第2607話 リーダーのお仕事 ――帰路――
合同軍事演習の準備と日本との交渉に伴い皇都エンテシアに呼び出されたカイト。そんな彼の抜けた穴を埋めるべく、瞬達サブマスター勢はいつもの通り代行業務を行う事となっていた。
これについてはいつもの事なので問題はなかったのであるが、今回はそれに加えてソラと瞬の二人には冒険部への新規参加希望者の登用の是非を判断する、という仕事が与えられる事となる。というわけで、その判断の参考にしようと二人は桜に留守を任せると、一泊二日の試験を行う事にして遠征に出ていた。
そうして一日。野営地で一泊を過ごした後。ソラと瞬は再び五人の冒険者達を連れて竜車で帰路についていた。その道中。ソラはふとここ半日の事を思い出して、ある興味を抱いて魔術師二人に問いかけていた。
「そういや、二人は料理出来てたみたいだけど、どこかで教えてもらったりしてたのか? 冒険者で料理出来るのって結構稀だろ?」
「え……?」
「そう……ですかね。僕の周りは比較的出来てた人が多かったですけど……」
「私の周囲もそうですね……」
ソラが問いかけたのは、料理の事だ。これは何度か言及されているが、冒険者の過半数以上は料理が出来ない。見栄で出来ると言っても、切って焼くだけという事も少なくない。
カイト並はあり得ないとしても、料理と言えるレベルの食事を作れるのは稀だった。それが五人中二人も居たのだから、ソラは気になったようだ。というわけで、少年魔術師がソラの問いかけに答えた。
「でも普通、料理ってレシピさえあれば出来るもんじゃないんですか? 一条さんも普通にされてましたし」
「まぁ……俺は寮で暮らしていたからな。寮母さんが作ってくれる事もあったが……ああ、そういえばコーチが飯は自分である程度は作れる様になっておけ、って言ってくれた事も大きかったか」
栄養士とかが管理してくれる事もあるだろうが、最終的には自分で管理するべきだ。クー・フーリンがまだ一介の学生でしかなかった頃に語った言葉を瞬は忠実に守っていた。なので一人暮らしをする様になってから、彼は週に何度かは自炊する様にしていたのである。
「だが……そうだな。思えば最初は寮母さんの手伝いをさせて貰って覚えたんだったか。二人もそんな感じか?」
「それはそうですね。僕は魔術の師であった方から、料理と調合は似ているからこれも練習になる、と教えて頂きました」
「私も同じくです。比較的多いとは聞いています」
「「「なるほど……」」」
二人の魔術師の返答に、ソラ達は揃ってそれでか、と納得する。薬学を專門していないから、と調合が出来ないわけではない。魔術の媒体にするために調合をしなければならない事は多々あるらしい。
その練習を含め、レシピ通りに作れる練習として弟子に料理を学ばせる魔術師は多いらしかった。というわけで少女魔術師が答えた後、今度は彼女が逆に問いかける。
「そういえば……竜はどれぐらい飼われているんですか? かなりあっさり動かされていた様子ですが……」
「うん? 何体か……何体でしたっけ」
「うん? 確か……この間の会議で神宮寺が二十を超えたとか話していなかったか? それで後は輪番制にして即応部隊の負担軽減を、とかなんとか……」
「あー……そういやそうでしたね。って具合らしい。一応まだ何体か調教中って話だから、もうちょっと増える見込み」
「二十……」
おそらくそれを専門や売りとしていない単独のギルドとして保有するのであれば最大規模だろう。問いかけた少女魔術師は少しだけ唖然とした様子で目を見開いていた。そんな彼に、今度はソラが問いかける。
「なんかあんの?」
「あ、いえ……実は竜種に使える支援魔術に興味があったので。それを持たれているのかな、と」
「あー……どうなんだろ。多分持ってると思うけど、悪い。俺はわからない……聞きたいなら竜騎士部隊の奴に……って、適役居たわ。おーい。ちょっと良いか?」
聞くなら竜騎士部隊の奴らに聞いてくれ。そう言おうとしたソラであるが、その竜騎士がこの場にいる事を思い出して御者席へ続く窓を開く。これに、竜騎士が振り向いた。
「おう、どうした? 何かトラブルか?」
「いや、竜種に使う支援魔術とかってウチ持ってるのか、って話になってさ。持ってんのか?」
「ああ、そりゃそうだろ。ウチで使ってるのはマクスウェルがまだハミル伯爵って伯爵が治めていた頃から伝わる魔術だ。千年近く伝わるかなり由緒正しい魔術だ。勇者カイトとかユリシアさんも使ってる奴だそうだ」
「詳しいのな」
「調教師のおっちゃんがな……口酸っぱく言うんよ……ウチのは由緒正しく、伝統ある魔術だ。間違えるんじゃねぇって……」
「お、おぉ……」
がっくりと肩を落とす竜騎士に、ソラが半笑いで応ずる。それはさておき。答えは出たのでソラは一つ礼を言って、再び中に戻る。
「ってな具合らしい。それについちゃ調教師の人に伝手あるっぽいから、頑張れば直に聞けるかもな」
「ありがとうございます」
「おう」
少女魔術師の礼にソラは一つ頷く。というわけで、これからも数時間の間マクスウェルに戻るまで時に戦い時に色々とを話し合い、到着までの時間を過ごす事になるのだった。
さて竜車がマクスウェルに到着して少し。大通りを抜けて、竜車はギルドホームに帰り着いていた。
「良し……停止したぞ。降りて大丈夫だ」
「おう、悪いな。後は任せて良いか?」
「おう。これからまたミーティングだろ? 忙しいな」
「悪い」
みなまで言うな、とばかりに理解してくれていた竜騎士の言葉に、ソラは一つ笑って頭を下げる。というわけで必要な荷物だけを降ろして、ソラと瞬の二人は一旦五人を入口前に集合させる。
「良し……まずは一日付き合ってくれてありがとう。ひとまずこれで試験は完了だ。それで合否についてだが、一時間だけ時間をくれ。それまでは各々自由に待機しておいてくれ。もし外に出るにしても、一時間後には必ずこの入口前に集合すること」
「「「はい」」」
「おし……で、終わったらまたここに集合を掛けるから、あまり遠くにはいかないようにな」
一応、試験の時間はここに到着するまでだ。なので降りるこの瞬間まで試験は続いていたと言えるわけで、今この場で判断を下すというのは悪手だろうとソラは判断。瞬にも相談し、カイトに倣ってこの結論としたようだ。というわけで、一旦は解散を告げたソラは瞬と共に一旦執務室に戻る事にする。
「ただいまー」
「戻った」
「「「おかえりなさい」」」
やはり合同軍事演習が近いからだろう。ソラ達が戻った執務室には大半の人員が揃っていた。居ないのは合同軍事演習前であるが故に本国とのやり取りが頻繁に行われる事になったルーファウス、軍として動くので原隊復帰しているアル達軍属組ぐらいだろう。と、そんな彼らに桜が声を掛けた。
「おかえりなさい……どうでしたか?」
「いや……それはこれから考えるよ。まぁ、中間評価である程度は見極めてるから、最終的なジャッジって所だけど……」
「ああ、やっぱり」
「「やっぱり?」」
何がどうしてやっぱりなのだろう。桜の言葉に瞬もソラも首を傾げる。これに桜は笑った。
「ああ、いえ……カイトくんがおそらくそういう判断を二人は下すだろうから、会議室を空けておいてやってくれと」
「お、おぉ……」
さすが過ぎるわ。ソラは桜から差し出された小会議室の鍵を受け取る。どうやらその場で判断しないと読んだ上で、先んじて必要な手配をしてくれていたようだ。というわけで若干呆気に取られるも、ソラはそれなら有り難く使わせてもらおうと気を取り直す。と、そんな彼は周囲を見回してトリンを発見。彼に一つ問いかける。
「え、えーっと……あ、トリン。戻ってたな」
「うん。ただいま。それとおかえり」
「おう……なんか問題なかったか?」
「概ね問題無しだけど……報告は後で大丈夫な程度かな。先、会議しちゃいなよ。待たせたままになっちゃうからね」
「おう」
もし緊急で対応しなければならない話があるのなら対応したほうが良いかもしれない。そう考えたソラであったが、問題はほとんどなかったようだ。トリンの返答に一つ頷いて鍵を片手に執務室を後にする。
「よし……で、先輩。どうします?」
「とりあえず……三柴先生にご助力頂くか。ユスティーナも戻っている様子だったから、戻られているかもしれないしな」
「そっすね……」
おそらく登用に関してであれば今後も関わるので灯里に相談しておいた方が良いだろう。二人は技術班の総トップである灯里にも話を聞く事を決める。というわけで第二執務室へと向かった二人であるが、案の定灯里も戻っていた。
「おろ。二人とも戻ったのね。お疲れ様。もう合否は伝えたの?」
「あ、いえ……これからそれを話し合う所です。それで、一応魔術師の人も居たので三柴先生の意見も聞いておいた方が良いかな、と」
「ああ、なるほど……確かにそれに関しちゃ聞いておいてくれた方が有り難いわね。うん。じゃあ、私も行くから、少し待ってて」
魔術師であれば今後は楓の下か、技術者として灯里の下になる可能性は非常に高い。冒険者としての魔術師ならまだ二人も少しは判断のしようがあったが、技術者になると全くわからなかった。というわけで、灯里を連れて二人は会議室へと移動。今回の旅路で見た物を彼女へと伝えていく。
「……と、いう感じです。魔術師の二人は協調性・腕はあると思います」
「ふーん……」
なるほど。相変わらずというかなんというか。全部を聞き終えた灯里が浮かべたのは、そんな呆れるような笑いだ。そんな意味深な笑みに、ソラが首を傾げる。
「……どうしたんっすか。急に笑って」
「ああ、ううん……なるほど、って思っただけ。主にカイトにね……なるほど。それで急にあの子がティナちゃんの苦言に従ってたわけか……ってことは、ここに私が居る事も読まれてる可能性あるわね……」
「「は、はぁ……」」
カイトならここまでの流れを読んでいても不思議はないが、それのどこに呆れる要素があったのだろうか。話の筋が見えない二人は少しだけ呆れるような灯里の様子に小首を傾げる。が、これに灯里は首を振った。
「ああ、ごめんごめん。それで技術班としてね。まぁ、多分そっちの女の子の方に協力してもらう事にはなりそうかしら。支援系の魔術の習得率も高そうだし、適性も高そうだものね。それでそっちの男の子の方もそつなくこなす、っていう感じだからウチとしても歓迎よ。基本、技術班は人手不足だから……まぁ、足りていないのは主に開発側だけど……あ、でもルークくん来るなら少しは改善されるかしら」
「えっと……とりあえずはこの二人は合格で良いって所っすか?」
「それは私が判断する事じゃないわ。でも、少なくとも貴方達から見て不都合はなさそうなんでしょう?」
「それは……」
「はい」
灯里の問いかけにソラと瞬は一度顔を見合わせ、はっきりと頷いた。あの偃月刀持ちの少女冒険者を除けば、二人には全員が将来性がありそうと思えたのだ。その上で性格面に難ありというわけでもなさそうだった。
「なら、この二人は合格で良いんじゃないかな。それ以外については流石に私は門外漢だから口は挟まないけれど」
どこか突き放す様に、灯里は二人へと告げる。彼女に出来るのはあくまでも魔術師の是非に関して技術班を率いる者の立場で意見を述べるだけだ。最終的なジャッジはあくまでも二人がするもの、という線引きを行っていた。
「ま、それでもせっかく居るんだから何か気になる点があったら突っ込むから、とりあえずは二人で話してみれば? 話さない事には何も決まらないし」
「……そう……ですね。とりあえず戦闘面は……」
「そっすね……そっちは……」
灯里の言葉に促され、二人は魔術師二人は合格として近接主体の残る三人についてを話し合う。そうして、そこから一時間近く時間を掛けて二人は最終的なジャッジを下す事になるのだった。
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