第2634話 合同演習編 ――前日――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習。それに貴族のマクダウェル公として、冒険者のギルドマスターの一人である天音カイトとして参加する事になったカイト。そんな彼はハイゼンベルグ公ジェイクと共に開始直前の最後の視察を終わらせると、それに合わせるかの様にやって来た冒険部の面々と合流。
新入り五人に対しての挨拶や上層部の面々との間でミーティングを終わらせると、その後は今回の加入により自身の部隊所属となったエルフの血を引くルルイラという少女の助言に務めていた。
「ん、そんな感じで良いだろう。幸か不幸かあの偃月刀との重量バランスの差はさほど無いはずだ」
「……はい」
ぶんぶんぶんっ。数度大剣を振り回してみて、ルルイラは一つ頷く。そうして彼女が大剣を背負い、一つ頷いた。これはカイトの言う通り不幸中の幸いなのであるが、あの偃月刀は無理やりバランスを整える様に金属が柄の中に仕込まれていた。その結果重心が大剣に似た位置に来てしまっており、結果的にルルイラが大剣に転向するのに優位に働いたのである。
「良し……じゃあ、とりあえず。一度戦ってみるか……戦うって言っても攻めてみろ、って話だが」
兎にも角にもぶっつけ本番で戦わせるわけにもいかないし、かといってあの偃月刀を使い続けさせる方があまりに危険すぎる。なので選択肢はこの大剣を使って戦うしかないのだが、そうなると一度は実戦経験を積ませておきたい所だった。というわけで、カイトは簡易の双剣を魔力で生み出す。といっても、一つは腰に帯びてもう一方を片手で構えていた。
「片手ですか?」
「流石に亜流の戦士を初手から戦わせるわけにもな……ああ、言っておくが逆にオレはこいつは使い慣れないから、あまり期待するなよ。慣れないから片手だけ、ってわけでもあるからな」
ルルイラの問いかけに応じながら、カイトは左手で剣帯のもう一振りを軽く叩く。この一つを使わせるかは、お前次第。そう言わんばかりだった。そうして、カイトは左手を後ろに回して片手剣を騎士がするかの様に自らの前に構える。
「さ……模擬戦だ」
「よろしくおねがいします」
一礼するカイトに応じて慣れないながらも一礼したルルイラが、一度だけ深呼吸する。そうして、彼女がソラ達にも見せた切り込みを見せた。
「はっ」
とんっ。軽い感じで地面を蹴るも、ルルイラの速度はやはりランク帯から見れば頭一つ飛び出た速度だ。故にほぼほぼ一瞬に近い領域でカイトの斜め上にたどり着いていた。
「うん、良い速度と威力……だが」
「はぁ!」
カイトが後方へとふわりと飛び上がると同時に振り下ろされた一撃は十分な威力を有する物だ。確かに同ランクの魔物であれば一撃で致命的なダメージを与えられるものだし、初手でこれをタイムラグ無しで放てるのは正直素晴らしいものだった。が、それ故にこそその後に待つ反動が大きすぎた。
「うん。この一瞬は本当に無駄でしかないな。おそらく威力過重になってしまって、反動が大きすぎるんだ……連携を鑑みるのなら大いにあり……いや、無しか」
流石に反動が大きすぎてフォローが厳しいかもしれない。カイトはルルイラの一撃に対してそう判断する。とはいえ、苦言を呈するのは誰でも出来る。なのでカイトがするのはそこから先の助言だった。
「んー……常道としては反動を低減するために威力を減らすってのが常道だろうが……それは面白くないな」
「何かありますか?」
「そうだなぁ……これはオレが大昔にやってたんだが……ちょっとどいてくれ」
反動を完全に殺しきったルルイラを横にどかして、カイトは片手剣を大剣へと組み替えてしっかりと地面を踏みしめる。
「ふっ」
ルルイラがする様に、カイトは軽く上に飛ぶ。そうしてそのまま地面に大剣を叩きつけた彼は過剰な反動を全身を伝わせて全部を外へと放出する。
「ふんっ! ん……こんな所かね」
「今のは……何が?」
「全身を伝わせて反動をすべて外に出した。まぁ、軽度の反動なら周囲への一瞬の威嚇になるし、こうする事で自分へのダメージも低減出来る……結構自分への反動、デカいだろ?」
「……」
こく。カイトの指摘にルルイラは一つ頷いた。これにカイトも一つ頷く。
「だろうな……ま、そこに関しては追々反動を殺すのではなく反動を受け流す方向で修行を行っていけば良い。よし。じゃあ、ここからはそれに力点を置いて戦ってみようか」
「はい」
カイトの指示に、ルルイラが一つ頷いた。そうして、その後も暫くの間カイトはルルイラの指南に努める事になるのだった。
さてカイトがルルイラの指南に努めてから二時間ほど。一度休憩を挟んで槍や斧など冒険者が一般的に使う武器に持ち替えてを繰り返して一通りの戦い方を経験させていたのだが、そこにホタルが舞い降りる。
「マスター」
「おーう、なんだ?」
「クズハ様とシャーナ様が到着されると連絡が。正確にはお二人の乗る飛空艇ですが」
「ああ、そういう……っと」
「ととと……」
ルルイラとの攻防を繰り広げていたカイトであるが、軽く地面を蹴って距離を取る。なお、攻防というが単に攻め込まれた場合にどう防ぐか、を経験させるために攻め込んだだけで本気では攻め込んでいない。というわけで空振ったルルイラを鎖でフォローしつつ、カイトは北側を見る。
「随分と日が落ちたか……現在位置は?」
「ここから一時間ほどの所との事です……どうされますか?」
「行くのは確定だ。が、とりあえず汗を流して着替えて会いに行く」
「了解」
「ルルイラ。今日の訓練はここまで。後は自分で頼む」
「はい。ありがとうございました」
カイトの指示にルルイラが一つ頷いて頭を下げる。そうしてそんな彼女を背に、カイトは一度飛空艇に戻って汗を流してシャーナの到着を待つ事にするのだった。
さてカイトがクズハとシャーナ到着の報告を受けて一時間後。彼は着替えを終わらせると飛空術でエンテシア砦へと密かに移動して、ティナと共に――旗艦の確認のため――彼女の到着を待っていた。
「……見えた。てかなーんで、オレ自分の艦隊を出迎えてるんでしょ」
「仕方があるまいて。お主の艦隊言うてもお主自体がおらん事になっとるんじゃからのう」
「ですねー」
そもそも自分が乗るべき艦隊に自分が居ないのはどうなのだろう。そう思うカイトであるが、ティナの指摘にご尤もと頷くしか出来なかった。というわけで見る間にマクダウェル家の旗艦とシャーナの飛空艇がエンテシア砦近郊に設けられた軍用の空港に停泊する。
「じゃ、後で報告頼むわ。オレは一旦シャーナ様に挨拶してくる。後向こうの武官の様子も確認しておきたいしな。他にも色々と聞いておきたい事もあるし」
「うむ……まぁ、今回は状況的に旗艦を主軸とした砲雷撃戦にはなるまいが……調整はしっかりしとかねばのう」
「頼む」
ティナの言葉に頷きながら、カイトは自分はシャーナの飛空艇。ティナはマクダウェル家の旗艦に別れて乗艦する。というわけでシャーナの飛空艇に乗り込んだカイトはそのまま最奥にあるシャーナの部屋へと移動する。
「シャーナ様。お久しぶりです。暫くお目にかかれず申し訳ありませんでした」
「カイト。忙しくしていたと聞いていましたが……元気そうで何よりです」
ここ暫く、カイトは合同軍事演習の準備に忙しくマクダウェル公爵邸にさえ帰っていなかったのだ。であれば必然シャーナとも会えていなかった。特に彼女の場合は行動は制限されている。殊更、公務やマクダウェル家以外では会う事が出来なかった。
「ええ……なんとか、という所ですが。幸いまだ公的には復帰していないおかげで、他家より随分業務は楽になりました」
「なるほど。それで」
「はい」
とりあえず元気そうなら何よりだ。お互いにひとまずお互いが元気である事で良しとしておく事にする。というわけでひとまずの挨拶が交わされた所で、シャーナが夕闇に照らされるエンテシア砦を見る。
「それにしても……ここがエンテシア砦ですか」
「ええ……マルス帝国と当時の叛乱軍の最終決戦の地です。今はもう、その名残りはその名を残してほぼありませんが」
「実を言うと、ラエリア王国の王族……引いては現在の帝政ラエリアの帝室も、エンテシア砦には誰も来た事がなかったそうですよ。なので私が初めてだそうです」
「そうなのですか」
どうやらこれはカイトも初耳だったらしい。が、これにはきちんとした理由があったようだ。
「ええ……エンテシア砦はちょうど皇都エンテシアとマクダウェル領マクスウェルの中間にあります。王室にせよ帝室にせよ、訪れる必要があまりなかったみたいですね」
「なるほど……そもそも他大陸の王族やらが移動出来る様になったのは飛空艇が一般化して以降。以降は飛空艇に宿泊施設と同様の機能が備わる様にもなったため、と」
「そうなります」
思えば確かにオレもラエリアの主要都市のいくつかには公爵になった後は行った事がなかったな。カイトは陸路を使わなくて良くなったからこそ訪れない様になってしまった都市を思い出して、エンテシア砦がその一つだったのだと理解する。
「ある意味では、ここがエンテシア皇国にとって始まりの地なのでしょうか」
「どうなのでしょう……ここからイクスフォス陛下が今の皇都へ居を移されたのが七百年前。義父ヘルメス、ハイゼンベルグ公がそれを提案したとの事でしたが……」
エンテシア砦を捨てた理由は当時の技術では荒れた大地の再興が難しかった事と、防衛上の理由だという。
「エンテシア砦をワンクッション挟む事で皇都への備えとした、との事ですが……」
「確か皇都エンテシアは陸路から攻めようとするとここを必ず通らねばならないのでしたか」
「ええ。エンテシア砦は皇国の中にいくつかある地脈・龍脈が収束する地の中でも有数の巨大さを誇ります。大規模な侵攻を考えるのであれば、ここを抑えないでの侵攻はまず考えられない。現代でも飛空艇の修繕・補給などを考える場合、エンテシア砦は最重要の場所になる」
「確かに……ここはマクスウェル以上に魔力が濃い感じがあります」
「はい……まぁ、マクスウェルは意図的に散らしているのですが……」
あまり魔力が集まりすぎても今度は扱いにくくなる。魔族領の統治を行っていたティナの助言に従って、街の基部にあまり魔力が蓄積し過ぎない構造にしていたのである。とはいえ、そんな事をしている街はシャーナは聞いた事がなかったようだ。
「そうなのですか? そんな事をしている街は聞いた事がないですが……」
「ああ、これはオレ達が居る事が理由みたいですね。オレ達の出力は膨大すぎる。でかすぎるが故に地脈や龍脈に引火してどかん、とならない様にある程度抑制しているんですよ」
「あ、あー……」
相変わらず規格外の男だった。シャーナはカイトが保有するという莫大な魔力を思い出し、それはあり得るかもしれないと頬を引きつらせながらも納得したようだ。実際、カイトも理由を聞いた時は唖然となっていた。
「それはさておいても、このエンテシア砦に収束する魔力量はエンテシア皇国でもトップテンに入る領域です。かつてはぶっちぎりのナンバーワンだったみたいですが……皇国の領土拡大と地殻変動などによって、というわけですね」
「そうですか……」
やはり国には色々な歴史があるのだろう。シャーナはカイトの解説を聞きながらそう思う。と、残念ながらそんな穏やかな歴史の談義をしていられるわけがないのがこの二人の立場だ。故に、カイトは少しだけ後ろ髪引かれながら、頭を下げる。
「シャーナ様。もう暫くお話しておきたい所ですが……」
「わかっています。兄の使者ですね」
「はい。少将ともお話致しませんといけませんので……」
今回、カイトがこちらに来たのは表向きはシャーナと話すためであるが、実務であればシャリクが寄越した軍のおえらいさんと話さなければならなかった。
というわけで、そちらにも顔を出さねばならなかったのである。そうして、彼はシャーナの所を辞去してラエリア軍の少将の所へと向かう事にするのだった。
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