第2627話 合同演習編 ――視察――
合同軍事演習開始まで後少しと迫った事があり、エンテシア砦近郊に設営された巨大演習場の視察に訪れていたカイト。そんな彼は一旦は秘密裏に行動したものの、すぐにハイゼンベルグ公ジェイクと合流。ユニオンからの護衛兼代表として視察に参加したアイナディス、ハイゼンベルグ公ジェイクの三人で視察を行っていた。
というわけで、彼らは一旦は結界などの展開の試運転を直に確認。そこで見えた問題点の是正に工兵達が努める間に、地下にあるという結界類の制御を行うコントロールルームの視察を行っていた。
「ここが結界や街全域のシステムを統括してコントロールするコントロールルームです」
「聞いてはいたが……思った以上に広いな」
「仕方がありません。本来は年単位で調整を掛けて土地に合わせるはずの大規模結界を急造して設置したのです。どこかしらで補佐は掛けないといけません」
「わかっている……すまん。苦言を呈するつもりはなかった」
「いえ……」
少し変に取られてしまったかもしれない。そう思ったカイトの謝罪に、案内の軍人は首を振る。というわけで気を取り直した案内の軍人が改めて説明した。
なお、カイトが驚いたのも無理はなく、このコントロールルームの広さはちょうど上層階丸々一つ分ぐらいありそうで、一般的な広さを大きく上回っていたからだ。
「それでこの部屋ですが、基本的には街全域に展開する結界を制御していますが、同時にハイゼンベルグ家からの要請に従った仕掛けを施しています。これについては……」
「わかっている」
僅かに伺うような視線をハイゼンベルグ公ジェイクに向けた軍人に対して、カイトはこれ以上聞くつもりが無い事を明言する。
「ありがとうございます。それで最終的な作戦目標としては攻め手側はこの地下のコントロールルームの奪取を目指す事になります……その最終目的となるのが、あの中央の中央コンソールですね」
「あれが」
カイトは部屋の中央。結界の起点となっている巨大な魔石を取り囲む様に設置されたコンソール群を見る。これを制圧する事が、今回のカイト率いる攻略陣営の最終目標だった。
「使い方は簡単ですか? 誰でも出来る、とは上から聞いていますが」
「誰でも、というのは若干語弊はあるでしょうが……少なくともお二人なら間違いなく操作可能と思われます」
カイトの言葉に笑う案内の軍人であるが、そんな彼は更にカイト達を部屋の中央へと誘う。そうして中央にあるメインコンソールの前に立って、彼が再び口を開いた。
「さて。これがメインコンソールになるわけですが、ハイゼンベルグ公」
「うむ」
「はい……こちらのメインコンソールからでも指揮が可能になっています。今回はユニオンから預言者なる人物が閣下の補佐として入られるとか。ご要望に従って、どちらからでも同じだけの操作が可能な様にさせて頂いております」
「そうか……実際には状況に応じて使い分ける故に片方しか使わぬかもしれぬが、世話を掛けたな」
「ありがとうございます」
ハイゼンベルグ公ジェイクのねぎらいに案内の軍人が一つ頷く。そうして話がされた所で、彼が問いかけた。
「試しに触っても良いか? 儂も使った事が無い状態で満足な指揮が取れるかどうかはわからん」
「どうぞ……ただ、現在はまだ各所の調整中ですので簡単な操作系の確認しか出来ませんのでご注意ください」
「構わん。基本操作さえ出来てしまえば、後はなんとかする」
案内の軍人の注意に頷きながら、ハイゼンベルグ公ジェイクはメインコンソールの前に設置されている椅子に腰掛ける。そうして斜め前に設けられていた操作用のモジュールに手を置いた。
「ふむ……基本の操作系は非常時の飛空艇の操縦桿に類似しておるな。若干煩雑なきらいもあるが……」
「よくご存知ですね……ええ。最悪の場合は単独での全システムの操作を可能とするため、根幹には飛空艇の非常システムを踏襲した操作系が作られています。こちらについてはマクダウェル家からの技術提供ですので、大佐は問題無いかと」
ハイゼンベルグ公ジェイクに驚いた様子を見せた案内の軍人であるが、そのままカイトを見る。なお、今回は流石にクズハ・アウラの名代として参加しているため、いつもの魔導機パイロットとしてのカイトではなく大規模作戦の指揮を執る事の出来る大佐の階級を持ってきていた。というわけで、話を振られたカイトがハイゼンベルグ公ジェイクの操るコンソールを見る。
「……なるほど。確かにこのシステムはマクダウェル家が飛空艇に搭載しているシステムと類似しているな。これなら最悪はオレ一人でもなんとかなるか」
「ええ……ですがハイゼンベルグ公がお出来になるとは驚きました。飛空艇の操艦の経験がおありなのですか?」
「まぁ、長生きしておるし飛空艇の黎明期には儂はマクダウェル家の後見人じゃったからのう。まだまだ飛空艇の事故も多かった時代も経験しておるので、万が一の場合に備えてマクダウェル家から人を寄越して貰った事がある」
「なるほど……御見逸れ致しました」
この飛空艇の非常システムだが、一応現代でこそ免許を取る上では必須で学ばされている。が、飛空艇が普及して五十年近く。技術の進歩によりほとんど使われた事例Gaなく、このシステムをオミットした飛空艇さえあったほどだ。
なのでこれほど手慣れた動きで出来る者がどれだけ居るだろうか、という領域だった様子だった。というわけで、下手をすると自分以上に手慣れた動きで非常用のシステムを操る彼に案内の軍人が頭を下げるのに対して、ハイゼンベルグ公ジェイクが笑った。
「良い良い。別に儂も学びたくて学んだわけでもない。どうしても他国とのやり取りで飛空艇を使わねばならない事も少なくなかったので、そうなると必然儂自身も学ばねばならなかっただけじゃ」
「そうですか……っと、話を本題に戻しますと、このコンソールから全ての操作が可能です。無論、そんな事をするのは最後の手段となりますので、あまり推奨は致しませんが」
「そうじゃのう……儂も多くの機能が使えぬ様になっているが故に扱えておるが、これ以上になるとあまり出来そうもない」
案内の軍人の言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクはコンソールから手を離して首を振る。これは謙遜でもなんでもなく、やはり街一つのシステムをすべてここからコントロールしようというのだ。
システムはあまりに巨大で、これを一人でなんとかしようとして出来るものではなかった。というわけで、ハイゼンベルグ公ジェイクはカイトに話を振る。
「カイト。お主は出来るか?」
「私ですか? 正直自信は無いですね……私も一応、ド級戦艦までなら非常システムを扱える自信はありますが……この領域になると流石に大きすぎる」
「であろうな……うむ。これは本当に最後の最後の手段になりそうじゃ」
「でしょう……我々としてもこれを使用して何か、というよりも各所と連携しつつ最終的な統括を、という形で想定しています」
カイトの返答に対してそれはそうだ、と納得した様子を見せたハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、案内の軍人もまた一つ頷いて同意する。まぁ、カイトに限って言えばこういった出来ない事を補佐するためにアイギスとホタルが居るのだ。彼当人がする意味は全くなかった。というわけで、案内の軍人は更に続けた。
「っと……それはさておき。どうしますか? 大佐とアイナディスさんも一度触られてみますか?」
「私は遠慮しておきます……これを使うことはまぁ、ありそうにないので。貴方は?」
「オレも良い。マクダウェル家が提供しているシステムなら、シミュレーションを組んでくれているはずだ」
「わかりました」
それならこれ以上ここに留まる意味は無いか。案内の軍人はカイトとアイナディスの返答に一つ頷くと、そういえばと一つ確認をしておく。
「ああ、そうだ。皆様おわかりだとは思いますが、この階層の内左右の部屋は演習に直接参加しない人員が演習中も結界類の微調整を行う事になります。そちらについては……」
「勿論、分かっている。こちらの突入部隊にはそれを伝達する事になっている」
「無論、儂らも左右のエリアに立ち入るつもりはない。何よりそこで何かが起きられると、こちらが不利になるからのう」
カイトの言葉に続けて、ハイゼンベルグ公ジェイクもまた問題無い事を明言する。この左右の部屋というのは、この大きなフロアの更に左右にある扉から繋がる部屋だ。
どうしても急造された結界などを用いているため、どこかにしわ寄せが来るのは仕方がない。が、そのしわ寄せで演習に影響が出ても困るので、演習中も左右の部屋で微細な調整が行われる事になっていたのである。
「ご理解いただけているのなら問題はありません。では、地下二階へ向かいます」
下手に伝達漏れがあり、左右の部屋で戦闘が起きると演習そのものが不十分な結果に終わりかねない。それを危惧していたのだろう。案内の軍人は二人の頷きを受けて踵を返して地下二階に続く階段へと足を運ぶ。
「ああ、そうだ。そういえば先のお話の続きですが、地下二階も立ち入りは禁止となっております。そちらについてもご了承ください。またこちらはハイゼンベルグ公にしか関係はありませんが、魔導炉の出力は上限五割増しで一時間までしか使えません。ご注意ください」
「それ以上になると、暴走の危険があるか?」
「はい……安全マージンを確保する事を考えると、それが限界です。まぁ、それでも結界の展開には十分な出力の魔導炉ですが……」
地下二階へ続く階段を下りながら、案内の軍人は一つ言葉を区切る。そうして、彼が改めて口を開いた。
「万が一の結界の崩壊に伴うバックロードを考えた場合、これ以上は危険と判断します。一応、上の左右の部屋で常に制御して安定するようにはしていますが、過信はされませんよう」
「わかった。肝に銘じよう」
魔導炉が暴走すれば流石に演習もなにもあったものではない。なので魔導炉のある一角は実際の演習時には結界で閉ざされ、立入禁止にされるらしかった。というわけで演習時には通れない地下二階への階段を降りて、一同は魔導炉のあるエリアにたどり着く。
「これが、この演習の動力を担う魔導炉です」
「一基だけか?」
「いえ……流石にこれ一基だけでは全体に魔力の融通を行う事は出来ません。ですので演習場の外に移動式の魔導炉を搭載した飛空艇を用意しています。そちらは各所に補助として使うためのもので、東西南北に分かれて一隻ずつ設けられています」
カイトの問いかけに案内の軍人が首を振る。なお、もし完全再現された街を動かそうとするとこれでは足りない。なので本来は発電所に類する物を設けるべきなのだろうが、こちらもやはり時間と経費の関係で専用の飛空艇で代用する事にしたようだった。そんな彼の言葉に、アイナディスがカイトに確認する。
「専用の飛空艇……確か飛空艇には災害時に使う飛空艇にそんな機種があったのでしたか」
「ああ。災害で魔導炉が停止した際に駆けつけ、一時的に動力を補うためのものだな。勿論、それで街全体がいつも通りの動きが出来る様になるわけじゃないが……病院などの重要施設の活動に問題が無い様にするためのものだ」
アイナディスの問いかけに対して、カイトは自身が開発させた物の一つである飛空艇の一つに言及する。こういった災害救助用などユニオンが動くような案件ではない時に使われる飛空艇はユニオンでは保有していない事が多く、この専用の飛空艇はその一つだった。なのでアイナディスもあまり知らなかった様子だった。そしてカイトの返答に案内の軍人も頷いた。
「そうですね……ですが今回は住宅があるわけでもありませんので、あくまでも結界の安定を目的としています。後はゴーレムの信号の維持のため、という所でしょうか。まぁ、あれは動かす事はありませんので本当に信号の発信を維持できれば良いので、様々な点から四隻で十分となりました」
そうだったのか。アイナディスは案内の軍人の言葉に納得を示す。そうして、その後も上の再点検などが終わるまでの間、市庁舎の各所の視察を行う事にするのだった。
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