第2636話 合同演習編 ――開始前――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。これにマクダウェル公カイトとして、冒険部のギルドマスターとして関わる事になっていたカイトは二つの立場から各方面への調整を行いながら、それまでの日々を過ごしていた。
それは合同軍事演習開始直前にまでなると忙しさも最高潮を迎え、カイトはシャーナの護衛に扮する作業の間にソラとの間で冒険部側の指示を出すなど二つの立場を同時に行うような状況だった。というわけで、シャーナの護衛に扮しながら暗殺者の警戒を行っていた彼はシャーナを再び飛空艇の最奥へと送り届けると、そのまま両陣営の幹部達が集まる会合に出席していた。
「良し。全員揃ったな。ウィザー」
「わかっている……今回は時間も無いので手短に話を行う。まず今回の作戦の意義であるが、これは言うまでもなく今後控える大規模遠征にも関係してくる。もし暗黒大陸において敵基地が見付かった場合、大規模な攻略作戦を行う事は十分に視野に入ってくる。それを見越した場合、今回の演習は非常に有用だ」
バルフレアの促しを受けて、レヴィが今回の演習にユニオンが力を入れている理由を語る。とまぁ、そういうわけなので、今回の演習ではユニオンが総力を上げて協力していたのである。
勿論、バルフレアが遠征を送らせてでも演習に参加して良い、と判断したのもそれ故だ。遠征は大規模な物になる上、攻城戦を行わねばならない可能性もあるのだ。ここでその練習をさせよう、と判断したのである。というわけで、一通りレヴィから意義が語られた後にバルフレアが言葉を引き継いだ。
「とまぁ、そういうわけなんだが……今回、エンテシア皇国は対邪神、対<<死魔将>>を仮想敵として考えているが、俺達は<<死魔将>>を仮想敵として想定。今度の遠征において暗黒大陸で奴らの基地が発見された場合の試金石と考えている。今度の遠征に参加予定のギルドはそれを念頭に置いて、各種の状況に対応してくれ」
「「「おう!」」」
バルフレアの指示に、呼ばれたギルドマスター達が声を揃える。そんな彼らへと、バルフレアは続ける。
「で……その上で。そうなっちまうと全員が攻めに回るのが一番良いんだが、流石にそれじゃ駄目だ。逆に攻め込まれた場合の対応も考えなきゃなんねぇ。特に、三百年前の戦争時代じゃよくあった街を防衛するような戦いだな」
とりあえず、バルフレアが語る事は今回の一戦がどれだけ重要か、という一点に終始していた。まぁ、冒険者なぞよほど特異な来歴でないと基本は考えるより動く方が楽という人種だ。
なので敢えて先々まで語るより、この一戦に焦点を当てた方が良いと思ったようだ。というわけで、ユニオン所属のギルドマスター達の統率を行う彼の様子を、カイトは遠目に観察していた。勿論、彼が遠目なのは理由がある。それは皇帝レオンハルトに呼ばれていたからだ。
「ふむ……マクダウェル公。実際の所、どうなのだ? 俺は三百年前を知らん。そしてハイゼンベルグ公も最前線は知らぬとの事だ。最前線の最激戦区を戦い抜いた公から見て、現代の戦士達はどの程度に映る」
「そうですね……エース達に関しては当時を上回っているでしょう。彼らはあの時代から今まで一線級で戦い続けた。それが悪くもあり、良くもあるのですが……」
良くも悪くも、彼らは頑張りすぎたのだろう。その原因の一端が自分である事を理解しながら、カイトは皇帝レオンハルトの問いかけにそう思う。
「ふむ……良くも悪くも、か」
「はい……託した私が言うべきではないのでしょうが……」
「そうか。思えば、公も託した側か。今この場に居るので時折忘れかけるが」
「ええ……託され、託し、そしてまた託された。それ故、頑張るという事ではあるのですが……」
そこで頑張りすぎるがため、後進の育成が上手くいかない。本来死による選別がされる時に彼らがなんとかしてしまうから、最終的に弱いままになってしまう。カイトの冷酷な為政者の部分はそう理解していた。そんな彼に、皇帝レオンハルトは問いかけた。
「なんとかなりそうか?」
「……無理でしょう。我らが去れば、可能でしょうが」
「そうなれば今度は、か」
「ええ……何万という血の上に、何十万の祈りを受けて新たな英雄が生まれるでしょう」
「公は何百万の血と何億の祈りと思うがな」
「否定はしません。百年の祈りを託されましたから」
「そうだな」
何万の血を流す事なく英雄を生みたいが、英雄とは何万の血の上に成り立つ存在だ。皇帝レオンハルトはそれを良く理解していた。故に、彼もカイト達のような英雄を生み出す事は不可能と割り切っていた。
「どだい無理な話とはわかっている……が、それでも公らにすべてを押し付ける事は出来ん。公とて万能ではないのだから」
「……はい」
カイトは確かに最強で、大精霊を呼び出せるなどどれだけ頑張っても再現の出来ない特殊能力をいくつも持ち合わせている。が、それでも。彼は単騎。一人にすぎない。彼一人で都市一つを守れても、国一つを守る事は不可能に近かった。
「これで、僅かでも差を埋められれば良いのだが」
「そうあってくれればと」
「うむ……」
カイトの言葉に皇帝レオンハルトは一つ同意する。と、そうして同意した所でハイゼンベルグ公ジェイクがやって来た。
「陛下」
「ハイゼンベルグ公……支度はどうか」
「は……兵士達の士気は十分。物資などもリデル家の手配により、一切の問題はなく」
「そうか……では、いつでも可能か」
「問題無く」
カイトとハイゼンベルグ公ジェイクが皇帝レオンハルトの所に来たのは、今回の演習があくまでも皇帝レオンハルト主導で行われるものであるがゆえ、彼が最終的に号令を掛けるためだ。なので最後の報告を、というわけだったのである。
というわけで、カイトから冒険者側の問題が無い事。ハイゼンベルグ公ジェイクからは貴族達の問題が無い事を聞くと、皇帝レオンハルトは立ち上がった。ここからは、彼の仕事だった。
「わかった……では俺は行くべき所に行く事にしよう。公らもまた、各々の場に戻れ」
「「はっ」」
最後の報告を終えて、カイトとハイゼンベルグ公ジェイクは皇帝レオンハルトの指示に頭を下げる。そうして皇帝レオンハルトが出ていった後に二人もまたその場を後にして、各々が行くべき場所に戻るのだった。
さて皇帝レオンハルトに最後の報告を終えて冒険部の所に戻ったカイトであるが、準備万端と言ってもそれで彼の仕事が終わるわけではない。皇帝レオンハルトが諸侯らや各国の要人らを集めて演説を行う間も、彼はやらねばならない事が山ほどあった。
「ティナ……どんな感じだ?」
「あまり良くはないが……お主の采配が功を奏したといえば、功を奏したと言えるかもしれん」
カイトの問いかけに対して、ティナは攻略側陣営全域に展開した小型ドローン型ゴーレムの映像を精査しながら答える。
「やはりそうなるか……皇国全土の連合軍も組むのは何十年ぶりだったか」
「はい……もう最後に組まれたのは五十年以上昔。最後に厄災種が出た時……ですね」
「やはり陛下が音頭を取らねば、こうなるか」
クズハの返答にカイトは顔をしかめながらも、わかっていた事と受け入れていた。そんな彼が見ている前では隊列こそ出来ているがいまいち連携が出来ていそうにない各諸侯の連合軍だ。
「危惧していた事ではあったが……やはり各諸侯が勝手に動こうとしている向きがある。それはおそらく、向こうも一緒ではあるんだろうが」
「守る側は良いが、攻める側は困るのう。攻める側は攻め立てれば攻め立てるほど、武勲を挙げられる」
「逆に言えば攻めなければ手柄は得られない、という事ですね」
「そういうことじゃな」
自身の言葉の言外の意味を口にするクズハに、ティナは一つ頷いた。これに、カイトもまた頷く。
「守る側はいくら活躍しようと防衛対象が落とされれば全部が無価値だ。故に無理して攻め込む必要がない……諸侯の統率であればこちらが若干不利か。アイギス。ブランシェット家旗艦に連絡を」
「了解……どうぞ」
カイトの要請を受けて、アイギスはアベルが乗るブランシェット家の旗艦に通信を入れる。そしてこのタイミングだというのに入った連絡であるが、アベルも来るかもとは思っていたようだ。
『この土壇場に、と言いたい所だが……おそらく状況はそちらの方がわかっているのだろうな』
「そう、言って良いだろう。各諸侯の動きがやはり急いている。活躍しようという意気込みは買うがな。隊列やら作戦を乱されても叶わん」
『わかっている……そちらこそ、冒険者の統率は良いのだな?』
今回なのであるが、マクダウェル家がユニオンに所属する冒険者の統率。ブランシェット家が各諸侯の統率を行う事になっていた。そしてこれにはやむにやまれぬ事情があった。
「問題はない。冒険者を抑え込める奴らはオレの正体を知っている。そしてそいつらは全員がオレと肩を並べた奴らだ。オレよりあいつらの方が下手を打つ怖さと、ハイゼンベルグ公のヤバさはわかっている。クオンは見捨てるだろうし、最悪はあいつが切り捨てるだろうさ」
『剣姫クオンか……頼もしいな。それで各諸侯だが、それについてはこちらでなんとか抑え込むが、万が一の場合には支援は頼みたい』
「わかっている……が、どこまで抑制出来るかという所だ」
アベルの要請に対して、カイトは深い溜息を吐いた。そんな彼に、アベルが笑った。
『まぁ、貴殿の場合は仕方がないのだろうが』
「命令無視の常習犯だったからなぁ……ウチが言っても説得力無いんよ」
『なまじそれで成果まで上げてしまっているから、下手ないちゃもんを付けられても叶わんな』
「そーなんだよなぁ……」
「「あはは……」」
盛大にため息を吐いて呆れ返るカイトに、クズハもアウラも笑うしか出来なかった。これは本当にカイトが悪いとしか言いようがなかった。
彼は基本命令無視をした挙げ句、武勲を挙げて帰ってくる事多数なのだ。これは彼の類まれなる戦闘力は勿論、ティナやウィルらの支援があってこその成果だ。これは多少軍略を学んだ者なら誰もがわかっている。
が、後世になれば結果が全て。なので現代では時にカイトの事を例に挙げて命令無視を正当化――結果さえ出せば問題無い――するような指揮官も存在しており、マクダウェル家が制止してもカイト自身の事を言われれば強く出られないのである。
「とはいえ、命令無視されても困るというか……隊列を乱されると被害が増えるんだが」
『何を言っても貴殿では説得力がなさ過ぎるな……貴殿の場合、逆に被害を減らしたのだからな』
「あはは……はぁ……」
自分の過去に問題がある。そう言われればカイトも認めるしかないのであるが、その結果暴走して良いような考えになられても困る。為政者となってそれを理解していたカイトはそれ故にこそ、ため息を吐くしかなかった。そんな彼に、ティナが指摘する。
「お主は例外と思っておらねば痛い目に遭うとわからんかのう……いや、わからぬ奴じゃからこそやろうとするんじゃが」
「自分達がやった所で真似出来ん、とわかってくれれば良いんだがね。まぁ、それは良い。とりあえず諸侯の抑えは頼む。こちらは裏からユニオンの連中の統率を行う。向こうの優秀な指揮官軒並み取られちまってるからな」
現状、防衛側の有名冒険者にはバルフレア、レヴィというユニオン全体で動く場合に総指揮を担う二大巨頭が揃っている。加え、八大ギルドの一角であるアウィスもあちらだ。
それに対して攻略側はウルカ共和国の依頼で参戦したバーンタインぐらいしか――クオンはあくまで剣士なので指揮しない――冒険者達全体の総指揮を担うことが出来る者はいなかった。
が、その彼とて軍略などの戦略面に優れているわけではない。必然、マクダウェル家を介してカイトが総指揮を取らねばならなかったのだ。結果、更にカイトには負担が掛かる事になっていた。
『わかっている……そちらも頼む』
「ああ……さて」
アベルに諸侯の抑えを念押ししたカイトは、改めて冒険者達の状況を確認する。面倒だが、分身などもフル活用して総指揮と戦士としての二つの戦いを行うつもりだった。
「こーやって自分でやろうとするから、駄目なんだろうがねぇ……」
「なんぞ言ったか?」
「いや、なんでも無い」
「しょいこみすぎじゃ、馬鹿者」
どうやら何か言ったか、と問いながらもおおよそはわかっていたようだ。はぐらかすカイトにティナが苦言を呈する。が、こうしなければならない事はわかっていたのか、それ以上は何も言わなかった。
こうして最後の最後までチェックに余念のなかった彼らの見守る中、皇帝レオンハルトの号令により演習がスタートされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




