第2615話 合同演習編 ――集う者達――
マクスウェルに残留し、カイトの抜けた穴を埋めているソラ達とは別にマクダウェル公としての仕事により皇都へ訪れていたカイト。そんな彼はウルカ共和国からの要請を受け皇国が行う合同軍事演習の視察にやってきたバーンタインの言葉を受けた瞬から連絡を受け、彼へと『子鬼の王国』事件の裏で起きていた事態を一部明かす。
というわけで一通り問題無い事を明言したカイトであるが、そんな彼は瞬達との連絡を終わらせると一人椅子に腰掛け足を組む。
「ふむ……」
殺し屋ギルドはやはり想定された通りで動いているか。バーンタインからの報告を聞いたカイトはそんな事を思う。と、そんな彼の通信を聞いていたらしい。ハイゼンベルグ公ジェイクが笑う。
「またなにやら、面白いヤマを引き当てた様子じゃな」
「面白い、ってほど面白いわけじゃない。単に殺し屋ギルドに襲われたんで、そこの襲撃者引っ捕らえたってだけだ」
「十分面白い気がするがのう……ま、良い。で、どんな塩梅じゃ」
「どんな塩梅ねぇ……とりあえず今の所は情報屋を介して暗殺者ギルドの連中は動かせる算段を取り付けた。一度ぐらい支部にお邪魔したい所、ってのが正味の所か」
ハイゼンベルグ公ジェイクの問いかけに対して、カイトは笑う。そしてこのお邪魔をそのままの意味で捉えるほど、この場の面々は素直ではなかった。
「それは蹴っ飛ばして入るつもり? それとも魔銃で一発遠距離から? もしくは大昔やってみせてくれたみたいに、口から巨大な魔力のレーザでもぶっ放す?」
「やってみせてくれた、じゃねぇだろ。てめぇが酔って何か宴会芸やれ、つったんじゃねぇか」
それでやったのか。イリアの言葉に呆れるカイトに周囲は呆れ返る。まぁ、やらせたイリアもイリアだしやったカイトもカイトだろう。と、その当時の事を覚えていたのか、これにハイゼンベルグ公ジェイクだけは笑っていた。
「懐かしいのう……来年ぐらいにはまた飲めるかのう」
「飲めりゃ良いなぁ……来年の年始は忙しそうだしなぁ……再来年ぐらいはゆっくり飲みてぇなぁ……」
「すでに再来年の年始なあたり苦労してるわね、相変わらず……」
どこか遠い目のカイトに、イリアは少しだけ苦笑する。なお、こう言ったカイトが常に言い続けている事を彼女は知っていた。結局、何かの事件が解決してもまた次の事件が起きるのが彼の近辺だ。諦めが若干入っていた。というわけで終始和やかなムードの三人組に対して、アベルが問いかける。
「……ふぅ。談笑している所、申し訳ないが。マクダウェル公。殺し屋ギルドの幹部の話、俺は聞いていないが?」
「まだ未報告だからな。情報が確定となっていない段階で上げられても軍も困るだろう」
「それは確かに、か……幹部と言ったな。どの程度の幹部だ?」
軍としても逐一未確定な報告を上げられても、今度はその確認を自分達でもしなければならなくなる。そして勿論、ある程度の情報が揃わないと調べるのも非常に手間だ。現在は確認中というカイトの言葉に納得していた。
「そこまで幹部というわけでもない。殺し屋の中でも比較的地位の高い奴、ってぐらいか。何人かの殺し屋を束ねてたり、上層部から直接指示を受けたりしてたみたいだ。そいつを捕らえたせいで、ブラックリスト入りしちまった」
「ほぅ……そんな者をよく捕らえたな。それより良く引っ張り出したものだ」
「どちらかというとオレが相手だから木っ端な奴らじゃ相手にならんだろう、と出てきたのが運の尽きだったみたいだな」
アベルの問いかけにカイトは肩を竦める。そしてここらの経緯に関しては別に――個々人としては別にして――興味はない。なのでカイトの返答にアベルはこう言うだけであった。
「調査がある程度完了したら、こちらに報告を回してくれ。皇国国内の事であればこちらも動く」
「ああ。今はユニオンやらを主体として動いているが、その時と必要があればそちらにも連絡は入れさせて貰う」
カイトとて何でもかんでも全てを無視して勝手が出来るとは思っていない。なのでアベルの掣肘に対して一つ頷いた。というわけでそこらの軍事的なやり取りが交わされた所で、今度はアストレア公フィリップが口を開いた。
「……そろそろ良いか?」
「ああ、失礼。話の腰を折った」
アストレア公フィリップの言葉にカイトは頷く。どうやらちょうど五公爵が集まっている会合中――正確には代理が二人だが――だったようだ。
本来カイトも応ずる事がなかったのだが、瞬から緊急通信――かつバーンタインも同席しているとの事だったので――という事だったので応じたのだ。というわけで、カイトが改めて話を進める。
「それでこちらの進捗だが、基本は問題無い。ユニオン側の参加者も上々……さっきも伝えたと思うが、八大もほぼ全ギルドが参加を確定させてくれている」
「役者としては全員揃った、と」
カイトの言葉にアベルはこれで一安心という所か、と安堵する。やはり困るのはユニオン側の協力が不十分である場合だ。今後考えられる戦いにおいて冒険者との協力が不可欠である以上、参加率が悪いのは困る事態だ。軍部と関わりの強いアベルが気にしていたのも無理はなかっただろう。
「そう見て良いだろうな」
「うむ……では、次は儂か。諸外国の動きじゃが……」
やはり直近まで迫ったのだ。各国、各諸侯共に動きはおおよそ固まっており、全体的に問題が無い事が確認出来ていたようだ。というわけで、この日はこのまま五公爵による会合にカイトは参加する事になるのだった。
さて五公爵による会合の後。カイトはフロイライン邸に戻ると、そこで一休みをしていた。そんな所に、ユリィが帰宅する。
「ただいまー。あれ。カイト一人?」
「アウラなら風呂入ってるぞ」
「あ、そういうこと……早くない?」
「羽にドロが跳ねたんだと。で、洗ってくるって」
確かに時間としては18時を回っており、早すぎるというわけではなかった。なかったがそれでも早い様に思われた事に疑問を呈したユリィであるが、カイトからの返答になるほどと納得する。
「あー……そういえば一昨日の昼頃、結構降ったもんね。どっか残っちゃってたかー」
「昨日は気を付けてたけど、今日は油断したみたいだな」
「私らの障壁も万能じゃないかー」
寝ていても核兵器だろうと防ぐと言われるカイトやユリィの障壁であるが、これはあくまでも自身に害がある攻撃でないと反応が鈍くなる。単なる泥跳ねに関しては完全に範囲外だった。
「そういうこと……で、オレは呑気に酒でも飲みながら適当に時間を潰してる」
「そか……よいしょっと」
「あいよ」
「サンキュ」
カイトから差し出されたグラスをユリィが受け取って、同じ様に夜空を見上げる。
「そういえばバルフレアはいつ頃到着するって?」
「早ければ明日の朝。遅くとも明日の昼には到着する、だそうだ。バーンタインもその頃に到着予定だそうだな」
「後はアイナかー」
「一応、今日はこっちに来るって話だったが……」
いつになるかね。カイトはユリィの言葉にそう思う。ちなみにフィオルンに関してはこちらに来るつもりはあるそうなのだが研究次第だとそのままエンテシア砦の演習場に直行するかも、との事だった。と、そんな二人の所に声が掛けられる。
「旦那様。よろしいですか?」
「旦那様は早い、と何度か言っていると思うんだがね……なんです?」
「アイナディス様が来られました。どうされますか?」
「噂をすれば、か。通して大丈夫ですよ。もともと彼女は今日来る予定でしたし」
「かしこまりました」
カイトの指示に古株のメイドが腰を折ってその場を辞去する。アイナディスを呼びに行ってくれたのだ。彼女はヘルメス翁が存命の頃からフロイライン家に仕えて――カイトが敬語なのもその名残り――おり、丁寧な言葉遣いや応対とは裏腹にカイトの事を旦那様と呼ぶなど少しの茶目っ気が見え隠れしている女性だった。
「あの人も変わらんなー」
「ウチのメイドで一番古株な筈なんだけど……種族もなーんにも知らないよね、私達……」
「いや、知らないっていうか……」
教えてくれないんだけど。カイトは先のメイドの女性を思い出し、少しだけ苦笑する。当たり前だがカイトにせよユリィにせよ、せめて種族ぐらいは知っておきたいと聞いた事はあったらしい。が、その都度のらりくらりとはぐらかされてしまっていたのであった。
「聞く度に本当に? 本当に聞かれますか? って結構威圧的に返されるんだよな。いや、あの人絶対、ぜーったい遊んでるだけだろうけど」
「でもあの目でじーっと見つめられるとなんか触れたらヤバい感があるんだよねー……」
「オレは龍族と見てるんだがね」
「私案外神族あるかなー、って最近思ってる」
「マジか……でも爺さんの出身やら考えるとあながちあり得ないでもないか……?」
ユリィの推測に一瞬驚いたカイトであるが、龍族にしたってあまりに若々しすぎる事から神族やそれに連なる者である可能性に思い至りもしかしたら、と思い始めたようだ。
「うん……私がまだ大学に学生として居た頃に論文とか書いたりするのにユーディトさんに協力して貰った事あるんだけど……妙に詳しいっていうか……神族ぐらいじゃないと知ってなさそう、って感じの事もちらほら知ってたんだよね」
「うーむ……でもあの人の場合、教養の一環です、とか言い切る可能性も有り得そう……」
「それも有り得そうなのがすごいよね……」
何でもできそうだし、実際何でも出来てしまう女性なのだが。カイトもユリィもフロイライン邸の管理を任せているユーディトなる女性を思い出しながら、改めてその万能さに舌を巻く。というわけでそんな当人の居ない所で当人の謎に迫る会話を繰り広げる二人であるが、そこに音もなく声が掛けられる。
「従者たるもの、主人に意見を求められれば答えられるだけの教養が必要ですので」
「「うきゃぁ!?」」
「……」
ぺこり。唐突に背後から声を掛けられた事に仰天し、カイトとユリィが思わず少しだけ飛び跳ねる。二人共話していたので気付かなかったという点はあるし、害意もなかったので仕方がない事は仕方がないのだが、それでもこの二人の背後を取れるぐらいの腕はあるらしかった。ちなみに、ユーディトはやはり心なしか嬉しそうだった。
「も、戻ったなら声掛けてくださいよ……」
「ですので、お声がけさせて頂きました。アイナディス様をお連れ致しました」
「ありがとう」
「え、えーっと……相変わらずですね」
あはは。カイトとユーディトのやり取りに、アイナディスは少しだけ苦笑を浮かべる。これにユーディトが頭を下げた。
「ありがとうございます……では私は一度アウラお嬢様の所へ参りますので、何かご用命がございましたら他の者へお申し付けください」
「え、ええ……」
ユーディトの言葉にアイナディスも少しだけ圧倒されながら頷いた。そうしてユーディトが今度はアウラの世話に入った一方でアイナディスはカイトへと頭を下げる。
「カイト、こんばんは」
「おう、こんばんは……って時間だな、もう」
「ええ。もう18時も回ると夜と言って良い塩梅になりましたね」
カイトと同じく夜空を眺め、アイナディスははっきりとそう告げる。そんな彼女もユリィと同じく空いた椅子に座り、カイトから渡されたグラスを受け取る。
「何か変わりはありそうですか?」
「今のところは何も。アウラが羽にドロがついて風呂入ってるぐらいか」
「そういえば……所々水たまりが出来てましたね。雪か雨でも?」
「一昨日、少し多めの雨がな」
流石に真面目で知られるアイナディスも今のこの時間から、身内しかいない場で仕事の話をしたくはなかったらしい。カイトと並んで口にするのはお酒だった。というわけでこの日はその後は特に仕事はせず、近況を話し合うだけになるのだった。
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