第2637話 合同演習編 ――開始――
皇帝レオンハルト主導で行われる事になった皇国全土の諸侯、冒険者を巻き込んでの合同軍事演習。それに発起人として準備から携わる事になったカイトは忙しなく動いていたわけであるが、それも終わりを迎えついに合同軍事演習開始の時となっていた。というわけで、最後の最後まで調整や確認を行っていたカイトへとアイギスが報告する。
「マスター。10時になりました。陛下より開始の号令が下る頃かと思いますが……聞かれておきますか?」
「そうしよう。流石に一切聞いてないはマズいだろうからな」
アイギスの問いかけに、カイトはヘッドセットを指で軽く小突く。今回の演習では初日は朝10時開始の夕刻17時終わりとなっている。が、実は防衛側は破壊された結界などの修繕のために僅かにだが攻略側より先んじて開始される事になっていたのである。
というわけで、若干こちら側には余裕があると判断したカイトの耳に皇帝レオンハルトの声が響く。それを聞くこと数分。皇帝レオンハルトが告げた。
『では、以上を以って余の話は終わりとする。カウントを開始せよ』
皇帝レオンハルトの演説の終わりと同時に、演習開始を通達するカウントダウンが開始される。どうやら演説が長引いたかで開始は数分遅れになっていたようだ。というわけで、カウントダウンを見ながらカイトが改めて指示を飛ばす。
「アイギス。諸侯と冒険者達に改めて攻略側の出発は三十分後である事を徹底させろ。そちらに関しては先走れば言い訳は出来ん」
「了解。改めて各員に確認を促します」
カウントダウンを見ながら出された指示を、アイギスはすぐに伝達する。今回、両陣営はある程度距離を離した所でのスタートとなるわけであるが、あくまでも目視出来ない程度の距離だ。速度重視の飛空艇や大型魔導鎧――ひいては魔導機――であれば数分で到着する事は不可能ではない。
被害の程度にもよるが数分で結界の再展開などは不可能に近いので、タイムラグを設けてある程度の応急処置が出来る程度にはしておこう、となったのである。そもそも襲撃の第一波は撃退した後、というのが防衛側の想定だ。開始を同時にしてしまうと、その想定から外れてしまうだろう。
「さって……お手並み拝見と行こうかね」
カウントがゼロに近付くのを見ながら、カイトはどこか余裕の表情でそう呟いた。今更だが、結界の展開が遅れれば遅れるほど防衛側は不利になる。防衛側がどれだけ早く結界を間に合わせられるか。また、どれだけ十分に足止めを出来るだけの体制を構築するか、というのは防衛側の指揮官の手腕が問われた。というわけで、そんな彼の見ている前で遥か彼方の地平線の先から巨大な閃光が立ち上る。
「マスター。見えていると思いますが、カウントゼロと同時に爆発を模した閃光を確認。演習、スタートしました」
「わかっている……ああ、オレは侵攻開始10分前になったら冒険部側に戻る」
「イエス……今も分身がいらっしゃいますけどねー」
「言うな。全体の確認だったらこっちの方が良いんだよ」
アイギスの返答にカイトは笑う。なお、現在は冒険部側の統率に分身が居るわけであるが、攻略側の演習が開始されて以降は向こう側に移動する予定だ。指揮は戦闘力が無くても問題無いが、戦闘は戦闘力が無いとなんともならないからだ。というわけで、アイギスの言葉に笑ったカイトは改めて気を引き締める。
「さーて……目視は出来ないわけですが」
「ドローンが禁止されているわけではないので」
「おう。ドローンの発進準備は?」
「イエス。発進準備完了。攻略側の演習開始と同時に発艦出来ます」
「よろしい」
こういう時、いつもならフロドやソレイユ達に任せるんだけど。カイトは今回は彼らが初手では使えない、もしくは偽装される事を想定して、第二の矢を用意していた。その第二の矢がドローンだというわけであった。
「後はまー……やりますかね」
「こういう時、魔眼は便利ですね」
「まぁな」
アイギスの返答を聞きながら、カイトは魔眼を始動。攻略予定の演習場を目視する。確かに先んじての行動は禁じられているが、個々人の力まで駄目と言われているわけではなかった。まぁ、こんな芸当が出来る貴族は現代では滅多に居ない。想定していなかったので禁止されていなかった。というわけで、カイトは密かに防衛側の行動を覗き見る。
(ふむ……予定通り街の西部の防衛システムは動作を停止。結界も外れてしまっている……大規模なテロを受けた直後、という段階の想定になっているな)
どうやら演習は当初の予定通りスタートを切れたらしい。カイトは慌ただしく動く防衛側を見守りながら、同時に街の防衛システムの一部が破損した状態である事を確認する。
(流石に街の防衛システムも結界も、とは出来んだろう。さて、どうやってこちらのカウンターを用意する? まぁ……初手は決まっているだろうけどな)
敵の勢力の本隊が接近する状況下で取れる手は限られているだろう。内心でそうつぶやくカイトの見ている前で、当初から言われていた通りの動きが行われる事となる。
(お……やっぱ初手は機雷の展開による高速艇の妨害か。まぁ、これは外せないか)
ソラ達に語った通り、やはり防衛側としても戦闘開始までに結界や街の防衛システムの完全復旧は不可能と判断したらしい。実際、攻略側――より言えばティナ――が街の防衛システムに対する細工として指定した場所は根幹ではないものの非常にいやらしい場所にしているらしく、演習の後の話では指定場所を聞いた技術者達がそこを狙うか、と盛大に顔をしかめるほどの場所だった。
「ティナ。妨害は想定通りの効力を発揮している様子だ……改めて聞いておくが、最速でどれぐらいでの復旧が可能だと思う?」
「そうじゃのう……まぁ、二時間は復旧に掛かろう。今回余が指定したのはどうあがいてもシステムの再起動をせねばならんポイントと細工じゃ。再起動には最低一時間、という所じゃろうが……再起動だけに一時間じゃからのう。諸々やると更に追加一時間は固いの」
「システムチェックなどをすっ飛ばせばもっと早く出来るかと」
「そうじゃのう。マニュアルでそこらのシステムチェックをかっ飛ばせれば、若干早くはなろう。マニュアルによる防衛システムの再起動をどの程度慣らしたか、が問われような」
アイギスの指摘にティナもまた同意する。さすがはというかなんというか、皇国のみならず多くの国の現代の街の防衛システムの根幹には彼女が作ったシステムが多く組み込まれている。
どこが弱点か、というのは誰よりもわかっていた。というわけで、彼女は開発者だからこその嫌がらせをいくつも用意させていた。
「アイギス。街の防衛システムへのハッキングの準備は行っておけ。結界の展開と街の防衛システムの再起動に更に小細工をしてやろう」
「イエス。特大の嫌がらせを用意します」
「うむ」
「爺共の嫌がる顔が目に浮かぶな」
「そこは余の成長っぷりを喜んでもらわねばのう」
楽しげに笑うカイトに合わせ、ティナもまた楽しげに笑う。相当な嫌がらせを仕込むつもりらしい。というわけで、何もなければ再展開は二時間後を予定しているが、何も無いわけがない――というか何もしないつもりがない――ので防衛システムの復旧予定は相当後ろになるらしい。
「そうだな……ああ、そうだ。アイギス。ホタルの電子戦の兵装の準備は?」
「イエス。そちらに問題はありません。ですが今回だとあの子、前線に立って貰っても良かったのでは?」
「電子戦でもっと嫌がらせしたいそうでな」
「ぬふふ」
カイトの指摘にティナはいやらしい笑みで楽しげに笑う。どうやら色々と用意しているようだ。というわけで、カイトの魔眼で相手の動きを覗き見しつつこちらの支度を確認しつつとしていると、あっという間に時間なぞ経過する。
「マスター、マザー。攻略側の開始予定時刻の10分前です」
「おーけい。とりあえずアイギス。旗艦の操艦については任せる。適時必要に応じて報告は行なえ」
「イエス……ああ、そうだ。マスター」
「なんだ?」
「魔導機の準備は整っています。必要に応じてお戻りください」
「了解だ。必要に応じて戻る」
今回、カイトは三つ立場を使い分けるつもりでいた。その中の一つには魔導機パイロットがあり、その準備の報告だった。というわけでその報告を受けたカイトが指示を出す。
「ホタル。見た所超長距離狙撃用の魔導砲などは無い様子だが、前面の障壁は厚くしておけ。クズハ、アウラ。わかっていると思うが、お前らは前に出るな。そもそもお前らは前に出るタイプの戦士でもないしな」
「わかっています」
「おー」
カイトの指示にクズハもアウラも二つ返事で了承を示す。まぁ、この二人に戦闘はカイトもティナも期待していないし、二人も戦う事が自分の仕事とは思っていない。なので異論はなかった。
「よろしい……じゃあ、行きますかね」
「うむ」
「ご武運を、お兄様」
「頑張れー」
「あいよー」
クズハとアウラの見送りに、カイトは軽く手を振って応ずる。そうして、カイトとティナは後の事はクズハらに任せて、自分達はもう一つの居場所である冒険部の隊列に加わる事にするのだった。
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