第2612話 リーダーのお仕事 ――その頃の彼は――
マクダウェル公としての仕事で皇都エンテシアに仕事で向かう事になってしまったカイト。そんな彼は皇都から瞬とソラによる冒険部への新規加入希望者の試験を見守りつつ日々を過ごしていた。というわけで、少しだけ時間は遡り。それらの完了を見届けた彼は通信を終わらせると、彼は一つため息を吐いた。
「これで完了かな」
「大変ね、格の違いを見せ付けるのも」
「しゃーない。これやっとかないと下が増長して統率が取れなくなる」
自分が通信中である事を見て映像の死角になる所に座って待っていたイリアの言葉に、カイトは一つ首を振る。なぜ彼がわざわざ通信機を桜に渡していたのか。その理由がこれだった。
「格の違いね……マクダウェル家に懇意にして、更には皇国軍部なりどこかの施設に動いてもらえるだけのコネクションを持っている……それがわかる子達である事を期待しているわ」
「何かウチに依頼でもする気か?」
「そのつもりはないけれどもね」
「さいですか……ま、そういうことだがね。格の違いを理解できないなら力でなんとかするしかない。厄介な立場だ」
イリアの返答に肩を竦めるカイトであるが、そんな彼は一転してため息を吐いた。力も求められるし、知性も求められる。エネフィアの冒険者ギルドのギルドマスターには二つとも必要だった。そんな彼に、イリアが笑う。
「よかったわね、どっちもあって」
「誰かさんのおかげで知恵は鍛えられたんでね」
「誰のせいかしら」
「さてな」
どうやら貴婦人としてのイリアより、やはり昔なじみの少女としてのイリアの方がカイトとしては何かとやりやすかったようだ。まぁ、現役時代がそうだったのだから無理もないだろう。
「で、それはそれとして……わざわざ何のようだ?」
「こっちに来る前に物資輸送の手配に関する打ち合わせで軍部にいたのだけど……そこで話があったのよ。手配書の魔物が確認された、って」
「冒険者の仕事じゃねぇか……いや、オレも冒険者だがね」
が、今居るオレはどっちにしろマクダウェル公だ。カイトはイリアの持ってきた手配書を少し面白げに見ながらも、今の自分の仕事ではないと放り投げる。これにイリアが少し挑発的に問いかける。
「自信ないの?」
「冗談にもならねぇってわかってるだろ?」
「あはは……まぁ、そうね。確かに普通ならあなたに軍部から話が出る事なんてないわね」
軍を統率し、冒険者との協力も不可能ではない軍にとって、一介の貴族に助力を依頼するのはただ事ではない。なので普通ではあり得ない流れに、イリアは少しだけ真剣さを露わにする。
「討伐に出た冒険者の集団が撤退させられたそうよ。ランクS二人を含むパーティだったのだけど。もちろん、あなたやアイナさんの様な名うてじゃないけれど。被害の程度としては死傷者が複数名。ランクS二人はなんとか生還したけれども、という感じね」
「ほぅ……そいつぁ、ちょっと迂闊に手を出し難い相手だな」
名うてのランクS冒険者じゃなかろうと、ランクSはランクS。最上位の冒険者だ。それを退けるとなると、なかなかに油断して良い相手ではなかった。
「ええ……流石に今の時期に軍としてもユニオンとしても大部隊は動かしたくない、というのが本音ね。というより、集まってくれている名うての冒険者を行かせたくない。怪我でもされたら大変だものね」
合同軍事演習も直前で、これには大陸各国、果てはアニエス大陸や双子大陸からも使者が来る事にもなっている。これに影響が出る事だけは避けたいので軍としては是が非でも討伐したいが、同時に確実に討伐しようとするとそれなりには戦力を融通する必要があった。
「で、無傷で討伐が可能なオレに行ってくれと」
「そういうこと……放置が一番の悪手だし」
「それはそうだがね……ま、最近ろくすっぽ運動出来てなかったんで良いっちゃ良いんだがね。合同軍事演習前にちょっと運動しておきたかったのも事実だし……ああ、そういや軍部に何か運動出来そうな事あったら言ってくれとか言ったっけ……」
「運動ねー。夜な夜な女の子相手に運動してるんじゃないの?」
「うるせぇよ」
「否定はしないんだ」
「うるせぇよ! なんでてめぇは大貴族なのに下ネタ普通にオッケーなんだよ!」
楽しげに茶化すイリアに対して、カイトは声を荒げる。これにイリアは拗ねる様に――ただし楽しげに――口を尖らせる。
「だって貴族としての教育、ほとんど受けてないもの。当主になってからも子供産まなくても良いから死んでくれって思われてたし」
「はぁ……それ言われてオレにどうせいっつぅんじゃ」
「なんにもないわね……ごめん」
「謝られると余計立つ瀬ないわ……」
完全に妙な空気になってしまった。というわけで謝罪したイリアに、カイトは肩を落とす。というわけで若干妙な空気が流れるわけであるが、残念ながらこの空気を一変してくれそうなユリィは大学。アウラは貴族達とやり取りだ。自分でなんとかするしかなかった。
「はぁ……まぁ、良いわ。だからお前が好き勝手にやれた、ってのもあるしな」
「ヤれた、の間違いじゃなくて?」
「うるせぇよ……もうさっきのなぞり書きはごめんだぞ」
「あはは」
先程と同じ流れになりかけた所で、今度はカイトが呆れ半分に流れを変更。それによってさっきの流れにはならず、そのおかげか少しは楽になったようだ。というわけで、一つ笑ったイリアが問いかける。
「それはさておきとして……で、どうするの?」
「行く。ここ暫く碌な相手がいなかったもんでな。ランクS二人を含む冒険者パーティを撃退するぐらいなら、少しは戦いでのある敵なんだろうさ」
何より暇でもあったしな。カイトはイリアの問いかけに対してそう告げる。並とはいえランクSの冒険者を退けているのだ。標準的なランクS以上の魔物ではありそうだった。
「そう。じゃあ、いってらっしゃい」
「あいよー……って、ちょい待った。普通に話してたんでうっかりしたが、お前何しに来たんだ?」
適当に遊んで戻るか。そう思っていたカイトであるが、そこでふとなぜわざわざこんな事を言いにイリアが来たのか、と首を傾げる。
この程度の話であればいっそ軍部から人が来れば、カイトも情勢などを鑑みて普通に受ける。第一、何か運動出来るようなヤバい依頼があればこちらに、と言ったのは彼自身だ。わざわざイリアが来る必要性が感じられなかった。
「ああ、単に軍部からこっちが通り道ってだけよ。ここ、本当に立地条件は最高でしょ? おまけに税金も掛かってないって……最高じゃない?」
「まぁ……爺さんが領地の代わりに貰ったのがここだからな」
「ええ……で、戻ったら戻ったで忙しいもの。ちょっと油売って帰ろうかな、って」
「おいおい」
別に休みたいならそれはそれで良いが。カイトはイリアの言葉に半ば苦笑気味に笑う。引退したとはいえ、激務は激務だ。特に物資の管理を行う事になっているリデル家は下手をするとマクダウェル家やハイゼンベルグ家と同程度の忙しさがあるだろう。少し休みたくなっても仕方がないし、その帳尻合わせはイリアも出来る。
「まぁ、良いわ。適当に休んだら戻れよ。ウチに苦言来るんだからな」
「わかってる」
ひらひら。カイトの言葉にイリアが頷く。そうして、カイトはその後も軍やユニオンが手に負えない、となった依頼を受けながら適当に運動をして回る事にするのだった。
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