第2640話 合同演習編 ――遅滞――
皇帝レオンハルト主導で行われていた各諸侯と冒険者が集まって行われる合同軍事演習。それはマクダウェル家・ブランシェット家が率いる攻略側陣営とハイゼンベルグ家・アストレア家が率いる都市防衛側陣営に別れて行われるものだった。
というわけで、マクダウェル公でもあるので冒険部のギルドマスターとして攻略側に配属されたカイトは冒険部の飛空艇で前線に立つも、少し最前線に近かったらしく飛空艇を撤退させ単騎攻め込んできた冒険者の迎撃に出ていた。そしてそれは当然、皇国が用意した観覧用の飛空艇の上で諸外国の要人や高位高官達によって観察されていた。
「ほぅ……」
「流石というかなんというか。武名轟く陛下が鳴り物入りで喧伝されるだけのことはありますな」
「いやいや。実に見事」
「ははは。あれは余の目というよりも、彼の頑張りにこそ称賛をされるべきものだ。彼の努力の並々ならぬ事は報告を受けているのでな」
諸外国の要人達の称賛に対して、皇帝レオンハルトは笑ってカイトこそが称賛されるべきと語る。と、そんな話が出されれば当然、ルードヴィッヒにも話が飛ぶ。
「そういえば西のヴァイスリッター卿。卿の子息らは彼の下に居たのでは?」
「ええ……彼の覚悟は私も垣間見ましたが、確かに凄まじいものでした。本来は我らが見せるべき覚悟なのでしょうが……」
「ほぅ……何かご覧に?」
どこか畏怖さえ滲ませるルードヴィッヒに、どこかの国の軍の高官が興味深い様子で問いかける。カイトの成長率の高さは目を見張るものがあるのだ。何か知っているのなら聞いてみたい、という所だった。
「魔力保有量増大の訓練で使うネックレスを彼は常用していました。あれを常用するような少年を自分は初めて見ましたよ」
「「「なっ」」」
ルードヴィッヒから語られた内容に、各国の軍の要人達は信じられないものでも見るかのような様子でカイトに注目する。故に信じられない、とばかりに問いかける。
「そ、それはいつの話ですかな?」
「彼が教国に来た時ですから……直に見たのはもう十ヶ月近く前でしょうか。ただ……息子からの話では今も使っているそうですね」
「「「……」」」
正気とは思えない。軍の高官達はカイトが行っている訓練が尋常ではない事を誰よりも理解していた。が、それは軍の高位高官だからわかることだ。外交に特化した要人の中にはわからない者もいないではなかった。
「何がそんなあり得ないんだ?」
「……普通、あの訓練は超長期的にはやらないのです。自分も確かに短期間……軍学校の頃には教官の下で一ヶ月程度はしましたがね。あれは長期間でしたいものではなかった。何より、して良い訓練でもない。教官からも一ヶ月から二ヶ月が限度と叩き込まれました。それでも年に数人、調子に乗って限度を超えて担架で運ばれていますがね。流石に死ぬような馬鹿はいませんでしたが」
どこかの国の外交官と軍の高官の言葉に、周囲の軍の高官達が心底同意する様に頷く。どうやらどこの国でも同じ様な訓練を行い、そして同じ様に見誤った新兵が運ばれているのだろう。そんな周囲を他所に、軍の高官に外交官が再度問いかける。
「だが彼はしている、という事なのだろう?」
「ええ……だから正気を疑うのです。あれは長期的にして良いものではないでしょう。効果を上げようとすると肉体的・精神的に相当な負担を強いるし、装置の調整に失敗すれば死ぬ危険性さえある」
「なぜだ?」
「……あの訓練は常時消費する魔力の量を引き上げて、それに身体を慣らすのです。それを続ける事で身体は出ていく以上の魔力を取り込もうとする。結果、体内に保有する魔力の量が増大するというわけです」
「そんな訓練があるのか」
軍の兵士達がどのような訓練をするのか、というのは外交官が知らないでも無理はない。なのでどこか感心したような様子を見せながらも、だからと先を促す。
「ええ……一つ伺いますが、魔力が枯渇していくと人はどうなりますか?」
「む? そうだな……例えば倦怠感などの症状に襲われるのだったか。最悪は魔力欠乏症に陥り……っ」
「ええ……そういうことです」
魔力が放出する量を増やすということは、調整を失敗すれば魔力欠乏症による死が待ち受けている。それを理解した外交官は軍の要人達と同じく、カイトを信じられない様子で見た。
「つまり彼は常に魔力が欠乏している状態を続けている……ということか?」
「そして死なない様に空気中の魔力を常に意識して取り込んでいる。少しでも気を抜けば死ぬような状況で、彼はずっと過ごしている」
「……」
それは誰もが恐れ慄くわけだ。外交官はカイトの余裕の裏に潜む壮絶な覚悟と鍛錬に恐れ慄く。
「自分から言わせれば、正直西のヴァイスリッター卿がご子息にあの訓練を許可した事も正気を疑います。私なら息子に同じ訓練はさせられない」
「ええ……私も昔ならさせなかった。が……今のままでは先は知れている。東のヴァイスリッターの子息もしているそうですしね。それに息子も触発されたのでしょう」
「……失礼ですが、ヴァイスリッター卿。何をそんな恐れるのですか?」
「「……」」
どちらが教えてさしあげますか。ルードヴィッヒと先の軍の高官は視線でやり取りを交わす。そうして答えたのは、ルードヴィッヒだった。
「あれは意識して魔力を取り込む必要がある、というのは先にご説明がありましたね? もしそれを少しでも怠ると、待ち受けるのは倦怠感とやる気……とでも言いましょうか。その減退です。すると、どうなるか」
「どうなるのですか?」
「魔力を取り込もうという気力が失われる。そしてそれは次の魔力を取り込もうとする気力を奪われる悪循環に繋がる。そして魔力を奪われ続け、最終的には……」
「……死に至る、と」
敢えて言葉にしなかったルードヴィッヒの言葉の先ぐらい、この場の誰もが理解出来た。そうして周囲の理解を受け、ルードヴィッヒが再度口を開いた。
「ええ。最後には装置のスイッチを切る気力さえ失われ、最後には生きる気力まで奪われる。故にこの訓練で求められるのは強靭な精神力です……陛下はこの訓練をしている事をご存知ですか?」
「無論だ。余もあの覚悟とその双肩、そして名に掛けられた願いを背負う重さを思い知らされたものだ。無論、思い知らされただけではないがな。余とてウィスタリアス陛下と武神バランタインの子孫。今もしている」
「「「……」」」
正気じゃない。皇帝までもがカイトに触発され、同じ訓練を行っていたなんて。しかもそれを誰にも悟らせない様にする余裕まで見せていたのだ。皇国最強と言われる男が伊達でない事を、各国の要人達は理解した。
「まぁ、余もあまり推奨はせんが、やってみて若干の規制緩和は必要かとは思ったのでな。各諸侯や軍にはこの訓練の規制緩和を命ずるつもりだ。無論、しっかりと監督はさせるが」
なるほど。どうやら演習を見せるという事で相当な余裕と自信があるのだろうとは思ったが、相当キツイ訓練を普通にしているぞ、と見せる自慢の意味合いもあったらしい。
各国の要人達は軍でエリートと言われる者達が課されている訓練が並ではない事を理解する。そうして、そんな彼らの見守る前で戦いは更に動いていくのだった。
さて皇帝レオンハルトがカイトを持ち上げつつ自身と自軍の訓練の厳しさを自慢する一方で、カイト当人はというと飛空艇の甲板に戻って流れ弾の対処をしていたソラと合流していた。
「ふぅ……」
「最後何があったんだ? いきなり消し飛んだ様に見えたんだけど」
「ああ、どうやら預言者の奴が引かせたらしいな。流石にオレが五人も纏めて葬り去るのは嫌だったらしい」
「あー……あの人、凄い魔術師なんだっけ……」
ということはカイトが消し飛ばしたのではなく、あの人が転移術で退避させたのか。そんな様子で彼も納得する。
「っと、そりゃそれとして……とりあえず着陸の準備は全員整えてるけど、どうする?」
「どうするねぇ……とりあえず軍の陸戦隊が降りてくれないとどうにもならん所はあんのよね」
どうするのかねぇ。カイトはブランシェット家中心の貴族陣営の出方を伺う。が、その顔は呆れるようであり、同時に楽しんでいるみたいでもあった。というわけで、内情を理解しているカイトは通信機を起動。秘密の通信回線を用いてアベルに問いかける。
「アベル。手を貸してやろうか?」
『お断りしたいな……そう言えるのであれば、だが』
「あははは……で、ガチな話どうする? 流石にそっちが動かん限り、各方面動くに動けんぞ。勝手に動いて良いのなら、ウチで主導して冒険者を動かして攻略するが」
今回の作戦の主軸はあくまでも連合軍であるべきだし、そうなる様に話は進めている。なので冒険者達も作戦としてゴーサインが出れば突っ込めるわけであるが、出なければ突っ込んではいけない。が、逆説的に言えば冒険者達も依頼人のゴーサインがなければ動けないのである。
『ははは……正直、烏合の衆はわかっていたがな。誰が先陣を切るか、など今更になって揉めている始末だ』
「そりゃそうだ。だって一番の勲功を手に入れられるんだからな……ウチでやるぞ。このまま待っていれば諸外国の印象は最悪だ。が、ウチが動けば諸外国からは流石はマクダウェル家と言われるだけ。陛下としてもウチの名は諸外国向けに使いやすいしな」
『任せる。貴殿しか無理だろうし、そちらが動けば<<暁>>も動く。そうなれば諸侯に属する冒険者達も動かざるを得ん。そうなれば後は諸侯達も動くしかない』
自分達で出る、と自発的に判断してくれればそれで良かったんだがね。カイトはアベルの言葉に貴族達にそれを望むのは少し厳しい――正確には居るだろうが発言権が弱く出来なかったりする――かと若干の諦観を滲ませる。
「一体どんな面倒な流れなんだ、って話だが……ま、しゃーない。そのために指揮系統を二分したんだしな」
『そうだな……<<暁>>が貴殿の傘下で助かった』
<<暁>>を率いるのは言うまでもなくバーンシュタット家だ。今では西部バーンシュタット家と言われるが、筋としては分家筋になる。そしてそれはバーンタインも承知しているし、冒険者として勇者カイトを当主とするマクダウェル家をないがしろに出来るわけもない。必然、マクダウェル家と歩調を合わせるつもりだろう。
「ああ……じゃあ、こっちで動く」
『頼む』
これ以上の遅滞はあまり良いものではない。その意見で両者合意したようだ。というわけで、カイトはマクダウェル家を動かすべくクズハへと連絡を入れた。
「クズハ。オレだ……アベルの方とで合意が得られた。おおよそは聞いているが」
『お察しの通り、という所でしょうか』
「だろうな……誰だって一番目立つ所が欲しいもんだ」
ならどうぞ、とさっさと突っ込んでくれれば良いのだが、一番槍を請け負うという事は一番被害を被るという事でもある。それを厭って決められないのであった。というわけで、そんな諸侯らにクズハはため息を吐いた。
『演習なのですからさっさと腹を括れば良いものを、と思うのですが……それはやはり三百年前のお兄様達を知っているからこそなのでしょうか』
「もしくはここで兵力を削って後で美味しい所を得られないよりも、と思っているのかもしれん」
『突破口を開けねば一緒だと思いますが』
「まぁな……それはさておき。アウラは?」
『相変わらずと』
「よろしい」
マクダウェル家代行の二人であるが、この二人は実はそれぞれ役割が決まっている。言葉を巧みに操り他者を言い負かすクズハと、あまり語らず要所で要点をはっきりと告げて受け入れさせるアウラだ。
静と動の二つが揃ってこそ、この二人はうまくいくのである。というわけで、アウラはその役割に従って――当人達の性質もあるが――黙っていたのであるが、そろそろ場を動かす必要があった。
「アウラ……侃々諤々の皆さんを黙らせてあげなさい。そろそろ下の奴らも焦れる頃だし、バーンタインあたりも叔父貴はまだか、って言ってそうだしな。オレは使い魔で行動開始が近い事を伝達して根回しをしておく」
『りょーかい』
カイトの指示に、アウラがいつもの気の抜けた表情ながらも承諾を示す。そうして、カイトとアウラは動きが鈍い諸侯達の尻を蹴っ飛ばすべく、行動を開始するのだった。
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