
それだけは防ぐ必要があるだろう。カイトは改めて周囲の状況を見極め、はっきりと確信する。
「……うん。確定でオレ達をここに釘付けにしつつ、更に後ろにも散発的に攻撃を仕掛ける事で動きを鈍らせている。後ろからの支援も前からの支援も出来なくするつもりだ」
動きの硬直化を生じさせる事で全体に釘付けにして、その上で冒険部を叩く事で最前線の<<暁>>を孤立。この二つの難敵をなんとかしてしまおう、という判断だった。
『それなら引くか?』
「それもあまりしたくはないな……これ以降はこちらで考えるが、先に最前線の孤立化を是が非でも防がねばならん。そちらの対処が先だ」
『わかった……ひとっ走り行ってくる』
『あ、先輩。それなら俺が行きますよ。こういう戦場だと俺の方が小回り利きますし……カイトも良いよな?』
「ん? んー……まぁ、お前でも大丈夫だが。顔は出しておけよ。その格好、完全不審者だぞ」
『わかってるよ』
カイトの承諾に翔は一つ頷いて、彼の方が最前線の<<暁>>に向かう。カイトが受け入れた理由は簡単で、戦場を突っ切るなら戦闘力で瞬。うまく隠れて突破するなら翔のどちらでも良かったからだ。
第一案で瞬だったのはピュリと一番親しいのが彼だから、というだけであった。とはいえ、それを受け入れる事によるメリットもあったので、カイトは瞬への指示を変更する。
「先輩。それならそちらは引き続き最前線の支援を任せる。オレは後ろへ引いて、次に備える策を打つ」
『わかった……が、いつ始まるかわからないならなるべく早めに頼む』
「問題はない。裏技をいくつか用意するつもりだからな」
『そ、そうか』
何を考えているのかはわからないが、カイトも本来は総指揮官としての役割を果たせるだけの知性を持っているのだ。なので瞬もカイトなら何かを考えているだろう、と判断。引き続きその場で冒険部の統率を取る事にして、一方のカイトは万が一に備えての行動に入る事にするのだった。
さてカイト達が防衛側の動きを察知して動き出した一方。防衛側の司令部ではすでにその動きを察知していた。というより、察知する以前に読んでいた。
「報告。ギルド・冒険部より二人、それぞれ前と後ろへ移動しました」
「所定通りか……やはり気付くか。前……は良いとして、後ろか……どこに増援を求めに行くか」
「見事じゃのう、預言者殿。ほぼほぼタイムラグ無しで動きを見抜くか」
「称賛、受け取っておこう。が、別に奴の考えを読むなぞ造作もない……所定通りプランAを始動。どうせ防がれる事は承知の上だが」
今回、カイトを勇者カイトとして相手にするつもりで臨む事は出来ない。あくまでも一般的なランクA冒険者相当として扱わねばならない事が、ハイゼンベルグ公ジェイクにもレヴィにも頭の痛い問題だった。というわけで、所定の作戦に従って行動を開始する防衛側司令部であるが、そこでレヴィがハイゼンベルグ公ジェイクへと問いかける。
「ハイゼンベルグ公。この状況下でカイトが支援を求めるなら、順当にはどこと思う?」
「順当であれば、ハーフリングの兄妹を介して<<森の小人>>」
「だろうな……それもした上で、あいつは何かをしてくるだろう」
それが何かを見抜かねば、こちらが手痛い目に遭う。レヴィはハイゼンベルグ公ジェイクの返答に対してそう告げる。
「順当に考えれば、同盟じゃがのう」
「同盟だけでなんとか出来る事態とは思っていないだろう……してもいないが」
「報告。先に後ろに出たカイト・天音。本隊に帰還しました」
「「何?」」
この速度ならおそらく一つか二つのギルドに支援要請をするのが手一杯だろうに。レヴィもハイゼンベルグ公ジェイクもカイトが即座に戻った事に驚愕を露わにする。とはいえ、驚きはしたもののこの二人である。即座に当たりを付ける。
「更に後方のソラくんあたりが支援要請を行う事になったか」
「そうなると、流石に厄介だな……私は奴の事をさほど知らん。流石に木っ端の小僧までは覚えていられんからな」
「であろうな……」
確かに冒険部からみれば最高幹部の一人にして神剣まで授かった猛者の一角と言えるが、ユニオン全体で見れば神器を授かっている事は珍しいが居ないわけでもない。そんな程度の一人をレヴィが詳しく知らなくても無理はなかった。
「ふむ……」
ソラくんであればどこに支援を申し出るか。ハイゼンベルグ公ジェイクはそれを考える。とはいえ、その答えは早々に出る。
「マクダウェル家……であろうな。今回出張ってくる相手を予想した場合、それが最善手になろう」
「なるほど。支援を要請ではなく、報告の形で対応を求めるか。たしかにあちらの本陣にはティナも居る……そうする事で公然と最前線に兵を送る理由にも出来る。無論、アルフォンスも動かせる……」
これは良い手だろう。レヴィはハイゼンベルグ公ジェイクの推測に対してそれが最善手と判断。であれば、と指示を飛ばす。
「プランAの展開からすぐにマクダウェル家が動く。支援部隊は先と同じく魔導機部隊。こちらも魔導鎧の大隊の準備を急がせろ」
「はっ」
レヴィの指示に司令部のオペレーター達が冷静に動いていく。やはりエネフィアでも有数の知恵者達が率いているからか、いくつもの策がいくつものパターンに分けて練られている。無論、今回の策とて最も可能性が高い一つというだけで他にもいくつものパターンが推測され、対策が練られていた。
「さて……」
おそらくお前はこれで終わらないつもりだろう。レヴィはカイトの次の一手が何かを推測する。そしてであれば、こちらも先んじて手を打っておく必要があった。
(おそらくあれは何かしらの打ったが、打ったからこそそれをわからない様に即座に戻ったはずだ)
どこと接触したか、とバレる様にしていれば対策は簡単に立てられる。だから接触は悟られない様にしていたはずだ。ではいつ、どのタイミングでそれが可能だったのか。
そしてそれが可能なタイミングから逆算し、接触した相手を探る。それがレヴィの役目だった。が、そうして考えて数秒で即座に違和感に気が付いた。
(……いや、待て。気付いてからやれるタイミングなぞあったか? 矢文? いや、出来るわけがない。念話……今回の戦場で念話は不可能に近い。今回は桜も居ない。魔糸による直接的な念話は使えない)
現にカイトの耳にはヘッドセット型の通信機が装着されているし、彼も基本的にはそれを使ってやり取りしている。
(奴自身が魔糸の司令塔になっている? いや、代替わりを考えている現状でそんなトップに負担の大きな事はやらん。一人あたりの負担を減らすべく三人に業務を分散しているのだからな。特にこれの適任は桜だ。尚更取るとは思えん。ならばどうやった?)
考えれば考えるほど、どこかに増援を求められる事が出来るタイミングがない。レヴィはカイトがどのタイミングなら増援を求められただろうか、と更に遡って考える。
(……っ! そうか!)
そういうことか。レヴィはカイトが何をしたかを理解して、目を見開く。そうして彼女はカイトの打った対策に更に対策するため、通信機を起動させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




