第2616話 合同演習編 ――船団の長――
合同軍事演習の開幕に先駆け、マクダウェル公としての仕事で皇都エンテシアにやって来ていたカイト。そんな彼は日々軍やユニオンが手に負えない魔物討伐や政治家としての仕事を行いながら日々を過ごしていた。
というわけで案外忙しく急いでいた彼であるが、合同軍事演習の開始まで僅かとなったタイミングで五公爵での会合を持つ事になる。そこで現状合同軍事演習の開始が危ぶまれるようなトラブルは発生していない、と各自が納得した所で会議は終わりとなり、彼はフロイライン邸へと帰宅していた。
「そうか……ってことは、バルフレアは<<天駆ける大鳳>>の船団で来るのか」
「ええ……色々と話すのにちょうどよいから、と八大全部に声を掛けたみたいですね。他大陸に本拠地を置く八大はギルドマスターの委任を受けた幹部級の参加を求めたそうです」
「そうか……<<天駆ける大鳳>>のギルドマスターは見た事がないんだが……どんな奴なんだ?」
もともとバルフレアとしてもカイトには八大の集まれる奴にはとりあえず声を掛けたい、と言っていた。なので最低限半分ぐらいは来るかと思っていたが、思った以上に集まれそうだった。
というわけで彼の興味は八大ギルドの中で唯一会っていないギルドである<<天駆ける大鳳>>のギルドマスターに関する事だった。
「どんな、と言いましても……若い男ですね。八大の中では最若輩です。おじいさんがあなたの屁理屈に憧れて、飛空艇船団を設立。そのままそれを本拠地としている現代風のギルドですね」
「そういや、なんか総会の時にも言ってたな。オレに憧れて飛空艇船団を作り上げたって。あれ、どういう意味なんだ? 名前ぐらいしかオレも知らんのよな」
自分が総大将として君臨した場合にどうだ。そんな問いかけをされた時、<<天駆ける大鳳>>のギルドマスターという男がそんな事を言っていた気がする。カイトはそれを思い出し、同じく八大であるアイナディスに聞いてみる事にしたようだ。
「ああ、あれですか。契約と制約の国は覚えていますか?」
「あー……懐かしいなぁ。あの時、カイトが思いっきり屁理屈言ってたねー」
「正確にはシステムの穴を突いたっていう所だが」
アイナディスの問いかけにユリィが笑えば、カイトもまた少しだけ苦笑を滲ませる。この一件はカイトの為政者としての手腕が頭角を現した一件であり、世界的にもそれなりには有名な一件だったらしい。それ故にか二人の記憶にも色濃く残っていたようだ。これにアイナディスも笑う。
「あはは……そして同時に、飛空艇船団が当時の誰も想像していなかった存在である事を如実に知らしめた一件でもありましたね」
「まな……制約の大地に足を踏み入れし者。契約の神の名の下に大地に刻まれし制約に従うべし……懐かしいなぁ」
「そーそー。あの国、生きやすいんだか生きにくいんだが妙にわからないんだよねー。普通にしてる分には問題無いんだけど……」
「抜け道とかで攻められると途端、弱くなるんだよな。あの国……」
懐かしいなぁ。カイトとユリィは当時の事を思い出したのか、楽しげに笑っていた。そうしてカイトの論評に対して、ユリィが告げる。
「まー、当時の魔族軍側にも制約は有効だったから油断してたんだろうねぇ。その所為かそれとも自国に被害が出ないと踏んでたのか、戦争終わらない方が得って考えてた勢力もあったし……」
「全く面倒臭かったな」
「ねー」
本当に面倒臭かった。カイトもユリィも<<天駆ける大鳳>>のギルドマスターの初代の出身国――先代と当代は別国――を思い出してため息を吐く。が、これにアイナディスが告げた。
「散々暴れまわった挙げ句、建国以来一度も変えた事のないという制約の条文を変えさせたあなた達が言いますか」
「オレ変えろなんて言ってないもーん」
「私も言ってないもーん」
それはそうなのだが。アイナディスはそう思う。とどのつまり、カイトとユリィがその制約の穴を突いた事により、大騒動に発展した事があったらしい。とはいえ、これも三百年前の良い思い出であると同時に、今本題に関係ある事ではない。なのでアイナディスは脱線し掛かる話を元に戻す事にする。
「まぁ、そうですね……っと、それはともかく。その時あなた達の追撃に出た兵士の孫が、アウィスの祖父。<<天駆ける大鳳>>の創設者です。アウィスから見ればその兵士は祖父の祖父ですね。彼は方便と飛空艇を使い見事に逃げ果せたあなた達の事を絶賛されていたそうで、あの神官共の泡を食った顔は痛快だったと何度も語っていたそうです」
「へー……ってことはあの海岸線に居た誰かか」
この事件の時なのであるが、カイトは件の契約と制約の国の高官達を大いに怒らせたらしい。なので必然兵士達に追われる事になるのであるが、それは海岸線まで続いていたそうだ。そこで海岸沿いに待機させていた飛空艇で脱出。その時の事を見ていた一人なのだと考えられた。これに、アイナディスも頷く。
「部隊長の一人だったそうですね」
「誰だろ……覚えてたり話してたりすると良いなぁ……」
「話した事もあるんだぞ、と言っていたそうですのでもしかしたら、ですね」
「そうか」
それは楽しみだ。カイトはアイナディスの言葉にアウィスとやらと会うのを心待ちにする事にする。なお、最終的には戦後にこの事件は不問に――神官達は相当苦い顔をしたそうだが――付される事になっていた。表向きは戦争継続を望む者達による暴走とされ、ある種のトカゲの尻尾切りがされたそうだ。
これに対してカイトはウィルの助言もあり無理を通し申し訳なかった、と頭を下げる事で最終的な決着となっていた。そしてその際に追撃部隊を率いていた兵士何人かとは話しており、密かに痛快だったと何人から言葉を貰っていたのである。
「ええ……ですのでギルドの風潮としてもルールには縛られず、自由に生きろというような様子だそうですね」
「そりゃ有り難い。話が合いそうだ……そうだ。その言葉で思い出した。<<船にて大海を往く者達>>はどうなった? 話を全く聞かないから不思議に思ってたんだが」
「うわっ、懐かしっ」
「本当に懐かしい名が出ましたね……」
ユリィが仰天したのと同様に、アイナディスも少し驚いた様に告げる。とはいえ、二人がこうなるのも仕方がないし、カイトの側が俎上に載せたのも無理はない。これはカイトの時代の八大の一角だったからだ。が、この二人が懐かしいという時点で相当昔に消えていた事は想像に難くなかった。
「<<船にて大海を往く者達>>なら、二百数十年ほど前に航海に出た後、誰にも目撃されていません……それが意味する所はすなわち、でしょう」
「……そうかぁ。気持ちの良い男達だったんだが」
惜しいなぁ。カイトは自身の知るかつての八大ギルドがどこかへの旅で壊滅した事を聞いて、少しだけ残念そうだった。というわけで、彼はそのまま問いかける。
「<<船にて大海を往く者達>>はどこに向かうつもりで船を出したんだ?」
「暗黒大陸です。発端は平和になり五十年……復興も大半が終わったような状況。エネフィア全土で五十周年を記念した祭りが開かれたのです。そしてそれが、大航海時代の幕開けでした。誰しもがまだ見ぬ世界を求めて、海に出た」
「その中で<<船にて大海を往く者達>>は、か」
「ええ……誰も到達した事がないなら俺達が行くしかないだろう、と船を出したそうです。何度も海流を調査し、海域を調べ……当時の技術で出来る限りの事はされていました。油断はなかったと思います。確かに、彼らなら到達できても不思議はなかった。ですが……」
駄目だったのでしょう。どこか痛ましい様子で、アイナディスは首を振る。これにカイトは問いかけた。
「せめて到達できたのかどうか、ってのはわからなかったのか? 確かバルフレアは上陸まではできてたよな?」
「バルフレア曰く、俺が到着した海岸に痕跡はなかった。そこにたどり着く前の海もランクSクラスの魔物がちらほら居たから、その前に沈んだのかもな、という事だそうです」
「そうか……まぁ、海で死ねたならまだ本望だったのかねぇ……」
「本望、でしょう。俺達は海で生まれ海で死ぬ。そう歌っていた彼らですから……」
彼らとて冒険者だ。どこかで野垂れ死ぬ可能性は頭に入れていただろう。カイトはもはや懐かしむ事しかできないという海の男達に対して、僅かに黙祷を捧げる。そうして、暫くの後。カイトは目を開く。
「……ふぅ。まぁ、もし可能なら彼らの痕跡の一つでも見付けてやりたいもんだ」
「そうですね……」
「おしっ、気合入った。ちょっと遠征も張り切ってやりますかね」
カイト自身は飛空艇船団を保有した関係からあまり利用したわけではないが、同じく冒険者として<<船にて大海を往く者達>>の話は聞いていた。当時のギルドマスターとも話も交わした。なら、その彼のために一つ骨を折ろうと思ったようだ。というわけで決意を新たにしたカイトは一つ頷くとそれでこの話はおしまい、と区切りを入れる事にする。
「で、だ。それはさておき。アンナイル殿は?」
「はぁ……年甲斐もなくはしゃがれたので、お祖母様にこってり絞られたそうです。どうやらお祖父様。お祖母様にも言わずに出てきたみたいですね。相当な騒動になっていたそうです」
「おぉう……」
アイナディスがそうである以上、その祖父であるアンナイルも王族だ。世代としてはティナやクズハの両親の一つ前の世代だった。そんな彼の事を思い出しながら、アイナディスが目を細める。
「が……それ故に今回の一戦では普通に参加してくる事がわかりました」
「そうか……今回も今回で結構厳しい戦いになりそうだな」
今回の合同演習の班分けはカイト達にはすでに出回っており、それを見る。
「戦力的には冒険者は五分と五分……ウチと爺のレジスタンスで五分と五分。守り側が若干優勢か」
「補給が無い分不利とも言えますが」
「三日しか無いのに、補給も何も無いねー。一日目とかでよほどのけが人が出たならまだしも、だけど」
一応、補給線の構築の兼ね合いから補給線は確保されているが、エネフィアではどんな無防備な要塞も三日で食料などの備蓄が尽きる事はない。必然、補給の有無は問題にならなかった。というわけで真面目な話に入るか、となったその瞬間だ。再び声が響いた。
「失礼致します」
「んぎゃぁ!」
「「ぴゃ!?」」
カイトが奇声を上げ、それにアイナディスとユリィが変な悲鳴を上げる。そうして、カイトが声を荒げる。
「ユーディトさん! 耳元でささやくのやめてください!」
「……駄目ですか?」
「いや、あの……そんな悲しそうな目しないで欲しいんですが……」
悲しそうにうつむくユーディトに、カイトは演技と理解しながらもこう言うしかなかった。どうにせよユーディトには勝てない様子だった。まぁ、フロイライン家最年長なのだ。無理もなかった。というわけで、彼女に気を取り直したカイトが問いかける。
「えっと……アウラは?」
「お嬢様でしたら、もうすぐ参られます」
「言われなくても居る」
「ああ、上がったのか……飲むか?」
「ん」
カイトの問いかけに、アウラが頷く。それを受けてカイトは魔力でグラスを編んで、彼女へと手渡す。
「ユーディトさんも飲みますか?」
「数時間後に、お誘い頂ければ」
カイトの問いかけにユーディトは笑いもせずに告げる。とはいえ、そもそも受ける時点で彼女もまたマクダウェル家にありがちな変な性格の持ち主とわかろうものだ。というわけで、その後はのんびりとした空気が流れていくのだった。
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