第2632話 合同演習編 ――ブリーフィング――
皇帝レオンハルト主導で行われる合同軍事演習にマクダウェル公として準備に勤しんでいたカイト。そんな彼は皇都においてユニオンとの調整や演習を受けた高位冒険者の供給の減少の穴埋めなどを行って過ごし、その後は冒険部に先駆けエンテシア砦に到着。演習場の視察を行いながら冒険部の到着を待つ事になる。
というわけでソラ達が率いてきた冒険部と合流した彼は、自身が不在の間に加わった新人五人と対面。各々に決まった所属を使えると、その後は自身の配下となった偃月刀使いの少女ことルルイラに大剣使いへの転向を進め、その使い方の簡単な説明を行っていた。そうして、それも終わった後。結局一時間は丸々ルルイラへの教示と新入り達への案内で終わっていた。
「けーっきょく休んでる暇なかったぜ……」
「すまん……思った以上にタイトな時間になっちまったか」
「いや、良いよ。一時間しか無いのわかってて、話し込んだのは俺だし」
カイトの謝罪に対して、ソラが慌てて首を振る。結局なのであるが、カイトだけでなくソラと瞬の二人もその後も軽く今後の方針などを話し合ってしまっていたようだ。一方の灯里とティナは技術的な話が入るので今やっても、という判断があり帰ってからとしていたため、軽く流れだけ話して早々に帰らせていた。
「お主らに関してはやはりこの後もすぐに実戦があるからのう。流れで話し込んでしまうのは仕方がなかったのやもしれんな」
「そうだなぁ……」
少し時間を見誤ったかもしれない。そんな様子のカイトであるが、やはり少しやってしまったなという様子はあった。が、集合時間はすでに伝えていたし、ブリーフィングも長々とやるつもりはない。というわけで、カイトは気を取り直すことにした。
「まぁ、そこまで念入りにブリーフィングするつもりはない。気楽に構えてれば……」
「なわけねーだろ……参加者やべぇよ……」
「あははは」
今回はユニオンの大物が揃いも揃って参加しているというのだ。気楽に構えろ、と言われても油断したらアウトになる可能性は高い。気楽に構えられるのはカイトを筆頭にした猛者だけだと言い切れた。
「ま、それはそれとして……そろそろ時間か。モニターチェック……良し。マイクテス。一条先輩。そっち大丈夫か?」
『ああ。聞こえている』
部長連がもう一隻に集まっていることを受けてそちらに向かった瞬――部長連の統率は彼が行うので一緒の方が都合が良かった――の返答に、カイトは一つ頷いた。
「よし……そっちの人員は?」
『すでに全員揃っている』
「そうか……では少し早いが、ブリーフィングを開始しよう」
すでに揃っているのなら無意味に駄弁る必要もないか。カイトはそう判断。モニターに演習場周辺の地図を展開する。
「まず今回の作戦内容だが、すでに通達されている通り攻略側は街の視認が不可能な領域から侵攻し、都市部の攻略を目指す。攻略側は西から……このように一直線に攻略を目指すことになる」
『改めて聞くと……若干防衛側が有利にも思えるな』
「まぁ、聞くだけだとな。だが実際には防衛側には演習開始時点で街の防衛施設の一部が破損。結界も即座の展開は不可能などの枷が掛けられている。なので実際には防衛側は演習開始時点で結界・防衛設備の復旧・応急処置を行わねばならない、と時間が掛かればかかるほど圧倒的不利な状況にもつれ込む」
瞬の発言に、カイトは演習場全域を覆うように半球状の結界の映像を展開。しかしこれにばつ印を入れて、展開不可能なように表しておく。更には同じく西側の一部の防衛設備にばつ印を入れて、こちらもまた使用不可を明示しておく。
「防衛側の想定としては敵陣第一波、ないしは内部に入り込んだ敵勢力により防衛設備の一部が破損。内部の敵勢力は掃討したものの、続く本隊の到着を察知している状況か。演習開始のタイミングはその内部の敵勢力の掃討を完了した段階、と考えてくれ。なので結界や防衛設備の修繕は出来ていないし、こちらについては即座に終わらせることは不可能となる」
「相当な威力で破壊しないと無理じゃね?」
「敵を考えれば不思議はない。これで更に最悪の想定を加えるのなら、邪神による通信設備への干渉。及びそれに伴う一部兵力の洗脳による破壊活動まで想定されるが」
「「『うわぁ……』」」
そんな最悪も最悪の想定なんてして訓練はしたくはないな。カイトの想定する最悪――といってもこれも最悪の中でもまだ良い方というのがカイトの言葉だが――を聞いて、一同は顔を顰める。
とはいえ、今回は流石にそこまでの最悪は想定していない。そもそも今回の演習の主目的は最悪を想定して対応する訓練ではなく、今の兵士や冒険者に足りない都市部の攻略という大規模作戦を経験させることだからだ。
「とはいえ、今回はそれは想定されていないし、想定することもない。あくまでも都市部の攻略と防衛という今の時代では起きにくい状況を経験させることが最大の目的だ……とはいえ、破損状況がわかっていると対処もしやすい。なのでどこの部位にどのような破壊工作が行われるか、というのは攻略側が指定して中立となる近衛兵が工作を担当する。無論、演習に大きな影響が出ない程度にはなるが。防衛側は把握不可だ」
「ってことは、こっちは大体どれぐらいで修復できそうか、ってのはわかるのか?」
「それは残念ながら無理だ……そうだな。その点に触れておこう。今回の想定で言えば攻略側はどこの勢力による襲撃かわかっていない段階でのスタートとなる。逆に防衛側は初手の敵対勢力の相当によりおおよそのあたりがつけられている、というところか」
「でもおおよそ誰が参加してるか、どのギルドがどっちにいるかぐらいはわかってるんだろ?」
カイトの発言に対して、再度ソラが問いかける。これにカイトも笑って頷いた。
「まぁ……それはな。流石に想定がこれ、というだけでどうしても演習である兼ね合いから若干厳密に出来ないところもある。が、それは抜きにしてもどこにどういう部隊を配置するか、というのはこちらにはわからない状態でのスタートだ」
『敢えて攻撃に割り振って結界の再起動を遅らせる可能性もある、というわけか』
「そういうことだな」
瞬の言葉にカイトは一つ頷く。そして更に、彼は続けた。
「更に言うと、街の防衛兵器に関してもこちらの把握する以外も設けることが防衛側には許可されている。攻略側の想定としては敵陣営が持ち込んだ兵器というところだ」
「ということは……わかっている街の防衛兵器以外の攻撃兵器による攻撃を受ける可能性があるってことか?」
「そうだ。だから攻略側は街の防衛兵器以外の攻撃兵器も想定して動く必要がある」
『安易に突っ込めば一網打尽、か』
「十分にありえるな」
何が待ち受けているかわからないのだ。その時点で安易に突っ込むのは愚行としか言えないが、逆に時間を掛けることが最良とも言い切れない。待つことで高火力の兵器による一撃を受ける可能性もあるのだ。ここは悩みどころだし、指揮官たちの腕の見せ所だった。
「まぁ、これについては適時オレの方で判断するし、総司令部からの通達もあるだろう。ウチとしては初手は一度待機として状況の推移を待つ」
一番やりを手柄として求める冒険者はいるにはいるだろうが、それはやはりかなり危険を伴う行為だ。それ故の手柄ではあるが、これは完全に腕が求められる。自分たちでは不適任とカイトは判断したようだ。そしてこれについては他の面々も同意見であり、特に異論はなく受け入れられる。
『ひとまずは様子見が安牌か……何か今の段階で敵が取る手として考えられる手はあるか?』
「そうだな……まずは空中機雷の散布による時間稼ぎか。今回、こちらは遠距離からの高出力の攻撃は使えない。街を破壊してしまうからな。だから取れる手は近接戦闘による直接的な制圧のみになる」
前々から言われているが、今回の作戦の第二目標には街の住人たちの救出がある。なので街の住人を傷つける行為である行動は禁じられており、長距離からの砲撃戦は出来なかった。そんなことを改めて明示されて、藤堂がふと口を開いた。
『そういう意味で言えば、防衛側がかなり有利と言って良いのかな』
「そうですね……向こうは撃てば良い。こちらは威力を制限して、しかも標的まで制限される。砲撃戦に限れば、圧倒的不利でしょう」
『? 砲撃戦に限れば、と妙なことだね』
カイトが敢えて限定したことを受けて、藤堂が小首を傾げる。これにカイトではなくソラが口を開いた。
「ああ、そりゃ防衛側は飛空艇が墜落した場合、街の上に落ちることになるんで。下手に市街地への墜落を避けたら、防衛兵器が損なわれる可能性があるんっすよ」
『あ、なるほど……それに対してこちらは落ちても平原に落ちるだけだから、特段問題はないのか』
「そっすね……あとは飛空艇の総数に関しちゃこっち側が優勢なんで、その点で不利は補ってる感じですかね。出力で有利な防衛側と、手数で有利なこっち側。どっちも不利な点、有利な点があって最終的にバランスが合うようになってる、って感じっすね」
『なるほどね……』
ソラの解説に藤堂を筆頭にした面々は感心したように頷いた。そんな彼らに、カイトは一応付け加えた。
「あとはそれと、防衛側には街全域の防衛兵器と結界があることを忘れちゃいけませんね。たしかに飛空艇の総数としては攻略側が勝りますが、こちらにはそれが一切ない。無論、飛空艇の魔導砲より防衛兵器の砲が出力は高いことも少なくない。今回はアンバランスになると問題なのでバランスは取っていますが」
それで最終的には帳尻が合うのか。一同はカイトとソラの質問で納得する。と、いうわけで一通り話が出来たところで、瞬がカイトへと問いかけた。
『それだと防衛側の初手として安牌な手札は、機雷で時間を稼ぎつつ都市部の結界を再起動。合わせて各種防衛兵器の支度を整えて籠城戦を開始、というところか』
「それで間違いない。なのでそこから導き出すと、こちらの初手としては機雷を除去、ないしは破砕しつつ前進。都市の防衛網に穴をこじ開けて内部への潜入を図る、というところか」
『やることは簡単といえば簡単だが……』
そんな簡単にはいかないのだろうな。瞬を筆頭に誰しもが相手方に存在するバルフレアを筆頭にした猛者たちの顔を思い浮かべる。そしてそれはカイトも同様だった。
「そうだな。おそらくユニオンマスター・バルフレアを筆頭にした猛者たちが機雷の展開とともに出てきて、適時攻撃を仕掛けてくるだろう。それを含めて更に作戦を構築すると……」
カイトはそう言うと、モニターにバルフレアらの顔写真を添付。都市部から飛び出してきた彼らに向けて、攻略側の進行の矢印を向けて両者の間にばつ印を作った。
「機雷で足止めされた飛空艇を撃墜されないように、バルフレア達と戦うこと。それがこちらの仕事だろうな」
『もちろん、彼らだけではないよな?』
「そうだな。名うての冒険者達がこぞって攻め寄せてくる。最悪は普通にこっちの旗艦を撃破されかねない……まぁ、アイナの守りを突破できるのなら、だが」
流石にそれは無理だろうが。カイトはクズハの護衛役を兼ねるアイナディスをの写真をクズハ・アウラ組が乗るマクダウェル家旗艦の前に設置する。
今回の攻略側の敗北条件はクズハ・アウラ・アベルの三人の撃破――誰か一人ではなく全員――だった。なので防衛側がやることは簡単といえば簡単だった。無論、それを達成できることが簡単かどうかは別にして、だが。
「それに加えてアイナディスを主軸としたエルフ達の戦団。アウラの次元跳躍。ブランシェット家の獣人族を筆頭にした高機動戦団……そこらの守りを突破した上で旗艦撃破を狙う必要があるから、攻め込むのは一筋縄ではいかないだろう。無論、向こうもマクダウェル家とは長い付き合いだ。わかった上で戦術は構築するだろうが……それでも、無策になんとかなるわけではない」
カイトは解説を入れながら、マクダウェル家の旗艦の上にアウラとクズハ、ブランシェット家の旗艦の上にアベルを設置する。そしてその前に各戦団を設置すれば、攻略側の本陣の完成だった。
そこから更に防衛側の司令部である市庁舎にハイゼンベルグ公ジェイクとレヴィ。上空の飛空艇団の中央にアストレア公フィリップを配置すると、両陣営のおおよその初手の陣営の予想図の完成だった。というわけで、解説がてら両陣営の初手の配置予想を行ったカイトへと、ソラが問いかける。
「そだ。そういえば聞いておきたいんだけど」
「ん?」
「魔導機とか魔導鎧とかって今回もあるのか?」
「それはもちろんあるな。防衛側は近隣の基地から駆けつけた想定。攻略側は言うまでもなく持ち込んだ想定だな」
「ってことは……そこらの突貫もあり得る、と」
「そうだなぁ……流石に狙われたら厄介だ。気を付けるべきだろう」
「だなぁ……」
どうやら本当にラエリア内紛にも似た状況みたいだ。ソラはカイトの返答にそう思う。そうしてそれからしばらくの間一同は今回の演習のブリーフィングを行うことにするのだった。
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