第2625話 合同演習編 ――視察――
皇帝レオンハルト主導で行われる事になっている合同軍事演習。それに支度を命ぜられたカイトは開始まで後わずかとなった事があり、エンテシア砦にて最終チェックを兼ねた視察を行う事になっていた。
というわけで、皇都でユリィらと別れた彼は視察に同行したいというアイナディスと共にエンテシア砦に到着。案内を受けながら地上から演習場を見て回っていたハイゼンベルグ公ジェイクが見れなかった部分を見るとして、アイナディスと二人密かに上空から状況を確認しながら、中央にある市庁舎扱いの建物を目指していた。
「なるほど……確かにハリボテとは聞いていましたが。全体的な建物の構造などは同じですか」
「そう言ったろ? 流石に建物の一つ一つの細部までこだわっちゃいられん」
予算も時間も有限だからな。少しだけ興ざめな様子のアイナディスに対して、カイトはそう言って肩を竦める。そうして、彼が告げた。
「というか、決まって数ヶ月でここまで出来てる時点で凄いのよ。魔術使っても普通はこんな短期間で街を作るなんぞ出来るわけがない」
「それは……そうですね。これに関しては封建制度の故という所でしょうか」
「そうだなぁ……この拙速とも言える速度は封建制でしか出来ないものかもなぁ……」
もっと技術や資金があれば話が違うのかもしれないが。カイトはそう思いながらも、アイナディスの指摘に同意する。どう考えても民主主義国家では予算やら何やらと何度も稟議を行わねばならないだろう。そんな事をしていれば物事が動くまでに数ヶ月、下手をしなくても数年単位で時間が経過する事は珍しくなかった。
「……ま、良いか。とりあえず……そうは言っても、技術的にも時間的にもこれが限度だ。オレらの一撃だと街なんて軽く吹き飛ぶぞ」
「あなたの一撃の場合、この区画全域が軽く吹き飛びますね」
「あっはははは……いや、今のお前なら多分同じ事が出来るぞ」
「どうでしょう……私の契約は力より速度に力点が置かれていますので……」
「あー……確かに雷の契約はそっちか……」
一言で契約者と言っても、契約している大精霊に応じて使える力は異なっている。その中でも雷の大精霊こと雷華との契約は完全な雷化に始まり質量の極限までの低減やらによる重力の無視など、速度に関する内容が少なくなかった。が、それを思い出していたカイトはしかしふとそれにとどまらない事を思い出す。
「いや、よく考えれば電気を操れるんだから、磁力やらを操れば超特大範囲の攻撃可能だわ。全然速度重視じゃないわ。効果範囲やばいわ」
「そ、そうなのですか?」
「……磁力ってわかる?」
「……磁石の力ですか?」
「おぅ……」
それはわからないわけだ。アイナディスの反応にカイトは彼女が磁力そのものの観念が無い事を理解する。が、これに彼はどちらかといえばなるほどと思うばかりだった。
「そういえばインドラのおっさんもレールガンやらを自分の力だけで出来るってわかったのつい最近って言ってたなぁ……ってことはやっぱ、その世界の水準に当てはめてしか知識は手に入らないのか」
「はぁ……」
「磁力ってのは磁石の力って事でまぁ、大雑把には間違いないんだが……どう説明したもんかね」
イマイチ何がなんだかさっぱりわかっていない様子のアイナディスに対して、カイトはどう説明したものか、と悩む。確かに磁力という言葉を日常的に使っていても、磁力という言葉の意味を正確に説明しろと言われても困るだろう。
そもそも地球でさえ磁力などの電気力学が一般的になったのは二十世紀以降――無論学問としては更に前だが――の事なのだ。これを近現代に近いとはいえまだ中世にも片足を突っ込んだ科学水準であるエネフィアで知っていろ、と言われても無理筋だった。というわけで、四苦八苦しながらもカイトは磁力についてをアイナディスに説明する。
「……とどのつまり、私が磁石みたいになれば良いのですか?」
「そう考えれば良いよ……で、磁石は多くの金属に引っ付く。だから磁力を操れば金属を操れるし、地中に含まれている金属を利用して広範囲に攻撃も出来る……そんな所」
「なるほど……今度の演習でやってみますか……」
「やめろ……今しがた下手を打つと簡単にここら一角が壊滅するって話した所だろ……」
バチバチと雷を指から放ってみて少し遠くに見えた鉄の棒を引き寄せてみたアイナディスに、カイトは一つ首を振る。と、そんな彼の一方で引き寄せは出来たがそこから先を考えて、アイナディスが小首を傾げる。
「……でもこれ引っ張るのは良いですが、どうやって離せば……」
「あー……磁性体にしちまって反発させるってのが一番手っ取り早いんだろう」
「……磁性体」
「すまん。磁石。契約者の力で金属を磁石にしろ」
専門用語は入れないようにしなければ。カイトはほぼほぼ考えなしで話していたため、うっかり口をついて出た言葉を修正する。が、そうして言い直しても、アイナディスには理解が出来なかったようだ。
「? 磁石は磁石なのでは?」
「えっと……そうか。契約者の力で無効化しかやった事無いのか……」
「???」
ここらやはりカイトは契約者としての力に関しては一日の長があるのだろう。しかも彼の場合は精神世界に大精霊達が屯しているため、勝手に教えられるのだ。結果、現在時点での契約者の出来る事はほぼすべて理解しているに等しく、アイナディスが知らない事を知っていても不思議はなかった。
「別に契約者の力は無効化だけが能じゃない。有効化も出来る。だから本来磁石でない物に磁石としての性質を与える事だって出来るんだ」
「な、なるほど……さ、さすがは大精霊様のお力……」
普通にはかなりの大魔術でないと出来ない事をいとも簡単に出来てしまうあたり、やはり流石は大精霊の契約者としての力なのだろう。アイナディスは契約者なら出来るのだ、と言われてすんなり納得してしまっていた。
「……あれ? ですがその口ぶりだと……」
「出来るぜ、勿論な」
何かに気付いたアイナディスの様子に、カイトはにたりと笑う。
「そこが、契約者の力とでも言うべき所だろう。基本どんなものでも魔術を使えば……いや、魔術を使わなくても磁性体と化す事が出来るんだが、契約者の力を使えば効果範囲全域の概念に磁石としての性質を付与する事だって出来ちまう。概念そのものを磁石に、なんて流石に魔法でもないと出来ないし、魔法でもどれだけの労力を使うか……ティナにでも聞かないとわからんな」
「……え?」
「え、あれ?」
これに気付いたんじゃなかったのか。そんな様子で驚愕に包まれるアイナディスにカイトが逆に驚きを露わにする。
「え、いえ……てっきり人を磁石みたいに出来るのかと……」
「え、あ、いや……それも出来るけど。そんな程度だと思って貰っても……」
「そ、それは確かに……」
どうやらアイナディスとしては想像を遥かに上回ってしまっていたのでびっくりしたらしい。が、確かにカイトの言う通り、人を磁石に出来る程度と言われればそんな気がしないでもなかったようだ。というわけで、そんな彼女が若干困惑気味にこう述べた。
「と、とりあえず……大精霊様のお力は奥が深い……ですね」
「……そうだな。もし何か聞きたい事があったら、聞いてくれ。アイナよりは契約者として長いからな」
「そ、その時はお願いします」
どうやらまだまだ自分の知らない所は多そうだ。アイナディスはカイトのせっかくの申し出を素直に受け入れておく事にする。というわけで若干変な空気が流れるのであるが、いつまでもこんな本筋に関係のない話ばかりもしていられない。アイナディスが気を取り直した。
「えっと……とりあえず視察に戻りましょう」
「そうだな……えっと……」
とりあえず気になる所は何かあるだろうか。カイトは完全に用意されたテンプレートに当てはめるような形で建造された数々の建物を見ながら、何か気になる点が無いかを確認していく。
「ふむ……若干美品の扱いが乱雑……でしょうか」
「うん?」
「あちらを」
「ふむ……」
アイナディスの指差す方向を見たカイトであるが、そこでは軍の工兵だか雇われた建設作業員だかはわからないが、一般市民代わりとなるゴーレムを建物の中に運び込んでいた。が、やはり何十どころか何千何百と運んでいるので、若干乱雑に扱っている様子が見て取れた。
「おそらくハイゼンベルグ公の前ではあのように乱雑に……ややもしれば蹴飛ばすようには運ばないでしょう。今回、あのゴーレムは一般市民代わりとなります。内蔵の発振器が壊れればそれだけで両軍の減点となります」
「まぁ……そうだな。少し注意させておいた方が良いかもしれんか」
このぐらい良いではないか。蹴ると言っても馬鹿みたいに蹴るわけではないのでそう思わないでもないが、力加減を考えているようにも見えない。そして壊れてしまったら大事だ。
開始前から減点が計測されているとあまりよろしくないだろう。その一因になるだろう要素を見てしまった以上、注意はしておくのが責任者の仕事と言えた。そうして少し考えた後、カイトは一つ頷いた。
「……そうだな。この後控えている試験的な魔道具の始動で、各計器の状態もチェックさせる。そこでエラーが出ても出なくても、それとなく注意はさせておくか」
「それが良いかと。そのために、敢えて見えない所で動いているのですからね」
「そうだな」
確かにこういった隠れて下手な事をしていないかを確認するために、カイトとアイナディスは小型艇で乗り込んで、案内まで断ったのだ。今回は皇帝レオンハルト主導であるとしている以上、しっかりしておこうと思ったようだ。
「後は何かあるかね……」
「後は……まぁ、若干脆そうという先ほどのお話ぐらいですか」
「脆いのは言うな。そもそも一般家庭想定の建物にオレらの戦闘に耐えうる強度は求めるなよ」
「わかっています。言っただけです」
カイトの苦言に対して、アイナディスがどこか冗談めかした様子で笑う。まぁ、確かに彼女が建物に被害を与えるように戦うとは思えないし、何より今回の戦闘では都市部への被害を両軍とも最小限に抑える事が作戦目標の一つに入っていた。
「それに何より、脆かろうと当てなければ良いだけの話です。ただあまり脆すぎると余波で倒壊されても困りますので」
「それは確かにそうだが……それも含め、ある程度は耐えられるようにはなっている。全力を出せば話は別だが……そこまではしないだろう?」
「そうですね……まぁ、その余波も制御すれば問題ありませんか」
「そういうことだな……ま、そこまで出来るのはごく一部だろうが」
それが出来ない者達に自分達の力でどれだけの被害が生まれるのか、というのを知らせるのも今回の演習の目的の一つだ。カイトはそう口にする。そうして、その後も二人は少しの間演習場を上空から見て回りながら、市庁舎を目指すのだった。
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