第2631話 合同演習編 ――通達――
皇帝レオンハルトが主導する合同軍事演習にマクダウェル公と冒険部のギルドマスターの二つの立場で参加する事になったカイト。そんな彼はマクダウェル公としての立場で視察やらを行う必要性から、冒険部の面々に先駆けて一足先にエンテシア砦郊外に設けられた演習場にやって来ていた。
そんな彼は一日半近くに及ぶ視察を終わらせると、時同じくして到着した冒険部の面々と合流。今度は冒険部ギルドマスターとしての仕事に取り掛かる事になっていた。というわけで、その最初の仕事は新しく入った者達に対するそれぞれの所属を通達する事だった。
「良し、全員揃ったな」
「「「……」」」
ソラによって呼び出された新入り五人は、カイトの前で少しだけ緊張した面持ちだった。まぁ、ギルドの上層部の中でも最上位の面々が揃っている中に呼び出されたのだ。カイト達より更に年若い彼らが緊張しても無理はなかった。
「到着して早々に呼び出して申し訳ない。改めてになるが、カイト・天音。もしくは天音カイト。冒険部のギルドマスターだ」
一言で言えば複雑。威圧的な言葉にも聞こえたし、温和にも聞こえた。何と言えば良いかわからなかった。後に、この五人はカイトについてそう述懐する。が、その全員は声を揃えた。少なくとも一角の人物に間違いないだろう、と。そんな彼がそのまま続けた。
「まず、各員に辞令……というわけでもないがそれぞれの配属を通達する。今回の作戦ではそれに従った動きをどうすれば良いか、というのを学ぶ事を主軸として考えてくれれば良い」
ぱちんっ。カイトは告げると同時に指を鳴らして、五人の前に丸めた紙を出現させる。そしてこの意味は誰でもわかったようで、全員が迷いなくそれを手に取った。というわけで、それを開こうとする何人かを横目に、一瞬だけ迷っていた魔術師の少年が口を開く。
「……これは教えて大丈夫なものですか?」
「ああ。別に隠す意図はない。ただ組織として、書面による通達は必要だからな。それにこれからの話をする必要もあるから、先に中身だけ確認しておいてくれ」
「なるほど……わかりました」
カイトの返答に納得すると、先の少年を含め五人共中身を確認。各々が各々の所属を把握する。そうして彼らが自分の所属を確認した事をそれぞれの視線で把握して、カイトが口を開いた。
「さて……基本的には各々自分の得意分野や得物に合わせた所属になっているはずだ。大規模作戦において基本的にはそれぞれの隊長に従う様にしてくれ……まぁ、そんな事言われなくても各々が各々で自分の得物はわかっているはずだから、自ずと似た様な編成にはなるだろうけどな」
それはそうだ。盾持ちの少年と槍持ちの少年は揃って各々が配属された部隊の隊長を見て、納得する。言うまでもないが隊長の時点で得意とする得物が同じなのだ。
であれば必然動きは似通ってくる事になり、組むにしても一番やりやすかった。勿論、魔術師の二人にしても近接戦闘主体の部隊に入れられるのは困るだろうし、基本的には異論はなかった。が、疑問が無いわけではなかった。
「あの……私は?」
「君に関してはまぁ、特殊な武器を使っているからな。オレの指揮下は基本そういった特殊な運用を考えないといけない奴を集めている……んだが、後で一つ聞きたい事があるから、終わった後は少し残っておいてくれ。こっちは全員に関係がある事じゃないし、オレの冒険者としての個人的な疑問もあるからな」
「あ、はぁ……」
疑問を呈したのはカイトが面白いと評した偃月刀を持つ少女だ。彼女は試験でソラと瞬がそれぞれ片手剣、槍を使うのを見ていたので他二人がそちらに配属されているのを見て納得をしたが、同時に刀使いのカイトの下に配属されたのが少し疑問だったらしい。というわけで、話を後回しにしたカイトは一旦は事務的な話を終わらせる事にする。
「ああ……というわけでそれは横に置いておいて。今後何か申請する時なんかは一旦それぞれの上に申請。そこで一旦審査を挟んだ後に最終的にオレの所に来る形になる。なので基本的にはそれぞれの上に相談する様に頼む。ま、そうじゃないと全部オレに投げられても困るし、対応しきれんからな」
それはそうだろう。五人は全員がそう思う。すでに冒険部の規模は数百人規模だ。この全員の面倒をカイトが見るなぞ不可能に近い。この判断は当然であった。
「そういう所かな。今回の通達は以上。後についてはそれぞれの上から説明を受けてくれ。では、解散」
「おーし。イオク、お前こっちな」
「うっす」
「魔術師の子二人は一旦こっち来てねー。とりあえずティナちゃん紹介しとくから」
「「はい」」
カイトが解散を告げると同時に、それぞれの下に就けられた者達をソラ達が呼び寄せて小会議室として使う部屋の方々へ別れる。その一方、先の偃月刀持ちの少女はそのままそこに残っていた。
「良し……とりあえず。座ってくれ。立ちっぱなしで話す意味もないからな」
「あ、はい……あ、えっとルルイラ・ルボアです」
「知ってる。一応、書類審査をしたのはオレだからな。確かエルフだったな?」
「あ、はい……あまりそう思われないんですが……」
なんででしょうか。少し困り顔でルルイラはカイトへと問いかける。これに、カイトは笑った。
「あっははは。そりゃそうだ。エルフの武器は多くがレイピアや弓……スピードやテクニックに寄っている。偃月刀を使ったパワータイプの戦闘を行うエルフはかなり少ない。一応……年齢詐称とかは無いよな?」
「? してませんが。どうしてですか?」
「いや、知り合いのエルフの女の子は同じぐらいの年齢でももっと幼かったんでな」
それならやはり年齢不相応の体型もあるんだろう。カイトは体に関する事であるから口にしなかったが、内心でそう思う。
基本的な体型として高身長で細身である者が多いエルフ種であるが、それ故にルルイラの様に小柄で発育の良い肉体を持つというのはかなり珍しい。そんな彼女がカイトへと告げる。
「その方はおそらく純粋なエルフか、ハイ・エルフ達の血を引いているのかと」
「そうなのかもな」
後は戦争による栄養不足もあったかもしれないな。カイトは記憶に残る同年代のクズハを思い出し、やはり戦争の影響が大きかったのかもしれないと考える。
とはいえ、これは聞きたかった事の本題ではないし、混血である点や栄養不足を差っ引いてもルルイラはエルフとしては発育が良かった。多くの者達の疑問はそれ故だったのだろう、とカイトは判断。すぐに気を取り直す。
「……いや、それは良いんだ。聞きたいのは君の偃月刀の事でな」
元々皇都にカイトが居た時点でも彼が口にしていたが、偃月刀をなぜルルイラが使うかは謎だった。そしてカイトから見てルルイラは偃月刀じゃない方が良いのでは、と思っていたのでここで聞いてみる事にしたのである。
「偃月刀……ですか。あれが何か?」
「ああ……あれは誰かに聞いて手に入れたのか? もしくは誰かに師事したのか?」
「いえ……単に安かった事と手に入る中ではこれが一番しっくり来たので」
「あ、特に意味があるわけじゃないのね……」
あんな特異な武器を使うのだから何か特別な所以でもあったのか。そう思っていたカイトであるが、予想に反して何もなかった事に思わずたたらを踏む。とはいえ、それならそれで話はしやすかった。
「えーっと……それなら一つ提案なんだが。大剣に触れた事は?」
「大剣……ですか? ありません。高いので……」
「だろうな……」
偃月刀と大剣であれば大剣の方がかなり高い。理由は単純で、使っている金属の量が大剣の方が多いからだ。駆け出しの冒険者や一年未満の冒険者がおいそれと手を出せる物ではなかった。
「君が知っているかどうかは分からないが、大剣に手を出せない冒険者が偃月刀に手を出す事は時々ある。あっちの方が安いし、重量の面からだと比較的取り回しが近いからな……今持っている物が一本目か?」
「はい」
それだったらまだ自分の適性がわかっていなくても無理はないかもしれない。というわけで、カイトは一つ提案を行った。
「それだったら、大剣を使ってみる気は無いか?」
「構いませんが」
「え、あ、そう……」
「……? なぜ驚かれるのですか?」
「……いや、あっさり承諾したなぁ、って……」
確かになんというか独特な雰囲気を持つ少女ではあったが、ここまであっさりと承諾するとは思っていなかった。カイトはルルイラの返答にどこか毒気を抜かれたかの様に答えた。
「別にこだわりはありませんから」
「そうか……まぁ、その点はやはりまだ定まってないからか……」
どうやらルルイラにはまだこれと言って得物と言える得物が存在していなかったらしいな。カイトはそれ故にこその返答に気を取り直しつつ、異空間に収納してある大剣の一つを取り出した。
「っと……こいつは何かがあった際に使うか、って買った予備なんだが、これをやるよ」
「良いんですか?」
「オレ以外が万が一武器を損耗するような事態に備えた物だからな。立場上、最規模な作戦は多いからな。潰しの利く武器はいくつか常備してる」
「はぁ……」
驚いた様子のルルイラであったが、それ故にこそおずおずとした様子で大剣を受け取った。ちなみに、この予備は本当に何かに備えて用意しているのだが、これは彼の思考が大戦期の冒険者だからだろう。
あの時代は武器の損失は本当にありふれていたため、ユリィと二人旅の時代は自分のため。魔力で編める様になってからは仲間のための予備を持つ様にしていたのである。
「使い方については後で説明するから、一度魔力を通してみたりの基本的な使い方だけやってみてくれ。オレも幹部会議が終わったら一度使い方の説明をする……多分、問題無いとは思うけどな」
「はい」
武器にこだわりがない、というのは事実だったらしい。カイトから更に続けて渡された剣帯などの装備を受け取るルルイラの手にはあまり迷いが見受けられなかった。というわけで、その後はカイトは時間の許す限りルルイラの大剣の指南を行って、その後は幹部会議を行う事にするのだった。
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