第2608話 リーダーのお仕事 ――迷走――
マクダウェル公カイトとしての業務で急遽皇都エンテシアに呼び出される事になったカイトの代役として、冒険部のギルドマスターの代行を行う事になったソラ達サブマスター三人。そんな彼らであるが、ソラと瞬の二人には今回から新たに新規加入を希望する者の是非を判断する事を職務として与えられていた。
というわけで、一泊二日の小規模遠征にて色々と冒険部で活動する上で基本となりそうな点や戦闘能力に問題が無いかを確認した後。ギルドホームに戻った二人は技術班の総トップである灯里と共に今回の合否についての話を行っていた。と、そんな最中の事だ。会議室の扉がノックされた。
「……すいません。大丈夫ですか?」
「おろ、桜ちゃん。どしたの?」
「ああ、灯里さん……灯里さんへカイトくんから伝言が」
「あら……ごめん、二人共。私少し抜けるわねー」
「「あ、はい」」
桜の呼び出しを受けた灯里が立ち上がるのに対して、瞬とソラの両名は一つ頷いて再び議論を交わす。その一方、桜に呼び出された灯里は会議室を出て外で話をしていた。
「それで、カイトがなんて?」
「ああ、いえ……これは最初の時点でもし灯里さんが会議に呼ばれているのなら、と渡す様に言われたものです。私が参加するなら私がそのまま持っておく様に、と……」
「これは……ああ、なるほど。やっぱりあいつお見通しだったか」
そんな事だろうと思った。灯里はカイトから渡されたという映像を投影する魔道具を見て笑う。というわけで魔道具を受け取った灯里は桜へと問いかける。
「それで他にカイトから言われているのは合否判定を告げる発表会場がどこか、っていう点?」
「……さすがですね」
「それなら、ホームの入口前だそうよ。相変わらずウチの弟分は優しいんだか冷酷なんだかよくわかんないわね」
「あはは」
灯里の言わんとする所を理解して、桜も少しだけ苦笑気味に笑うしか出来なかった。というわけで、桜が口を開く。
「難しいですから……特にそういう状況になると、その判断が正しいか否かがわからなくなる」
「ええ。二人共、答えは出てるの。でもその答えが正しい、もしくはして良いかどうかがわからない」
会議室の中を伺うような桜の視線に合わせて、灯里もまた会議室を見る。そうして、彼女が告げた。
「正直、今回の人員の話を聞いて思ったわ……あいつ、だからこそやったんだろうな、って」
「そんなにでしたか?」
「悪くないんじゃないかしら。女の子二人、年不相応の尖った力を持っている。その分劣ってる所もあるみたいだけど……十分にカバー可能ね。男の子三人の内一人は全体的に合格水準を超えているから文句無し。もう二人は専門家である二人が将来性ありって言うんだから将来性があるんでしょう……今回の収穫としちゃ大当たり。近年稀に見る豊作……じゃないかしらね」
今回はかなりの当たりくじを引いたのかもしれない。灯里は少し聞くだけでわかった五人の将来性などを鑑み、そう判断する。だが、そうであればこそソラと瞬は悩んでいたのだ。
「でもだからこそ、二人は悩むしかない。全員が合格水準に達してしまっているから……こんな時、桜ちゃんみたいに慣れてたら機械的に合格ってするんでしょうけどね」
「機械的と言われると、なんというか悪評に聞こえますが……」
「でも試験官としてそれが一番重要よ? 合格の水準に達していれば誰でも合格。達していなければ誰だろうと不合格……全員合格なんてありえておかしくないんだもの」
合格の水準を満たしているから合格。そんな単純な話なのだ。が、だからこそ悩む二人について、灯里は言及した。
「でも二人共、これが初めて……どうしても試験って聞くと誰かが合格して誰かが失格するって考えちゃう。全員合格であってもまるで不思議はないのにね」
「だからカイトくんは意図的にやらせた、と」
「でしょうね。まぁ……それでも全員合格でも良いぞ、って言って出てってる当たり相変わらず甘いっていうかなんていうか……」
「そっちは多分打算的に判断したんだと思いますよ」
「そうねぇ……多分逆に言わなければ言わないでマトモな判断でき……てもないかもしれないわねー。こればっかりはどうか私にもわからないなー」
どこまで今回の五人の詳細をカイトが把握していたかはわからないが、少なくとも合格水準に到達している事ぐらいは事前に把握した上でソラ達に投げているだろう。桜も灯里もそう判断していた。というわけで、それ故にこそと桜は告げる。
「そうですね……まぁ、だからこそ意図的だったのかと」
「なるほど。それはあり得るわね」
「はい……せっかく合格水準に到達して、ウチに入りたいと言ってくれているのに、それを逃がすのはあまり良くは思えません」
「そーね。どっちかっていうと全員を合格にしておいてくれ、とかならわかりやすかったかもだけど」
「それだとサボられる事になりますよ」
「サボらないでしょ、あの二人なら」
ほとんど話した事のない二人――特に瞬は――であるが、それでも灯里はこの二人がサボったり手を抜いたり出来る性格ではないと見抜いていた。だからこそのカイトの指示でもあった。そこで悩みを生じさせるためだ。
「ま、そんな感じね……とりあえず私の方でもそれとなーく、全員合格で進める様に誘導してみるわね」
「お願いします」
ここらはカイトに言われていた事ではなかったが、カイトの意図は二人にはお見通しだったらしい。というわけで、伝えるべき話は終わったと桜は再び執務室へと戻り、一方の灯里は灯里で会議室へと戻るのだった。
さて会議室に戻った灯里であるが、そんな彼女が見たものはやはりどうするべきかと真剣に悩む二人の姿だ。理由は言うまでもなく、合格水準をどの程度にするべきかなど基本的な事までわからなくなってしまっている事だった。
「ごめんごめん。ちょっと話し込んじゃったけど……こっちどう?」
「あ、いえ……どうするべきかという所で……とりあえずこの三人なんですが……」
「何か問題あったの?」
「問題……というとさっき話した通りではあるんですが……」
「それを差っ引いても、十分に全員見どころがあるんっすよね」
苦しい様子の瞬に続けて、ソラもまた苦い顔で明言する。というわけで、二人は近接組三人に対してダメだしを行っていく。これを聞きながら、灯里はやっぱりこうなったのか、と思うだけであった。
(あちゃー……いつの間にか採点基準が加点方式から減点方式に変わっちゃってる……しかも一度悪い点に目を向けちゃったから、際限なく悪い点を洗い出そうとしちゃってるし……しかも二人共自分が将来性あり、と考えてる子が居るからなるべくそっちに誘導したくない、って感じで厄介な事になってるわね……)
想定された形ではあったが、どうやら今のところ一番点数が低いのは偃月刀を持っていた少女だった。二人共お互いが目をかけている冒険者がわかっていたため、無意識的にではあったがそれへの悪評を避けた結果こうなったのだ。それを見抜いた灯里は密かにため息を吐いた。
(でも多分その子、カイトが気に入りそうなのよね……変わってるから。しかも加点方式の場合だと一番点数が高かった子だし……二人共、もう気付け無いほどに視界が狭まっちゃってるわね……)
加点方式で行っていった場合、最も点数が高いのはこの子だ。灯里は自分が出ていく少し前までの判断基準をベースにして考えた場合の結論を思い出す。それを無意識的に落とそうとしてしまっていたのだ。
これは彼女が危惧していた流れであったし、それがわかっていたのでカイトも阻止する様に動いていた。というわけで、灯里はカイトに望まれる役目を果たす事にする。
「うーん……それはわかったんだけど、さっきまで二人共この子が一番有望株って一致してなかった?」
「え、あ……そ、それはそうなんですが……」
「で、話に聞いてる限りあんまり冒険者としての活動に関係の無い所にまで目を向けてるみたいだけど……その料理とかテントの設営とか、今のウチでそこまで重要視する必要ある?」
「「……」」
灯里の指摘に、二人は確かに今減点していた所はそこまで重要視する事なのだろうか、と思わず口ごもる。そこに、灯里は流れを戻すべく一気に叩き込んだ。
「でしょう? 今のウチの主流は大規模遠征だと飛空艇を出すし、逆に小規模な依頼でも竜車か馬車は手配する。徒歩で野営しないといけない想定までするのはちょっと……どうなの、って思うなー。んで、料理に関しても基本食堂の人員連れていくし……そこまで加味するなら、出来ない子の方がウチでも多いわよ」
「「……」」
一切反論が出来ない。灯里の指摘にソラも瞬も何も言い返せず項垂れる。そんな二人に、灯里が笑った。
「ま、私が思ったのはそんな所かなー……で、その上で聞けばどうなの? 今回の五人は今のウチの水準と照らし合わせて、それより上なの? 下なの?」
「それは……」
「多分、大体は平均的って所っすね……」
改めて落ち着いてフラットに考えてみれば、全員が現在の冒険部のランクの平均的な所に居るだろう。ソラは灯里の問いかけにそう答える。というわけで、そんな彼の返答に灯里は敢えていつもの様に投げる様に告げた。
「なら、別に良いんじゃない? 全員採用しても。カイトからも別に何人採用予定だ、とかなんて言われてないんでしょ?」
「そう……ですね。一応あいつからは全員合格にさせても良いぞ、と……」
「なら、別に良いじゃん。何かあったらカイトに責任丸投げで。仕事投げた以上、それに対する責任取るのがあいつの仕事。全員通して良い、って言われたから通した。それで良いのよ」
まだ結論に自信が持てない二人に対して、灯里は責任はカイトに取らせれば良いと告げる。そうしてまだ踏ん切りがつかない様子の二人に、灯里は更に続けた。
「ま、その上で教師として一応言っておくなら、試験の合否って結構ドライなのよ? 合格点に到達したら、誰でも合格。逆に届かなかったら不合格……だから全員合格の時もあるし、全員不合格の時もあって当然なのよ。ただドライに、点数を上回ったかどうかで判断する。それが、試験のコツみたいなものね……じゃあ、今回二人が設けている合格点はどこ?」
「「……」」
改めての灯里の問いかけに、二人は一度顔を見合わせて暫くの間黙考する。そうして、ソラが口を開いた。
「ウチの平均値より少し下……ですね。今の時点で平均値ありゃ良いんっすけど……そこまで届かなくても、将来性があればそれは加味するべきだろう、って」
「じゃあ、その上で全員どう?」
「……全員越えていると自分は思います。ソラは?」
「……俺も、同意します」
瞬の問いかけを受けたソラがはっきりと認め、頷いた。今の冒険部の平均に届いているか。もしくは届く可能性がありそうか。そう言われれば、彼らは素直に五人ともその可能性があるだろうと認めていた。というわけで、灯里が締めくくった。
「なら、結論なんて出てるじゃない。全員合格点越えてるから合格。それだけ」
「そ、そんな感じで良い……んでしょうか」
「ああ、良いの良いの。それで文句言うなら自分でやれ、って話だし。それで文句言う奴居るなら貴方達が黙らせるのが仕事よ。もちろん、圧掛けるんじゃなくてその子達を成長させる事でね。それが、貴方達上層部の仕事であり責任でもあるのだし」
「「……」」
自分たちが考える以上に重責だった。灯里の言葉に、二人は静かにそれを理解する。今までも他者に教える事はあったが、それとはまた別の重みがあったのだ。
「良し。じゃあ、それで終わり。全員合格おめでとう、って言ってあげなさい……ただし、一旦二人共その眉間にシワの寄った顔をなんとかしてからね」
「「え?」」
そんな真剣に話していただろうか。ソラと瞬はお互いに顔を見合わせる。どうやら二人はそんな事も気付けないほどに集中していたらしい。というわけで、灯里の導きでなんとか最良に近い結論を導き出す事の出来た二人は、一旦小休止を挟んで集合場所へ向かう事にするのだった。
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