第2638話 合同演習編 ――開始――
皇帝レオンハルト主導で行われる皇国全土の諸侯や冒険者達を集めた合同軍事演習。これにマクダウェル公と冒険部ギルドマスターの二つの立場で関わる事になったカイトであるが、そんな彼を筆頭にした者達の尽力により合同軍事演習はなんとか予定通り開始される事となる。
というわけで、午前10時。攻略側が指定した防衛システムへの細工の起動を以って演習はスタートされる事となっていた。そしてそれから三十分後。カイトは自身の艦隊の旗艦から防衛側の動きを魔眼で覗き見していたわけであるが、攻略側のスタートが近づいた事で冒険部の隊列に戻っていた。
「ソラ、先輩。開始間際だが、最終確認だ。問題は?」
『俺は問題無いよ』
『こちらも問題無い……突っ走るな、とは言っているぐらいか』
「それで良い」
今回は地平線の先から街を視認し、部隊を展開。そこから防衛側の攻撃を受けながら都市部の攻略を目指す、というのが攻略側の大まかな流れだ。というわけで、冒険部の人員は飛空艇の中に全員待機しているか、竜騎士部隊の様に甲板や外で待機していた。と、そんな確認を行うカイトへとソラが疑問を飛ばす。
『てかお前、どこいんの? 分身残しとくから、って話だけどまだ分身なのか?』
「いや、もう戻って今は甲板に居るよ。どうせ部隊を降ろすまで時間はある。その間向こうの動きを直に見たいからな」
『あ、なるほど……俺もそっち行くわ』
『ああ、それだったら俺もそっちへ行こう』
どうやらカイトと同じ様にソラも瞬も直に防衛側の様子を確認したい、と思ったらしい。すでに演習開始時刻が近く隊列などの確認は終わっていたため、そちらの確認を行う事にしたようだ。というわけで、暫く甲板に立っているとソラと瞬がやって来た。
「あ、居た」
「おう……まぁ、まだ何も見えないが」
「目では……だな」
甲板の上から遠くを見るカイト同様に遠くを見て、瞬が呟く。彼の言う通り、目視ではまだ何も見えない。が、鋭敏な冒険者達の感覚にはすでに強敵を予感させる気配が漂っている事が掴める様になっていた。というわけで、瞬のつぶやきにカイトは同意する。
「まぁな……ひのふのみのよの、と考えるのが嫌になるほどの猛者の数だ。数十人では足りんな.
ランクAで数百規模。ランクBも数百は、って所か。ランクC以下は万単位……迂闊に攻め込めば数の暴力で嬲り殺しだな」
「「……」」
楽しげに笑うカイトに対して、ソラも瞬も顔を険しくする。ランクAの冒険者でも冒険部には厳しいのだ。それが数百人規模で居るのだ。注意して進まねばならないだろう。というわけで、そんなカイトにソラが問いかける。
「試しに聞きたいんだけど、ランクSでどれぐらい?」
「さてなぁ……数十は……いるかね。確定でラエリア内紛より多いな」
「そりゃそうだよなぁ……」
カイトの話にソラはがっくりと肩を落とす。一見すると報酬の出るラエリア内紛の方が人が集まりそうなものだが、実は今回の方が高位冒険者の参加率が高いらしかった。とはいえ、それも宜なるかなという所ではあった。
「まぁな……今回はユニオンが組織として受ける事を推奨してたし、賢い奴はこれに参加する事の将来的なメリットを見越して参加する。先行投資として考えても悪くない。後は諸外国から依頼で参加、っていう冒険者も居るには居るか」
「諸外国から依頼を受けて? そんな……ああ、バーンタインさんか……」
「ああ、いや……バーンタインは依頼されちゃいるだろうが、金銭は発生していないだろう」
瞬の言葉にカイトは一つ首を振った。そうして、彼は今しがた例に出したような冒険者とその依頼人達の思惑を語る。
「諸外国の要人を招いた大規模な演習をしているが、観戦の可能な場所は限られる。必然、見られたくない部分は隠せる……勿論、間近でないとわからない点は少なくない。となると一番良い立ち位置は演習に参加する事だが、基本は演習に参加は出来ん」
「それで冒険者を派遣して、か」
「そういう事だな……そう言っても木っ端な冒険者を雇うと流石に国の格に関わる。必然、高位の冒険者が多くなるってわけだ」
「なるほど……」
それで高位の冒険者が多くなったわけか。瞬はそう理解する。勿論これが全員依頼を受けたわけではないだろうが、今後を考えた場合請け負った方が貴族達への受けが良いのだ。必然、参加している冒険者は多かった。と、そんな二人にソラがふとした疑問を呈する。
「……てかさ。それならここでも発見されてて不思議はないんじゃないのか?」
「あー……まぁ、普通は視えるな。オレも視えるし」
「見えてるのか……」
「見るじゃなくて視る。魔眼で視てる感じだが……」
お前なら出来るだろうけどさ。そんな様子で呆れるソラに、カイトは笑う。とはいえ、そんな彼はなぜこの距離での戦闘が無いのかを半笑いで教えてくれた。
「流石に無限遠で戦闘可能なら……まぁ、なんだ。こっち圧倒的有利だから……」
「「……あー」」
忘れていた。ソラも瞬も攻略側に存在する歩く大陸間弾道弾の兄妹を思い出す。この二人の射程距離はエネフィア最大だ。流石にそんな距離からの狙撃を許可してしまうと、防衛側は圧倒的に不利でしかなかった。とはいえ、それ以外にももう一つ理由があった。
「それに目視不可の距離での戦闘を許可すると、今度は戦闘開始と同時に防衛側から遠距離攻撃がされちまって移動出来なくなっちまう。なのであくまでも想定は目視可能距離に入った段階で戦闘開始ってわけだ」
「そうか……この速度だとどれぐらいで目視可能距離になりそうだ?」
「この速度だと……後十分か」
「「え゛」」
思ったより全然早いぞ。カイトが余裕の様子で甲板に待機していた事もありまだ時間はあるものだと思っていたらしい二人が思わずギョッとなる。が、これにカイトが告げた。
「ああ、安心しろ。後十分で目視可能な距離に到達するが、流石にオレらの出番はそんな早々にはならん……ラエリアの内紛だってそうだろ? 実際の白兵戦が開始されたのは打ち合いが行われた後だ」
「あ、そっか……まず航空優勢を取ってからだっけ」
「そうだな。航空戦力であれば攻略側が有利だ。確保は出来るだろう……そこまでは待てだな。それでも攻める奴ってのは腕に覚えがある奴だが」
「……だが、それは相手も同じだろう?」
「そうだな。オレらの最初の仕事は飛空艇狙いで来る冒険者達の攻撃を防ぐ事になるだろう」
瞬の問いかけに、カイトは一つ頷いた。どちらにせよ戦闘開始は合図を待つ事になるが、このラエリア内紛への経験がある分だけ、冒険部側は有利と言えた。
「ということは、ソラの出番が先になりそうか」
「そうっすね……うぁー……いやだなぁ……」
初手からどんな攻撃が飛んでくるかはわからないが、飛んでくる事は確実だろう。そして今回は冒険部として参加しているため、飛空艇が落とされればその時点で全滅だ。全滅を防げるかどうかは、ソラの双肩に掛かっていると言っても過言ではなかった。と、そんな事をしていると十分なぞあっという間に経過して、気付けば演習場が目視出来る様になる。
「これは……」
「うわっ……凄い数っすね……」
「ああ……ラエリア内紛の時を超えているんじゃないか?」
一同を出迎えたのは、正しく水も漏らさぬほどに密集した空中機雷の数々だ。ラエリア内紛では街の防衛システムの邪魔になるのである隙間が空いていたが、航空戦力に劣る上に街の防衛戦力を停止させられている防衛側にとってはこれでも問題がなかった。というわけで呆気にとられる二人に対して、カイトは遠隔で飛空艇を操艦してくれているホタルに指示を出す。
「ホタル。最前線より一歩後ろで飛空艇を停止させろ。最適な場所などはアイギスから貰え」
『了解……ホタルより情報。機雷の種類は皇国軍で一般的に採用されている物が四割。四割はハイゼンベルグ家とアストレア家が開発した物。割合は半々。残る二割はヴィクトル商会の開発した市販品とのこと』
「それぞれのスペックをわかっている限り送ってくれ」
『了解』
兎にも角にも敵陣営の情報を知らない事には始まらない。カイトは虚空に腰掛けると、思考回路を指揮官のそれに切り替えてホタルから送られてくる機雷スペックシートを確認する。
「二人共、こちらの隊列が整うまでの間に機雷の情報を確認しておいてくれ」
「あ、おう」
「わかった」
カイトの言葉にあまりの機雷の多さに呆気にとられていた二人も気を取り直して、作為に取り掛かれる様に支度に入る。そうして、カイトから情報を回して貰った二人が機雷の情報を確認した。と、情報を見て早々にソラが少しだけ驚き気味に問いかける。
「……皇国で一般的に使われているものって単に浮くだけのものなのか?」
「費用対効果の関係でな。皇国の制式採用の機雷は今回のような一件で数をばら撒ける事を想定している。俗に言う浮遊機雷の中でも一番安上がりのものだな。が、その分数の用意は容易いから、どこの基地でも潤沢な在庫がある。今回はそれを大盤振る舞いした形か」
「まぁ……しないと突破されちまうだろうからなぁ……」
元々言われていた事なので大量の機雷がある事に関しては驚きはなかったが、それでも想像以上の数だとソラは思う。これについては皇国軍の内情や制式採用についてを詳しく知っているか否かという所もあっただろう。知っていたカイトは逆に驚かなかった、というわけであった。とはいえ、そうであるのならと瞬が問いかける。
「が、混在しているということはそれぞれ違った特性があるという事なのか?」
「そうだな……おそらくハイゼンベルグ家、アストレア家が開発した物はホーミングタイプ。周囲に飛空艇や生命体が近づいた場合、それを感知して自動追尾してくるタイプだろう。速度を落としてうまく機雷原を縫って飛行しても、それを追撃してくるってわけだ」
「それで最終はどかんってわけか」
「そういうことだな」
ソラの言葉にカイトは一つ同意する。と、そんな彼に瞬が再度問いかける。
「このヴィクトルの機雷は?」
「これが一番の曲者だ……こいつは制御可能な機雷……つまりは飛空艇などの司令塔から操作して密度を変えられるものだ」
「何がどう厄介なんだ?」
「密度を変えられる、っていうことは相手側の射線上から退避させたりする事が可能だ……勿論、こちらの狙撃に対応する事も出来るだろう」
瞬のさらなる問いかけに対して、カイトは苦い顔でどうしたものかと考える。この機雷は最高級品と言え、使い捨てではあったが量ではなく質を重視したものだった。
「下手に突っ込めば逆にこいつで密度を変えられて取り込まれて撃墜、というのはあり得る」
「機雷で誘い込みってわけか」
「そういうことだな……さて、こうなると機雷をどうにかしないとだが……」
手は決まっているか。そう言いながら、カイトは通信機を起動させる。
「アイギス。当初の予定通り、初手は飛空艇による砲撃により機雷の除去。小型艇による支援が可能な様にする」
『イエス。遅々として進めないのに砲撃が飛んでくるって嫌な状況ですが……』
「そうだな……足止めされて狙撃はされるものと考えた方が良いだろう。いやな状況だ。が、どうにかせんとならん以上、やるしかない」
『イエス……ブランシェット家に提案を送ります』
「ああ……さて。ある程度機雷の除去が終わるまでは待ちになるが」
アイギスからの返答に頷いて通信を終わらせたカイトは、その流れでソラと瞬を見る。すでに冒険部が乗る飛空艇は周囲の飛空艇に合わせるかの様に――実際合わせたが――停止しており、戦闘開始まで幾ばくもない様に思われた。
「先輩。全体の統率を一時的に任せる。オレはソラと共に流れ弾をなんとかする」
「大丈夫なのか?」
「魔術師部隊による支援も入れさせる。ティナ」
『聞いておるよ。すでに支援の準備は出来ておる』
「と、いう塩梅だ」
「わかった」
カイトの指示とティナからの言葉に瞬が了承を示す。そうして、彼が甲板を後にして残るのはカイトとソラだけになる。
「俺ら二人だけで……いや、支援あるけどさ。二人だけでやるのか?」
「他の面子は余力を残させておきたいんでな……お前は流れ弾の対処だけで良い。万が一ここまで攻めてくるような馬鹿が居た場合の対応はオレがやる。前のラエリア内紛よりは楽だ」
「そうだと良いんだけどなぁ……」
カイトの言葉を聞いたソラであるが、どうやらあまりアテにはしていなかったらしい。どこまで本当かわからない、というような様子ながらもそれが指示ならと受け入れていた。というわけで、二人が覚悟を決めたとほぼ同時に、両陣営による砲撃戦が開始される事になるのだった。
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